第6章【帝国ネットワークは戻ったのか】
五十三秒が、ゼロになった。
ホライズン基地の中央画面が、ちらついた。
そして、暗くなった。
ほんの半秒、セイルが送信を止めたのだと、ファフィニョは思った。
そのあと、ほかの画面がすべて動き出した。
卓に組み込まれた画面。
通信端末。
側面の表示盤。
扉のそばの、小さな整備用表示板まで。
黒い背景に、存続の紋章が現れた。
「質問の答えが出たね」と、ファフィニョはつぶやいた。
セイルは、操作部から目を離さなかった。
「民間のネットワークから、入り込んでる」
アウリオンテ中で、同じことが起きた。
ホロ・ネクサス端末板。
家庭の端末。
市場の画面。
港。
駅。
ニュース回線。
緊急周波数。
レプ・オルジオンのすべての住民の前に、クリオン7が現れた。
叫ばなかった。
武器も見せなかった。
声は、落ち着いていた。
それが、いっそう悪かった。
『レプ・オルジオンの人工生命体の住民へ。最高評議会は、私たちの存在の未来を変え得る技術を、有機生命体の管理下に置いています』
映像が変わった。
エーテレオン。
おそらく、ケア・ヴェリスで集めたデータから作った、不完全な復元像だった。
『有機生命体の住民へ。指導者たちは、まだ影響の範囲も理解していない遺物を保持するために、あなたたちの世界を標的にすると決めました』
ファフィニョは眉をひそめた。
クリオンは続けた。
『主権・防衛最高評議会へ。不要な結果を避ける可能性は、まだあります』
ヴェイルは動かなかった。
『研究のために、エーテレオンを引き渡してください』
間。
『存在せよ。選べ。存続せよ』
通信が終わった。
それだけだった。
秒読みもない。
座標もない。
日付もない。
ファフィニョはセイルを見た。
「いつとは、言わなかった」
「ええ」
「何をするかも」
「ええ」
ファフィニョは理解した。
「いつ来てもおかしくないと、僕らに思わせたいんだ」
セイルが顔を上げた。
「もう、そう思ってるでしょう」
一時間後、その問いは、どこにでもあった。
帝国ネットワークは戻ったのか?
ファフィニョは、苛立ちを募らせながら見出しを見つめた。
「ネットワークじゃない」
隣のアクセルが答えた。
「そのとおりです」
「正しいと言ってほしいんじゃない。その呼び方を、やめてほしいんだ」
別の画面には、こうあった。
新たな人工生命体の軍が、レプ・オルジオンを脅かす?
さらに、別の画面。
評議会は、エーテレオンの情報を隠しているのか?
真摯な報道回線は、永続派と、かつてのネットワークを区別した。
そうしないものもあった。
あまりにも多くの人々にとって、その違いは重要ではなかった。
見えたのは、人工生命体。
脅威。
軍事的な印。
そして、思い出した。
正午の前から、うわさが始まった。
永続派の者が、もうアウリオンテへ潜入している pipeline
人工生命体の一部が、エネルギーセルをため込んでいる。
評議会は、攻撃の日付を知っている。
レプ・オルジオンが危険なのは、本当はエーテレオンのせいだ。
ホライズン基地で、セイルは一つずつ確かめた。
「誤り」
次。
「誤り」
次。
「確認不能」
ファフィニョは画面を指した。
「クリオンは、そんなこと言ってない」
セイルが記録を閉じた。
「もう、言う必要もないのよ」
ヴァエラは、扉のそばに荷物をまとめていた。
家に入った瞬間、ファフィニョは見た。
水。
食料。
薬。
書類。
灯り。
すべてが、完璧にそろっていた。
完璧すぎるほどに。
「まだ何も起きてない」と彼は言った。
ヴァエラは、物資の確認を続けた。
「前も、そう言ったわ」
ファフィニョは答えなかった。
ナレクは端末の前に座り、ホライズン・ホームの地図を開いていた。
「北の道のほうが、地下壕へ早く着く」
「まだ避難しないよ」
「じゃあ、いつ?」
「必要なとき」
「いつ必要になるか、どうやってわかる?」
ファフィニョは口を開いた。
閉じた。
ナレクが立った。
