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第38話 救出行動前の確認

 

 十分距離を取ったところから、ゴブリンと捕らえられた人間達を追った。

 幸いにも、風の鳴る音や鳥の呼び合う声が俺達の足音を誤魔化してくれている。

 イリアが何か話したそうにしていたが、アニーが口に人差し指を当てて黙るように指示した。


 時折、急勾配な坂道を下ることもあり、そういう時はさらに集団との間を開け、ゆっくり下りていく。


 アニーは立ち止まり、ゴブリン達との距離を十分稼いだことを目視して、俺とイリアにしゃがむようにジェスチャーで指示した。

「まずいわ」

「何が?」

「このまま歩けば、大森林に繋がる」

 まさか・・・。でも言われてみれば、急勾配な坂道を下る前に見た遠くの景色は、確かに深そうな森が広がっていたが・・・。

「じゃあ、ゴブリンの巣は大森林にあるってことか」

「認めたくないけど・・・」

「アニーさん、だからといって彼女達を見殺しにはできませんわ」

 イリアがアニーに厳しく迫るが、アニーはそれでも難しくした顔を崩さない。


 アニーが言いたいことはわかる。このままゴブリンの巣に突っ込んだとして、俺達や捕えられた人たちの無事が確保できるかと言われれば確実な返答は出来ない。ましてやこちらは、まだ魔法の発動がままならないイリアがいる。剣術のレベルがどこまであるかわからないが、戦う場所によっては不利な場合も考えられる。つまり、アニーはここで引き返すかどうかの決断を迫っているわけだ。


 一方、イリアの気持ちも十分わかる。ここまできて捕えられた人たちを放置することはできない。ましてや、王家の立場ならなおさらだろう。それに捕えられた人たちの中には小さな子どももいたのだ。イリアは身の保身を考えず、すでに心を決めているだろう。


 どちらも、意見としては正しい。


 では俺はどうか・・・。


 ・・・。


「ジンイチロー、どうする?」

 アニーが俺を見つめる。


 仲間の命を粗末にしたくない。この二人の無事が一番大切だと思う。

 でも、「じゃあ引き返そうか」と言ったとして、この足がそう簡単に踵を返すことができるだろうか。


 ・・・いや、できない。


 連れて行かれる人たちを見たとき、自ら意気揚々と進む者は一人としていなかった。

 大事な未来が奪われようとしている・・・。


「アニー、俺も一時は帰ることを考えたよ。でも、それはやっぱり無理だ。放っておくわけにはいかない。偽善と言われるかもしれないけど、出来るのは俺達しかいないと思う」

 アニーは俺の言葉を聞いて、にっこり笑った。

「言うと思った。私も、反対されたとしても行くつもりだったけどね」

「イリアも、いいの?」

 イリアは大きくうなずいた。

「わたくしは最初からそのつもりでした。まったく、二人してずるいです」

「ふふふ、イリア王女に一泡吹かせてやったわ」

「む・・・」

 イリアはちょっとむすっとした。こんな素のやりとりは初めてだ。思わず俺も吹きだしてしまった。

「ジンイチローまで・・・。もう・・・」

「ははっ、ごめんごめん」

「・・・仕方ありませんね。ところで、アニーさん」

 イリアがアニーに寄った。

「わたくしのことは、イリアとお呼びください」

「イリア・・・」

「つまりわたくしは、特段あなたを認めたわけではなく、この先『王女』と呼ばれることに利益を生まないものと考察し、やむを得ず呼称変更を申し出た、というわけなのです」

 恥ずかしそうに語るイリアにポカンとするアニー。

「・・・ぷっ、ふふふふふ!」

 アニーが堪えながらも耐えきれずに吹きだしてしまった、。

「あ、アニーさん!」

「ご、ごめんなさい!だって、どうしてそんなに素直じゃないの!」

「ううう・・・」

「でも『イリア』と呼ばないと、さすがにこの先何かと問題よね。わたしも『王女』と言うのはもう堅苦しかったの。あなたからそう言ってくれて嬉しい」

「じゃあ、アニーさん。これからもよろしく」

「えぇ、よろしく。しばらく()()ね」

「ふふ、そうですね」

 二人は固く握手した。


 けど・・・なにが休戦?


