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第35話 魔法の練習、そしてゴブリン

 

「ばぁば、イリアからは何か聞いていたの?」


 ばぁばは首を横に振った。

「わたしは王女がここまで本気とは知らなかった」

「ばぁば、手紙って何だったの?」

 アニーがいぶかしげに尋ねた。

「事の発端は王からの手紙だった。イリア王女の魔法講師として着任してくれないか、とね。わたしに声がかかったのは、アルマン王がまだ若かりし頃、魔法講師として就いていた経緯もあったからだろうね。だが、わたしは断った」

 皆、ばぁばの言葉に静かに耳を傾けていた。

「断った理由は簡単だ。王城に通う体力がないことと、老いぼれが出しゃばってやるものでもないと思ったからさ。でもね、通うことは難しくても、こちらに来てくれることについては何の拒否もしない。断りの手紙を書いた時にも『通うことは難しい』と綴ったんだが、うまく伝わっていないのではないかと思ってね。ジンイチローが王城に行く際にメルウェルに託したのが、その意図を伝える手紙だったというわけさ。『本気で学びたいなら、全てを捨てる覚悟でわたしの家に来なさい』とね」

 すると、イリアが口を開いた。

「ミルキー様のお手紙をもらった時、わたくしは思わず泣き伏せてしまいました。消えかけた希望の光が見えたのです。わたくしはすぐにお父様に相談しました。『王家の籍を外されても構わないから行かせて欲しい』と」

 アニーは真一文字に口を固め腕を組んで聞いていたが、ここでようやくそれを解き、イリアを見やった。

「イリア王女、あなたはなぜそこまでしてばぁばに師事を?」

「すべてはわたくしの婚約破棄のためです。個人的な願望の為に周囲の方々を苦しめていることは十分承知しています。ですが、これだけは譲れないのです」

 イリアもアニーを見やった。堅い意志がその瞳から溢れている。

「アニー、イリアはモサロ・ハピロン伯爵と婚約していることになっているんだ」

「モサロ・ハピロン!?」

 俺の言葉に異常に反応したアニー。

「アニーも知っていたの?」

「モサロ・ハピロン・・・。ミニンスク市に居を構える大富豪。各地に鉱山を所有し、商業においても莫大な資産と影響力を持つ貴族である・・・けど・・・」

 アニーはなにやらごそごそとバッグを漁り、ある紙をテーブルに置いた。

「アニー、これは?」

「私がゴルドウィン鉱山の討伐依頼を完了した時にもらった手紙。ハピロン伯爵は私をパーティーに招待したいと」

 皆がその手紙を回し読みして、黙考した。

 イリアが重たく口を開いた。

「・・・とんでもないスケコマシのようですね」

 ばぁばがその言葉に首肯した。

「この手紙を読む限り、アニーを狙っているのをやんわりと隠しているようにも見えるね。アニーは返事をしていないんだろう?」

「えぇ。行くとも行かないとも伝えていない。第一返事を求められていないし・・・」

「いえ、ハピロン伯爵は抜け目がありません」

 イリアはアニーに向かって言った。

「手に入れたいと思ったら、手段を選ばない方だと思われます。きっと、アニーさんがここに出入りしていることもわかっているかもしれません。そのうち、招待状や返事を求められることもあるかもしれません」

「そうなのね・・・」

「わたくしは、このハピロン伯爵と約束したのです。魔法が使えるようになれば、わたくしとの結婚をなかったものにすると。なぜか魔法が使えないわたくしにとっては、ミルキー様だけが希望でした。ですが、ジンイチローとの出会いと、ミルキー様からの手紙・・・。わたくしは覚悟を決めたのです。王家の籍をはぎ取られようとも必ず魔法を行使できるようにし、ハピロン伯爵との婚約を破棄すると。お父様の立場を危うくするものかもしれませんが、お父様はわたくしの裁量にゆだねるとおっしゃってくださいました」

