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第24話 回復魔法発動

「さぁ、こちらです!お早く!」

 わかってるわよ、そんなこと。でもそう言う理由もうなずける。魔物の群れがわたくし達の背中を追っているのですから。

 すぐそこにいるわけではないけれども、時折聞こえる悲鳴と咆哮が、危険が迫っていることを優に物語っているのです。

 何人もいたお付きの兵士や近衛騎士団員が、扉をくぐるごとに消えていく・・・。皆、わたくしを守る為に『時間稼ぎ』をしてくれているのです。


 それなのに、わたくしは逃げるばかり。

 悲鳴は、その『時間稼ぎ』の結果です。


 涙が出るほど、悔しくてならない。


 わたくしに魔法が使えたのなら、どんなによかったでしょう。共に戦い、この国を魔物の蹂躙から守る一助となれたのに。


 そんな中でも、居室から出る際にメルウェルが合流してくれたのは、ひ弱なわたくしにとってとても心強いものでした。

「メルウェル、ジンイチローさんは?」

「魔法陣を確認して後は、街中に行くとおっしゃっておりました。魔法陣を形成する原因があるのやもしれません。ですが、ジンイチロー殿なら大丈夫です。たとえ魔物と対峙しても切り抜けられるでしょう」

「そう・・・」

 こんな騒動がなければ、彼が帰る際にびっくりするような話を差し上げたのに。そのためにジンイチローさんとの予定をすべて無きものにして、準備を急いでいたのに。

 メルウェルから託されたミルキー様の手紙を読み、すぐにお父様と相談。わたくしの色々な想いをくみ取っていただいたのか、お父様は反対なさらなかった・・・。

 その手紙は歓迎パーティーの前にメルウェルから受け取りました。なんでも、『機をみて渡せ』と伝えられていたようなのです。手紙を読んで本当にびっくりしました。それと同時に心底うれしくて飛び上がりそうになりました。ミルキー様は本当にお優しいお方なのです。

 そしてジンイチローさんと共にあらんと、固く心に誓ったのです。


 メルウェルはわたくしのことを少し誤解しています。わたくしはジンイチローさんの身が心配で聞いたのではありません。わたくしのそばにいてほしいからこそ、居所を聞いたのです。

 なんて自分勝手な人間なのでしょう。身を投げ出してまで魔物からわたくしを守ろうとする者がいる中で、わたくしといったらそのようなことを平然と考える・・・。

 施政者としては失格です。まず浮かぶべきは、民の安全と仲間の安否ではないでしょうか。

 ほとほと自分に嫌気がさしてきます・・・。




 GYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!




 思わず立ち止まってしまう、すさまじい咆哮・・・。また一人、犠牲になってしまった。

「急ぎましょう。もう少しで隠し通路です」

 メルウェルはそっと背中を押してくれました。彼女を含めてあと2人だけです。そして、そのもう一人が扉の前でうなずき、わたくし達が通るのを見て締め切りました。

 もう、メルウェルしかいない・・・。

「メルウェル、あなたは最後までついてきてくださる?」

「・・・イリア様、私はあなたの専属護衛です。ですが、今回は身を投げ出してまでもあなた様の命を守らねばなりません。隠し通路に入ったら、扉を死守するのは誰の役目となりましょうか」

「・・・」

「覚悟していたことです。その事態が早くなるか、遅くなるかの違いです」

 メルウェルは飄々としていました・・・。



 物置部屋の前で止まるわたくし達。そう、隠し通路はこの物置部屋の中にあります。敢えて古い荷物を重ねておき、見えないように偽装しているのです。荷物を急いで払うと、金属製の引き戸が見えてきました。ここをくぐれば街中の地下にある地下壕にたどり着き、空き家になっている家の下に続く階段を昇ることができます。

「さぁ、イリア様。ここはお任せ下さい」

「メルウェル・・・」

「わたしなら大丈夫です。グランドベアならば、1対1で倒せる魔物です」

 メルウェルはわかりやすい。嘘をつくときに笑う彼女は、唇がピクピク動くのです。

「わかりました。メルウェル、死んではダメ。また生きてわたくしのもとに戻ってきてください」

「そのお言葉、ありがたく頂戴いたします」


 いざ物置部屋に入ろう、と思ったその時でした。

 突然、城外からグランドベアが壁を叩きはじめたのです。ここに人間がいることを外の魔物にも気付かれた・・・。

「イリア様、早く!」

 メルウェルのその言葉と同時に、城外からグランドベアが体当たりし、壁を破壊してしまいました。

 メルウェルは態勢の整っていないグランドベアめがけて切り込みます。そしてその横っ腹に剣を深々と突き刺しました。




 GYAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!




