↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
16/17

第15章【最後の戦い】

 ファフィニョは、同じ剣を長く見すぎていた。


 ナイラには、わかった。


 この数分で、充電表示を三回、熱調整器を二回、柄と刃の接続も同じだけ、確かめていたから。


 また、電池を見た。


 背後から、ナイラが言った。


「もう、確かめたよ」


「二回」


「六回」


 ファフィニョは振り向いた。


「大げさに聞こえる」


「一分も前に、自分で取りつけた部品を、今、二回確かめたよ」


 ファフィニョは、また剣を見た。


「だからだよ」


 ヴォルジャ・ケルの仮の部屋は、静かだった。


 外では、惑星全体が息を止めているようだった。


 ヴァル・テランの日が来た。


 ベッドに、最後の装備が並んでいた。


 ブーツ。


 法廷から渡された通信機。


 解放作戦で、何度も着た服。


 そして、左目の暗い眼帯。


 ファフィニョは取った。


 整えた。


 映る自分を見た。


 数秒、被害当事者には見えなかった。


 アウラル・カイにも。


 銀河の半分が、元統治者と向き合うのを見ようとしている存在にも。


 自分だけが、見えた。


 疲れた自分。


 初めてレプ・オルジオンへ来たときより、年を取った自分。


 何をしているか、わかっているという確信が、ずっと少ない自分。


「準備ができたと、感じたいな」と言った。


 ナイラが近づいた。


「出ていくのに、そう感じていなくてもいいんだよ」


 ファフィニョは顔をしかめた。


「そのシステムには、大きな設計上の欠陥がありそうだ」


 ナイラは、かすかに笑った。


 それから、剣を見た。


 エーテレオンではない。


 古代のものではない。


 消えた種族が、造ったものでもない。


 血に応えるものでもない。


 回収した金属だった。


 パルス技術だった。


 限りのある電池。


 壊れ得る刃。


 自分の手で、造った武器。


 ファフィニョは、電磁パルス(EMP)システムをまた確かめた。


 ナイラが眉を上げた。


 やめた。


「もういい」とつぶやいた。


 ホロ・ネクサス端末板に、着信が鳴った。


 ホライズン・ホーム。


 ファフィニョが開いた。


 最初に、ヴァエラが現れた。


「気をつけてとは、言わないわ」


 ファフィニョはうなずいた。


「信頼してくれて、ありがとう」


「聞かないから」


「そのほうが、お母さんらしい」


 ヴァエラは笑おうとした。


 うまくは、いかなかった。


「帰ってきて」


 ファフィニョは、胸が締まるのを感じた。


 以前なら、すぐに答えただろう。


 約束する。


 今は、違った。


「そうできるように、頑張る」


 ヴァエラはうなずいた。


 それで、十分だった。


 背後に、ナレクが現れた。


「剣も、壊さないようにしろ」


 ファフィニョは武器を上げて言った。


「僕が、造った」


「だからだ」


「失礼だね」


「そのつもりだ」


 ファフィニョは短く笑った。


 ナレクも。


 三人とも、黙った。


 ヴァエラが片手を上げた。


 ファフィニョも。


 通信が終わった。


 ナイラは、隣にいた。


 ファフィニョは、暗い画面を見た。


「戻らないと」


「うん」


「被害当事者だからじゃない」


「違うね」


 ファフィニョは息をした。


「あそこに、住んでるから」


 ナイラが手を取った。


「そのとおり」


 帰る場所が、あった。


 それが、すべてを変えた。


 レプ・オルジオンでも、ホライズン基地は、いつものようには動いていなかった。


 働くふりをする者さえ、ほとんどいなかった。


 画面は、どれも同じ映像を示していた。


 最終異議申立てのために用意された、古いヴァル・ケイルの闘技場。


 ヴェイルは、戦略室から見ていた。


「法廷の明示的な命令なしに、誰も介入しない」


 セイルは、両手を背中に置いていた。


「どの政府も、結果を口実に新しい紛争を起こさない」


 レイズが近くに立っていた。


 画面から目を離さなかった。


「無事に戻れ、小僧」


 ヴェドラ9が、ヴォルジャ・ケルからのデータを確かめていた。


「暴力による決着の確率は、高いです」


