第23話 とにかく斬る
昨日の歓迎会といったら、それは大変な熱気だった。
アルマン王のいるひな壇でフォレストホーンラビットの討伐報酬をもらい、乾杯をしたあと、ひな壇を降りた俺を待ち受けていたのは、一呼吸も見逃さんとする参加者の眼差しだった。
パーティーは立食の無礼講式だった。アルマン王もひな壇をおり、誰かと親しく話をしていた。おいしい肉料理を口いっぱいに入れて食べていたら、どこからともなく「かわいい」と言われ、むせてゴホゴホしたら貴婦人20名ほどの皆様が押し押し合いへしあいの背中さすり合戦を繰り広げられた。
逃げるようにして、ドリンク給仕コーナーに向かったら、俺と同じ年ぐらいのお姉さん達が俺の周りを囲いこみ、「夜涼みしましょう」といって引っ張り合いっこ・・・。
そのとき俺を助けてくれたのは、他でもないイリアさんだった。ガシッと腕を組まれ、喧騒を掻い潜ることができた。第三王女が相手では女性陣もなす術はなかろう。しかしそれを見た参加者達が「あれがイリア様の婚約者か」という物騒なことを口にしていたので、それは聞かなかったことにした。
少し落ち着いたところでイリアさんに参加者について尋ねたら、そのほとんどは施政者の家族や特別に呼んだ者、王都内にいる貴族達だった。ご飯が食べられないと困っていた俺を見て、イリアさんは給仕を呼び、適当に皿に乗せて運ばせてくれた。
そうとはいえ、食べている間もイリアさんはずっと俺と腕を組んでいたので、とても食べづらかった。それに柔らかい胸があたって、口にした料理の味なんて、まったく思い出せない・・・。
最初に通された客室で朝を迎えた俺は、その部屋で朝食を摂った。『王家との食事』が待っていると覚悟していたのに、拍子抜けだった。
朝食を摂ってからどれくらい経ったのか・・・。一歩も部屋から出ることのなかった俺は、窓の景色を見ながらボーっとしていると、メルウェルさんが訪ねてきた。
「ジンイチロー殿、預かり物をお返しに参上いたしました」
預かり物・・・あぁ、刀のことですか。
「ありがとうございます」
「それではこれで失礼します」
「あ、あの」
「はい?」
特に用事もないのに呼び止めてしまった。
「えっと・・・あ、そうだ。昨日聞いたイリアさんとの予定は?」
「聞いた話によると、イリア様自身が予定を無かったものにしたとか・・・。何やら慌ただしく『準備』をされているとも聞きました」
「準備?」
「ご出立されるかもしれません。何か急なご予定が入りこんだものと思われますが」
「そうですか・・・」
帰っていいとも悪いとも言われず、ただ部屋に籠っているだけの時間はちょっと苦痛だ。だったら、昨日聞いた予定をそのままこなしてもよかったのに。
「俺はもう帰ってもいいのでしょうか」
「お招きした以上、帰る時もお見送りをしなければなりませんし、私が独断でジンイチロー殿を帰したとあってはお咎めを受けます。お帰りになりたいというご意思はお伝えいたしますので、しばらくお待ちください」
「わかりました」
「それでは・・・」
メルウェルさんは踵を返した。
その時、背後に妙な気配を感じた。
振り返ると、さっきまでの窓の景色にはない、おかしなものが映り込んでいた。
「なんだあれ・・・」
「どうしました?」
メルウェルさんも振り返って俺のそばに立ち戻る。窓の景色を見て、メルウェルさんも目を丸くしていた。
「ジンイチロー殿・・・あの紫色の光は・・・?」
「いや、俺にはわからないです。メルウェルさんも?」
「えぇ、見たこともない光です・・・」
