第33話 居ても立っても居られない
アニーと二人でばぁばの快調を喜び、その日もアニーにこの家泊まってもらうことになった。
そして翌日―――
ばぁばは体調が完全に戻ったと言って、いつも通りに朝起きてご飯を食べて、いつも通り薬作りに精を出していた。手伝おうかと尋ねたけれど、勘が鈍るといけないと断られた。
さて、何しようかな・・・。
朝食を食べてからアニーの姿が見えないと不意に思い、家中を探したけど見つからなかった。
おかしいと思い外へ出て家の周りを歩くと、裏手で家の外壁を背に座っているアニーがいた。
「アニー」
「・・・ジンイチロー」
「どうしたの、こんなところで」
「・・・」
これはどうしたものか。明らかに悩んでいるみたいだ。
ひとまず隣に座る俺。
ばぁばの体調が元に戻ってよかったね、とか、今日は何しようか、など話そうかとも思ったけど、上っ面な言葉しか口に出せそうにないので黙した。
それに、もし悩んでいるようならこちらの言葉も大して意味はないだろう。
黙っているだけでも、アニーが話したい時は誰かがいるよ、とメッセージが送れればそれでいいと思った。
「・・・」
「・・・」
今日はとてもいい天気で、この前の魔物事件の時に比べれば雲泥の差。突き抜けるほどの青色が広がっていて、林から運ばれる風も涼しくて心地いい。王都にいることをすっかり忘れてしまいそうだ。
「・・・」
「ねぇ、ジンイチロー」
「・・・なに?」
「ジンイチローって、何か心配なことがあって居ても立っても居られないとき、どうする?」
「・・・う~ん」
空を見上げると、旋回する鳥が小さく見える。それをボーっと見ながら、アニーの言葉に応えた。
「俺っていつもそういうとき、失敗するんだよね。会社・・・じゃなくてやらなきゃいけないものがあって慌てて手を出したら、実はとんでもない勘違いがあって、さらに泥沼にハマる、みたいにね。『居ても立っても居られない』というのは、あくまでも自分がやらなきゃと思っていることであって、『やるべきこと』ではないと思う。あ、もちろん、やるべきことができてなくてそう思う時もあるけどね」
アニーはゆっくりうなずいた。
「そう・・・だよね」
「・・・」
「ジンイチローは、ばぁばから私のこと聞いた?」
「ばぁば?ううん、何も聞いてないよ」
「じゃあ、ここには・・・」
「アニーの姿が見えないと思って探したんだよ」
「そっか・・・」
アニーは口元を緩めた。
「ジンイチロー、実はね・・・」
アニーはエルフの国のこととばぁばの話について少し話してくれた。
かつてフィロデニア王国とエルフの国は深い結びつきがあり、王都建設・築城の際にかなりの技術供与があった。このとき、エルフの国はフィロデニア王国に対して、転移魔法を使って王都中を廻れるようにと、いくつかの地点に転移魔法陣を置いていったという。
今でこそ互いにそこまでの交流はないものの、エルフの国から授かった転移魔法陣は未だ現存し活躍しているという。あんなにいっぱい歩いたのに、そんなものがあるなんて知らなかった・・・。
ともあれ、便利な暮らしを手に入れたフィロデニア王国であったが、先の魔物襲撃事件が発生。そのときばぁばが『灰色ローブの男』と出くわした際、男がもっていた紙切れに描かれていた魔法陣が、王都中にある転移魔法陣と同じものだったということに気が付いた。正確に言えば「同じように見えた」らしいが、その細かさや複雑さは、エルフの国から享受されたそれとおそらくは変わりないだろうと、ばぁばが言っていたという。それに、王城の上に現れた魔法陣もそれに酷似していたということから、ばぁばとしても見逃せない事実として、アニーに教えてくれたそうだ。
「だからこそ、私はどうしたらいいか迷ってるの」
顔に手を当てて、ふさぎ込んでしまうアニー。