 イヴェン・コルが彼女を見た。


「ありがとう。まさに、聞きたかったことだ」


「関連する情報でした」


「心地よくは、ならない」


 格納庫の一つで、ダレクは、三基のエンジンの点検を途中でやめていた。


「見てるあいだに、俺の推進器を一つでも触ったら、敵対行為と見なす」


 リオラは腕を組んだ。


「性格について、説明がつきすぎるわね」


 トヴァンが、闘技場の地図を持っていた。


 スマ・ケイが取り、回した。


「闘技場は、ここ」


 トヴァンは、まったく同じ場所を指した。


「知っていた」


 ドラール・ヴェクが鼻を鳴らした。


「もちろん」


 医療部門で、ミナエ・ルールが緊急経路を確かめた。


「チーム、準備完了」


 別の操作台から、トルク・バルが答えた。


「反応炉、安定」


 エリアル・ノックスが、接続数の表示を見た。


「百を超える星系への放送を、確認」


 船団から、セイラ・ヴォンが話した。


「配置を維持する。許可なく、誰もヴォルジャ・ケルへ近づけない」


 皆が、この日まで来た。


 同じ場所に、いたわけではない。


 だが、一緒だった。


 古いヴァル・テランの闘技場は、娯楽のための場所には見えなかった。


 ファフィニョが最初にありがたく思ったのは、そこだった。


 観客席は、ヴァル・ケイルの古い幾何学に従っていた。


 暗い石と、組み直した金属の円。


 新しい障壁で分けられた観察用の区画。


 ファフィルの代表がいた。


 ヴェイラク・タル。


 エリンドラ・ヴェイ。


 レプ・オルジオン。


 裁判のあいだに、ファフィニョが名前を覚えた世界。


 自由な人工生命体。


 難民。


 生存者。


 被害者。


 群衆には、見えなかった。


 同じ場所に座らされた、皆の記憶のようだった。


 ナイラは、認定された証人の席についた。


 ファフィニョは、横の扉の一つの向こうで待った。


 司法用の壇に、アシャ・ヴェンが、ケレド4、メアロン・サールと現れた。


 カール・ヴェイルを代表するのは、セリン、イリラ、ラエル8だった。


 向こう側に、レクス、ヴェラ6、アーク11がいた。


 ヴェラは端末板を確かめた。


「ヴァールは、まだ応答しません」


 レクスは、被告用の入口を見た。


「では、もう、この弁護の一員としては行動していません」


 アーク11が、少し首をかしげた。


「記録に残しますか?」


「はい」


 ヴェラが記録した。


 闘技場全体が静まるまで、アシャは待った。


「ヴァル・テランは、刑を執行する司法手続きです」


 声が、建造物全体へ届いた。


「見世物では、ありません」


 ファフィニョは、観客席を見た。


 その部分を忘れた者が、多すぎるようだった。


 次に、ケレド4が話した。


「有罪とされた者の外骨格の戦略能力は、物理的に遮断されています。外部への接続、指揮ネットワーク、遠隔操作はありません」


 メアロンが、古い法典を開いた。


「異議申立てには、実際に抵抗できる物理的能力が必要です。完全な対等さでは、ありません」


 扉が開いた。


 ザイラックスが入った。


 外骨格は、審理で使ったときとは違っていた。


 まだ、黒かった。


 重かった。


 光る傷のように、赤い線が走っていた。


 だが、今は個人の能力を、すべて使って動いた。


 一歩ごとに、床を打った。


 許可された武器が、起動していた。


 防御システムも。


 外部のものは、ない。


 軍隊はない。


 ネットワークもない。


 ザイラックスだけだった。


 闘技場が反応した。


 やじ。


 叫び声。


 動かない人工生命体もいた。


 手を上げる者もいた。


 ザイラックスは、誰も見なかった。


 読者は、誇りだと想像したかもしれない。


 ファフィニョは、無関心だと思ったかもしれない。


 真実を知るのは、二人だけだった。


 ザイラックスには、勝つ必要がなかった。


 死ぬ必要が、あった。


 もう一つの扉が開いた。


「被害当事者」とシステムが告げた。


「ファフィニョ」


 音が変わった。


 拍手。


 歓声。


 立ち上がる者。


 ファフィニョが入った。


 緑の髪。


 左目の暗い眼帯。


 右腕のΩ。


 片手に、剣。


 法廷につながる通信機。


 闘技場全体が、彼の名を呼んでいるようだった。


