第2章【ケア・ヴェリス】
アクセルは船体を調べた。
「どちらの評価も正しいです。さらに、摩耗も検出しています。箇所は――」
ナイラが片手を上げた。
「レイズは、二人に言ってたんだと思うよ」
ファフィニョは、もう一度船を見た。
「けなしてない。知ろうとしてるだけだよ」
「じゃあ、中から知ってくれ」とレイズは言った。
「今日のうちに出発したい」
五分後、ワンダラー6はレプ・オルジオンを離れた。
レイズは、座席の下を確かめた。
「どこだ?」
ファフィニョが彼を見た。
「何が?」
「容器」
ナイラは口元を覆った。
ファフィニョには、わかった。
「いらない」
レイズは笑った。
「安全のためだ」
「もう、乗り物酔いしないよ」
「お前用とは言ってない」
「思っただろ」
後部座席から、アクセルが口を開いた。
「初期の飛行時、ファフィニョには吐き気が――」
「統計はいらない」
「記録上、九回発生しています」
「アクセル!」
「『怪しい食べ物』が原因だと主張した一件を除けば、八回です」
ナイラは、もう笑っていた。
「本当に怪しい食べ物だった」
「全員、同じものを食べたぞ」とレイズが言った。
「僕の体は、選り好みするんだ」
ワンダラー6が跳躍航路に入り、大きく揺れた。
ナイラとレイズが、まったく同時にファフィニョを見た。
彼は、ぴたりと動かなかった。
待った。
笑った。
「ほらね?」
また揺れた。
何も起きない。
ファフィニョは両腕を広げた。
「進化」
頭上の収納が開いた。
物資の袋が、彼の肩へ落ちた。
「痛っ!」
レイズは床を指した。
「やっぱり、容器はあったほうがいい」
「今のは収納の問題で、体の問題じゃない」
「もちろん」
ファフィニョは、残り少ない威厳を保ちながら袋を戻した。
「僕の成長を認めない人ばかりだ」
ナイラは、彼の安全ハーネスを指した。
「まず、これを肩にかけるってことを認めてもいいと思うよ」
ファフィニョは、腰のまわりに留めたベルトを見た。
「知ってた」
レイズが笑った。
「それも進化か?」
「ワンダラー6は、直感に反する設計なんだ」
「残りの三人は、全員ちゃんと留めてるぞ」
「百対一の圧力だ」
アクセルが訂正した。
「相手は三人です」
「言葉のあやだよ」
「数値としては、なお不正確です」
「ありがとう」
低い唸りが、船を伝わった。
ファフィニョは顔を上げた。
「聞こえた?」
ナイラが操作台を確かめた。
「大きな問題には見えないけど」
また、唸りが響いた。
ファフィニョは微笑んだ。
「ダレクなら、ワンダラーがへそを曲げてるって言うね」
レイズは背もたれに身を預けた。
「ケイルなら、もうあの壁をばらしてた」
「二枚はね」とナイラが言った。
アクセルが、その考えを処理した。
「おそらく三枚です。部品を六つ見つけ、四つを持ち帰り、少なくとも二つは機能を特定できなかったでしょう」
ファフィニョは吹き出した。
「五つ」
「五つですか?」
「誰も見てないとき、ケイルはいつも一つ多く見つけるんだ」
レイズは首を振った。
「ブラックなら、止めようとしただろうな」
アクセルが、少し向きを変えた。
「行動記録からは、ブラックはまず何かが爆発しないか、見届けたと考えられます」
ナイラは、座席に頭を預けた。
「ジャウル・ケスなら、誰かに本当の作戦があるのか聞いたと思う」
ファフィニョは、かつての士官の真面目な口調をまねた。
「『作戦は、完全に立案されているのか?』」
レイズは笑った。
「お前は、はいって答えたんだろうな」
「当然」
アクセルが付け加えた。
「立案されていなくても」
「昔の細かい話だよ」
少し、間があいた。
それから、四人とも笑った。
長くは続かなかった。
長く続く必要もなかった。
ファフィニョは窓の外を見た。
星々が、船のまわりに引き延ばされていた。
「うん」とつぶやいた。
「見届けたと思う」
通信機が、短い音を発した。
キャッシュ404からの信号が、また流れた。
雑音。
『……誰か、これを受け取ったら……』
干渉。
『……助けて……』
ナイラは首をかしげた。
「復旧作業の人たちかもしれない」
「回収業者かもな」とレイズは言った。
「地図も確かめず、ネットワークの古い施設に入り込むやつが、まだいる」
ファフィニョは彼を見た。
「悪いことみたいに言うね」
