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第22話 フィロデニア王都を覆う影

 

「よっこいしょ・・・と」


 大賢者ジンイチローの歓迎パーティーの翌日のこと・・・。

 ここはフィロデニア大森林。

 空は雨雲が垂れこめていて、今にも降り出しそうだ。ただでさえ陽の光が通りにくい森林は、より一層辺りを薄暗くみせている。

 この薄暗い森の中を、灰色ローブの男が、仰向けで痙攣しているフォレストホーンラビットを重たそうに引っくり返していた。

 白い毛で覆われた背中をしゃがんで叩き、何かを張り付けている。


 男は立ち上がってフードを外す。無精ひげの目立つ精悍な面構えだ。しかし、男のローブは所々千切れていて、頭からは鮮血が流れていた。

 辺りを見回して、男はため息をついた。乱立する木々のすき間を縫うように、足元のフォレストホーンラビットと同様、()()()()()()()()()()()()()。そして同じく、背中には何かが張り付けられていた。

「さすがにもう無理だぜ・・・」

 そして男はうなずく。彼のノルマはすでに達成されていて、それでもなお魔物達に襲い掛かっては背中に『それ』を張り付けていたのだ、


 それにしても仲間は無事だろうか。


 不意によぎる同志たちの安否。

 同志たちとは出会ってまだ数月と経っていない。しかし、寝食をともにしていれば情も湧く。

 この深い森の中で、同じように魔物を気絶させては『それ』を張る作業・・・。簡単なようで困難を極める。何せこの大森林の魔物は凶暴で、大食漢だ。ひ弱そうな人間を見たら、たちまち襲ってくるだろう。


 敢えてこの森林の魔物を選んだ理由は他でもない、一般市民でも、魔物との戦闘に心得のある人間でも太刀打ちが出来ず、ただ食われるだけの結末が待っているからだ。そう、この森の隣にある大きな都市の人間にとって・・・。


 男は自分の使命に武者震いを起こす。必要なのだ、彼にとって・・・いや、彼の敬う彼の者にとって・・・。


 男は集合場所へと歩く。迷いやすい森を抜けるための目印は、倒れている魔物だ。倒れている魔物を辿っていけば森を出られる。抜けた先はつまり、同志たちが最初に集っていた場所だ。

 辺りが開けてきた。ローブを被った男達が何人か立っているのが見える。

「よぉ、お前ら無事か」

「おぉ!生きていたか!頭は大丈夫か?」

「これくらいの傷・・・元Aランク冒険者をなめんじゃねぇよ!・・・って、他の奴は?」

 ここに立つ男たちは3人。もともとは15人いたのだ。無精ひげの男はいぶかしげに男達を見る。

「まさか・・・」

「・・・あいつらは規定数の魔物に張り付けた。ただな、欲張ってしまったんだろう、深追いしすぎて餌食にされてしまったようだ・・・」

「確認したのか」

「あぁ。さっきまで死体を確認していたところだ。お前もヤラれたのかと思って、確認しに行こうかと話していたところだ」

「クソが・・・。さっさと戻ってくればいいのによ。ボロネー様のスタン魔道具に頼り過ぎなんだよ。あれほど気を付けろって言ったのに・・・。」

「だが、ボロネー様のおっしゃられた規定数よりも多くの魔物に()()()。これで間違いなく王都は崩壊し、王家も全滅だ」

「・・・あぁ、それがせめてのもの救いだな」

「やるべきことはやったんだ。戻るとしよう」

 森を見ていた男たちは踵を返して歩きはじめた。


 無精ひげの男は、歩きながら自分の剣の刃こぼれを確認している。

 すると、何かを思い出したのか「あっ」と声を上げ、横に歩く男に聞いた。

「おい、破壊された魔法陣と無くなった魔道具はどうしたんだ?」

「問題ない。予備があったんで、それに置き換えた」

「そうか。それはよかった。まったく、誰があんなフザけた真似をしやがるんだ」

「忌避結界を難なくすり抜け、魔法陣を潰すヤツだ。相当な手練れだろう。しかも結界を壊さないで様子を見たことから、頭もキレるんだろうな」

「たまたま近くを通りかかって様子を見たら、キレイさっぱりなくなってやがったからな。一時はどうなるかと思ったぜ」

「あぁ。だがもう大丈夫だ。今は各所に監視を置いているからな。怪しい奴が接触してきたら切って構わんと伝えてある。今のところそんな報告は上がっていないがな」

「考えられるのは誰だ?」

「・・・マーリンだったら全部潰すだろうから除外。老いぼれ魔法士がやったとしても足がつくだろうし・・・。その他に忌避結界に耐性のある人間がいてもおかしくはないからな。粗方、あの魔道具が金になるとでも思って盗み出したんだろう」



