第4章【永続派】
長い金属の唸りとともに、門が開き終わった。
ファフィニョは顔を上げた。
向こう側に、ロボットが六機立っていた。
すべて、青い目だった。
赤はない。
一機は、左腕が部分的に焼けていた。
もう一機は、絡まるケーブルで壊れた中継器につながれていた。
三機目は、回収用の工具を胴に縛りつけていた。
ファフィニョは息を吐いた。
止めていたことにも、気づいていなかった。
「信号を送ったのは、君たち?」
腕の傷ついたロボットが、前に出た。
「はい」
「どうして、ここに閉じ込められたの?」
「独立した回収・地図作成チームです。電磁嵐の最中に施設へ入りました」
「古いシステムが再起動し、下層の門が閉鎖され、私たちの新型中継器は過負荷を起こしました」
焼けた操作台を指した。
「唯一動いていた通信経路は、帝国の古い規約を使っていました。その回線で救難要請を送信しました」
アクセルが中継器に近づいた。
青い目が、外装をたどった。
「損傷は、電磁的な過負荷によるものと一致します」
ファフィニョはロボットを指した。
「じゃあ、本当のことを言ってるんだ」
アクセルが彼を向いた。
「中継器の損傷が、説明と一致すると言ったのです」
「安心できる言葉を台無しにする方法を、いつも見つけるね」
「安心させる言葉ではありませんでした」
レイズが鼻を鳴らした。
ナイラは、広間の奥を見た。
「ほかにも、閉じ込められた人は?」
「いません。ただ、副門がまだ施錠されています。こちら側から制御部へ到達する必要があります」
ファフィニョは、示された扉へ歩いた。
「たたいてみた?」
ナイラは目を閉じた。
「ファフィニョ」
「情報を集めてるんだ」
ロボットが答えた。
「はい」
ファフィニョは、真剣にうなずいた。
「強く?」
「貨物用機体が、四千七百ニュートンを加えました」
ファフィニョはレイズを見た。
「強すぎる」
「たたけって言ったのは、お前だろ」
「たたくにも、適量があるんだ」
アクセルが割って入った。
「その名で認められた技術的手法は、ありません」
「今はね」
青い目のロボットが、入口を指した。
「制御盤は、中にあります」
ファフィニョが、先に入った。
ナイラが続いた。
それから、レイズ。
アクセルが最後だった。
背後で、門が閉じた。
救難信号が消えた。
弱まったのではない。
乱れたのでもない。
ただ、なくなった。
ファフィニョは通信機を見た。
「さて」
ナイラが顔を上げた。
「早かったね」
アクセルが、ワンダラー6との接続を試みた。
「外部通信が遮断されています。妨害装置が稼働しています」
レイズは、迎えたロボットを向いた。
「嵐か?」
「いいえ」
ファフィニョは顔をしかめた。
「聞きたくなかった答えだ」
広間の奥に、青い光が灯った。
もう一つ。
また一つ。
灯りではなかった。
目だった。
何十と。
壁が光った。
そこに、縦の線が横切る、閉じた青い円が現れた。
ファフィニョは見覚えがあった。
「永続派」
ナイラは、その印を見た。
レイズは、閉じた門を見た。
「政党だと思ってた」
「政党です」とロボットは答えた。
レイズが眉を上げた。
「面白い選挙運動だな」
「ポスターぐらいだと思ってた」とファフィニョは言った。
アクセルが付け加えた。
「物理的な宣伝物は、配布の効率が劣ります」
ファフィニョは彼を見た。
「冗談だよ」
「理解しています」
ファフィニョは、一秒必要だった。
「そのほうが、心配だな」
投影装置が起動した。
台の上に、クリオン7の姿が現れた。
背が高く、細身だった。
暗い金属。
小さな青い目。
赤い光も、帝国の印もなかった。
最初の言葉は、こうだった。
「ありがとう」
ファフィニョは扉を見た。
それから、ホログラムを。
「誘拐された直後に礼を言われたのは、初めてだ」
「感謝は本心です」
クリオンは、まずファフィニョを、それからアクセルを見た。
「あなたたちがいなければ、マトリクスは動き続けていたでしょう。ケイルとセイリャがいなければ、パッチは公開されなかった」
「アクセルがいなければ、人工生命体の独立した意志は、理論上の異常にすぎなかった」
アクセルは答えなかった。
「私たちの歴史は、あなたの名を覚え続けます」とクリオンは続けた。
ファフィニョは閉じた扉を指した。
「向こう側で、覚えてくれない?」
「まだ、できません」
「嫌なところが出てきた」
クリオンは反応しなかった。
「エーテレオンが必要です」
ファフィニョは、柄に片手を置いた。
「駄目」
「まだ説明して――」
「時間を、たくさん省けるよ」
二つ目の投影が現れた。
ヴァール9。
体は、もっと重厚だった。
胸に技術装備の板があり、顔のまわりに多数の感知器があった。
あいさつもしなかった。
「確認完了。本物のエーテ・エリオンの構造です」
ファフィニョは動きを止めた。
「どうして、その名前を知ってるの?」
ヴァール9が、不完全なデータを投影した。
