第41話 帰宅
朝日が昇り、大森林に光が差し込んできた。
俺はあれから一睡もできず、アニーを抱きしめた恰好のまま固まっていただけだった。気を張っているせいか、まったく眠気が今も降りてこない。
魔物が襲ってきたら対処しなければならなかったけど、特にそんなこともなく、朝を迎えた。
ただ一度だけアニーを抱く腕を下ろしたのは、さすがに寒いだろうと思い自分の着ていた上着を脱いでアニーに被せたときだ。
朝陽に照らされ、アニーの白い肌が美しく光った。
しかし、アニーの体には矢を受けて流れた血の跡が未だに生々しく残っていて、一晩経っても俺の心を鋭く抉ってくる。
アニーが許してくれたからすべてOKなわけがない。
昨日は引き返すべきだった。
確かに女性達は助かった。
けれど、隣で眠るアニーの微笑みを永遠になくしてしまったかもしれない・・・。
危機に対してあまりにも無頓着だった。ここは、自分の間近に生と死が隣り合う世界。日本とはまったく違う世界だし、ファンタジーでもない。ファンタジーな世界に見えても、俺が今いるここは、『現実』だ――――――。
「うん・・・んんん・・・・」
アニーが薄っすらと目を開けた。
「ジンイチロー?」
「おはよう、アニー」
「・・・え?どうしてジンイチローが裸・・・あ、これ・・・」
アニーは俺にもたれかかっていた体を起こし、上着を手に取った。
美しい双丘がまぶしすぎる・・・。
「ちょっと寒いかもと思って・・・あの・・・できれば上着はそのままにしてほしいな・・・」
「あ・・・そっか」
アニーはようやく服がないことを思い出したようだ。
でも、隠すようなことはしなかった。
「ジンイチローになら、全然・・・」
「そ、そっか・・・」
それでも目のやり場には困ってしまう。昨日は何かと勢いというものがあったし、アドレナリンがでていたせいか、そこまで気にも留めなかったから・・・。
―――――――――ぎゅるうううううううう
「・・・」
「・・・」
アニーから?おなかの音? アニーが少し縮こまった。
「お腹・・・すいちゃった・・・」
「そうだね・・・そういえば昨日から何も食べていたなかった」
「ばぁばもイリアも待っているかな」
「うん。みんな心配するから、早く帰ろうか」
「うん」
俺は昨日と同じくアニーを抱っこし、くぼ地まで歩く。
明るくなったから集落の全容がはっきりと見て取れる。
あちらこちらにゴブリンの骸が横たわり、奥地には骸が山積みにされていた。山積みにしたのはゴブリン達自身だろう。俺がアニーを助けにここに来る前に、『余興班』と『片づけ班』で分かれて作業していたかもしれない。
「ジンイチロー、あの大きな家に、人間の・・・」
「・・・うん、あったよ」
「野ざらしはかわいそう」
「そうだね・・・」
階段を下りてくぼ地に降り立ち、もう一度家の中を覗く。昨日と特に変わり映えはない。
「アニー、このあたりでは、死者はどうやって埋葬するの?」
「フィロデニアは火葬だったはず。高温で燃やして、灰にするの」
「そっか・・・」
「ジンイチロー、できる?」
「多分・・・できると思うけど、アニー?」
「私は、『これ』があるからできない・・・」
不安そうな顔で、アニーは首輪を触った。
首輪に見えなくもないけど、どちらかといえば『チョーカー』に似ている。幅が2㎝ほどの黒色で、正面には小さな透明な宝石のようなものが付けられている。ところどころ模様のようなものも見える。
「聞くに聞けなかったんだけど、それはいったい何なの?」
「私がゴブリンに捕まったとき、一番最初にされたことが、この首輪。多分、魔法の発動に制限をかけるものだと思うの。だから、私は何もできずに捕まって・・・」
伏し目がちにアニーは思い出しながら話してくれた。
「ジンイチロー、外せそう?」
アニーに言われ、近くで首輪を観察したけど、装着部分がまるで見当たらない。
どういう原理で装着できるんだ?