「あんなにひどいことを、エルフの国がするわけがない。でも、ばぁばが言う『灰色ローブの男』たちが主犯格だとすれば、エルフの国の技術を使って悪いことをしたということになる。私は故郷の国を信じているし、そんなひどいことに手を貸すとは到底思えない。でも事実としてエルフの技術を使っての悪行があった・・・。わたしは、どうしたらいいか・・・」
なるほど、『居ても立っても居られない』というのは、そういうことだったのか・・・。
「アニーは、エルフの国に帰りたいの?」
塞いでいた顔を上げ、俺を見た。でも、すぐに視線を下に降ろしてしまった。
「わたしは・・・わからない」
「でも、わからないからこそ、はっきりさせたいんだね」
「・・・」
アニーは首肯した。
「あの魔法陣は、誰でも使えるものなの?」
「ううん、違う。転移魔法陣はごくごく一部のエルフ、それに長老会に所属するような高位のエルフである『ハイエルフ』でないと扱うことができない。つまり・・・」
「つまり、そのハイエルフが『灰色ローブの男』と何か関わりがあるんじゃないのか、と」
「そう。でもね、もしエルフの国で何かあったとしたら、何かしらの便りが届くはずなの。それも一切ないということは、特に問題視されていないということかと・・・」
「もしくは、アニーはその件に関わるな、という意思があるのかもしれない」
「!!」
アニーは俺を見据える。複雑な感情を宿した目だ。
「アニーがエルフの国を出ていることは、故郷のみんなは承知しているんだろ?」
「えぇ」
「仮にエルフの国は事件を把握していたとして、知っているのに何の調査もさせない、何の情報も渡さないでいる・・・ということは、知ったところで動けるわけではないということなのか、もしくは知って動けば危険に晒されるということなのか、どちらの線も考えられると思うけどなぁ」
「・・・」
あくまでも『可能性』だ。他にも色々考えはあるだろうけど、たくさん選択肢があり過ぎると、アニーは余計に悩んでしまう。
「それでも俺は、アニーが出した結論を支持するよ」
アニーは俺を見た。
「アニーがしたいようにすればいいんじゃないかな」
「・・・」
アニーはジッと俺を見つめる。見つめる、見つめる・・・。
「ど、どうしたの?」
「ジンイチローは、私がエルフの国に行きたいと言ったら、どうする?」
「どうする・・・どうする、ねぇ・・・」
「付いてきて、とお願いしたら?」
「・・・俺が、エルフの国に?むしろ行ってもいいものなの?」
「付いてくるのは構わないと思う。認められるかどうかは別として。そんなことよりも、どうする?」
「・・・付いていく」
「本当?」
「うん。特にやることもないしね」
アニーは突然きょとんとした顔になった。
そして、吹きだした。
「あはははっ!ふふふ、まったく、ジンイチローらしい答えね!」
「そうかなぁ・・・」
「そうよ。・・・ふぅ、悩んでいてもキリがないってことか・・・」
アニーは立ち上がった。
「ジンイチロー、ありがとう。おかげでスッキリした」
「こちらこそ、話してくれてありがとう」
「今すぐエルフの国には帰らないから、そのあたりは心配しないで。でも、付いてきてくれるって言ってくれて、嬉しかった」
「うん。アニーの助けになるならどこにでも行くよ」
「がっ!!・・・また突然・・・(ボソ)」
二人で玄関に戻ろうとしたとき、ちょうどばぁばが出かけるところだった。
「おや、私の知らない間にどこで逢瀬してたんだい」
「ちょっ、ばぁば!」
「若いもんをからかうのは年寄りの特権だよ」
ひゃひゃひゃ、とばぁばが笑った。アニーはやたらワタワタと体を動かしている。
「私は届け物をしてくるからね。アニー、ジンイチローに精霊魔法でも教えてやんな。また何かあれば延期になっちまうからねぇ」
「そういえばそうね、王都の外でやってみる」
「帰りは夕方になるよ~~。ヒュー!」
ばぁばがものすごいスピードで小道の奥へ消えていく!
