第8章【廃墟の中で鍛えたもの】
攻撃の翌朝、ホライズン基地には、焼けた金属の匂いがあった。
敗北の匂いではなかった。
その匂いを、ファフィニョは知りすぎていた。
これは、違った。
格納庫が一つ、使えなくなっていた。
いくつもの壁が、仮の板で覆われていた。
有機生命体と人工生命体の技術者が、通路でケーブルを引き、残骸を片づけ、まだ修理の必要な区画に印をつけていた。
だが、明かりはついた。
昇降機も動いた。
そして、誰も避難していなかった。
レプ・オルジオンは、まだ立っていた。
ファフィニョは、ポケットに手を入れて、戦闘があった外周を歩いた。
いつもの服に、左目を覆う暗い色の眼帯。
剣はなかった。
最後のことだけが、まだ不思議だった。
攻撃から回収された、残骸の山の前で止まった。
装甲板。
伝導部品。
エンジン。
機能を失った武器の部品。
永続派のコルベットの破片。
背後に、レイズが現れた。
「駄目だ」
ファフィニョは、振り返りもしなかった。
「何もしてない」
「がらくたを、興味深そうに見てる」
「違法行為じゃない」
ファフィニョは、小さな金属片を取り上げた。
ひっくり返した。
「これ、まだ動くよ」
レイズはため息をついた。
「出た」
「何が?」
「あの目」
「そんな目、してない」
「してる」
ファフィニョは、部品をポケットへ入れた。
「救ってるんだ」
「軍の残骸の山から、盗んでる」
「じゃあ、誰かに捨てられる前に救ってる」
「もう、ごみの山にあったぞ」
ファフィニョは彼を見た。
「ごみじゃない」
レイズは、かすかに笑った。
どんな戦争をも、生き延びるものはある。
隔離室で、エーテレオンが待っていた。
ファフィニョは、ヴェイル、セイル、ナイラ、レイズ、アクセルと、その前に立った。
剣は暗かった。
それでも、見ると、いつもと同じ気持ちになった。
あの物の中には、思い出が多すぎた。
ヴェイルが沈黙を破った。
「隔離し続けることは、まだできる」
ファフィニョは首を振った。
「そうしたくない」
セイルが彼を見た。
「確かなの?」
ファフィニョは、少し間を置いた。
「完全には」
ナイラが彼を見た。
「でも?」
「でも、正しいことだと思う」
ガラスへ近づいた。
「ここに置けば、誰かがまた、この場所を探しに来る。ほかの世界へ送れば、その世界を標的にする。僕が使えば、追える」
レイズが腕を組んだ。
「何度か、俺たちを救ってもいる」
「知ってる」
ファフィニョは、ガラスに指を当てた。
「だから、決めるのが難しかった」
ナイラが静かに言った。
「また使うのが怖いから、壊したいの?」
「違う」
ファフィニョは刃を見た。
「これがどこにあるか知ってるだけで、次の戦争がどこで始まるかを、誰かに決められる。それに、もううんざりしたから」
ヴェイルとセイルが、視線を交わした。
ようやく、ヴェイルがうなずいた。
「やってくれ」
問題は、方法だった。
セイルが、エーテレオンの上に分析を投影した。
「構造を溶かしようとしたら、何が起きるかわからない」
ファフィニョは眉を上げた。
「爆発する?」
「可能性はある」
「試したくないことの前には、いつも『可能性がある』って言いますね」
「電磁的な放電、共鳴反応、まだ特定できない物質の放出が起きるかもしれない」
ファフィニョは剣を見た。
「じゃあ、大きなものでたたくのは、なしだ」
レイズが言った。
「今日、初めてな」
アクセルが操作台へ近づいた。
「別の方法があります」
全員が彼を見た。
「制御しながら無活動状態へ落とすことで、共鳴マトリクスの活動を消すことができます」
ファフィニョは瞬きをした。
「僕が頼んだより、ずっと破壊的じゃなさそうだ」
「エーテ・エリオンが共鳴シグネチャを発せず、担い手に反応せず、すべてのエネルギー活動を失えば、私たちが知る遺物としては、もう機能しません」
セイルが条件を確かめた。
「物理的な構造を、壊さずに」
「そのとおりです」
「危険は?」
「破砕を試すより、低いです」
ファフィニョはアクセルを見た。
「できるの?」
「はい」
「確か?」
「はい」
ファフィニョは息をした。
「じゃあ、やろう」
隔離室が閉じられた。
ファフィニョは、アクセルと中へ入った。
ガラスの向こうから、ナイラたちが見守った。
台の上に、エーテレオンがあった。
ファフィニョは取った。
刃が目覚めた。
緑。
光が、顔を照らした。
一瞬で、すべてが戻った。
ブラック。
一つの言葉。
犠牲。
ノード・ゼロ。