「お前を見ながら言ってる」
アクセルが、波形を投影した。
「自由な人工生命体の機体である可能性もあります。使用されている通信規約は、現在の通信システムより古いものです」
「閉じ込められたロボット?」とナイラが聞いた。
「可能性はあります」
ナイラは座標を拡大した。
「小さな船かもしれない。残骸の中で墜落して、通信システムが古い規約でしか送信できなくなったとか」
「埋まってたビーコンを見つけて、知らずに起動した人かも」とファフィニョは言った。
レイズがうなずいた。
「誰にせよ、もう十分待ったはずだ」
ファフィニョは、繰り返される信号を指した。
「毎回、まったく同じに聞こえる」
「自動ビーコンの特徴と一致します」とアクセルは答えた。
「エネルギーの活動、電磁嵐、あるいは崩落によって再起動した可能性があります」
レイズは腕を組んだ。
「じゃあ、起動した本人も、まだ送信してるとは知らないかもしれない」
ファフィニョは微笑んだ。
「完璧。助けを求めたことさえ知らないかもしれない人を、助けに行くんだ」
「もっと変なことも、してきただろ」
「答えになってないよ」
「そのとおり」
ファフィニョは、自分を襲った物資の袋を固定するために立ち上がった。
そのとき、アクセルの座席の下に、小さな緩衝材入りの箱を見つけた。
「何を入れてるの?」
「私物です」
ファフィニョは目を丸くした。
「怪しいくらい、普通の答えだった」
アクセルが箱を開けた。
夢の粉の球が入っていた。
中で光の粒が、ゆっくり漂っていた。
ファフィニョは彼を見つめた。
「それ、キャッシュ404に持って来たの?」
「はい」
「飾りだよね」
「はい」
ファフィニョは瞬きをした。
「言い訳もしないんだ」
「はい」
ファフィニョの顔に、笑みが広がり始めた。
「大事んだね」
アクセルは球を見た。
「はい」
ファフィニョは、そっと箱を閉じた。
「よかった。親友がまだ、怪しい判断をしてるか確かめたかっただけ」
アクセルが彼を向いた。
「任務中に装飾品を守ることも、親友の義務に含まれますか?」
「たまに、ご飯をおごることもね」
「その条件は、以前は提示されていません」
「関係は進化するんだ」
「契約の不当な操作を検出しました」
「覚えるのが、すごく早いね」
二十分後、キャッシュ404が姿を現した。
そして、キャッシュ404には見えなかった。
大気のまわりでは、まだ電磁嵐がうねり、軌道上には広大な残骸の群れが残っていた。
だが、多くは回収用の足場として組み直されていた。
ファフィニョの記憶では金属に埋もれていた地表の広い範囲が、今は砂漠になっていた。
そのあいだに、線があった。
段状の地形があった。
暗い形があった。
ファフィニョは窓へ身を寄せた。
「前は、あんなのなかった」
「たぶん、あったんだよ」とナイラは言った。
「全部の下に、埋まってたんだと思う」
レイズが彼を見た。
「酔ったか?」
「考え事をしてる」
「昔は、ずいぶん考え込んでから――」
「過去は忘れようよ、レイズ」
ワンダラー6は、捨てられた機械の山々のあいだを降り、信号の座標のそばに着陸した。
外へ出た瞬間、乾いた風がファフィニョを打った。
アクセルは信号を確かめた。
「強度が三十二パーセント増しています」
「じゃあ、合ってるね」とナイラは言った。
「何年もひとりで叫んでるビーコンに、近づいてるだけかもしれないけど」とファフィニョが付け加えた。
レイズは荷物を背負い直した。
「どっちにしろ、答えは出る」
ファフィニョは、あたりを見回した。
金属。
砂。
また金属。
目が輝いた。
レイズが彼を指した。
「駄目だ」
「何もしてない」
「まだな」
ファフィニョは、地面の部品を拾った。
「これ、使え――」
「がらくた」とレイズが言った。
「がらくたじゃない」
アクセルは時間計を確かめた。
「地表への到着から、二分四十一秒です」
「それで?」
「何も。状況を記録しただけです」
答えようとしたファフィニョは、砂の下の何かに気を取られた。
しゃがむ。
帝国の壊れた装甲板を、どかした。
その下に、別の面があった。
暗く。
緑がかっていた。
鋲がない。
溶接もない。
ファフィニョは、縁に指を滑らせた。
「待って」
ナイラが近づいた。
「何?」
「わからない」