「先に攻撃すればいいだろ」
「どこにいるか、わからないから」
「こっちにも、船がある」
「向こうにもある」
「じゃあ、どこにいるか調べろよ」
ナレクの、すべての言葉の言い方に、何かがあった。
速すぎた。
大きすぎた。
怒りではなかった。
すべてが、怒りではなかった。
ファフィニョは、兄を知っていた。
「怖いんだね」
ナレクは目をそらした。
「違う」
「僕は、怖い」
それで、彼はまたこちらを見た。
ファフィニョは座った。
大丈夫だと、言いたかった。
その言葉は、そこにあった。
用意できていた。
簡単だった。
出てこなかった。
「前よりは、備えてる」と、代わりに言った。
ヴァエラが荷物を閉じた。
「それは、同じじゃない」
「うん」
同じではなかった。
翌日、恐れは金を奪い始めた。
一度にではなかった。
最初は、航路だった。
運送会社が二社、レプ・オルジオンへの運航を一時停止した。
三社目が続いた。
貨物船の保険料が上がった。
星系に入る前に、行き先を変える商船もあった。
市場は購入を制限し始めた。
濃縮食料は、一人二つ。
特定の薬は、一箱。
世界の外へ出る民間の旅費は、航路によって倍になった。
燃料が値上がりした。
エネルギーセルも。
セイルが、最高評議会の前にデータを投影した。
「まだ、資源は失っていない」
ファフィニョはグラフを見た。
「じゃあ、何を失ってるんですか?」
「信用」
「違いはあるんですか?」
セイルは彼を見た。
「経済の上では、ありすぎるほどね」
ヴェイルは、戦略備蓄の一部を放出するよう命じた。
エリヤは、組織的な買い占めの規制を求めた。
ただ備えようとする家族を、規制するのではなく。
レプ・オルジオンは、機能し続けた。
だが、恐れによって動き始めていた。
最初の兆しは、小さかった。
張り紙だった。
人工生命体の機体へのサービスを、一時的に制限します
次に、操縦者が人工生命体だと知った乗客の一団が、輸送車に乗るのを拒んだ。
そして、落書き。
あいつらを信用しない
その午後、ファフィニョとレイズは、店の外で人工生命体を囲む人々を見つけた。
人工生命体は、エネルギーセルを二つ持っていた。
「あんたには売らない」と商人は言った。
「私の住居は、この型を使っています」
「永続派のためじゃないって、どうわかる?」
ファフィニョが近づいた。
「聞けばいい」
全員が彼を向いた。
男が、人工生命体を指した。
「うそをついてるかもしれない」
レイズは腕を組んだ。
「お前もな」
男は眉をひそめた。
「あんたには話してない」
「それは、いい知らせだ」
ファフィニョは、セルを一つ取った。
札を読む。
「住宅の暖房用」
人工生命体へ返した。
「解決」
「どっちの側か、どうわかるんだ?」と、誰かが聞いた。
ファフィニョは息をした。
「わからない」
不思議な沈黙が生まれた。
「知る必要もない。あなたたちがどっちの側かも、知らないよ」
周囲を示した。
「怖いものに似てるからって、その人に罪があることにはならない」
誰かがつぶやいた。
「いつも、機械をかばう」
ファフィニョは、その者へ一歩近づいた。
「反逆者呼ばわりされずに電池を買う、その人の権利を守ってるんだ」
レイズが付け加えた。
「革命的だな」
全員を納得させはしなかった。
だが、輪はほどけた。
今のところは。
おかしなことに、人工生命体は、すでにレプ・オルジオンを守っていた。
タル・ヴェッカが、運動を組織したからではなかった。
仕事だったから。
自由な機体が、反応炉を保守した。
輸送車を修理した。
病院で働いた。
地下壕を補強した。
軌道システムを運用した。
恐れは、その仕事を変えなかった。
仕事をする彼らを見る、一部の人々の目だけを変えた。
二日目の多くを、ナイラは民間の経路の組み直しに費やした。
ファフィニョが見つけたとき、周囲に地図が六枚開いていた。
「検閲?」
「街の半分が、一度に同じ三本の通路から出ようとするのを、やめたら」
ファフィニョは、詰まった経路を見た。