「話もまとまったし、行こうか」

「「えぇ!」」




 あれから随分と歩いたが、運のいいことに罠は仕掛けられていなかった。

 おそらく、ここはもうフィロデニア大森林の中だろう。うっそうと、木々や下草、おどろおどろしい色をした花がたくさん道中に生えていたからだ。


 ゴブリンと捕えられた人たちが、くぼ地のような地形があるのだろうか、下に降りるのが見えた。

 ヒソヒソ声でアニーに話しかけた。

「アニー、あれ」

「えぇ。あの辺りは広いくぼ地になっているみたいね。おそらくそこに集落があるのかも」

「だとしたら不用心だな。くぼ地の上から攻撃されてもおかしくないのに」

「外敵が思いの外いなかったのではないでしょうか。だとしたら巣というより、村の規模になっている可能性もあります。外敵のいないゴブリンの巣は大きくなると習いましたが」

「確かにイリアの言うとおりだわ。それにくぼ地とはいえ、私たちは無勢よ」

「じゃあ、こういうときこそ『これ』が役立つんじゃないか?」


 俺はアニーに見えるように、ポケットからあげて見せた。イリアがそれを見て口にした。


「魔法陣・・・」



 くぼ地を確認するため、先行して俺一人で近くまで行くことにした。

 身をかがめながら、集団が降りたあたりまで進む。

 到着すると、ちょうどいい具合に身の丈程度の草が生えていたので、そこに体を隠しながらくぼ地を眺めた。


 これは・・・意外と広い。全体的に見て綺麗な円状で、くぼ地の崖はさほど急ではない。這い上がろうと思えば登れる勾配だ。広さは野球のグラウンドほどだろう。もう少し狭いかと思ったが予想外だった。


 いま俺がいるところは円状の中心点付近からやや左にずれたところか。向かって左側の集落は儀式を行うような祭壇っぽいものが設けられていて、簡素ではあるが大きめの木組みの家がある。あれがリーダーの住まいだろう。

 他には、屋根はあるが壁のない、木組みの建物が等間隔に並んでいて、向かって右側方面へ伸びている。

 捕らわれている人たちはというと、向かって正面の奥側の方で座らされている。

 奥側の斜面は登るにはきつそうだけど、向かって右側の斜面には階段のようなものが据えられているのが見えた。

 気付かれないよう、足音に注意して回り込んでみる。

 確かに階段がある!下の人達を逃がすにはこれを使った方がよさそうだ。


 さらに回り込んでみる。

 最初の位置から見て右手側。登るのは難しいけど、降りられなくはない。ただしここには階段はない。

 このあたりも屋根付き家が目立ち、ゴブリンがたくさん寝ているのが見えた。


 やはり一番よく全体を眺められるのは最初の場所だ。

 そこに戻って再度全体を眺める。そしてゴブリンのおおよその数を数えてみた。

 ゴブリンの総数は・・・ざっと数えて・・・100体ぐらいか。



「なっ・・・あれは!!」



 いけない!思わず声を上げてしまい、慌てて口を覆った。


 ・・・見たくないものまで見えてしまった―――


 くそ、今すぐに降りて助けに行きたい・・・!

 複数のゴブリンが、泣きわめく人間の女性に向かって・・・!