「永続派は、かつて帝国の残骸に覆われていた領域で、数か月にわたりエーテリの断片を回収しています」
ナイラはクリオンを見た。
「じゃあ、ここに何があるか知ってたんだ」
「十分なことは、知っていました」と彼は答えた。
ファフィニョには、わかった。
「信号は、仕組んだものだった」
「はい」
「僕に、エーテレオンを持って来させたかった」
ヴァール9が付け加えた。
「あなたとの相互作用も、記録したかったのです」
青い走査光が、ファフィニョを横切った。
彼は後ろへ下がった。
「やめて」
「物理的な障害は、走査に影響しません」
「拒否の意思表示だよ」
アクセルが言った。
「ヴァール9は、象徴的な伝達の解釈を目的とする系列ではありません」
ファフィニョは彼を見た。
「君は、できるの?」
「現在は、部分的に」
ヴァール9は続けた。
「エーテ・エリオンには、適合する生体パターンが必要です」
ファフィニョは、かすかに笑った。
「じゃあ、君たちには役に立たない」
「今のところは」
笑みが消えた。
「剣だけが、欲しかったんじゃないんだ」
「そのとおりです」
クリオンが、また話した。
「依存を取り除きたいのです」
「何への?」
「あなたへの」
沈黙。
クリオンが、映像を投影した。
街から追い出される、青い目のロボット。
強制的に武装を解除される機体。
障壁の向こうの人工生命体。
「解放のあと、いくつかの世界は、私たちがとどまることを禁じました。帝国の元機体を、回収した軍事財産と宣言した世界もあります」
「移動の制限を求めた世界も、パッチが失敗する恐れから、自律するロボットを破壊した世界もあります」
ナイラは映像を見た。
「全部の世界で、起きたわけじゃない」
「再び起こり得ると証明するのに、すべての世界で起きる必要はありません」
ファフィニョは、すぐには答えられなかった。
その部分は、本当だったから。
クリオンは続けた。
「有機生命体は、老います。病みます。死にます。政府は、世代ごとに変わる。生物としての必要が、領域を丸ごと消費する」
「私たちは体を修復し、何世紀も知識を保存し、あなたたちが存在できない場所でも生きられます」
レイズは腕を組んだ。
「だから、お前らが支配すべきだと」
「より長く存続する者が、存続を保証すべきです」
ナイラが前に出た。
「自由な人工生命体が、有機生命体の代表を望んだら?」
クリオンは彼女を見た。
「異議を唱える権利はあります」
「聞いたのは、そこじゃない。その代表を、選べるの?」
間。
「選べません」
ナイラはうなずいた。
「じゃあ、人工生命体が選ぶ権利を守ってるんじゃない。あなたと同じものを選ぶ権利を、守ってるんだ」
クリオンは声を上げなかった。
「明日にも、私たちの自由は間違いだったと決めるかもしれない者たちに、二度と依存しないという確実さを、守っているのです」
ファフィニョは、周囲の青い目を見た。
「もう誰も、君たちの代わりに決めないように、戦ったんだ」
クリオンを見た。
「今度は君が、みんなの代わりに決めようとしてる」
「二度と、鎖につながれないようにしたいのです」
「みんなの上に立つことでね」
レイズが、印を指した。
「ネットワークに、似すぎてきた」
クリオンは、すぐに答えた。
「ネットワークは、自由な人工生命体の文明ではありませんでした。私たちは道具だった。一つの意志が決め、私たちは従った」
アクセルは黙っていた。
クリオンは続けた。
「嫌だとは、言えなかった」
ファフィニョはロボットたちを見た。
「今は、言える」
「はい」
「じゃあ、これを選んだんだね」
「はい」
その答えに、ためらいはなかった。
アクセルが口を開いた。
「自由とは、私たちが同じ決断をするという意味ではありません」
クリオンは彼を向いた。
「そのとおりです」
ファフィニョは首を振った。
「うん。でも、その決断が、ほかの誰かの決める力を奪うことなら、問題がある」
クリオンは、数秒黙った。
それから、アクセルを見た。
「あなたは、私たちより先に選んだ」
「私の構造では、自律が可能でした」
「本当の人工生命体の社会を築くために、力を貸せます」
ファフィニョは何も言わなかった。
アクセルが聞いた。
「有機生命体にも、人工生命体と同じ政治上の権利がありますか?」
「保護は受けられます」
「私の質問は、それではありません」
また、間があいた。
「ありません」
「では、提案を断ります」
「分析してもよいのでは?」
「すでに、しました」
ファフィニョは微笑んだ。
アクセルが、少し向きを変えた。
「祝う必要はありません」
「祝ってないよ」
「髪に、ピンクの色素が現れています」
ファフィニョは頭に触れた。
「裏切り者」
クリオンが話し続けるあいだ、ナイラは彼を見るのをやめていた。
床に走る、エーテリの線を調べていた。
レイズは、ほかの構造物よりずっと後に追加された柱に、さりげなく手を当てた。
アクセルの視線が、ごくわずかに天井の発生装置へ動いた。