ファフィル。
ミラー。
攻撃の最中、腕を上がってきた痛み。
ファフィニョは、両手で剣を抱えた。
「ずいぶん、厄介だったね」
アクセルが彼を見た。
「その遺物が、評価を処理できる可能性は低いです」
「僕に言ったんだ」
「了解しました」
ファフィニョは、かすかに笑った。
そして、エーテレオンを渡した。
「頼むね」
アクセルは剣を受け取った。
「はい」
柄を、隔離システムへつないだ。
明かりが弱まった。
いくつものフィールドが、刃に沿って通った。
緑が薄れた。
さらに。
さらに。
やがて、消えた。
表示値が変わり始めた。
共鳴シグネチャ:12%
6%
2%
0%
別の行が現れた。
エーテ・エリオンの活動:0
それから。
担い手への反応:なし
ファフィニョは、手を近づけた。
何もない。
温かさもない。
震えもない。
エーテレオンは、暗いままだった。
通信機を通して、セイルが話した。
「再起動は、できる?」
アクセルは表示を確かめた。
「レプ・オルジオンのシステムが知る、どの手順でもできません」
ファフィニョは剣を見た。
生きているように見えたものが、こんなに早く、そう見えなくなる。
不思議だった。
「じゃあ、終わった」
アクセルは、暗い刃を持っていた。
「はい」
物理的な外装は、破壊しなかった。
問題となったものを無力化したあとで、未知のエーテリの素材を壊しても、何にもならない。
セイルは、そう言い切った。
危険だけだった。
公式の記録は、短かった。
エーテ・エリオン――マトリクス活動消失
異常物質を隔離保管
ファフィニョは、引き渡しに署名した。
そして、出た。
手首を振ることもなく。
一言も話す前に、ヴァエラは何かが変わったとわかった。
ファフィニョが家に帰った。
彼女は、腰を見た。
それから、背中を。
「エーテレオンは?」
「もう、ない」
ヴァエラは動きを止めた。
「壊したの?」
「うん」
ファフィニョは、そう信じていた。
彼女はうなずいた。
笑わなかった。
だが、肩の緊張が少し抜けた。
台所から、ナレクが現れた。
「本当か?」
「本当」
「それで、これからは?」
ファフィニョは、卓に部品をいくつも置いた。
「これからは、何も」
ナレクは、彼を上から下まで見た。
「まだ、お前はお前か?」
ファフィニョは眉を上げた。
「そうだといいね」
ナレクが部品を指した。
「食卓に、古い金属を置いた」
「ただの古い金属じゃない」
「じゃあ、そうだな」
ファフィニョは微笑んだ。
ヴァエラは首を振った。
「私の食卓から、どけて」
「僕の創作の場から、追い出されてる」
「どけて」
「了解」
二日間、ファフィニョは武器を持たなかった。
そして、それが好きだった。
予想より、ずっと。
背中に重みを感じずに、ホライズン・ホームを歩いた。
配管の修理を手伝った。
市場へ行った。
ナイラと、高い通路に座った。
下では、二人の商人が紫の果物の値段で言い争っていた。
共鳴シグネチャはない。
遺伝子に反応する、古代の遺物もない。
剣が光ると決めたせいで、居場所を知られることもない。
「もう、剣は卒業かな」と言った。
ナイラは彼を見た。
「確か?」
「完全に」
箱を運んで背後を歩いていたレイズが、止まった。
「長続きしないな」
「信じてよ」
レイズの後ろに、アクセルが現れた。
「過去の記録は、レイズの予測を支持しています」
ファフィニョは両手を上げた。
「統計分析は、頼んでない」
「頼まれる必要は、ありませんでした」
「二人とも、敵だ」
ナイラが言った。
「三人」
ファフィニョは彼女を見た。
「陰謀だ」
翌日、復旧工房の一つのそばで、傷んだ構造物が崩れた。
攻撃ではなかった。
警報でもなかった。
持つはずより長く、持ちこたえていた支えだった。
自動の腕が、作業員たちの頭上で板を運んでいた。
その支えが折れた。
机械が、安定を失った。
巨大な板が落ちた。
ファフィニョは、考えるより先に反応した。
手が、背中へ伸びた。
何もない。
一瞬、エーテレオンを探した。
それから、床の金属棒をつかみ、機構へ差し込んだ。
腕の向きを、わずかに変えた。
板は、脇へ落ちた。
衝撃で、ほこりが舞った。
全員、無事だった。
ファフィニョは棒を落とした。
手を見た。
エーテレオンが、恋しかったのではない。
そこが、不思議だった。
恋しかったのは、別のものだった。
使い方を知る道具がある、安心感だった。
その午後、レイズが、部品を仕分ける彼を見つけた。
「まだ、腰の何かに手を伸ばしてる」