 耳をつんざくほどの咆哮が響きました。メルウェルのお陰でこれで一体を倒した・・・

 そう思ったその時でした。グランドベアが突然、メルウェルを壁に向かって叩き込んだのです!

「メルウェル!」

 そう、何度も、何度も、メルウェルを壁に叩き、そして掴んで、床にたたきつけたのです。

「止めて!お願いだからもう止めて!」

 メルウェルからおびただしい血が流れています。早くなんとかしないと!

「イ・・・ア・・・や・・にげ・・」

 とはいえ、メルウェルは頭を掴まれても振り払おうと抵抗しました。驚くことに、あれほど打撃を与えられたにも関わらず、しっかりと剣を握りしめているのです。

 そしてグランドベアの腕に剣を突き刺すと、つんざく咆哮と同時に掴みが解けました。ようやくこれで助けに行ける!

 ですが、グランドベアはすぐに態勢を整え、メルウェルを再び叩きこもうと腕を振り抜きました。

「避けて!」

 わたくしの叫びも空しく、メルウェルは叩きこまれました。ですが叩きこまれた先は壁のない、グランドベアが破壊した大穴でした。メルウェルはそのまま宙を泳ぎ、外の地面へと落ちました。

 メルウェルが、まったく動かない・・・。

 あのメルウェルでさえ歯が立たない魔物がいるなんて・・・。


 助けに行こうにも、グランドベアが壁の大穴を塞いでしまっていて進めません。

 メルウェルの言うように一人だけで隠し通路に飛び込むべきでしょうか・・・。


 グランドベアが徐々に近づいてきました。標的をわたくしに定めたようです。

 隠し通路のある物置は、ちょうどわたくしの左手側・・・。

 後ろに下がれば、グランドベアに阻まれ通路へは二度と入れないでしょう。

 通路へ行けば、メルウェルがこの魔物に喰われることになるでしょう。

 このまま立っていれば、わたくしはこの魔物のエサとなるでしょう。


 わたくしはどうしたらよいのか・・・。


 ジンイチローさん・・・。



 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 城内に入ってから、あらゆる人に聞いても王家の所在はわからなかった。

 それはそうか。誰でも知っているような王家の避難経路なんて、危機管理も何もあったものではない。


 城内の人によると、グランドベアが城内に7体侵入したもののそのうち5体は近衛騎士団によって倒したという。狭い城内だからこそか、動きが鈍ったところを一網打尽だったそうだ。

 だが、残りの2体はうまく逃れ、未だ城内をさまよっているという。

 近衛騎士団員がいたので話を聞いたところ、騎士団員のほとんどはその残り2体の討伐に向かったようだ。


 イリアさんの避難経路についてもついでに聞いてみた。

 やはりはっきりとは教えてくれなかったが、チラッチラッと視線をその方向に向けてくれた。

 察したよ。ありがとう。


 イリアさんの避難経路の通路は、そのままグランドベアが通った通路と変わらなかった。破壊された扉と一緒に、屍となった兵士も横になっていた。


 しばらく進むと、近衛騎士団のメイルを装備した人がいた。とはいっても、事切れている・・・。

 ということは、この先か・・・。

 急がなければ。グランドベアが討伐された様子がない。


 しばらく進むと、壁が外から壊されている箇所があった。まさか、ここからもう1体が侵入したのか!?

 外には近衛騎士団のメイルを着た・・・

「メルウェルさん!!」

 急いで彼女のもとに駆け寄る。

 ・・・なんてひどい。顔は腫れあがり裂傷が深い。まだ息はあるけど、このままでは・・・。

 まてよ、メルウェルさんがここにいるってことは、イリアさんは・・・。

 必ず戻ってきますから、と声をかけた。魔物の気配はない。さっきの魔法士達ががんばってくれているのかもしれない。しばらくここで寝かせておいても大丈夫だろう。


 焦る気持ちを抑えながら城内を走る。

 すると、すぐに魔物が走るような音が聞こえた。


「やめ・・・ぎゃああああああああ!」


 この声・・・イリアさんか!?