 そうはいっても、王城にはどんなふうに伝えてきたのだろうか。

「ミルキー様に一言御礼をするとして、信用のおける者だけ付けさせて出掛けてきました。本当は大見得切ってでも王城を発ちたかったのですが、お父様からどうしてもと言われ、『影』を使ってのお忍び出立となりました。ですので、ジンイチローがここに来る前に、『影』にドレスを着させて返し、しばらくはわたくしの居室に引きこもっているように伝えました。」

 アルマン王も娘の決意は承知したのだろうが、周りからみれば『我が儘』とも捉えられかねない。今後の王女の立場を考えての対応だろう。

 イリアは居直り、ばぁばに頭を下げた。

「ミルキー様。魔法が使えるようになるまで、わたくしをここにおいてくださいませんか。なんでもお手伝いいたします」

 あらためてお願いを受けたばぁばは、顎に手を当ててなにやら考えている。

 そして、俺を見た。

「ジンイチロー、あんたはどう思う?」

「え?俺・・・?」

 3人それぞれの視線が俺に刺さる。

 ばぁばは優しい目で見つめ、イリアは期待のこもった瞳が光り、アニーは目を細めて睨んでいる・・・。

 イリアの想いは王城でも聞かせてもらったし、堅い決意でここに来たのだろう。荷物などほとんどなく、身一つで来たに等しい。決して王女様気分でやってきたわけではないようだ。ばぁばもそのあたりはすでに見ているだろう。

 それに、それほどの堅い決意を胸に魔法を覚えようとは素晴らしいことだとも思う。少なくとも俺に比べればその重さに格段の違いがある。気ままな俺に対して、イリアのそれは国の将来すら左右しかねない決断だ。だが、彼女はそれを承知の上で『王家の籍を外されても構わない』と言ったのだ。


 ・・・まぁ、これほど色々と考えなくても、俺の考えは決まっていたのだけど。


「俺は賛成するよ、ばぁば。ここに来た様子とか、イリアの目を見ればわかるからね」

「そうかい、ジンイチロー。ジンイチローが賛成するなら、わたしも賛成だよ」

「ジンイチロー!ミルキー様!」

「わたしは反対・・・(ボソボソ)」

「アニーさん、2対1ですわ(ボソボソ)」

「じー・・・」

「じー・・・」


 魔法の練習ならこれからしようとしていたところだったので、ばぁばに提案してみた。

「ばぁば、ナターシャ魔法店からいくつか基本的な魔法の魔法陣を仕入れたんだ。イリアも一緒にどうかと思うんだけど」

「いいじゃないか。まずは魔法陣を使って発動の練習をしてもいいかもしれんね。できることとできないことを分析して、魔法が使えない原因を考えようじゃないか」



 ということで、王都の中央城門近くの丘に立つ俺。

 魔法の練習をするということで、イリアとアニーも一緒だ。

 アニーも同行すると言ったとき、無理しなくていいよと伝えたのだが、何かあってはいけないと心配して付いてきてくれることになった。


 さて、早速魔法陣を手に取る。

 これは火魔法『炎弾』の魔法陣だ。魔力を通せばそれだけで具現化されるみたいだが・・・。

 何もないところに向かって、魔法陣を手にした腕を突きだした。


 魔法陣に魔力を通してみた。


 野球ボール大の炎の塊が勢いよく放たれた!


「おぉ!」


 凄い!なんの詠唱もイメージもなく、普通に現れた!

 はしゃぐ俺を余所に、近くの木に寄りかかって見ていたアニーが、首を傾げながら呟いた。

「使えないわ・・・」

「使えない?」

「えぇ。確かに炎は放たれた。でも、あまりにも遅すぎる」

 あぁ~、言われてみれば・・・。

 もう一度放ってみた。

 同じように放たれる『炎弾』。だがその速度は、ピッチングマシーンにある80㎞の球よりも明らかに遅い。

「練習や演習にはもってこいだけど、実戦ともなれば魔物に簡単に避けられてしまうほどの遅さね」

 アニーの言うとおりだ。

 とはいえ、ナターシャさんに騙されたとか変なものを掴まされたなどの考えには及ばない。『初心者用』と説明され購入したのは、俺自身だ。もとより練習のために購入したから彼女に文句などない。