 中央城門の近くにある丘に上がった男たちは、王都がよく見える場所に陣取った。しばらくの小休止を挟んだ後に、王都の情景を見つめていた。

 誰しもが「これで見納め」と思った。

「そろそろ時間だ」

「あぁ。これがうまくいけば、早々にフィロデニアは我らの支配下に収まる」


 それから間もなくだった。王都の各所が紫色に光りだした。

「はじまったぞ」

 そしてそれを起点に、各所から紫光が上空へと放たれた。一定の高さまで達すると光進が止まり、ゆっくりと王都の上空で円を形作る。徐々にその全容を明らかにさせていく。


 それは魔法陣だった。


 やがて大きく形作られた魔法陣はおもむろに縮小していく。魔法陣の直下は、王城だ。


「ボロネー様の計画通りだ。魔法陣が赤く光ったら、背中に張った転送魔法陣が起動する。そして、魔物達は全てあの魔法陣を通して降ろされ・・・ククク!王家の者たちを喰らい、王城を蹂躙し、食い足りない魔物達は街へ下り、人々を食い倒す!そしてまた俺たちが・・・ふははっ!」


 赤く光りはじめた魔法陣の中央から、一筋の紫光が直下へ伸びた。その中を幾重にも及ぶ黒い点が静かに降りていく。


 男達の顔が醜悪に歪む。


 これ以上にない、彼らの愉悦の時がはじまった・・・。



 ――――――――――――――――――――――――――――



「嫌な天気になったもんだ」

 窓から眺める空模様は、一様に低く暗い。今にも降り出しそうな天気に、ばぁばの顔も曇る。

 ジンイチローは王城に泊まったようで、彼の部屋のベッドは整えられたままだ。

 おそらく、彼は歓待され、今頃は飲み過ぎて二日酔いにでもなっているかもしれない。

 そう思ったばぁばは、二日酔いに効くお手製の胃薬を作ることにした。この胃薬は酒場に売りに行く機会が多く、重宝してくれるため、週に1度は卸しに出かける。ジンイチローの分と、卸用分も合わせて作っておこうと決めた。