「もしかしたらこの首輪、ゴブリンが盗賊まがいのことをして盗んだものかもしれない。じゃないと、ゴブリンが魔道具や武器をもっている理由に説明がつかない」
「そう・・・だよね・・・・」
もう一つの可能性として、『誰かが持たせた』という理由も考えられるけど・・・。それについては全く見当もつかないし、考えるだけ時間の無駄か。
「普通の魔法も、精霊魔法も使えないということ?」
「そうね。多分、魔法陣を使っても魔法は出ないと思う」
試しに『炎弾』の魔法陣を持たせてみた。
確かに、うんともすんともいわない。
アニーは大きくため息をついた。
「やっぱり」
「これはばぁばに相談してみよう」
「今のところ、それしかないわね」
なにはともあれ、アニーは魔法が使えない。
死者の弔いは、俺がするほかない。
家ごと火をつける方法もあるけど、燃え崩れた木が遺体にのしかかるのは気分的にしたくない。
家に入って遺体を見てみると、下に敷物が敷いてあるのが見えた。
うん、敷物ごと外に運び出そうか。
腐敗臭もしたけど、息を止めて対応。アニーも手伝ってくれた。
家には4名の遺体があり、外に運び出した。
念のためくぼ地全体を見て回ったけど、その他にはいなかった。
「行くよ・・・」
使えるようになった火魔法を、遺体のある場所で発動させた。高温炉で燃やすイメージもを持たせたら、白と青色の炎が遺体を囲むようにして具現化。
遺体は瞬く間に燃えた。
俺はしゃがんで、手を合わせた。
「ジンイチロー、それは?」
アニーを見上げると、不思議そうにしていた。
あ、こんなときに不謹慎だけど、見上げるのは以後禁止・・・。
「俺の故郷では、死者を弔う時に手と手を合わせて祈るんだよ」
「そうなんだ・・・」
すると、アニーも俺と同じようにしゃがんで手を合わせた。
「わたしも、もしかしたらこうなっていたのかな・・・」
アニーのつぶやきが耳に残った・・・。
昨日は忘れていたけど、アニーは一応剣も持っていたので、大きな家に捨てられていた片手剣をもってくぼ地を後にした。もちろん、移動はお姫様だっこだ。
林を抜ける前に、もう一度、上着をチェック。下は何も履いていないけど、長めのシャツだからとりあえずは隠せる。
「ここからは歩ける。ありがとう」
そう言って、アニーは俺と並んで歩いた。
林を抜けて丘を城門方面に歩くと、こちらにやってくる影が見えた。
「あれ、イリアとばぁばよ」
アニーが言った通り、よく見たらあちらも並んで歩いていた。
手を振っているのが見える。
「アニー、行こう!」
「うん!」
「ジンイチロー!アニーさん!」
イリアも駆けてきて、ばぁばもそれに続いた。ばぁばはマーリンさんの靴を履いているみたいで、イリアの速足にも遅れがちだがなんとか付いていけていた。
イリアはばぁばより先に俺たちのところへたどり着くと、それと同時に腕を伸ばして飛び込んできた。
「よかった・・・二人とも・・・ぐ・・・うううぅぅぅ・・・・!」
途端に泣き出してしまった。
「イリア、ごめんなさい。心配かけてしまったわね」
「アニーさん、大丈夫ですか?何もされていませんか?」
泣き顔のままイリアはアニーの体を見て、裸同然であることにようやく気づいたようだ。
だが、血の流れた跡を見て、固まった。
「これ・・・」
「・・・」
何て説明していいのか、アニーも顔を曇らせてしまった。
ばぁばがやっと到着した。
「二人とも、大丈夫かい!?」
「「ばぁば!」」
「ああぁ、アニー・・・、あんた裸にされちまったんだねぇ・・・」
「でも大丈夫よ。手を出される前に、ジンイチローが助けに来てくれたの」
「そうかい!よくやった!ジンイチロー!」
「うん・・・」
ばぁばからはそう褒められたけど、俺の心は晴れない。
なんとなくそれを察してくれたのか、二人ともこの場でそれ以上聞くことはなかった。
「アニー。服をゴブリンに汚されていると思ってね、替えの服を持ってきたんだよ」