 さて、この魔法陣がイリアにも使えるかどうかが問題だ。もとより、過去に試したこともあるかもしれないのであまり期待していないけど。

「イリアもどう?」

「やってみます・・・」

 俺から『炎弾』の魔法陣を受け取ると、俺と同じように腕を伸ばした。俺はその始終を、イリアの正面から少し外れたところから観察した。

「いきます!」


 魔法陣が赤く輝き、炎の塊が射出された。


 ―――で、出た・・・。


 一番驚いていたのは、当の本人、イリアだった。

 ポカンと口を開け腕を伸ばしたまま固まっている。

「イリア、発動したよ」


 俺がそう言うと伸びていた腕を降ろし、俺の方に駆けてきた。

 と思ったら、胸に飛び込み抱きついてきた!

 ぎょっとする俺にお構いなしに力いっぱい抱きしめられる!


「ちょっ・・・イリア!イリア!」

 幻だろうか、アニーの手のひらに炎の塊が作られているような・・・


「ジンイチロー!!わたくし、生まれて初めて魔法が!!魔法が!!」

「お、おう・・・よかったね」

 俺への拘束を解き、少し離れるイリア。

 その体は震えていた。

「わたくし、わたくし・・・・・うわああああああああああん!!!」


 天を仰ぎながら嗚咽するイリア。

 堰を切ったように流れる涙は、これまでの苦労を語るには十分すぎるものだ。


 俺はそんなイリアを慰めようと、そっとその体に腕を伸ばして抱き寄せ、よしよしした。

 変わらず嗚咽するイリアは、どことなく幼い少女の雰囲気さえ醸し出していた。


 アニーに目を向けると、仕方ないとばかりにため息をついてから木陰に腰掛けた。



 しばらくして泣きやんだイリアをそっと離すと、俺の服がびしょびしょになっていた。

「ジンイチロー、申し訳ございません」

「いいんだよ。それよりも、魔法が使えたことの方が一大事だ」

「えぇ。魔法陣を使ってもなお発動しなかった今までのことが・・・あまりにも信じられません」

「やはり・・・」


 ナターシャの魔法陣が優れていたからか?

 ・・・いや、なにか違うような気がする。

 なにかもっと根本的に・・・。


「イリア、今度は魔法陣を使わずに発動してもらえないか?」

「えっ」

「やってみよう。もしかしたらできるかもしれない」

「えぇ・・・」


 涙の残滓を拭い取り、イリアはもう一度腕を伸ばした。すぅっと目を閉じる。

 俺も静かにイリアの様子を伺った。

「さっきの『炎弾』を思いだして、遠くに放つように・・・」

 イリアは呟いた。そして、目を大きく開けた。

「『炎弾』!」



 ボフッ・・・



 手の先からかすかに炎が現れたが、すぐに消えてしまった。

 それでも一歩手前まで『発動』した!


「イリア、少しだけど具現化したよ!」

「えぇ!えぇ!やりました!アニーさんも見ていて!?」

「見てたわよ。今まで発動しなかったのがウソと思えるくらいね」

「本当に今まで発動しなかったのです!それなのにわたくし、こんなに・・・」


 イリアの瞳に再び涙が・・・。

 イリアは胸の前で両手を組み、ジッと俺を見つめる。


 ん・・・?


「ジンイチロー、先ほどと同じく、わたくしを・・・」

「は~い!離れよ~~う!」


 おおおっと!アニーが猛速で俺とイリアの間に割り込んだ。びっくりした!