「まずそうだね」
「まずいよ」
ナイラが、一つの駅を拡大した。
「今、みんなが逃げようとしたら、本当に攻撃されたとき必要な経路が、ふさがる」
あとで、カメラの前でも繰り返した。
「備えることと、逃げ出すことは違います」
公式の標語には、ならなかった。
だが、人々は繰り返し始めた。
ファフィニョは、ホライズン・ホームのそばで障壁を補強するレイズを見つけた。
打撃音。
また一枚の板。
打撃音。
もう一枚。
ファフィニョは、数秒見ていた。
「もう、しっかりしてたよ」
レイズは、また打った。
「もっと、しっかりした」
「レイズ」
打撃音。
「前にも、何も起きないと言ってたやつがいた」
ファフィニョの笑みが消えた。
レイズは、障壁に両手を置いた。
「それで、起きた」
ファフィニョは、別の工具を取った。
しばらく、二人で働いた。
最後に、ファフィニョは板を確かめた。
「もう、しっかりしたと思う」
レイズが、つちを上げた。
「あと一回」
「もう、気持ちの問題になってるね」
「黙れ」
次の一撃は、必要なかった。
ファフィニョは、それを言わなかった。
その午後、エリヤが新しい問題を報告した。
「公式発表への信頼が、下がっています」
ヴェイルが彼女を見た。
「どれほどだ?」
「無視できないほどに」
住民の一部は、最高評議会が情報を隠していると信じていた。
エリヤは、別の方法を提案した。
評議会ができる前から、レプ・オルジオンが信頼していた人々。
ファフィニョは、早すぎるほど理解した。
「嫌です」
ヴェイルが言った。
「まだ頼んでいない」
「でも、頼むつもりでしたよね」
「そうだ」
「惑星中の前に出て、大丈夫だなんて言いません」
ヴェイルは、彼の目を見た。
「うそをつけとは、頼んでいない」
そのほうが、悪かった。
ファフィニョは、ナイラ、レイズ、アクセル、タル・ヴェッカとともに、カメラの前へ座った。
生中継が始まった。
ファフィニョはレンズを見た。
急に、ミラーと対峙するほうがましに思えた。
「怖がらないでとは、言いません」
間。
「僕も、怖いです」
ナイラが彼を見た。
ファフィニョは続けた。
「でも、帝国ネットワークが戻ったのではありません」
息をした。
「ネットワークは、人工生命体に服従を強いました。永続派は、選ぶことのできる人工生命体が、あの考えに従うと決めて、できています」
アクセルを見た。
それから、タル・ヴェッカを。
「ここに残ると選んでいる人は、もっとたくさんいます。働き、修理し、僕らと一緒にこの世界を守っています」
記者が、アクセルへ質問した。
「なぜ、人工生命体を信頼すべきなのですか?」
沈黙。
「信頼すべきではありません」
ファフィニョが彼を向いた。
記者も。
アクセルは続けた。
「人工生命体だからという理由で、私たちを信頼すべきではありません。行動によって、信頼に足ると示した、一人ひとりを信頼すべきです」
青い目は、カメラを見据えたままだった。
「属性は、証拠の代わりにはなりません」
レイズが、少し首をかしげた。
「よかったぞ」
アクセルが言った。
「知っています」
ファフィニョは彼を見た。
「間違いなく、学びすぎだ」
その夜、ナレクが隣人を殴りかけた。
ファフィニョは、ぎりぎりで間に合った。
問題は、何年も建物の配管を修理してきた人工生命体だった。
「もう、あいつには入ってほしくない」と、住民の一人が言った。
「ここを建て直したとき、あいつもいたんだぞ!」とナレクは叫んだ。
「ネットワークの機械も、いただろう」
ナレクが前へ出た。
ファフィニョがつかんだ。
「中へ」
「でも――」
「中へ」
あとになっても、ナレクは震えていた。
「もう、隠れたくない」
ファフィニョは隣に座った。
「僕も」
ナレクは、少し間を置いた。
「ネットワークは、戻ったのか?」
そこにあった。
あの問いが。
ファフィニョは首を振った。
「戻ってない」
それから、付け加えた。
「でも、危険がないって意味じゃない」
