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第39話 アニーの叫び

 

 心臓の高鳴りが止まらない―――。

 そう、これがわたくしの初陣となるのです。

 魔法陣を使ったとはいえ初めて魔法を発動してから間もない中、ゴブリンに捕えられた人たちを救出するという前代未聞のこの行動・・・。お父様が知ったら何と言われるでしょうか・・・。


 うん、大問題になりますわね、これ。

 お父様以外には秘密にします。


 でもそれも仕方ありません。

『覚悟を決め臨むべし』

 これは昔から教示いただいたことです。王家の人間たるもの相応の覚悟をもって何事にも臨め、と。

 フィロデニアに住まう人々の安全を守ることが王家の使命なのです。今わたくしは王家を代表し、ここに立っているのです!


 わたくしの両手には、ジンイチローから託された魔法陣があります。


 ジンイチローにわたくしの両手が包まれたとき、不思議と力が湧いてきました。とても、とても温かったのです。


 わたくしは覚悟を決めました。


 僭越ながら合図をさせていただきます!


「『炎弾』!!」



 ・・・

 ・・

 ・



 崖下にはゴブリンの木組みの家が並んでいる。未だに昼寝を続けている者が多数いた。

 寝込みを襲うのはあまり気分のいいものじゃないけど、今回は目を瞑る。

 俺とイリアの陽動がないとアニーにゴブリンが殺到してしまう。救出も何もあったものじゃない。


 その時、くぼ地の真ん中あたりで大きな音がした。炎が着弾している様子が見えた。


 イリアの合図だ!


 俺は崖下へ身を投じた。

 急な傾斜角だけど、降りられなくはない。

 そしてくぼ地に降り立つと、青龍刀を抜いた。


『土走り』!


『一閃』!


 寝ているゴブリン達に剣技を光らせた。

 起きているゴブリン達が仲間の死に怒って武器も持たずに走ってきた。

 そこでもすかさず『一閃』を放つ。


 立ち止まるわけにはいかない。俺は駆けて、起きているもの寝ているもの構わず剣技で斬り伏せた。


 イリアに託した『炎弾』の魔法陣は2枚。残りの1枚は刀を握り締める俺の左手にある。


「『炎弾』!」


 人間がいないことを確認して家に火を放つ。ついでに少し遠くのゴブリンにめがけて放つ。


 クリーンヒット!


 燃える仲間を見て慌てるゴブリン達。


 俺の行動にようやく気付いたのか、短剣をもって走ってきた。と思ったら、その後ろにいたゴブリン達が弓矢で俺に矢を放った!


 だがその動きはあまりに遅い。フォレストホーンラビットの斬撃に比べてあまりに劣る。矢の攻撃をものともせず避けさらに斬り伏せる。寝ているゴブリン含めこれだけで30体近く葬っただろう。加勢される恐れは少なくなった。


 広場のようなところまで辿り着くと、ゴブリンがイリアめがけて階段を駆けあがろうとしているのが見えた。

 イリアはそれに対応せず『炎弾』を広場付近の家めがけて放っていた。


 イリアは気付いていない!


 俺は出来る限り『炎弾」を階段めがけて放ちまくった!

 思ったほど連発が利かない! 1秒間に1発といったところだ。


 上手いこと階段のゴブリンの何体かにヒットしてその体が燃え盛った。怯むゴブリン達。

 ようやくイリアが気付き、階段めがけて『炎弾』を放つようになった。

 上の方にはゴブリンがいないようなので、しばらくはこの対応でいいだろう。


 イリアに気を取られ、周囲にゴブリンが集まりだしたことに気付かなかった。奴らは武器を持って走ってきた。


 ちらっとだけアニーの様子を窺う。


 捕らわれている人たちが身をかがめながら階段に向かうのが見えた。


 ここまでは上手くいった。


 数体のゴブリンがアニーのいる方向を指差して何か叫んでいる。

 そりゃあ気付くよなぁ。


 で、叫ぶそいつに容赦なく『一閃』を放つ。


 あんたたちの相手はこの俺だ!



