第40話 星空の下で
陽がもうすぐ沈む。辺りは夕暮れだ。
暗くならないうちに、くぼ地までたどり着かないといけない。
いや、奴らはすでに集落を捨ててしまったか?それとももう、ゴブリンの毒牙に――――。
だとしたら尚更急がないと!暗くなってしまっては足跡すら辿れない!
俺の足なんかどうなってもいい。
ちぎれそうな肺もどうでもいい。
全部どうなってもいい。
アニーがゴブリンの手に掛かる前にたどり着きたい。
がむしゃらに走るせいで、作戦とかいなくなっていたらどうしようとか、いろいろと考える余裕がない。
また身一つで飛び込んで失敗する可能性だってあった。
でも、行かなければすべてがおしまいになってしまう。
とにかく走れ!
「な・・・な・・・」
くぼ地を離れてから、体感の時間で1時間ほど経ったと思う。
くぼ地の淵に肩で息をしながら見た光景は、俺の想像をはるかに超えていた。
幸いにも、ゴブリンとアニーは集落にいた。
そして、これまた幸いにも、陵辱劇が繰り広げられていたわけでもなかった。
だが・・・。
儀式を行う祭壇のような場所――――――
そこに、アニーが服をはぎ取られ、裸のまま、組まれた木に大の字にはりつけにされていた。
くつわをされていても目隠しはされていない。
ゴブリン達の行動がアニーにもわかるようにされている。
いっそのこと見えないほうがよかったのかもしれない。
はりつけにしたアニーに向かって、ゴブリン達は笑いながら弓矢を向けていた。
ゴブリンの一体が、アニーに向かって矢を放った。
その矢は、アニーの右の太ももに深く刺さった。
くぐもったアニーの悲鳴が集落に木霊した。
首を必死に振って痛みに耐えている。ゴブリン達はその様子を見て愉快そうに笑っている。
すぐにもう一体のゴブリンが矢を放った。
矢は、アニーの左肩に突き刺さった。
すぐさま別のゴブリンが矢を放つと、今度は右肩に突き刺さった。
そして、また・・・今度は、左の太ももに・・・。
アニーの苦悶の悲鳴がくつわ越しに響く。ゴブリン達はゲラゲラと笑っていた。
俺の中で、何かが切れた。
青龍刀を引き抜くと同時に、階段など使わず、そのままくぼ地に身を投じた。
着地と同時に激しい痛みが脚に広がるが、すぐに『フル・ケア』をかけた。
何体かのゴブリンが俺に気が付き、ギャアギャア喚きたてる。知ったことか。
弓をもつゴブリンも俺に気が付き、俺に向かって矢を放とうとしている。そして弓から矢は離れたけど、俺の目には止まっているようにしか見えない。弓を持つゴブリンに、体当たりしながら青龍刀を突き刺す。
突き刺した刀を抜いて、振りおろした。縦真っ二つに崩れるゴブリン。
集まっていたゴブリン達に『一閃』を放ち、すぐにそれを逃れたゴブリンめがけて走り、首を落とした。
短剣で背後をとろうとしたゴブリンの気配がした。
振り向きざまに刀を振りぬく。ゴブリンは腹から真っ二つになって地面に落ちた。
奥側からもゴブリンが駆けてきた。
『土走り』を何線にもわたって放つ。縦真っ二つになるだろうけど、それを見ることもなく、短剣で切りかかるゴブリンの剣を受け止めた。もう一体のゴブリンがそれを見てすかさず俺に切りかかった。
今の俺なら想像しうることはなんでもできると、刹那に感じた。
つばぜり合いからゴブリンを蹴って突き飛ばした。そして、切りかかるゴブリンに向かって手を伸ばした。
『炎弾』
魔法陣を使った『炎弾』の何倍もの大きさの炎の塊が、切りかかったゴブリンとその周囲の奴らに降りかかった。悶えるゴブリン達。
つばぜり合いをしていたゴブリンが、立ち上がった。
俺は見逃さず『一閃』を放った。
初めて回復魔法以外の魔法を発動したが、喜びが全く湧かない。
残るゴブリンは、10体ほど―――――。
その中で、やけに大きいゴブリンがいた。
こいつは・・・もしかして、親玉か。女性たちの救出の際には見なかった奴だ。
身の丈は俺よりも高く、他のゴブリンと比べて筋肉がしっかりとついている。残ったゴブリンに向かってギャアギャアと指差しして何かを指示していた。
知能的にも、強さとしても、この中では群を抜いているかもしれない。ボス戦として最後の死闘を演じることに―――
なるわけがない。俺は関係なしに『一閃」を放つ。
手下のゴブリン達もろとも崩れ去る。