 そのとき、ドアをノックする音が聞こえた。

「はいはい」

 ばぁばが玄関を開けると、金髪の、耳に特徴のある女性が立っていた。

「おや、アニーかい」

「こんにちは、ばぁば。ジンイチローはいる?」

「ジンイチローなら、今は王城にいるはずだよ」

「王城?あぁ、メルウェルさんの言っていた・・・」

「今頃二日酔いで苦しんでいるんじゃないかと思ってね、よく効く薬を作ってやろうと思っていたところさ。おっと、立ち話も何だからおあがり」

「ありがとう」


 玄関から居間に通されたアニーはイスに腰掛ける。

「ジンイチローに何か用だったかい」

「用事という用事はないんだけど、いたら話でもしようかと思って」

「ふぅん・・・そうかい」

 ばぁばはお茶の支度を始めた。アニーといえば、肘をついて窓の外を覗っていた。アニーの顔も曇りがちである。

「ねぇ、ばぁば」

「なんだい」

「今日、ちょっとおかしくない?」

「・・・おかしいというのは、何のことだい?」

「なんというか・・・その・・・変なのよ」

「精霊の声でも聞いたのかい?」

「ううん、そうではないんだけど・・・違和感があるっていうか・・・」

「・・・天気が悪いからそう思うんじゃないかい?」

「うん・・・」


 しばらくしてばぁばが茶を持ってきた。ばぁばは丁寧にカップに注ぐ。

「アニー、ジンイチローへは、どうやって精霊魔法を教えるつもりかね?」

「・・・まだ決めていない。でも、まずは精霊の姿が視えるようにするところからかな。視えることで認知が進むから・・・」

「ま、そうだね。でも、ジンイチローは人間種だよ。精霊魔法はエルフにのみ許された秘儀といってもいい。それでも、わからないからこそ試してみる価値はあるがね」

「・・・」

「・・・どうしても精霊魔法を覚えさせたいというのなら、たったひとつだけ、人間種でも精霊魔法を覚えられる方法はあるよ」

「!!」

 驚愕の表情をみせるアニー。ばぁばはニヤニヤとアニーを見た。

「知りたいかい」

「・・・そ、そうね。できれば知っておきたいわ」

「ふふふ、そうかい。では教えてあげよう。それはね―――」


 その時だった。外の林から、悲鳴にも似た鳥の鳴き声が一斉に響き、飛び去って行った。


 窓からその様子を見た二人は顔を見合わせた。

「今の、何なの?」

「・・・様子がおかしいね。外へ出てみようか」

 急ぎ足で玄関を抜け、表に出る二人。見る見るうちに二人の表情が驚きに満ちた。

 上空に放たれている紫光と、その光によって描かれようとしている何かが頭上を覆っていた。

「ばぁば・・・あれは何なの!」

「わからん・・・あ、いや、あれはどこかで見たことがあるような・・・む、魔法陣になった」

「だんだん小さくなっていく」

「んん~・・・・・小さくなっているが、そうじゃない。完成に近づきつつある、といった感じだ。見てごらん、魔法陣の形がはっきりしてきたよ。赤く発光しているのは円陣が完成したということだね」

「本当だ・・・あ、止まった。何あれ?光が魔法陣から降りたわ」

「・・・アニー、あんた目がいいだろう。黒い点は何だい」

「・・・・・・・まずいわ。あれ全部魔物よ!」

「魔法陣、魔物、紫色・・・」

 顎に手を当ててうなるばぁば。目を閉じて思考をめぐらせている。

「ばぁば、あの魔物の降りている方向は?」

「・・・・・多分、王城だよ」

「王城・・・って、ジンイチローが危ない!」

「ジンイチローだけじゃない。これは多分王家とその配下、そしてこの街の人間をも標的にしたものだよ」

「私、行ってくる!」

「ちょっとお待ち。持って行ってほしいものがある」

 ばぁばは家に入る。

 アニーは空を見上げた。魔物はゆっくりと降りてきている。

「早くしないと・・・」

 ばぁばが手に戻ってきた。

「これは大ポーションだよ。ジンイチローに渡してくれ。そして伝えておくれ。『母なる大地の恵みと慈しみの水よ、命の光となって力を与えたまえ』」

「・・・それって詠唱じゃ・・・」

「ジンイチローはまだ魔法を発動する感覚を、体が覚えていない。本来なら基礎である魔法陣の円陣の仕組みをゆっくり教えてからにしようと思っていたが、そうもいかなくなった。この詠唱と以前ジンイチローが話していた方法と組み合わせれば、広域範囲の回復魔法も発動できるはずだ。つまりこの大ポーションはジンイチローに飲ませることで、より具体的に『回復』のイメージをしやすくなるというわけだ。王城はおそらく悲惨なことになっているだろうから、大賢者であるジンイチローへの期待も半端なものではなくなるだろう。求められる力とすれば、魔物の駆逐と傷ついた者の癒し、と自然に考えればそうなるね。もしここで大賢者が使い物にならないなんて噂を広げられたら、この先ジンイチローはひどい罵声を浴びせられるだろう。今のジンイチローにはそれは耐えられん。せめて回復魔法だけでも発動できれば、どうにでもごまかせる。それに、魔物はジンイチローの『剣』がなんとかするだろうよ」

「わかった。ちゃんと届けるよ」

「あんたも無理しちゃいけないよ。自分の命が一番だからね」

「うん。ありがとう」

「うん。わたしもあの魔法陣をどうにかするから出掛けるとするよ。終わったらまたお茶の時間だよ」

「ふふ、そうね。それじゃあ行ってきます!」

「気を付けるんだよ」

 ばぁばはアニーの駆ける背を見届けながら思う。


(ジンイチローには()()()()()()()()()魔法を覚えてほしかったね・・・。私が託した詠唱が(かえ)って発動の邪魔にならなければいいんだが・・・心配し過ぎて伝えてしまった・・・)

 くぅうう、と苦悶の声を出して頭を掻き毟ってしまう。

(やっぱり伝えないほうがよかったかね!詠唱なんてものは所詮、発動する人間がその魔法を発動しやすくするためのきっかけにすぎんものを、その詠唱を魔法を知らん人間に押し付けるなんて!頼むから真に受けないでおくれ!・・・はぁ、すまないね、ジンイチロー・・・)


 ばぁばは、空に昇る紫光の光を見上げた。


(それにしても、ジンイチローが破壊した魔道具と同じものが、やはり随所に・・・。久々に私も戦うことになりそうだね・・・)





7/30 ばぁばがミルキーの背を見届けた以降に、ジンイチローへ詠唱文言を伝えてしまったことに対する、後悔の感情を追記しました。

8/6 ミルキー→ばぁば へ記述を変更しました。

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