「ありがとう!ばぁば!」
「さ、詳しいことは家に帰った後にしよう。ごはんも食べていないだろうから作っておいたよ!」
「嬉しい!お腹空いてたの!」
家に戻り、俺とアニーは湯あみをして汚れを落とした。
用意されていた朝食をおいしくいただき、香草茶を飲んで一息ついた。
「アニー、ジンイチロー。イリアからは女性達を助けたところまでは聞いたよ。女性達は城門の兵士達に託して、今ごろは身元の確認と家族への引き渡しの準備を進めているところだろう。私は・・・私は・・・今回ばかりは心配で、心配でならなかった。特にアニー、あんたがゴブリンの手に掛かったんじゃないかと、それはもう心配で・・・心配でねぇ・・・」
ばぁばがポロポロと涙を落として震えた。
こんなばぁばの姿を見るのは初めてだ・・・。
すかさずアニーがばぁばのところへ駆けよって抱きしめた。
「ごめんなさい、ばぁば。心配かけてしまって」
「いいんだよ、無事で何よりだったよ」
丘での出来事を思い出した。
ばぁばは俺達を責めず、ましてや俺によくやったと褒めた。
いっそのこと怒鳴られたり叱られたりすれば、俺はもっと居心地が良かったかもしれない。
かつてないほどに小さくなって震えるばぁばを見て、俺は心底申し訳なく思ってしまった。
「俺・・・本当に・・・ごめんなさい・・・」
俺は伏し目がちに、誰にということなく、謝った。
ばぁばはアニーを抱きしめながら、にっこり笑ったように見えた。
「ジンイチロー、そしてアニー、イリア。あんたたちは立派にやり遂げた。何も謝ることはない。私が嬉しかったのは、『見て見ぬふり』をしなかったことだ。アニーが捕えられてしまったのは確かに悲しいことだが、大勢の命と笑顔を守った。だから顔をお上げ。さ、ジンイチローもこっちへ来ておくれ」
いわれてすぐにばぁばに駆け寄った。
ばぁばはアニーと同じく、俺のことも強く抱きしめてくれた。
「ありがとう、ジンイチロー。アニーのことを守ってくれたんだね」
「ばぁば・・・」
堰を切ったように目から熱く溢れてきた。
ばぁば・・・ごめん・・・そしてありがとう・・・。
「イリアも、おいで」
「ミルキー様!」
イリアもすでに涙していた。不安だったのはイリアも同じだった。
「イリアも、初陣をよく乗り切ったね。魔法陣で魔法が使えたと聞いて嬉しかったよ」
「ミルキーざま・・・」
みんなばぁばに抱きついて泣き合った。
ばぁばのぬくもりに、どこかとげとげしていて固まっていた心が解けていく気がした。
ばぁばから離れて、最後に3人で抱き合った。
「アニーさん、ご無事で何よりです。あなたが守ってくれなければ、女性たちは助かりませんでした」」
「ありがとう、イリア」
「ジンイチロー、アニーを守ってくれたありがとうございます」
「そんなことないよ。それにイリア。イリアも本当によく戦ってくれたね。ありがとう」
「そうよ、イリア。あなたが粘ってくれたから、女性たちも無事に逃げることができたのよ」
「・・・ありがとう」
3人それぞれ顔を見た。みんな腫れぼったい目をしていた。
思わずみんなでクスクスしてしまう。
「さて、ジンイチローとアニー。あまり思い出したくもないだろうけど、もう少し話を聞かせてくれないかい?」
「「 うん! 」」
アニーと俺の話は、ばぁばとイリアを絶句させるのにさほど時間を割かなかった。
それだけ、アニーがされたことの異常さが際立っていたのだ。
「なんてことだい・・・」
「アニーさん・・・」
イリアに至っては震えて俯いてしまった。
「でも私は大丈夫よ。ジンイチローの回復魔法があったから、傷口も綺麗に治ったし」
・・・。
「矢を受けたからこそ免れた、か。そうはいっても――――――」
・・・眠い・・・。
「ゴブリンは確かにそういう――――」
・・・真面目な話をしているのに・・・さっきいっぱい泣いたせいかな、急に―――