 時間がない。でも慎重に、かつ迅速に行わなければ・・・。


 立ち上がって戻る前に、辺りを見回してみる。

 見張りや斥候は・・・

 いないようだ。完全に油断している。数では負けているがやり方次第では・・・。



「おかえりなさい。どうだった?」

 アニーが心配そうに俺を迎えてくれた。

 俺が苦々しい顔を解かないので、状況の悪さを感じ取ったようだ。

 だが、俺はひとまず見たままを説明した。


「許せません・・・今すぐ行かないと!」

 イリアが今にも駆けていきそうだったので手で制した。

「イリア、気持ちはわかるけど待って!がむしゃらに突っ込では俺達までああなる」

「・・・」

「イリア、私も同じ気持ちよ。でも焦ると身を滅ぼす」


 俺達は話し合った。

 まず、今回の行動の『目的』だ。

 これは言うまでもなく、『捕えられた人たちの救出』だ。

 ということは、ゴブリンの全滅を必ずしも必要としない。無事にくぼ地を出たら、ひたすら逃げるだけだ。


「俺達は三人しかいないから、一人一人が確実な役割を持たなきゃいけない」

「まずは、救出する際にゴブリン達の目を逸らす役割と、人を逃がす役割ね」

 アニーもうなずいて俺を見た。

「うん。でももうこの役割は、俺とアニーで決まりだ」

「えぇ、下に降りての陽動と、護衛しながら救出するのが一番危険だから・・・」

「だからイリア。君は、くぼ地の上から魔法陣を使って魔法をぶっ放してくれ」

「わたくしが・・・魔法を・・・それだけでよろしいのですか」

「魔力切れを起こさないようにすれば問題ない。それと、もう一つ重要なことを伝えておくよ」

「はい」

「危なくなったら、俺達を見捨てて逃げることだ」

 案の定、イリアは首を振った。

「できませんわ!なぜジンイチロー達を置いて逃げなければならないのです!?」

「とりあえず三つ理由がある。一つは、逃げたと思わせてまた遠くから魔法をぶっ放して混乱させられる。もちろん、これは余裕があればできることだけど。二つ目は、逃げに逃げまくって王都に知らせることができる。三つ目は・・・なんだかんだいって、君は『王女』だから」

「・・・」

 喉元まで言葉が上がっていたんだろう。けれども、彼女はそれを飲み込んだ。

「逐一状況を判断しなきゃいけないから、案外イリアの役割が一番難しいんだ。援護と陽動を継続するのか、逃げるのかがね。ちなみに、魔法は『炎弾』だけでいいと思う。炎をぶっ放して、家を燃やせばそれだけでも目を引く。ちなみに、燃やすなら俺が切り込んだ後にしてほしい。念のため人がいないか確認するから」

「・・・わかりました」


 アニーはうなずいた。

「じゃあ、確認するわ。ジンイチローは・・・右側奥手から侵入でいい?そこから切り込んで、頭数を減らしながら、人の確認と陽動。私は、奥側の階段から侵入。捕えられている人たちの救出にまわる。私もこのとき、場合によっては戦闘もする。そしてイリアは、手前の階段側から『炎弾』で行動開始の合図と陽動と・・・戦闘。多分だけど、ゴブリンは盗んだ短剣や弓矢を使うこともある。だから、陽動のためにも一番初めに打つ時だけ姿を見せて、あとは身をかがめてやり過ごして。階段を上ってきたゴブリンがいたら、優先的に蹴散らして。そして、危険と感じたら迷わず逃げて」

 俺はイリアを見た。伏し目がちに話を聞いていたみたいだ。

「イリア、大丈夫?」

「ええ・・・多分・・・」

 イリアにとっては人生で初めての戦闘になる。つい先日の俺も、突然フォレストホーンラビットに襲われたから、気持ちがよくわかる。


 俺は魔法陣の描かれた紙をイリアに渡すと、その手を強く握った。

「大丈夫だよイリア。きっとうまくいく」

 イリアはうつむいたままだ。震えが伝わってくる。

 助けに行くと言った覚悟と恐怖が今、彼女の心の中で対峙している。


 でも、彼女は顔をあげて、真っ直ぐ俺を見た。


「怖いです。正直な気持ち、逃げたいぐらいです・・・。でも、わたくしも王家の端くれです。覚悟をもって臨むべきことを為し遂げなければ、この先何も生むことはないでしょう。・・・・・やってやります。見ていてください、ジンイチロー」

 イリアの瞳に炎が宿るのを感じた。


 うん、大丈夫そうだ。


「よし、行くぞ!」

「「 はい!! 」」




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