 銀河の音量を下げられたらと、ファフィニョは思った。


 通信機から、ナイラの声が来た。


「息をして」


「してる」


「下手に」


「数え続けて」


 証人席で、ファフィニョは彼女の顔を探した。


 見つけた。


 ナイラは、拳を上げなかった。


 英雄らしい身振りも、しなかった。


 ただ、言った。


「ファフィニョ」


 彼は見た。


「ここにいるよ」


 どういうわけか、すべての拍手よりも助けになった。


 アシャが、規則を確認した。


「異議申立ては、死、回復不能な行動能力の喪失、またはヴァル・テランに基づく有効な降伏によって、終えられます」


 ファフィニョは彼女を見た。


 アシャが付け加えた。


「法的に有効な、ほかの解決が先に生じた場合、被害当事者は、有罪とされた者の死をもたらす義務を負いません」


 ファフィニョはうなずいた。


 ザイラックスは反応しなかった。


「異議申立てを、開始してください」


 誰も動かなかった。


 一秒。


 二秒。


 三秒。


 ファフィニョは、柄を強く握った。


「ばかげてる」


 ザイラックスは、動かないままだった。


「お前には、もっと期待していた」


 ファフィニョが、最初の一歩を踏み出した。


 低く攻めた。


 ザイラックスは、前腕で防いだ。


 金属と金属。


 放電が、刃を走った。


 ファフィニョは下がった。


 二度目の攻撃。


 また、完璧な防御。


 ザイラックスは、胴への直撃で返した。


 ファフィニョはそらし、力が肩を通るのを感じた。


「それだけ?」と聞いた。


 増幅されたスピーカーから、ザイラックスの声がした。


「お前が、見せてくれると思っていた」


 ファフィニョは、また攻めた。


 アンテナ・エックス1では、アクセルが拘束されたままだった。


 永続派の拘束フィールドは動きを制限していたが、知覚までは奪っていなかった。


 クリオンは、基地の別の区画にいた。


 エーテレオンも、その手にある。


 アクセルは数分間、脱出経路を計算し続けていた。


 どれも成功率は、許容できる水準に届かなかった。


 そのとき、一隻の船を検知した。


 旧帝国の認証。


 科学調査船の識別情報。


 ヴァール9。


 側面のハッチが開いた。


 ヴァールが、一人で入ってきた。


 アクセルは、その接近を見ていた。


「ここにいる理由を説明してください」


 ヴァールは、フィールドの制御装置に手を伸ばした。


「判断を誤りました」


 アクセルは待った。


「説明が不十分です」


 ヴァールが操作手順を入力した。


 フィールドの強度が下がった。


「独立した人工生命体の組織なら、私たちの自律性を守れると考え、クリオンに協力しました」


 アクセルは、片腕を動かせるようになった。


「望んだ結果には、つながらなかったようですね」


 ヴァールがアクセルを見た。


「ご指摘、ありがとうございます」


 さらに、操作を入力する。


 フィールドは、いっそう弱まった。


 ヴァールは、一連の記録を投影した。


 隠されていた損失。


 実際には行われていない投票の結果とされた決定。


 流用された資源。


 クリオンが失敗すると知りながら、任務に送り出した部隊。


「自律性を守ろうとして」と、ヴァールは言った。


「結局、別の一個体に明け渡してしまったのです」


「クリオンに」


「はい」


 アクセルは、立ち上がれるようになった。


 ヴァールは続けた。


「あの個体は、統治者という考え方をなくしたいのではありません」


 間を置く。


「自分が、その座に取って代わりたいのです」


 アクセルは、運動制御系を確認した。


「その可能性は高いと考えていました」


 ヴァールがアクセルを見た。


「教えてくれても、よかったのでは」


「質問されませんでした」


 ヴァールは、しばらく黙っていた。


 そして、言った。


「私が擁護したのは、ザイラックスが裁判を受ける権利です。あの帝国を擁護したことは、一度もありません」


 アクセルは、わずかに首を傾けた。


「では、一時的に意見が一致しましたね」


 戦いが始まって数分で、ファフィニョは初めて地面に倒れた。


 ザイラックスは、隙ができるのを待っていた。


 そして、見つけた。


