第5章【揺れる平和】
ワンダラー6の前に、レプ・オルジオンが現れた。
こんなに恋しかったのかと、ファフィニョはそのとき初めて気づいた。
最初に、三つの太陽。
それから、交易航路。
最後に、アウリオンテ。
首都の塔、港、光る回廊が、地平線を埋めた。
何十もの貨物船が、星系を出入りしていた。
民間輸送船が軌道上の航路を横切っていた。
はるか下では、砂漠が街を囲み、銅色に広がっていた。
すべてが、まだそこにあった。
普通だった。
レイズは、座席から往来を見た。
「留守のあいだ、誰も何も征服しなかったらしい」
「もう少し時間をあげよう」とファフィニョが答えた。
ナイラが、ゆっくり彼を向いた。
「そういうこと、言わないで」
「取り消す」
アクセルが、操作台から顔を上げた。
「すでに述べた発言を、さかのぼって撤回することはできません」
ファフィニョは彼を見た。
「言葉のあやだよ」
「では、動詞の使い方が誤っています」
「至上主義の運動から逃げてきたばかりなのに、そこを訂正するんだね」
「二つの出来事が、両立しないとは考えていません」
レイズが笑った。
ファフィニョは、またアウリオンテを見た。
笑みが、ゆっくり消えた。
画面の一つには、ケア・ヴェリスから回収した最後の地図が残っていた。
信号。
航路。
永続派の何かが、レプ・オルジオンへ向かっていた。
眼下の街は、まだ何も知らなかった。
「では、重要なことを整理しよう」
ヴェイルの声だけで、部屋は静まった。
ホライズン基地の主要な広間の一つに、レプ・オルジオンの主権・防衛最高評議会が集まっていた。
かつてレジスタンスが生き延びようとした、急ごしらえの指揮所とは、もう違っていた。
卓は広かった。
壁には地図が組み込まれ、通信システムは、軌道防衛、各地の政府、外部航路へ直接つながっていた。
レプ・オルジオンには、再び政府があった。
そして、その政府は覚えていた。
ヴェイルは、中央にいた。
主権保全総司令官。
右に、セイルが座った。
首席防衛戦略官。
隣には、ケイリン・ヴォス、エリヤ・ソル・ヴェン、タル・ヴェッカ、デイラン・コルがいた。
評議会と向き合うのは、ファフィニョ、ナイラ、レイズ、アクセルだった。
卓の上に、存続 of 紋章が浮かんでいた。
ヴェイルは、その印を見つめた。
「ケア・ヴェリスには、ネットワーク以前の技術がある。永続派は、その一部が存在すると知り、君たちを誘い出すために、偽の救難信号を用意した」
「そのとおりです」とアクセルは言った。
ファフィニョが、指を一本上げた。
「僕も、欲しかったんです」
セイルが、別の記録を開いた。
「ヴァール9は、あなたとエーテレオンの相互作用を調べていた。遺物だけが目当てではなかったのね」
ファフィニョはため息をついた。
「完璧。また研究材料になった」
「厳密には――」
ファフィニョはアクセルを指した。
「駄目」
アクセルは口を閉じた。
セイルが投影を変えた。
ケア・ヴェリスから逃げるとき、レプ・オルジオンへ向かっているように見えた光点が、画面いっぱいに広がった。
「これは、船じゃない」
ファフィニョは眉をひそめた。
「じゃあ、何?」
「移動式の、暗号化された中継ノード。おそらく、永続派の長距離通信を延ばしているの」
「来ないんですか?」
セイルは彼を見た。
「そうは言ってない」
「似て聞こえたけど」
「レプ・オルジオンへ軍事部隊が進んでいるという証拠は、ないと言ったの」
「確かなんですか?」
セイルは落ち着いていた。
「その逆を証明できないことは、確かよ」
ファフィニョは背を預けた。
「ずっと安心できなくなった」
ヴェイルは手を組んだ。
「備えるには十分だ。存在しないかもしれない侵攻を、宣言するには足りない」
ケイリンが話した。
「では、軌道上の出入口を強化します。貨物検査の追加。武器の購入、未登録航路、永続派と関係する通信の監視」
ヴェイルがうなずいた。
「承認する」
ケイリンは続けた。
「帝国の組織に由来する人工生命体への、特別な管理も提案します」