窓の外にたくさんの人が集まりはじめたのが見えた。皆、上空を指差している。頭上に何かあるようだ。
「メルウェルさん、外へ出る通用口はありますか」
「あります。案内します」
部屋を出てすぐのところにあるドアを開ければ庭に出られた。二人して真上を見る。
「なっ!ばかなっ!何故あんなものが!」
「魔法陣・・・紫色の光・・・」
そういえば、裏路地に設置されていた魔道具にも、紫色の宝石が入っていた。そして頭上に輝く魔法陣・・・。王都の街中から伸びる紫色の光・・・。
「まさか、あれが・・・。だとしたら・・・!」
「ジンイチロー殿、なにやら黒いものが降りてきます」
「え・・・?」
確かに黒いものがたくさん降りてくる。いつの間にか魔法陣も赤く光っている。ここではない王城のどこかに光の筋道が照らされ、その光に沿って黒いものが降りてきていた。
しかし、なにやらきな臭いことは確かだ。街中に行って、設置されているであろう魔道具を破壊した方がよさそうだ。
「ジンイチロー殿、私はイリア様のところへ至急戻り、警護します」
「えぇ。お気をつけて。申し訳ないですが、私は一足先に街へ戻ります。どうもきな臭く感じます」
「えぇ。仕方ありません。伝えておきます」
「ありがとうございます」
「では」
メルウェルさんが一礼して、走り去った。
光と黒いものが降りている向こう側で、悲鳴が聞こえた。
黒いものはどんどん王城へ降りている。よくよく見ると、何か形を成しているようにも見えるけど・・・。
―――ぎゃああああああああ
悲鳴が近い。走って悲鳴のする方へと向かった。
・・・・・そんなばかな。
赤黒い魔物がその鋭い爪でもって兵士の体を突き刺している。騒ぎを聴きつけ、兵士や、騎士のような者も多く庭に出ているようだ。しかし、皆二の足を踏んでしまっている。
突き刺された兵士はもはや絶命してしまっただろう。流れ落ちた血の量は、遠くから見ても尋常ではなかった。
魔物は赤黒い巨躯で、熊にも似ている。体の所々に埋め込まれている赤い宝石のようなものが、曇天の陽で鈍く反射している。宝石はこの巨躯の特徴なのだろう。皆が一斉に巨躯に対して剣を突き刺そうと向かったが、その刃が通ることはなかった。驚く皆を余所に、巨躯が太い腕を一振りした。間合いに入っていた者たちは吹き飛ばされ、動かなくなった。
GyaAAAAAAAAAAAA!!
巨躯が咆哮を上げた。それと同時に、何体もの同じ巨躯がその向こう側から四足で駆けてきた。
体当たりされ吹き飛ばされる兵士達。鋭い爪で突きぬかれる騎士。
・・・一体何が起きているんだ?
思考が止まりかける。恐怖で足がすくむ。
だめだ。このままでは俺も殺される!
俺は太ももを力強く叩いた。動かない足に痛みで気合を入れる。
そして深呼吸だ。丹田に意識を集中する。そうだ。魔力を体内でまわすんだ。
フォレストホーンラビットを倒した時に比べてスムーズに出来ている気がする。
ばぁばに教えてもらった甲斐があった。
鞘から刀を引き抜く。すでに黒色に変化していた。
俺はまだ魔法が使えないけど、今はこれしかできない。街中に行って魔法陣を誘発している魔道具を破壊しようとも思ったが、これほど魔物が溢れていてはいずれ街中へもこの魔物たちが蹂躙することになる。
今俺が為すべきことは、王城とここにいる者たちの死守だ!
先ほどの巨躯が兵士の頭を喰らっている。辺りを窺おうとしているのか、巨躯が兵士の頭を喰らいながら立ち上がった。兵士の体は力なく垂れ下がるのみ・・・。
巨躯の間合いに入り込むため駆けこんで一気に詰める。
素人だからって油断するなよ!