 ・・・

 ・・

 ・



 イリアもジンイチローも上手くやっているみたい。

 見事にゴブリンの目が暴れる二人に目を奪われている。

 相手がゴブリンだからこそ成り立った今回の救出劇。これがもっと知性のある魔物が相手だったら、そもそもこんな行動をしていないし、こんな単純な作戦も立てない。


 ジンイチローが広場付近までたどり着いたところで、私は階段を下った。

 人間の見張りをしているゴブリンが2体、まだ動かずに戦況を見守っている。

 見張りがいることは想定していたけど、動かないままなのは想定外だった。てっきり慌てて騒ぎに飛び込んでいくものと思っていたから。


 でもやることは決まっている。


 背後から精霊魔法の炎をぶち込むだけ。


 ・・・はい、終了。


「みんな、こっちよ。助けに来たわ」

 みんな私に振り向く。

「この階段から逃げるわよ!姿勢を低くして!」

 みんなの顔に笑顔が戻った。

 それにしてもゴブリン達は本当にこの女性たちを・・・。女性たちは皆若く服を脱がされていた。それは小さな子どもであっても・・・。本当に許せない・・・!


「連れてこられたのはこれで全員?」

「はいっ!そうです!」

「じゃあ行くわよ!」


 何体かのゴブリンが階段めがけて走ってきた。

 私がしんがりの役目を負うようにした。皆が階段を昇り、駆けていく。

 その時、ジンイチローが階段を上ろうとするゴブリンめがけて『炎弾』を何回か放ってくれた。


「ジンイチロー!もういいわ!あなたもこっちへ!」


 聞こえただろうか。

 ジンイチローの周りにはゴブリンが殺到し始めている。たとえジンイチローでも波状攻撃をかけられると辛いかもしれない。見ていてわかる。彼は不思議な剣術を持っているけど、剣の使い方や姿勢は素人同然だ。

 そしてさっきまでイリアの援護もしていたようだけど、この状況ではそれすら適わない。

 イリアのいる階段もゴブリンが殺到し始めた。『炎弾』を放っているようだけど、だんだん押されはじめた。

 一体全体、ゴブリンは何体いるの!?

 このまま続けていたのでは危険すぎる!


「みんな!向こうに見える階段付近まで走って!今なら間に合う!」

 私は小さな子どもを抱えて皆の後ろを走った。

 全員靴を履いていないせいか痛そうにしているけど、誰もそれについては口にしない。


 と、その時、下の方から矢が飛んできて皆の頭上を音を立てて通り過ぎて行った。


「みんな!伏せて!」


 一斉に伏せる女性たち。私も子どもの頭を抱えて伏せた。


 そこからイリアの様子が見えた。


 階段の真ん中よりも上部まで押してきている。


 まずい・・・。イリアは逃げもせず懸命に魔法を放っているけど、魔力切れが心配だ。


 少しだけ崖下に顔を出してみると、十数体のゴブリンが弓矢を構えて放っている。


 私のすぐ上を矢が抜けていった!


 く・・・このままじゃ・・・ゴブリンの武器まで考えに及ばなかったのがここにきて・・・。



「そっちに行ってはダメよ!」



 女性が子どもに注意していた。崖の近くでしゃがんでいる!


 私は抱いていた子どもを近くの女性に託して、急いでその子のそばへ駆けた!


 子どもを抱えることができた・・・と思ったその瞬間―――――


「ぐぅううう!!」


 背中に鈍痛が走った。矢が・・・背中に・・・。


 そしてあろうことか、足場が急に崩れ始めた!

 慌てて子どもを女性たちのところへ放り投げた。


 私はそのまま崖下へ―――――



 ・・・

 ・・

 ・



 ―――埒が明かない!


 ゴブリン達が波状攻撃をかけてきて、一体一体処理しようとする俺に向かって武器で殴りつけようとする。

 避けては斬りつけ、攻撃を受け止め、はじき、避けては斬りつけ―――


「いいかげんに、しろ!」


 苛立った俺は突破口を作るため、『一閃』でゴブリンを退け、波状攻撃のすき間を作った。



 抜け出した俺は、状況のまずさに顔を歪めてしまった―――


 女性たちは皆無事に階段を駆け上ったものの、未だに脱出口となるイリアのところに辿り着けていない。


 アニーの姿が見えないことにも焦った。


 イリアも奮闘しているが、盾をもつゴブリンが現れて『炎弾』を防ぎつつ彼女に迫っていた。


 それにしてもアニーはどこに・・・。


 と思ったら、アニーがこのくぼ地に落ちてうずくまっている!


 矢か!背中に1本の矢が刺さっている!ぐったりとして動いていない・・・。


 ゴブリンが彼女におそるおそる近づいていくのが見えた。


 まずい!俺は彼女のもとに行こうとした―――


 その時―――


「ジンイチロー!早くイリアのところに行って!」


 アニー!?