残ったゴブリン達が、ようやくここで怯み始めた。
もう遅い。
『炎弾』で残った奴らを次々と炎の餌食にしていく。
集落は、壊滅した―――。
「アニー!!!」
アニーはぐったりしていて動かない。突き刺さった矢の傷口から、おびただしい血が流れている。
よく見ると、顔が腫れていた。あのゴブリン達は俺達が去った後にアニーを殴っていたのか・・・。
脚を固定していた紐を刀で切り解き、首と、腕の紐も切り解く。首には、アニーが付けていなかったはずの首輪が付けられていた。これは一体・・・。
倒れそうになるところを支えて、ゆっくりと寝かせた。
くつわを解かないのは、矢を引き抜くのに必要だと思ったからだ。
「アニー、待ってて。矢を引き抜くから」
アニーは目を細めて俺を見た。
体が震えている。引き抜くために体を触ると、とても冷たい。矢を引き抜いてからでないと『フル・ケア』をかけられないので急ぎたい。
でも、あわてて引き抜くとそれはそれでよくない。
慎重に、かつ丁寧に・・・。
「抜くよ」
太ももの矢を持ち、力を入れ、一瞬で引き抜く。
「むううううううううううう!!!」
アニーが目を瞑り、激痛に耐えている。
抜いたところからさらに血が流れ始めた。
同じ要領でもう一方の太ももの矢を抜く。アニーは同じく苦悶の表情を隠さないが、それをいちいち見ていると力を入れにくくなってしまうので、敢えて見ないことにした。
最後の矢を引き抜いた俺は、すぐに『フル・ケア』をかけた。
アニーの体が光の繭に包まれ、傷口は綺麗に消えた。
流れ出た血だけが、元の傷のひどさを物語っていた。
「アニー!!」
くつわを外して、また呼びかけた。俺は腕をアニーの肩にまわして、上体を抱きかかえた。まだアニーの体は冷たい・・・。
「アニー!!!大丈夫か!!!」
「じんいちろぉ、じんいちろぉ・・・」
アニーの顔が崩れ、目にいっぱいの涙を溜めた。
「アニー!こんなにひどいことされて、ほんとうにごめん! 俺の・・・おれのせいで・・・あんなことされて・・・おれがもっとしっかりしていれば・・・さっきみたいな戦い方ができていればこんなことにはならなかったんだ・・・ううぅぅ・・・」
俺が泣いてどうするんだよ・・・・・・辛かったのはアニーだろう・・・・・。
「ジンイチローは悪くない。ジンイチローが助けにきてくれるって・・・絶対助けにきてくれるって信じてた。ジンイチローは来てくれた。ほんとに・・・ほんとに・・・うれしい・・・」
「アニー・・・」
「ジンイチロー・・・」
俺はアニーを強く抱きしめた。
お互い、抱きしめあいながらいっぱい泣いた。
不甲斐なさも、情けなさも、俺のだめなところも、ヘタレな俺も、全部全部、アニーは『悪くない』と慰めてくれた。
結局、助けてもらったのは俺の方だった。 ほんと、情けない。
辺りが夕闇になり、少し冷え込んできた。
アニーは泣き止んでも、裸の姿を隠そうとしなかった。
ちょっと冷静になってしまった俺は、何をどう見ていいのかわからなくなってしまった。
「アニーの服はどこにあるの?」
「多分・・・その大きい家の中にあると思う」
「ちょっと待ってて」
家の中に入ると、何ともいえない匂いが漂っていた。
饐えた匂いと、何かが腐敗したような匂いが混ざり合っている。
落ちていた太い木の棒に、試しに火魔法で火をつけてみた。
見事、松明の灯に変身。
でも、明かりなんてつけないほうがよかった――――――
そこには何人もの人間の亡骸が横たわっていた。
手前のこの人は・・・くぼ地を偵察に来たときに襲われていた女性・・・。
奥には腐敗の進んだ亡骸もあった。
念のため、脈をとる・・・。
やはり、だめだった・・・。
俺はアニーの服探しを再開した。
家はさほど広くないので、服はすぐに見つかった。しかし、すでにボロボロに引き裂かれ、とても着られるような状態ではない。下着もあったけど・・・これも饐えた匂いが染みついていて、どろどろした液体がついている。
「オ゛エエエッ!」
匂いに堪えきれず戻しそうになってしまう。一応、アニーに確認してもらおうか・・・。バッグと靴もあったので、これも回収した。こちらは幸いにも液体の被害にはあっていない。
「アニー、服はあったんだけど・・・」