・・・。
・・・。
「ジンイチロー・・・」
急に私の肩に頭を乗せてきたからびっくりしたけど、まさか寝ているなんて・・・。
「アニー、きっとジンイチローは寝ずにあんたのことを守ってくれていたんだよ」
そっか・・・。安全そうに見えても結局は大森林だもんね。魔物がいつ襲ってきてもおかしくはなかった。私は疲れてすぐに寝ちゃったみたいだけど、ジンイチローはずっと見守ってくれていたのか・・・。
不意に、昨日の出来事を思い出してしまった。
あの時は自分の気持ちを抑えられなかった。
信じて待っていたら、本当に来てくれた。
私のために泣いてくれた。
自分ばかり責めて、自分だけ背負おうとしていた。
全部、全部・・・。
「アニーさん」
イリアの声にハッとした。
イリアが真っ直ぐ私を見ていた。
やっぱり話した方がいいのかな・・・。
「・・・ごめんなさい、イリア。あなたに謝らなければいけない」
「・・・」
「わたし、自分の気持ちを抑えられなくて・・・その・・・ジンイチローの、唇を奪ってしまった・・・」
イリアは深くため息をついた。
「はっきり言って、なぜアニーさんが謝るのかがまったくわかりません」
「へ・・・」
「ジンイチローは誰のものでもありません。誰と何をしようが、わたくしがどうこういうことはできません」
「・・・」
「・・・・・それに・・・もしわたくしが、アニーさんと同じ立場に置かれていたとしたら、間違いなく、同じことをしたでしょう」
「イリア・・・」
「それと、休戦協定を破ってしまったとお考えなら、それは大きな間違いです。あれは、女性たちを助けるまでの間の一時的なものです。それに・・・それに・・・ジンイチローは、拒まなかったでしょう?」
「・・・えぇ」
「だったら、それが全てです。わたくしからは、それについて何も言うことはないということです」
言い終えたあとのイリアは、口を真一文字に固めていた。
イリア・・・あなたが私たちのことを心配しているときに・・・ごめんなさい・・・
「ふふ、ジンイチローも、なかなか罪な男だねぇ」
ばぁばは香草茶を口に含んで呟いた。
ばぁばの一言で、なんか気が抜けてしまった。
「そうそう、話が変わってすまないが・・・アニー、あんたを助けに来た時のジンイチローは、どうだったかい」
「どう・・・だったか?」
ばぁばの言葉であの時のジンイチローの姿を思い出す。
「ジンイチローは覚えていないかもしれないけど・・・本当に圧倒的だった。普段のジンイチローとは思えないくらい鬼気迫って剣を振っていて、練習もしていないのに魔法を発動させた。ものすごい火炎だった。少し離れた私のところへさえ、熱が押し寄せてきたぐらい」
「そして?」
「そして・・・おわったと思ったら、途端にいつものジンイチローに戻っていた」
「そうかい・・・。どうやら、魔法については私が教えることはあまりなさそうだ。守る者の為に自分の能力の『鍵』をぶっ壊したんだ。それができるなら、ジンイチローは大丈夫だろう」
・・・そういえば、とばぁばに切り出した。
「ジンイチローの故郷って、どこなの?」
「ん?どうしたね、急に」
「集落に、ゴブリンに襲われた女性の亡骸があって、火葬したの。そのとき、ジンイチローが手を合わせて、故郷ではこうするって言ってたから・・・どこなのかなぁって」
「ふむ・・・」
ばぁばは顎に手を当てて思案顔だ。
「アニー、それとイリア。きっとジンイチローは、時期がくれば自分のことを全て話してくれるだろう。故郷のことも含めてね。そのときは、受け止めてあげてほしい」
「・・・」
「ふふっ、だけどね。ジンイチローも知らない故郷の秘密もあるんだよ」
「ジンイチローが?知らない?」
ばぁばはうなずいた。
「そうさ。まさか同じ故郷の出身者がマーリンだなんて、知る由もないだろうねぇ」
ふぇふぇふぇ、とばぁばはにこにこ笑って言った。