 通路を右に曲がると広く開けた通りになっていた。

 イリアさんがそこにいた。

 なぜか1体のグランドベアが倒れていて、もう1体のグランドベアが・・・


 イリアさんを体に牙を立てていた!


「イリアさん!!」

「ア・・・・・ジ、ジン・・・」

 虚ろな顔で俺を見ると、そのまま項垂れてしまった。


 クソ野郎!!


 ちょうど横っ腹を俺にむけていたので、そのまま駆け込み、刃を上向きにして一刺し!

 そのまま上に持ち上げて切り抜いた!




 GYAAAAAAAAAAAAAAAA!!!




 くたばりやがれ!!

 今度は上から『一閃』!


 グランドベアが声にならないような悲鳴を上げて絶命した。

「イリアさん!!」

 俺はイリアさんを抱きかかえる。

 もっと早く来ていれば・・・。グランドベアの牙の跡が、彼女の腹部と胸部、肩にかけてきれいに円を描くようについていた。血が止まらない。それでも致命傷は避けたのか。

「イリアさん!!しっかり!!」

 わずかに目を開けるイリアさん。

「気をしっかりもって!!!」

 口元を少しだけ緩めた彼女は、そのまま目を閉じてしまった。

「イリアさん!」

 まだ息はある。でもメルウェルさん同様に一刻の猶予もない。


 くそ、こんなときに回復魔法が使えたら・・・。


『ジンイチロー・・・』


 俺を呼ぶ声・・・?


『ジンイチロー』


 確かにはっきり聞こえた。聞き覚えのある声だ。


「ジンイチロー」

 まさか・・・

「アニー!?」

「ジンイチロー!」

 通路の角から顔を出したのはアニーだった。

 アニーは俺を見るや否や、駆け寄って安堵の顔色を浮かべた。

「よかった、ジンイチロー。無事だったのね」

「うん。俺は大丈夫。それより、アニーはどうしてここに?どうして入ってこれたの?」

「その辺の経緯はあとで。それより、ばぁばがこれをジンイチローにといって渡されたの」

「これは・・・」

「大ポーションよ。とりあえず3本渡されたけど、これを使って回復魔法を使えるようになれと」

「でも・・・そんな・・・」

「それと、ばぁばからの伝言。『母なる大地の恵みと慈しみの水よ、命の光となって力を与えたまえ』」

「それって・・・」

「この詠唱と、この前ジンイチローが言っていた回復魔法のイメージをあわせてやれば、広範囲の回復魔法も使えるようになるはずだって」

「魔法陣は敢えて使わないのか・・・」

 確実に使える魔法陣を使わずに、ばぁばは自身で勧めなかった詠唱での発動を敢えてやれというのか。

 こればっかりは、ばぁばの意図が読めない・・・。


 でも、四の五の言っている場合ではない。

 尽きかけた命がここにあるんだ。


 まずは大ポーションを飲んで・・・

「ポーションは飲むものでいいんだよね、アニー?」

「えぇ、そういうものだけど・・・知らなかったの?」

「いや、一応確認さ」

 怪訝そうなアニーを横目に、蓋を取って、思いっきり飲んでみた。


 仄かに温かくなり、体中すべてが軽くなった。そして何かに包まれたような感触とともに、全ての細胞が活性化して力が漲ってきた・・・ように思う。確実に言えることは、滅茶苦茶元気になった!ということだ。


 なんだか魔物と戦いはじめる前より元気になった気がする。エナジードリンク系?まさか・・・。


『回復していく』イメージは掴めた。あとは、あの詠唱文を謳えばいいか・・・。

 丹田に意識を集中する。

 深呼吸して『魔力』を意識する。

 ・・・よし。


 イリアさんの前に手をかざした。

 回復魔法の名前・・・なんでもいいのか?『ケア』でいいか。


「『母なる大地の恵みと慈しみの水よ、命の光となって力を与えたまえ。ケア!』」


 ・・・・・。


「ジンイチロー、今のは魔法をかけたの?」

「そのつもりだけど・・・」

 何も変化が起きない。話が違うじゃないか!