あれがマーリンの靴の威力・・・すげぇ・・・。
「というわけでジンイチロー、精霊魔法の特訓よ(キリッ)」
「あ、はい・・・」
シャツにタイトスカートとキツイ眼鏡をかければさまになっているんだろうなぁ、と馬鹿馬鹿しいことを考えてしまった・・・。
初めて王都に入ってから、初めて王都の外に出た。
俺がフォレストホーンラビットと戦った、あの丘に二人で登った。
周囲に誰もいないことを確認してから、アニーの講義が始まった。
「精霊魔法とあなた達人間が使う魔法、違いが分かる?」
「まったくわかりません」
「この前ばぁばから聞いたこと、忘れたの?」
「・・・」
「まったく・・・。いい?人間が使う魔法と精霊魔法は力の素が違うの。精霊魔法は自然に存在する力、つまり精霊に宿る自然の力を使うのよ。普通、エルフ族でない人間は、精霊との接触ができないから使うことはできないと言われているのが一般常識」
コクコク、と何度もうなずいて見せた。
そうだ、確かにばぁばから聞いた。
「それなのに、俺はなぜか精霊に好かれている・・・と」
「そう。だから、あなたが精霊との接触に成功すれば、自然と精霊魔法も使えるようになるはず、と思ったの」
「じゃあ、第一段階は、精霊と接触すればいいんだね」
「うん、そういうこと」
出来るかいっ!!
と、思わずツッコミたくなるほど素っ頓狂な話だ。
第一段階のレベルが高すぎやしませんか?
「精霊魔法を使う上でいちばん基本的で、一番難しいところね」
ドヤ顔でいいますか・・・。
「じゃあ聞くけど、どうやって接触すればいいの?」
「・・・」
「もしかして、わからない?」
「うっ」
わー、この人、「感覚的に判っていて人に教えられないタイプ」ってやつかも・・・。
『ここをグッとやってピッとして、ヒュッとやるんです』みたいな・・・。
ちょっと落ち込んでいるようなので、あまり無理なツッコミは避けておこう。
「アニー、こういう方法はどうだろう。アニーが精霊魔法を使う時に心掛けていることとか、基本的な精霊魔法の発動時の所作とか、そういうことから入ってみたらどうかな。魔法もそうだろ?魔力を下腹部から呼び起こすみたいなさ」
「あ~、なるほど。それでいきましょう」
精霊魔法は内なる魔力を使うわけではなく、体外の、自然の力を使うので、アニーがイメージしていることとしては、まず「発動したい魔法」をイメージし、それを形作るために必要な自然の力を周囲から『吸収』する感覚だという。
まずはやってみるか・・・。
それから3時間後―――
精霊魔法は発動しなかった。
「どうして・・・素質はあるはずなのに・・・」
がっくりと肩を落とすアニー。
項垂れるアニーを余所に、顎に手を当てて俺なりに原因を考えてみた。
まず一つ目は、精霊との接触ができていないことと、接触するとはどういうことか理解できていないということ。これは精霊魔法を使う上で最低条件であるので、クリアしていないと話にならない。
二つ目は、自然の力を『吸収』するとどのような感覚になるのかがまったくわからないということ。もちろん『吸収するイメージ』は理解できるけど。
三つ目は・・・まぁ、その・・・、俺の目の前で、その短いスカートのような装備でしゃがまないでもらいたい・・・ということ。
「アニー、まだまだこれからだよ。精霊に好かれているというくらいだから、遠くない先にはきっと使えるようになるよ」
「うん・・・そうね。長い目で見守るわ」
「よろしく」
それから俺達は木陰で小休止した後、王都に戻った。