アニーに服を見せると、アニーはため息をついて首を横に振った。
「だめね。とても着られない。それにこの・・・ヴエ・・・この下着・・・なんなのこの匂い・・・」
指でつまんでポイッと放り投げる。
「仕方ないわ。しばらくは裸でいるしかない」
「なにか羽織るものでも探してくるよ・・・」
「待って」
直ぐに探しに行こうとした俺の腕を掴んだアニー。
ぐいっと引っ張られ、そのままアニーに抱きしめられてしまった。
「こうしていた方が、あったかい」
「へ・・・いや、その・・・」
「さっきはあんなに強く抱いてくれたじゃない」
「あれはその・・・」
「・・・それじゃあ、ゴブリンのあんな匂いのついたものを私に羽織れというの?その辺にあるのはみんなゴブリンが寝ていたときに敷いていたものでしょ?」
「・・・」
「だったらいいじゃない」
微笑まれると、言い訳も何もできない・・・。
今日のところは『野営』をしようと二人で話し合った。
だが、このくぼ地のどこを見ても、それができるところはない。
何せ、いたるところにゴブリンの屍が転がり、大きい家の中も亡骸があってとても寝られない。
それに、亡骸やゴブリンの屍の匂いを嗅ぎつけて、魔物が襲ってくることも考えられる。
どうしようかと考えていると、アニーが提案した。
「実はね、ここで女性たちを救出しようとする前に、女性たちを昇らせた階段の方から見えたんだけど・・・」
アニー曰く、そこから少し開けた土地があるらしく、そこならまだ寝られるかもしれないという。確かに、ゴブリンの屍と一緒に寝るよりよほどマシだ。
立ち上がろうとするアニーを制止し、俺は、いわゆる「お姫様抱っこ」をした。
「ジ、ジンイチロー・・・」
「裸を間近で見たいんじゃなくて、その・・・裸で歩かせるのもどうかと思って・・・」
「・・・悪くない。むしろ正しいわ」
「ふふ、ありがとう」
開けたところは、階段付近からおよそ200mほど離れた場所にあった。
道もなければ、けもの道すらないので、魔物がここを通ったということは直近ではないということか。
開けたところには所々大きい木が生えていて、寄りかかるにはちょうどいい。
俺はアニーを木の根元に降ろすと、俺もその隣に座った。
アニーは俺の肩に顔を寄せてきた。
「ねぇ、アニー」
「なに?」
「思い出したくないことだと思うんだけど、聞いていい?」
「ゴブリンのこと?」
「うん。その・・・さ、ゴブリンは人間の女性を繁殖のために襲うって聞いていたから、俺はくぼ地に戻るとき、アニーがそうなっていたらどうしようって考えてたんだ」
「そうね、普通ならそうだったかも」
「どうしてアニーにはあんなことをしていたの?」
「私もよくわからない。でも、私に刺さった矢を見てゴブリン達はギャアギャア言ってた。もしかしたらだけど、自分たちを殺そうとしていた人間に向かって、逆にああすることで楽しんでいたのかもしれない」
確かにゴブリン達は愉快そうに笑っていた。
「多分ジンイチローが来ていなければ、あの後私は襲われていたと思う。でも、ゴブリン達にとってのあの余興は、私に矢が刺さっていたことで思いついたんだと思うの。もし矢が刺さっていなければ、ジンイチローが来たときにはもう手遅れだったかもしれない・・・。ゴブリン自体が単純なせいもあるんだろうけど・・・そう思うと、けがの功名ね」
「あまり嬉しくないけど、結果的に見ればそれで助かったのか・・・」
「そう、私の『初めて』がね」
アニーが体を寄せてきた。
「ねぇ、ジンイチロー」
「なに?」
「私を抱きしめて」
「・・・」
「・・・」
俺は、アニーを抱き寄せた。
「あったかい・・・ジンイチロー・・・」
「うん・・・」
「ねぇ・・・イリアの休戦協定、破ってもいいかな」
「えっ?」
アニーは顔を起こすと、俺の顔に手を当てて、そのまま顔を寄せた。
俺の唇とアニーの唇がひとつになった。
アニー・・・
目も閉じられないほど・・・あまりにもびっくりで・・・
目を閉じているアニーの顔は、とても綺麗で・・・
アニーはゆっくり目を開けた。
「おやすみ、ジンイチロー・・・」
「・・・・・うん、おやすみ、アニー」
俺はまたアニーを抱きしめた。
夜空は澄みきっていた。
見たこともないほどの満天の星空が明かりのない森を照らしているようだった。