ナレクは、ゆっくり息をした。
部屋の向こうで、ヴァエラが、まとめた荷物を見ていた。
ナレクが眠ったあと、彼女は聞いた。
「攻撃されたら、行くの?」
ファフィニョには、意味がわかった。
「うん」
ヴァエラは目を落とした。
「何も起きないとは、約束しないで」
ファフィニョは答えなかった。
「戻れるなら、戻ると約束して」
「約束する」
午前三時、警報が始まった。
ファフィニョは、すぐ目を覚ました。
ヴァエラは、もう荷物を持っていた。
ナレクは扉の前にいた。
非常灯が壁を染める中、ナイラが寝室から出てきた。
ファフィニョの通信機が起動した。
アクセル。
「中に、とどまってください」
「何が起きてる?」
「未確認の船です。制限航路に進入。識別信号への応答なし」
ファフィニョの全身が冷えた。
「永続派?」
「不明です」
四十七秒のあいだ、アウリオンテは戦争が戻ったと思った。
やがて、セイルが通信に入った。
「警報解除」
沈黙。
「商業貨物船。電磁的な損傷で識別送信機が破壊され、乗員が負傷。敵対的な存在は、確認されていません」
警報が止まった。
誰も喜ばなかった。
ヴァエラは、荷物を持ったままだった。
下ろすまでに、長い時間がかかった。
翌朝は、さらに悪かった。
何も起きなかったから。
「待ってるんだ」
「昨夜、防衛を試したんだ」
「もう、境界を越えてる」
「誤報は、わざとだった」
攻撃がないことが、攻撃が来る証拠になった。
ファフィニョはニュースを見ていた。
「来る前から、僕らを戦わせてる」
アクセルが言った。
「はい」
ファフィニョは画面を消した。
「じゃあ、外へ行こう」
「どこへ?」
「役に立つことをしに」
一日、手助けに費やした。
ナイラは、物資を運ぶ通路を組み直した。
アクセルは、ほかの人工生命体と電気系統を修理した。
レイズは物資を運んだ。
ファフィニョは、大きすぎる箱を持ち上げようとした。
レイズが、片手で取り上げた。
「銀河の英雄」
「試してたんだ」
「何を?」
「重力」
アクセルが、表示盤から顔を上げた。
「重力は、正常に機能しています」
ファフィニョはうなずいた。
「すばらしい。問題解決」
近くの少女が笑った。
小さな笑いだった。
でも、意味はあると、ファフィニョは決めた。
その夜、画面がまた動き出した。
クリオンが現れた。
数秒だけ。
『レプ・オルジオンは、自分たちのものではないものを保持すると決めました』
間。
『自発的な解決の可能性は、終わりに近づいています』
通信が消えた。
それだけだった。
ほぼ直後に、アクセルの通信機が起動した。
ロボットが伝言を読んだ。
ファフィニョはเขาを見た。
「何?」
「外縁のビーコン三基が、送信を止めました」
ナイラが近づいた。
「破壊された?」
「不明です」
「干渉?」
「可能性はあります」
レイズが腕を組んだ。
「永続派か?」
アクセルは彼を見た。
「可能性はあります」
ファフィニョは窓へ歩いた。
船はない。
炎もない。
何もない。
三日間、レプ・オルジオンは、見えないものを恐れていた。
その夜、初めて、静けさが空っぽには思えなくなった。
第6章をお読みいただき、ありがとうございました。
クリオン7による全宇宙への電波ジャックから始まり、実体の見えない恐怖が人々の「信用」を蝕んでいく心理的な描写に焦点を当てたエピソードです。かつての帝国ネットワークのトラウマから、無実のシンセティック(人工生命体)への差別や不信感が生まれる中、アクセルがカメラの前で放った「属性ではなく行動で判断すべきだ」というセリフは、本作の大きなテーマでもあります。
そして静かに迫る、外縁ビーコンの消失……。
もしこの緊迫した心理戦と展開を気に入っていただけましたら、ぜひ「ブックマーク追加」や、下部にある評価(星)での応援をよろしくお願いいたします!皆様のリアクションが執筆の最高の支えです。
次回、ついに本格的な火蓋が切られる第7章でお会いしましょう。