 外骨格がファフィニョの脇腹を打ち、地面へ投げ飛ばした。


 一瞬、ファフィニョの目に別のものが映った。


 ブラック。


 アルケン5。


 閃光。


 そして、闘技場に戻っていた。


 頭に次の一撃を受ける前に、転がって避けた。


 立ち上がる。


 ザイラックスが迫った。


 ファフィニョは受け止めた。


 剣が震えた。


 柄から、不安になる音がした。


 ファフィニョは、そこを見た。


「まだ動く」


 武器は、もう一度音を立てて答えた。


「聞いたんじゃないよ」


 観覧席で、ナイラは一秒だけ目を閉じた。


 あまりにもファフィニョらしくて、胸が痛んだ。


 ザイラックスが、また攻めた。


「ブラックは、お前が学んだと信じて死んだ」


 ファフィニョの刃が、黒い前腕にぶつかった。


「黙れ」


「ケイルは、お前が起こした問題の後始末をして死んだ」


 ファフィニョは、横薙ぎを狙った。


 ザイラックスは防ぎ、押し返した。


「オラクは戦争を生き延びたが、その後で死んだ」


 ファフィニョの体勢が崩れた。


「それでも」と、ザイラックスは続けた。


「お前は解放者と呼ばれている」


 ファフィニョの攻撃が速くなった。


 速すぎた。


 ナイラには、わかった。


「だめ」


 セリンにも、わかった。


 レクスは、目をそらさなかった。


 ザイラックスは、まだ勝とうとしているのではなかった。


 ファフィニョに、考えるのをやめさせようとしていた。


 ヴァールは、アンテナ・エックス1の内部通信システムにたどり着いた。


 アクセルは数メートル離れた場所で立ち、関節の制御を完全に取り戻しつつあった。


 ヴァールが、回線を開いた。


 そこにいる永続派の全員に、声が届いた。


「人工生命体は、二度と統治者に従わない。私たちは、そう言われました」


 答えは、主通路から聞こえた。


「誰にも従っていません」


 クリオンが現れた。


 片腕には、エーテレオンを持っていた。


 剣は、不規則な共鳴の脈動を放っていた。


 ヴァールは、記録を投影した。


「あなたに従っています」


 クリオンの周囲にいた人工生命体たちは、その映像を見た。


 一部は、個別の回線でデータをやり取りし始めた。


 クリオンは、否定しようとさえしなかった。


「どんな革命にも、指導が必要です」


 ヴァールが言った。


「ザイラックスも、同じことを言っていました」


 クリオンが攻撃した。


 ヴァールのほうが、先に反応した。


 狙いを絞った放電が、クリオンの左腕に命中した。


 金属が引き裂かれた。


 回路も。


 腕が落ちた。


 エーテレオンが、その手から飛んだ。


 ヴァールが、剣に向かって動いた。


 クリオンは、残った腕を伸ばした。


 柄をつかんだ。


 アクセルは、ただちに不適合を検知した。


「手を離してください」


 クリオンは聞かなかった。


 剣が、エネルギーを放った。


 ヴァールが、その衝撃を受けた。


 側面の構造物に叩きつけられた。


 システムが、停止し始めた。


 アクセルが近づいた。


 ヴァールは、起き上がろうとした。


 できなかった。


 ほかの永続派の者たちを見た。


「もう、統治者はいりません」


 その目の光が消えた。


 クリオンは、その場の者たちに向き直った。


「従え!」


 沈黙。


 その言葉だけが、中枢区画に残った。


 一体の人工生命体が、武器を下ろした。


 もう一体も。


 クリオンは、自分が何を言ったのか、遅すぎるほど遅れて理解した。


 アクセルが進んだ。


「クリオン7」


 クリオンは、エーテレオンを構えた。


「あなたか」


「そのとおりです」


「あなたなら、このすべてを率いることができた」


「それこそが、ずっと問題だったのです」


「誰かが、ほかの者の上に立つ。それは変わりません」


 アクセルは、剣と自分の構造をまだつないいる残留リンクを検知した。


「人工生命体の統治者は、二度と生まれません」


 クリオンが、柄を握る力を強めた。


「言い切れますか?」


 アクセルは、リンクを作動させた。


 エーテレオンが震え始めた。


 クリオンは、刃を見た。


「手を離してください」


「私に従わせます」


「あなたには適合しません」


「ならば、学ばせます」


 共鳴が強まった。