「癖だよ」
「違う」
ファフィニョは顔を上げた。
「何が違うの?」
「剣が欲しいんだ」
「別のエーテレオンは、いらない」
「エーテレオンとは言ってない」
ファフィニョは動きを止めた。
部品を見た。
それから、レイズを。
「作れる」
レイズはため息をついた。
「そう言うと思ってた」
「共鳴ゲノムは、なし」
「いいな」
「誰にもわからない、古代技術もなし」
「もっといい」
「軍隊を引き寄せる可能性も、なし」
レイズは考えた。
「推奨する」
ファフィニョは笑った。
「じゃあ、作ろう」
セイルは、一つ条件をつけて、戦闘から回収した材料の使用を認めた。
「まだ調査中のものは、駄目」
「もちろん」
「機密扱いのものも」
「了解」
「爆発するかもしれないものも」
ファフィニョは黙った。
セイルが目を細めた。
「ファフィニョ」
「その範囲が、どこまで広いか検討してます」
セイルが扉を指した。
「出て」
「了解」
新しい剣の始まりは、部品でいっぱいの卓だった。
永続派の輸送船の、軽い合金。
敵の電磁伝導部品。
傷んだ安定器。
ホライズン基地からは、標準のエネルギーセル、安全機構、握りに使う金属を手に入れた。
レプ・オルジオンを襲ったもの。
そして、生き残ったもの。
アクセルが、最初の設計を分析した。
「三十二か所の欠陥があります」
よい知らせのように、ファフィニョはうなずいた。
「僕が死ぬのは、いくつ?」
「六つです」
「思ったより、ずっといい」
「よくありません」
「君の意見だよ」
「計算です」
その夜、ナイラが、作業するファフィニョを見つけた。
もう、刃の形が見て取れた。
「卒業したんだと思ってた」
ファフィニョは、伝導部品の調整を続けた。
「エーテレオンからはね」
「これは?」
ファフィニョは工具を置いた。
「また剣が必要かどうか、わからない」
試作品を見た。
「でも、何かあったとき、人を助けるために使えるようになったものの一つなんだ」
ナイラは答えなかった。
ファフィニョは部品を指した。
「今度は、なぜ動くか、正確に知っていたい」
ある朝、武器が自分よりも自分のことを知っていると、気づきたくなかった。
開けられるようにしたかった。
修理できるように。
部品を替えられるように。
理解できるように。
ナイラが柄を取った。
「重すぎる」
ファフィニョは眉をひそめた。
「重くない」
「重いよ」
「そういう設計なんだ」
「じゃあ、重い設計にしたんだね」
ファフィニョは受け取った。
一度振った。
体勢を崩しかけた。
間。
「少しは、そうかも」
「すごく」
「ちょっと、すごく」
そこからは、彼だけの計画ではなくなった。
アクセルが、重さの配分を変えた。
ナイラが握りを改良した。
レイズが、何かへたたきつけて強度を確かめた。
ファフィニョには、強すぎるように思えた。
セイルが、もっとよいセルを提供した。
ナレクが外装を手伝った。
「僕の剣だったのに」と、ファフィニョは抗議した。
ナイラが留め具を調整した。
「それで、今は動くようになった」
アクセルが言った。
「外部からの支援を受けたあと、推定効率は四十三パーセント上昇しました」
「数字は、いらなかった」
「私には、必要でした」
ファフィニョは全員を見た。
「参加費を取り始めようかな」
レイズが言った。
「払うのは、お前だろ」
反念は、難しかった。
完成した設計は、単純だった。
少なくとも、エーテレオンと比べれば。
補強された、物理的な刃。
内部の伝導部。
エネルギーセル。
衝突時に、集中した電磁パルスを放出できた。
人工生命体のシステムを乱し、機械の関節に影響を与え、武器を停止させるのに、十分だった。
コアを、必ず破壊するわけではない。
電池には、限りがあった。
過熱することもあった。
壊れることもあった。
共鳴ゲノムには、反応しなかった。
ファフィニョを、何かに変えることもなかった。
ただの剣だった。
機械だった。
彼の機械だった。
最初の試験は、三秒だった。
ファフィニョが起動部を押した。
何も起きない。
「よし」
ナイラが言った。
「よし?」
「確かめてる」
柄を、軽くたたいた。
「駄目」とナイラが言った。
「ちょっと――」
刃が起動した。
放電が、作業台を走った。
工具が、全部跳ねた。
金属の何かが、レイズの頭のそばを飛んだ。
ねじが、天井に突き刺さった。
沈黙。
ファフィニョは刃を見た。
「動いた」
アクセルが言った。
「いいえ」
「ついてるよ」
「作業台も、壊しました」