 だめだ・・・もたもたしていると本当にマズイぞ・・・。


 どうする?何が違う?何がおかしい?いや、足りていない?

 イメージを掴めただけじゃ足りない・・・イメージを具体化しなきゃいけないのか。

『回復』を具体化って・・・大ポーションを飲んだ時の、俺の体に起こった変化・・・。

 それを魔力に乗せる・・・シャワーのように・・・。


 イリアさんの傷は深いし、より大きい「ケア」が必要だ。体力回復と合わせて、すべてのケガとすべての欠損部位を修復する・・・完全なケア、『フル・ケア』。


 それに、詠唱・・・俺のイメージの『回復』と少しずれている気がする。

 感じたままだ。さっきの大ポーションを飲んだ時のイメージそのままを口にしよう。その方が今の俺にはピッタリだ。


「ジンイチロー!この人、顔色が急に!」

 やばい!きっとバイタルも急激に落ちているんだ!


 魔力の循環に集中する。今度はさっきと違う。俺の魔力でもって回復させてやる。


 絶対にだ!!失敗なんか許されない!!

 俺は再びイリアさんに手をかざした。


 もっとだ・・・もっと魔力を使ってやる・・・もっと回せ!もっとだ!

 体が熱い!この熱さを、すべてをイリアさんに当ててやる!


 回復のイメージと、心に浮かんだ言葉をそのまま口にした。


「『ここに在る者の命に炎をかかげ、力と魂の源泉となり、幸福に満たされたまえ!フル・ケア!』」



 俺の手が燃えるように熱くなり、そして光に包まれていく!

 その光がイリアさんを眩しく包む。俺の手からシャワーのように光が発せられ、イリアさんを繭のようにさらに包み込んでいく。


 眩しいけど、あぁ、何て温かい光だ!


 そして光が・・・極々小さな泡のような珠となって宙に消えていく。


 光りの繭は消えた・・・。


「イリア・・・さん」


 噛まれた傷は・・・・・消えている!!

 顔色も戻っている!!


「やった!!!成功だ!!!アニー、見たかい!?やったよ!!!」

 嬉しさのあまり思わずアニーに抱きついてしまった。

 アニーはイリアさんを見たまま口をあんぐり開けて動かないけど・・・。


 でもイリアさんの意識は戻っていない。念のためイリアさんの手首の親指を当てて、脈を取る。


 ・・・・・10秒で10回、つまり1分で60回か。いいだろう。


 こうしてはいられない。次はメルウェルさんだ。アニーにこの場を任せてメルウェルさんのもとに急ぐ。


 メルウェルさんの容態は相変わらずだけど、まだ大丈夫だ。

 さっきのやったことをもう一度・・・。

 そして、詠唱した。


「『ここに在る者の命に炎をかかげ、力と魂の源泉となり、幸福に満たされたまえ!フル・ケア!』」


 イリアさんと同様の現象がメルウェルさんの身に起きた。


 光が解けると、あんなに腫れぼったかった顔が元通りに戻り、顔の深い傷も最初から無かったかのように全く消えていた。


 へたりこむ、俺。


 よかった・・・本当によかった・・・。二人の命が俺のヘマで失われるんじゃないかとヒヤヒヤしたよ・・・。


 俺はメルウェルさんを持ち上げ、イリアさんのところへ戻る。

 イリアさんもメルウェルさんも目が覚めないので、二人並んで寝かせることにした。

 だけど外はまだ魔物が兵士たちを襲っているかもしれないので、そっちへ加勢した方がいいかもしれない。


「アニー、二人を見ててくれるかい?俺は外に行って兵士たちに加勢してくるよ」

「わかった、任せて。それにしても・・・あんな回復魔法、私初めて見た」

「そうなの?」

「私が見たのは、もっと小さな光が体をほんの少し輝かせたぐらいのものだったから。あんな神々しい魔法、本当に初めてだった」

「そっか・・・」

「でもジンイチロー、魔法が使えたことに水を差すようなんだけど」

「なんだい?」

「大ポーションはあと2本もあったんだから、2人に飲ませればよかったんじゃないかしら」


 おい!! それを早く言ってくれよ!!!



主人公の魔法初発動まで、24話も使いましたw

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