タル・ヴェッカが、すぐに彼女を向いた。
「どのような?」
「ネットワーク内での直接の経歴を持つ機体です」
「私たちの、非常に多くが当てはまります」
「罪があるとは、言っていません」
「ないことを、証明しろと言っているのです」
ケイリンの表情が硬くなった。
「武装した集団が、首都へ入るのを防ごうとしています」
タル・ヴェッカは、存続の紋章を指した。
「あなたが管理策を書き終える前に、クリオンはそれを宣伝に使うでしょう」
ファフィニョは、二人を見比べた。
どちらも、わかった。
そこが、いちばんつらかった。
「人工生命体をみんな、永続派かもしれないと扱えば」と言った。
「クリオンは、一発も撃たずに勝つ」
ケイリンは彼を見た。
「不公平に見えるのを恐れて、武装集団を入れれば、撃って勝ちます」
沈黙。
ヴェイルは、数秒待った。
それから、口を開いた。
「人工生命体であることだけを理由とする登録は、行わない」
ケイリンが答えようとした。
ヴェイルが手を上げた。
「調べるのは行動だ。接触先。証明できる活動。存在ではない」
セイルは、もうデータを組み直していた。
「何者かを探すんじゃない。何をするかを探すのね」
新しい分類を投影した。
武器の移動。
ネクサス・クレジット。
航路。
暗号化された接続。
軍用部品の購入。
「この傾向に基づいて監視する」と続けた。
「種族、体の構造、帝国由来かどうかでは、絞り込まない」
タル・ヴェッカの肩が、少し緩んだ。
ケイリンは、完全には納得していないようだった。
それは、決断が妥当だったということかもしれない。
ヴェイルは部屋を見回した。
「疑いを基盤にした別のネットワークを築くために、服従のネットワークを生き延びたのではない」
セイルが付け加えた。
「無防備になるためでも、ないけれど」
デイランが、二つの報告を開いた。
「もう一つ、問題があります」
二つの世界の映像が現れた。
「解放後、ヴァロスは帝国出身の人工生命体の入域を、一時的に禁じました。テル・カラでは、複数の機体が『回収した軍事財産』と分類され、数週間拘束されました」
ファフィニョは顔をしかめた。
「人を、財産に分類したんですか?」
「外交的な介入のあと、命令は取り消されました」とデイランは言った。
「ですが、起きたのです」
タル・ヴェッカは書類を見た。
「クリオンは、話をすべて作り上げる必要がない」
全員が、彼を見た。
「どれを語るか、選ぶだけでよいのです」
エリヤは、卓へ目を落とした。
「では、永続派は本当にあった虐待を使って、ほかのすべてを正当化できる」
「はい」とタル・ヴェッカは答えた。
ヴェイルが報告を閉じた。
「ならば、二つと戦う。彼らの行動。そして、支持者を集めるために使う理由だ」
ファフィニョは黙っていた。
何年も、問題はもっと単純に思えていた。
敵の船。
反応炉。
軍隊。
壊せるもの。
これは、違った。
セイルが話題を変えた。
「ケア・ヴェリスについても、まだ公表できない」
ファフィニョは顔を上げた。
「全部ですか?」
「慎重に扱うべき詳細よ。受け継がれる生体パターンに反応する古代技術があると発表すれば、日が暮れる前に、違法な探検隊が出る」
デイランが付け加えた。
「遺伝子の売買。担い手を要求する政府。遺物を追う企業」
ファフィニョは両手を上げた。
「じゃあ、『遺伝子が変だとよく動く、何千年前の剣を見つけました』とは、発表しないんですね」
セイルが彼を見た。
「科学的な正確さに感謝するわ」
アクセルが割って入った。
「『変な遺伝子』は、不正確な分類です」
ファフィニョは目を閉じた。
「黙ってればよかった」
白い台の上に、エーテレオンがあった。
ファフィニョは、それを見た。
ケイリンは、はっきり言っていた。
「それを、ホライズン・ホームへ持ち帰ることはできません」
ファフィニョは反論しなかった。
自分でも、驚いた。
ナイラは軌道図を調べた。
「レプ・オルジオンの外へ運んでも、隠せるわけじゃない」
セイルがうなずいた。
「そのとおり」