十分な間合いに入った俺は、熊の胴体を横一文字に切り抜いた。
胴体の一部を切っただけなのに、胴体から真っ二つに割れ、上体が重々しく崩れ落ちた。
返り血なんか気にしない。次だ。
辺りを見やると、すくんで動けない兵士を見つけた。駆けよって声をかけた。
「大丈夫ですか」
「は・・・はい!」
「あの熊みたいなやつは何ですか?」
「あ・・・あれはグランドベアです。レッドベアの上位種で、大森林にしかいない凶悪な魔物です」
「街中に出ることはあるんですか」
「まさか!いくら凶暴とはいえ、あの森から出る魔物は滅多にいません。この前のフォレストホーンラビットの群れの事件なんか、何十年かに一度の稀な例なんです」
事件・・・か。あの一団は何かいろいろとしでかしたんだろう。だが、今はそれを思案する暇はない。
「無理に戦おうとしなくていいから、城内にいる人たちの避難誘導を頼みます。抜け道ぐらいあるでしょう」
「そ、そういうのは騎士団長級じゃないとわからないんです!」
「ならば騎士団長に聞けばいいです」
「さっき、喰われました・・・」
そうか、さっき頭を食われていたのは一兵士じゃなく、よりによって騎士団長か。
「騎士団長というのは一人しかいないのですか」
「いえ、まだいますが、どこにいるか・・・」
「うんんん!とにかく!避難して一人でも多く逃がすんだ!」
少しの怒気を込めてはやしたてる。
「は、はい!」
兵士は魔物のいない方へ走って行った。
グランドベア・・・か。名前はどうでもいいが、問題は大森林にいるはずの魔物が魔法陣を伝って王城に降り立った・・・。誰がどう見たって意図的だよな。しかし、詮索する間はない。
俺は視界に映ったグランドベアめがけて駆けた。このグランドベアも油断しているのか、『食事』に夢中だ。
だが、その『食事』が俺の怒りをさらに生んだ。
そいつが喰らっているのは給仕服を着た女性だった。服が引きちぎられ、その胴体をがつがつと食べていた。
――――――このクソ野郎!!
グランドベアが俺をやっと認識したのか、その顔をこちらに向けた。
もう遅い!!
俺は刀をグランドベアの頭部に突き刺し、横に振り抜いた。それでも立ち上がろうとするので、首に刀を振りおろす。音を立てて頭部が転がった。
そして首から下も力なく地面に落ちた。
給仕の女性の横にしゃがむ俺。この人とは会ったことはないな・・・。血まみれの顔に、涙の跡が残っていた。光を失った瞳を手で覆う。せめて瞼を閉じて寝かせてあげよう・・・。
立ち上がって、魔法陣から降りる光を見た。まだまだ魔物が降りているようだ。降りた先で群れているのか、こちらには近づいてこない。
俺はまた走った。
徐々に光の降りる先が見えてくる。やはり、そこに群れていた。
群れている理由は簡単だ。
そこに人間がいるから。中には『食事』にありつけたし、まだまだ『食事』がそこに待っているから。
魔法士なのか、駆逐しようと躍起になって炎を広範囲に及ぼす魔法を何度もかけているのが見える。しかし、決定的なダメージを与えられていないようだ。あろうことか隙だらけになり、魔法士めがけて何体もの魔物が飛びかかってくる始末。その中にはあのフォレストホーンラビットもいた。
戦っているのは魔法士一人だけだ。他の兵士や騎士は魔物の食事にされてしまって動かない。食事にありつけていない魔物だけが魔法士を襲っている。それでも攻撃をかろうじて避けつつ魔法を繰り出す。詠唱発動なのか、繰り出す前に何やら声高に叫んでいるのが聞こえた。
声で魔法士が女性だとわかった。このままでは危ない。加勢しよう。急いで駆ける。
魔法士が魔法を繰り出そうとしたその時、グランドベアが鋭い爪を振り下ろした。それに気付いた彼女は詠唱を止め、横にぐるりと転がって、立ち上がった。
それがまずかった。立ち上がったその横から、フォレストホーンラビットが魔法士に蹴りを入れていた。
「げぇええええ!」
横っ腹に一撃を入れられ、勢いよく転がる彼女。
グランドベアが彼女のもとへ駆けた。鋭い爪を彼女に突き刺そうとしていた。
「ひぃっ!」
―――GYAAAAAAAAAAAAAA!