アクセルが走査した。
「未特定の素材です。帝国ネットワークの建築とは一致しません」
ファフィニョは、頭上の廃品の山を見た。
それから、板を。
「こっちのほうが、先にあったんだ」
レイズはため息をついた。
「一度だけだ」
「何が?」
「一つだけ、認めてやる」
ファフィニョは笑った。
「がらくたじゃない」
レイズは、彼がまだ反対の手に持っている部品を指した。
「そっちは、がらくただ」
「異議あり」
信号を追って、進み続けた。
そのとき、エーテレオンが震えた。
ファフィニョは立ち止まった。
背中で、剣がもう一度震えた。
抜いた。
起動はしなかった。
柄に、小さな緑の線が現れた。
アクセルが近づいた。
「自発的なエネルギー活動です」
ファフィニョは顔をしかめた。
「それ、安心できる言い方で言ったことないね」
「安心させようとは、していません」
剣が、左側に半ば埋もれた地形のほうへ、少し引かれた。
ナイラが座標を確かめた。
「信号は、まだ先だよ」
ファフィニョはエーテレオンを見た。
それから、進む道を。
剣をしまった。
「じゃあ、まず助けを求めた人を見つけよう」
レイズがうなずいた。
地形に阻まれ、帝国の船体が巨大に積み重なった場所を迂回した。
向こう側に、エーテレオンが感知したのと同じものがあった。
岩ではなかった。
入口だった。
巨大な構造物が、砂の下へ延びていた。
何世紀も、重い帝国の残骸に埋もれていたのだ。
壁には、波のような曲線が刻まれていた。
分かれ、また合流する線。
星座にも、神経にも見える模様だった。
エーテレオンが、また震えた。
ファフィニョが近づけた。
壁に、緑の線が一つ灯った。
もう一つ。
やがて、二十。
鋭い痛みが、手を走った。
ファフィニョは後ろへ下がった。
ナイラが腕をつかんだ。
「痛む?」
「いや、僕は――」
言葉を止めた。
「うん。少し」
アクセルは碑文を調べた。
「言語は特定できません。ただし、帝国の拡張以前に記録された断片と、部分的な一致があります」
投影に、記号が現れた。
一つが、繰り返されていた。
アクセルは数秒かけた。
「暫定的な復元結果は、ケア・ヴェリスです」
ファフィニョは、その名を繰り返した。
「この建物?」
「言語構造から、もっと広い場所を指すと考えられます」
ナイラは地平線を見た。
「この惑星」
アクセルがうなずいた。
「おおよその訳は、『光が、とどまることを覚えた場所』です」
ファフィニョは、ごみの山々を見た。
キャッシュ404。
数字。
付けられた札。
レイズが、先に理解した。
「じゃあ、ネットワークは、ごみ捨て場を見つけたんじゃない」
ナイラが、その先を続けた。
「ここを、ごみ捨て場に変えたんだ」
中へ入った。
信号を追えるところまでだけ。
最初の広間は、円形だった。
エーテレオンが、また光った。
壁に、何千もの光る線が現れた。
傷みすぎて、体なのか、星なのか、その両方なのかもわからない図を、結んでいた。
同じ言葉が、何度も現れた。
エーテリ。
ナイラが手を上げた。
「ファフィニョ」
奥の入口のそばに、一つの記号が彫られていた。
ファフィニョは、エーテレオンを見下ろした。
剣にも、同じ記号が刻まれていた。
レイズの笑みが消えた。
「偶然だと言ってくれ」
アクセルが、二つの印を走査した。
「確率は、きわめて低いです」
ファフィニョは広間を見回した。
それから、剣を。
「エーテレオンは、ここにいたんだ」
アクセルは顔を上げた。
構造物は、何キロもの砂と残骸の下に続いていた。
「違います」
ファフィニョは眉をひそめた。
「違う?」
アクセルの青い目に、広間の緑の線が映っていた。
「ここで、始まったのだと思います」
第2章をお読みいただき、ありがとうございました。
かつてゴミ捨て場(キャッシュ404)と呼ばれた惑星の地下に眠る、失われた文明「ケア・ヴェリス」の遺跡。そしてエーテレオンの謎……。物語の核心となる大きな謎が少しずつ動き始めました。アクセルの最後のセリフ、とてもお気に入りです。
もし今回の展開にワクワクしていただけましたら、ぜひ「ブックマーク追加」や、下部にある評価(星)で作品を応援していただけると非常に嬉しいです!
次回、いよいよ遺跡のさらに奥へと進みます。どうぞよろしくお願いいたします。