ナイラは、いくつかの航路を指した。
「どんな輸送にも、航路が残る。航路は、追える」
エーテレオンを移すには、護衛がいる。
通信がいる。
船がいる。
行き先がいる。
痕跡が、多すぎた。
ホライズン基地には、戦後、危険な技術を保管するために造られた深い部屋があった。
外部ネットワークから切り離され、電磁遮蔽で守られていた。
完璧ではなかった。
だが、剣を運べば、別の場所が標的になる。
「それに」とセイルは言った。
「複数の施設で、偽の共鳴シグネチャを発生させる」
ファフィニョが眉を上げた。
「偽物エーテレオン?」
「おとりよ」
「僕の名前のほうが、よかった」
「いいえ」
ファフィニョは、最後にもう一度エーテレオンを手に取った。
剣が、重すぎるように感じる瞬間があった。
質量のせいではない。
それ以外の、すべてのせいだった。
ノード・ゼロ。
ファフィル。
ミラー。
逃げ出した場所と、一緒には逃げられなかった人々。
剣を台に置いた。
部屋が、閉じ始めた。
戦争の終わり以来、初めて。
エーテレオンが、ただ手を伸ばすだけでは届かない場所に残された。
不思議な気持ちだった。
恐れではない。
何かが、いなくなったような。
扉が閉じた。
「よかった」と、つぶやいた。
背後に、レイズが現れた。
「自分に言ったのか?」
ファフィニョは彼を見た。
「かもね」
「心配だな」
会議が終わる前に、レイズはケア・ヴェリスの地図を、もう一度見た。
「船の話ばかりしてる」
ケイリンが顔を上げた。
「何を提案するのですか?」
「俺たちが、どう捕まったか思い出すことだ」
沈黙。
「クリオンに艦隊はいらなかった。ワンダラー6に乗り込む兵士も。救難信号だけで、よかった」
セイルは、すぐに理解した。
卓の上に、緊急ビーコンが現れた。
「規約を、全面的に見直す」
ファフィニョが言った。
「助けを求める通信を、全部三時間の尋問に変えないで」
レイズが彼を見た。
「なぜ?」
「ネットワークを生き延びて、本当に助けが必要な人を見捨てるようになったら、かなり悲しいから」
ヴェイルがうなずいた。
「確認する。無関心にはならない」
セイルは、もう作業を始めていた。
アウリオンテは、まだアウリオンテだった。
腹立たしいほどに。
会議を出れば、何かが変わって感じられると、ファフィニョは思っていた。
何も変わらなかった。
売り手が、さびた部品は帝国の巡洋艦のものだと、二人の旅人に信じ込ませようとしていた。
ファフィニョは足を止めた。
「それ、冷却弁だよ」
売り手は笑った。
「帝国のな」
「『厨房』って札がついてるけど」
「帝国の厨房だ」
ファフィニョは部品を取り上げた。
「いくら?」
レイズが肩をつかんだ。
「駄目だ」
「聞いただけ」
アクセルが言った。
「すでに、提示する額を計算していました」
「手伝わないで」
ナイラは歩き続けた。
「放っておいて。病気だから」
「がらくたじゃない」
「古い油がついてるぞ」とレイズは言った。
「由緒ある油だ」
売り手が、ファフィニョを指した。
「この人は、わかってる」
「その気にさせないで」と、ナイラとレイズが同時に言った。
ホライズン・ホームも、まったく同じだった。
詰めて建つ住居。
もともと通路などなかった場所に、追加された通路。
つぎはぎの配管。
外に干された洗濯物。
何なのかわからず、あまり質問しないようになった食べ物の匂い。
ある家族は、三種類の材料でバルコニーを修理していた。
二人の子どもが、球をめぐって言い争っていた。
どこかの窓で、ひどく下手な歌が聞こえた。
それが、平和だった。
記念碑ではない。
演説でもない。
これだ。
家で、ヴァエラが迎えた。
「どうだった?」
ファフィニョは荷物を下ろした。
「滅びた文明を見つけて、僕の遺伝子の一部がどこから来たか知って、人工生命体至上主義 of 運動に誘拐された」
ナレクは食べ続けた。
「つまり、いつもどおり?」
ファフィニョは考えた。
「もっとひどい旅も、あったね」
あとで、窓辺に立ち、隣人たちがバルコニーの修理を終えるのを眺めた。