「もう大丈夫だ」
危なかった。彼女が転がってきた先が、ちょうど俺がいる方向だったから距離が稼げた。グランドベアの胸ど真ん中に刀を突き刺すことができた。巨躯の震えが手に取るように分かる。一度刀を抜き、そして斜めに振り抜いた。
絶命したグランドベアが後ろに倒れ込んだ。
彼女に襲いかかろうとしていたフォレストホーンラビットは、一旦退き、光から降りてきた魔物たちと合流していた。丘の時の戦闘時と変わらず、知能の高さはずば抜けている。その分判断が早くて助かる。
「けがはない?」
「は・・・はい・・・。あなたは大賢者様で?」
「まぁ、そんなところさ。ここはもう・・・君一人?」
「・・・」
無言でうなずく彼女。疲れ果てて立てないようだ。精神的にも疲労困憊の様子。
何体もの魔物がこちらをうかがっている。『食事』を目の前に、皆一様にギラギラしてよだれも垂れ流している。まずはこいつらをなんとかしようか・・・。
3歩ほど前に進み、そして息を整えた。前回は無意識にやっていたけど、今回は違う。力の加減次第では規模も鋭利さも変わってくる感覚が、先ほどからの戦闘で分かってきた。
そう、俺の実力というよりこの刀の性能だとは思うけど。
それにしても聞き分けのいい魔物たちだ。無闇に襲ってこないのは、先ほどのグランドベアを倒していたのを見ていたせいなのか。勢揃いしてくれてありがたい。もはやあそこに人間はいない。状況が整った。
そう、俺の『一閃』の餌食になる為に!
俺は力強く、その場で空気を切り抜いた!
見えない刃はすぐに魔物たちを襲った。あぁ、惨憺たる光景。あんなに美しい緑で彩られた庭が、一日にしてめくりあがったり赤い水たまりができたりなど思いもよらなかった。
真っ二つに割れた魔物たちが崩れ落ちる。それでもまだ魔物が降りてくるが、降りてもこちらに来ることはなく、向こう側へ駆けて行ってしまった。それ以外にも、降りてきて最初に見る光景が同種の死体とあっては、動くに動けない魔物もいた。
さて、魔法士の彼女を安全なところに・・・と、口をあんぐり開けて動けずにいる。
「ねぇ、大丈夫?」
「・・・」
その顔のまま、俺を見上げている。
「今のは・・・大賢者様が・・・」
「そういうことになるね。さぁ、早く立たないとまた襲われるよ」
「はい・・・」
魔法士の彼女を立たせた時、不意に映るものがあった。城の壁が大きく崩れている。そこからあらたな兵士や騎士、魔法士と思われる人たちが飛び出していった。
「あの崩れた壁は?」
「あれはグランドベアに体当たりされて崩れてしまったんです」
どうも嫌な予感がしてならない。
「まさか、城の中にグランドベアが・・・」
魔法士はうなずいた。
「はい。私が見ただけでも7体ほどのグランドベアが入り込みました」
ちょっと待てよ・・・。あの辺り、王家の人の居室に近いんじゃないのか?
「君はこの城に詳しいかい?」
「いえ、私はまだ新米ですから、なんとも・・・」
・・・。
「君はあの壁のあたりで兵士達の支援をしてほしい。決して城の中に入らせないように。これ以上入ると、王家の命にかかわる。できる?」
「・・・やってやります」
この顔つきはまだいける・・・そう思った。
「ならば、俺は城内に入って片づけてくる。くれぐれも気をつけて」
「はい、大賢者様もお気をつけて」
魔法士の彼女に軽く手を振り、壊された壁から城内に入った。