「あら、アニーさん。練習の邪魔立てはしないでくださる?」

「あら、イリア王女。ジンイチローの慰めが魔法の練習にどう役立つのかしら」

「うふふ、なにをおっしゃるの?わたくしは極めて真剣に、ジンイチローと魔力循環の確認をしようとしていただけのことです」

「それならば、普通の魔法の発動に少しでも経験のある私と確認した方がいいと思うのだけど?」

「フーっ!」

「ムーっ!」



 魔法談義に熱くなる二人・・・真剣だな。俺ももう少し魔法陣を使って練習しないと、イリアに追い越されそうだ。


 さて、イリアの魔法が発動したということは、あと少し練習すれば結構いい線いくということになる。過去にどの講師をつけても発動しなかったという彼女が、たった数回の練習で放てる直前にまで至ったのには、なにか理由があるのかもしれない。魔法陣を使った時だって普通に魔力が流れて、普通に発動した。

 そして詠唱もなく発動しかけた先ほどの『炎弾』も、ほぼ具現化したといっても過言ではない。


 王城にいるときと、ここにいるとき・・・何か違いでもあるのだろうか・・・。



 いがみ合う二人に声を掛けようとした時だった。

 遠くの木立ちから何者かが現れたのが、視界の隅で捉えた。

 咄嗟に二人の肩に手を置き、しゃがませた。

 アニーは俺の様子を見て、すぐに俺の視線と同じ方向に顔を向けた。

「アニー、あれは・・・・」

「・・・魔物・・・ゴブリンだわ」

「ゴブリン・・・か」

 聞いたことのある名前だし、昔よくプレイしたRPGで登場したそれと同じ風貌だったので、妙な既視感を覚える。

 アニーが俺達を木陰に誘導した。これでゴブリンからは見えないはずだ。

「でも変ね。ゴブリンは群れを為して生息する魔物だから、単体でいるはずはない」

「ということは、このあたりのどこかに群れがあるということじゃないか?」

「えぇ、そういうことになる。でも、ギルドでは群れの討伐依頼なんてここ最近出ていなかったはずだし、発見もされていなかったはず・・・」

「新しい群れが出来たってことでは?」

「そうはいっても・・・あ、他に歩いているのが見える」

 アニーが指摘したとおり、他にも歩いている何かがあった。

「アニー、あれは明らかに魔物じゃないぞ。人間だ」

「えぇ、しかも・・・女性と子ども・・・結構な人数よ。20人はいる。どこであんなに・・・」

「ジンイチロー、皆鎖でつながれています」

 イリアも目がいいのか、人間たちの様子が見て取れたようだ。

「まずいわね。あれは・・・」

「アニー、何がまずいんだ?」

「ゴブリンは、人間の女性を使って繁殖するの」

「・・・なるほど、まずいね」

「許せませんわ・・・」


 だがどうする?このまま放っておくわけにもいかないが、相手の戦力が掴めない以上、無下に飛び出すわけにもいかない。

「ギルドに依頼することはできるの?」

「えぇ。緊急度と重要度が高ければ、ギルドマスターの権限で一定のランクをもつギルド登録者に依頼をすることができる。この前のジンイチローの捜索もそうだった」

「あぁ、なるほど、あれが・・・」

「でも今回は時間がない。放っておけば餌食にされるだけだし、それにギルドに依頼をしようとして王都に戻っても、奴らの『巣』がどこにあるかわからないまま依頼をすることになるから、さらに時間がかかってしまうし・・・」

「アニーさん、それならば、ゴブリン達の巣の場所を確認してから王都に戻るというのは?」

「・・・確かにね。確実に『巣』を把握し確実に駆逐するなら・・・。ここから駆けて攻撃を仕掛けようにも逃げられてしまう距離だし、木立ちからより奥に入られると罠が仕掛けられている可能性もある。奴らの通った道をそのまま行く方が無難だから・・・」


 それならやることは決まったようだ。

「よし。後をつけて、ゴブリンの『巣』の場所を特定しよう」


 俺の言葉に、二人ともうなずいた。





昨日、また寝落ちです。投稿ができませんでした。

夕食時にビールを飲んだことが原因です。

大して酔いはしないのですが、最近になり飲んでから時間が経つと眠気に変わって襲ってくるようになったのです。

・・・変な後書きになってスミマセン。

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