戦争中なら、気づきもしなかっただろう。
今、考えているのは、銀河を救うよりもずっと小さなことだった。
あの人たちが、また荷物をまとめる姿を見たくない。
ナイラが、贈り物を見つけかけた。
ファフィニョは、作業台の小さな構造物を、すぐ覆った。
「何も見てない」
ナイラは戸口に寄りかかった。
「何か見たよ」
「何もないものを、目がそう解釈したんだ」
「意味がないよ、それ」
「そのとおり」
彼女は微笑んだ。
それから、動く彼の手を見た。
「復興任務の一つに、参加しないかって言われたの」
ファフィニョは顔を上げた。
「ほかの世界へ?」
「うん」
少し、間があいた。
「やりたい?」
ナイラは数秒考えた。
「そうだと思う」
ファフィニョは、また作りかけのものを見た。
「じゃあ、やったほうがいい」
それだけだった。
ナイラは近づき、頬に短く口づけた。
ファフィニョの髪が、ピンクになった。
「必要なかった」
「そうだよね」
「まったく」
ナイラが出ていった。
廊下の向こうへ消えるまで、ファフィニョは待った。
「もういい」
自分の髪を見た。
「裏切り者」
その夜、アクセルが現れた。
入ってくるのを見て、ファフィニョは眉をひそめた。
「何があったの?」
「なぜ、何かがあったと思うのですか?」
「役に立たないものを、何も持って来てないから」
アクセルは足を止めた。
「装飾品です」
「そう、それ。何かあったんだ」
アクセルが、いくつものノードを投影した。
「永続派につながる集団が、検出可能な送信を減らしています」
ファフィニョは背筋を伸ばした。
「消えた?」
「いいえ」
「撤退してる?」
「確認できません」
「何か、隠してる?」
「可能性はあります」
ファフィニョは腕を組んだ。
「ほかの可能性は?」
アクセルは、半秒かけた。
「準備をしています」
「また、安心できる可能性を台無しにした」
「安心できるものでは、ありませんでした」
ヴェイルとセイルは、すぐ報告を受けた。
ノードが、一つずつ暗くなっていた。
消えたからではなかった。
話すのを、やめたからだった。
セイルが傾向を調べていたとき、新しい信号が現れた。
「外部からの送信」
デジタル防衛が、封じ込めを試みた。
セイルが顔を上げた。
「民間のネットワークに届く前に、遮断して」
アクセルが接続した。
目が、少し明るくなった。
「問題です」
彼がそう言うのを、ファフィニョは嫌っていた。
「何?」
「送信の宛先は、一つではありません」
ヴェイルが立った。
「いくつだ?」
アクセルが、送信の構造を開いた。
ニュース回線。
港。
端末。
家庭のネットワーク。
緊急周波数。
公共の画面。
すべて。
「全員です」
部屋が静まった。
セイルが、遮断処理を始めた。
「自動フィルターで、数秒は稼げる」
主画面に、存続の紋章が現れた。
その下に、二行。
人工生命体永続運動
レプ・オルジオンの全住民へ
ファフィニョは、ホライズン基地のガラス越しに外を見た。
アウリオンテは、まだ明るかった。
輸送車が動き続けた。
人々が歩いた。
食べた。
言い争った。
笑った。
まだ、誰も知らなかった。
「アクセル……」
「はい」
「どれぐらい?」
アクセルは、時間の表示を見た。
「五十三秒です」
第5章をお読みいただき、ありがとうございました。
無事に故郷レプ・オルジオンへ帰還したものの、評議会での倫理的な対立や、おとりとしてのエーテレオンの隔離など、政治的かつ現実的な問題が山積みとなるエピソードです。クリオン7率いる永続派は、一発の弾丸も撃たずに、ただ「真実の断片」を語るだけで銀河の信頼を揺るがし始めました。
そしてラスト53秒の緊迫感……。ついに全面的な電波ジャックが始まります。
もしこの緊迫した展開を気に入っていただけましたら、ぜひ「ブックマーク追加」や、下部にある評価(星)での応援をよろしくお願いします。皆様の温かい反応が執筆の原動力です!
次回、ついにメッセージの内容が明かされる第6章をお楽しみに。