ファフィニョは作業台を見た。
「実験的な損傷」
レイズは、ねじを見上げた。
「ケイルなら、気に入っただろうな」
一秒、誰も話さなかった。
ファフィニョは微笑んだ。
「うん」
それから、床の工具を拾った。
「もう一回」
もっと地味な形でも、暮らしは戻り始めていた。
ファフィニョは、ヴァエラとナレクと夕食を食べた。
配管の交換を手伝った。
誰かが部品を捨てたことで、二十分言い争った。
役に立つと、彼は言い張った。
よく眠れるようになった。
ある午後、ナレクが、店の窓をさりげなく確かめるファフィニョを見つけた。
「まだ、逃げ道を探してる」
「そんなこと、してない」
「どこが、いちばん早い?」
考えるより先に、ファフィニョは答えた。
「裏の窓」
ナレクは笑った。
ファフィニョは目を閉じた。
「何の証明にも、ならない」
「もちろん」
「その言い方、やめて」
どちらが先に忘れるかで言い争った、あの朝から十一日後、記念日が来た。
どちらも、忘れなかった。
ファフィニョは、ホライズン・ホームの静かな場所へ、ナイラを連れていった。
緑とピンクの結晶でできた、小さなものを取り出した。
ナイラには、見覚えがあった。
「隠してたの、それだね」
「何のことか、まったくわからない」
「ファフィニョ」
「わかった」
渡した。
ナイラが起動した。
二人のあいだに、小さな光が現れた。
地図。
航路。
ファフィル。
エリンドラ・ヴェイ。
レプ・オルジオン。
ホライズン・ホーム。
ナイラが投影を拡大した。
「ケア・ヴェリスは、入れなかったんだ」
「自分から戻るつもりは、ないから」
「納得」
「ありがとう」
ナイラは、航路をたどり続けた。
そして、見つけた。
どの場所を選んでも。
どの道も、最後には同じ場所へ着いた。
ホライズン・ホーム。
ナイラは黙った。
ファフィニョは、不安になった。
「くさいって言うなら、まだ分解できるよ」
ナイラは、すぐに顔を上げた。
「そんなこと、しないで」
「選択肢の一つだった」
「もう違う」
ファフィニョは微笑んだ。
髪が、淡いピンクを帯び始めた。
ナイラが指した。
「ばれてるよ」
ファフィニョは髪に触れた。
「これは、数えない」
ナイラが近づいた。
「記念日、おめでとう」
「記念日、おめでとう」
彼女が口づけた。
今回だけは、髪が好きにしてもいいと、ファフィニョは決めた。
同じ週に、剣が完成した。
ファフィニョは、修理されたホライズン基地の格納庫で、剣を持っていた。
アクセルが、最後の数値を確かめた。
「安定器には、まだわずかなずれがあります」
ファフィニョが言った。
「明日」
「最大放電時に、制御の一部を失う可能性があります」
ファフィニョは考えた。
「今」
レイズは笑った。
「学んでる」
「大げさに言わないで」
アクセルが調整した。
ファフィニョは剣を起動した。
澄んだ唸りが、刃を伝わった。
それだけだった。
神経を走るエネルギーはない。
痛みもない。
古い記号もない。
血への反応もない。
ただ、金属。
電気。
重さ。
理解できるもの。
数メートル先で、ナイラが見ていた。
「名前は?」
ファフィニョは刃を眺めた。
「まだ、わからない」
「意外」
「三十秒以内に、大事なことを決めないようにしてるんだ」
アクセルが言った。
「確認可能な進歩です」
ファフィニョはเขาを見た。
「その言葉、保存して。歴史に残るから」
最後に、もう一度振った。
剣は、思ったとおりに応えた。
ナイラが聞いた。
「それで、これからは?」
ファフィニョは刃を見た。
それから、ホライズン・ホームへ目を向けた。
家族。
友人たち。
まだ、そこにある暮らし。
剣を停止した。
「これが、いらないように頑張る」
第8章をお読みいただき、ありがとうございました。
強大な古代遺物「エーテレオン」との別れ、そして仲間たちと共にゼロから新しい剣を創り上げるプロセスを描いた、シリーズの大きな節目となるエピソードです。これまでの「与えられた運命」を自らの手で手放し、理由をすべて理解できる「自分の道具」を持つというファフィニョの決断と成長を感じていただければ幸いです。
もし今回の展開や、彼らの新たな一歩をお楽しみいただけましたら、ぜひ「ブックマーク追加」や、下部にある評価(星)での応援をよろしくお願いいたします!皆様の温かい声援が、次の執筆への大きな励みになります。
次回から、いよいよ歴史的な裁判が始まる新章へと突入します。どうぞよろしくお願いいたします。