「早く!私はいいから!大丈夫だから!」

「全然大丈夫じゃないだろう!今いく!」

「だめ!私を助ける時間はない!早くしないと、女性たちがまた捕まる!イリアも捕まる!」


 アニーの言う通りイリアの近くまでゴブリンが迫っていた。


「ジンイチロー、お願い!」


 アニーに近づくゴブリンを守るように、大勢のゴブリンが周りを固めた。


 アニーの姿が見えなくなった。


 くそっ!なんとかならないのか!


 でもアニーの言う通り、もうあとわずかでイリアのもとにゴブリンが辿り着いてしまう。


 そうなったらゴブリンはイリアも捕え、女性たちを再び捕え、彼女たちを人質にされた俺は為すすべもなく捕えられ・・・そして・・・。


 女性たちが脱出のために使った階段をゴブリンが駆け昇っていくのが見えた。群がっての行動ではないので、魔法陣の『炎弾』では狙いが付きにくい。


 そして女性の一人にゴブリンが手をかけ、連れ戻そうとしている。さらに階段を駆け昇っていくゴブリン達。




 ――――もはや、長考の時間がない・・・。




 俺は階段めがけて走った。


 駆けあがりながらゴブリンを斬りつけ、アニーに群がろうとするゴブリン達に『炎弾』を放つ。


 だが、それを見たゴブリンがアニーに短剣を突き刺すジェスチャーをした。


 そして、俺を見ている。




 アニーが、事実上の人質になってしまった―――!!




 俺は女性たちのもとへ駆け急ぐ。


 本当にこのままアニーを置いていくなんて・・・!


 自分自身にはらわたが煮えくり返る!


 それに、なんて・・・なんて俺は情けない!


 自分への怒りを、女性に手をかけているゴブリンめがけて一蹴して晴らそうとした。吹っ飛んで気絶するゴブリン。でも、まったく何の変化も現れない俺の不甲斐なさ、不手際、思考の足りなさ・・・。


 それを見て他のゴブリン達が女性たちから引いた。


「みなさん、行きます!」


 女性たちを走らせ、イリアのいるところまでたどり着かせた。


「イリア、ここはもういい!脱出する!」

「アニーさんは!?」

「・・・今はとにかく・・・脱出しよう」

「アニーさん・・・」


 ゴブリン達が階段を昇りきり、俺達めがけて殺到した!

 イリアは魔法を、俺は『一閃』を放ち、猛攻から女性たちを守る。


「イリア!逃げながら戦おう!先頭に立ってみんなを誘導して!」

「わかりました!」


 ゴブリンを一体斬り伏せると、逃げ出した女性たちの後を追うように俺も駆ける。


 ゴブリン達は当然追いかけてきた。


 しんがりはそのまま俺が務め、イリアは先頭に立って来た道を戻っていく。



 ―――しばらくすると追手もなくなり、皆それを感じたのか駆ける足も軽くなった。



 やがて林を抜けると見慣れた丘に到着した。



「ここまで来れば安全です」

 イリアの言葉に、皆力が抜け、涙を流した・・・。



 俺は―――行かねば!



 イリアのもとへ歩み寄った。

「イリア、俺はこれからアニーの救出に向かう」

「ジンイチロー!でももう・・・」

 イリアは空を見上げた。

 すでに、陽は大きく傾き暗くなりかけている。

「俺の不手際だ。俺のせいでアニーが・・・」

「ジンイチローのせいではありません!わたくしの腕が未熟だから、ゴブリンを抑えきることができなかったんです・・・」

 イリアの瞳が揺れた。堪えきれずに落ちる滴・・・。

「イリア、ごめん。不甲斐なくて・・・。でも俺は行くよ。今行かないと、ゴブリン達はくぼ地を離れるかもしれない」

「・・・」

「だからイリアは女性たちを王都へ連れて行ってほしい。それとばぁばに、心配しないでほしいって伝えてくれないか」

「危険だからやめろ、と言っても行くのですね」


 俺は大きくうなずいた。


「わかりました。ここはお任せください。必ずアニーさんを無事に、何事もなく連れ帰してください。一人の女性としてのお願いです。それがあなたを行かせる絶対条件です」

「わかった。必ず無事に連れ戻すから」

「えぇ!ジンイチローも気を付けて!」



 俺はイリアに大きく手を振って、ありったけの気力を振り絞って全力疾走で林野へ踏み入った。





いつもお読みいただきありがとうございます。


※ 10/1 一部修正しました

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