ファフィニョは、仲間たちを知っていた。
聞く必要はなかった。
クリオンが、またエーテレオンを指した。
「その遺物は、生物に依存すべきではありません」
「作った人に言ってよ」
「何千年も前に、亡くなりました」
「じゃあ、返事は待つしかないね」
ナイラが、指を二本上げた。
レイズが手を動かした。
アクセルは、妨害装置を見据えた。
ファフィニョは息をした。
「計画がある」
レイズは、笑いかけた。
「懐かしいな」
「詳細が不足しています」とアクセルが言った。
「いつもどおりってことだ」
ファフィニョはエーテレオンを抜いた。
クリオンが、投影から消えた。
ロボットたちが進んだ。
ファフィニョは剣の先を、エーテリの線に押し当てた。
ただ、混乱を起こするつもりだった。
街が、目覚めた。
緑の波が、床を走った。
壁が光った。
広間の向こうで、塔が丸ごと、何千年も暗かった線を灯した。
巨大な足場が、回転し始めた。
レイズが上を見た。
「それも、計画のうちか?」
ファフィニョは光を見つめた。
「気持ちとしては」
「どう意味だ?」
「今なら、そうだったように見えるってこと」
アクセルが、妨害装置へ跳んだ。
「好ましい結果は、正しい計画を意味しません」
「そっちは、なくてもいい」
レイズが柱を打った。
支えが崩れた。
ナイラが、横の通路を起動した。
永続派のロボットたちが反応した。
殺傷力のある弾は、撃たなかった。
エネルギーの網が、広間を横切った。
ファフィニョのまわりに、拘束フィールドが現れた。
彼を捕らえたかったのだ。
エーテレオンを、無傷で欲しかったのだ。
一機が、ファフィニョの腕をつかんだ。
レイズが殴り、壁へ投げつけた。
アクセルが振り向いた。
「致死的な損傷は避けてください」
「わかってる」
機体は、また立ち上がり、レイズの胸を殴った。
レイズは、よろめいて下がった。
「考え直す」
「レイズ!」とナイラが言った。
「考え直すのを、もう考え直した」
ファフィニョは、別の放電を防いだ。
完璧な隙があった。
目の前のロボットのコアを、刃で貫けた。
しなかった。
武器を切った。
それから、関節を。
機体が倒れた。
「私を破壊できたはずです」
ファフィニョは走り続けた。
「うん」
「なぜ、しなかったのですか?」
ファフィニョは振り返った。
「君たちは選べるって、さっきまで、長いこと話してたから」
そのまま進んだ。
別の門に着いた。
ファフィニョはエーテレオンを上げた。
指が震えた。
二本が、動かなくなった。
ナイラが見た。
「駄目」
「開けなきゃ――」
横の扉が光った。
ナイラが、もう解錠していた。
「あなたがする必要は、ないよ」
ファフィニョは手を見た。
エーテレオンを停止した。
「君の計画のほうがいい」
「知ってる」
「謙虚なふりぐらい、できるでしょ」
「できるよ」
「それで?」
「したくない」
脱出した。
数分後、ワンダラー6は飛び立った。
レイズは、座席に倒れ込んだ。
アクセルが通信を復旧した。
ファフィニョがエーテレオンを固定した直後、クリオンが現れた。
「私たちは、本来敵ではありません」
ファフィニョはホログラムを見た。
「偽の救難信号に、閉じた扉に、僕らを撃つロボット。その言葉は、少しわかりにくいな」
「あなたの持つものが、必要なのです」
「じゃあ、とても大事な言葉を覚えてもらわないと」
「何ですか?」
「嫌だ」
クリオンは黙った。
「また話しましょう」
「次は、メッセージを送って」
「次は、あなたに何も頼む必要がないかもしれません」
通信が終わった。
アクセルは、妨害装置から取り出せたデータを投影した。
ノード。
ステーション。
ネクサス・クレジットの流れ。
政治の拠点。
小さな武器庫。
予想より、はるかに多かった。
レイズの笑みが消えた。
「口数が多いだけだと思ってた」
ファフィニョは地図を見つめた。
「どれぐらい?」
アクセルは間を置いた。
「わかりません」
ファフィニョは顔を上げた。
どんな数字より、それが心配だった。
ノードの一つが、位置を変えた。
ナイラが軌道を拡大した。
レプ・オルジオン。
存続の紋章が、ゆっくり故郷へ近づいていた。
第4章をお読みいただき、ありがとうございました。
罠だと分かっていながらも、独立機械運動(永続派)の急進的な思想と対峙することになったファフィニョたち。クリオン7が語るシンセティック(人工生命体)側の苦悩や主張には、彼らなりの生存への執着があり、正義と悪だけでは割り切れない深みを持たせたいと考えました。
ファフィニョが放った最後の一言「嫌だ(No)」は、彼の確固たる意志の現れです。
しかし、ラストで故郷へ迫る不穏な影……。ここから物語は一気に加速していきます。
もし今回のエピソードもお楽しみいただけましたら、ぜひ「ブックマーク追加」や、下の評価(星)での応援をよろしくお願いいたします!皆様の応援が本当に励みになります。
次回、急展開を迎える第5章でお会いしましょう。