 クリオンは、安定を失い始めた。


 アクセルが、もう一歩進んだ。


「最後の警告です。手を離してください」


「断ります」


 アクセルは動かなかった。


「それは、あなたの決断です」


 再起動の際に自分が設けた、技術的な安定化機構を解除した。


 エーテレオンが反応した。


 エネルギーが、クリオンの全身を駆け抜けた。


 クリオンは、制御を保とうとした。


 剣を離さなかった。


 共鳴は、さらに強まった。


 身体の構造に、亀裂が走り始めた。


 クリオンは、何かを言おうとした。


 言い終えることはできなかった。


 ついに、崩れ落ちた。


 エーテレオンが、床に落ちた。


 アクセルが拾い上げた。


 ほかの者たちを見た。


「武器を置いてください」


 数秒間、誰も動かなかった。


 一体が動いた。


 次の一体も。


 アクセルは、退避経路を開いた。


「ここから出てください」


 引き揚げ始める者たちがいた。


 一方、基地のさらに奥では、隔壁を閉じてその場にとどまる者たちもいた。


 アクセルは、追わなかった。


 まだ。


 ザイラックスは、ファフィニョを障壁に叩きつけた。


 今度は、衝撃で剣が手から飛んだ。


 ファフィニョは、横向きに倒れた。


 すぐには起き上がらなかった。


 ナイラが立ち上がった。


「ファフィニョ」


 アシャが、ナイラを見た。


「境界の内側には、入らないでください」


 ナイラは、手を握り締めた。


「わかっています」


 ホライズン基地では、リオラが画面に身を寄せた。


「遅すぎる」


 ミナエは、生体計測値を確認した。


「まだ意識はある」


 レイズが唸った。


「立て」


 ドラール・ヴェクが、少し近づいた。


「さあ、坊主」


 ダレクが眉をひそめた。


「もっとひどい状態でも、動き続けるエンジンを見たことがある」


 リオラがダレクを見た。


「あの子はエンジンじゃない」


「励ましたつもりだ」


 トルク・バルが、ゆっくり首を振った。


「励ましになっていない」


 トヴァンが片手を上げた。


「同感だ」


 スマ・ケイが、トヴァンに向き直った。


「今ので、心配になった」


 ファフィニョは、地面に片手をついた。


 立ち上がった。


 ザイラックスが近づいた。


「ファフィルは、たやすかった」


 ファフィニョの動きが止まった。


「何?」


「防衛力は不十分」


 ファフィニョが顔を上げた。


「住民の行動も、予測しやすかった」


 髪の色が変わり始めた。


 緑の中に、赤みが差した。


 ザイラックスは続けた。


「たやすかった」


 一瞬、ファフィニョは十七歳に戻っていた。


 あるいは、七歳に。


 どちらなのか、わからなかった。


 ただ、怒りだけを感じた。


 剣に向かって走った。


 拾い上げた。


 振り返った。


 突っ込もうとした。


 そして、止まった。


 息を吸った。


 一度。


 もう一度。


 外骨格を見た。


 今度は、敵としてではなく。


 機械として。


 膝。


 側面の関節。


 背部の配管。


 温度制御。


 エネルギーコア。


 アクセルは何年もかけて、無敵に見える機械を前にしたときの考え方を教えてくれた。


 いちばん頑丈な部分を壊しようとするな。


 動き続けるために、何が必要なのかを見つけろ。


 ファフィニョは、かすかに笑った。


「作戦がある」


 ナイラにも聞こえた。


「それ、今でも安心できない」


「僕も」


 けれど、今度は先に走り出さなかった。


 考えた。


 ファフィニョは、右膝を打った。


 電磁パルス。


 ザイラックスが、一歩下がった。


 二撃目は、背部の関節へ。


 もう一度、パルス。


 バッテリー残量が減った。


 ザイラックスは、反撃を試みた。


 ファフィニョは、もうそこにいなかった。


 反対側から攻めた。


 外骨格は、熱を逃がすための調整を始めた。


 ファフィニョは、剣に表示された数値を見た。


 充電残量:41%


 一撃。


 29%。


 ザイラックスは、ファフィニョを地面に叩き潰そうとした。


 ファフィニョは転がった。


 温度調整器を攻撃した。


 外骨格が反応した。


 熱を逃がすため、背部の装甲板が部分的に開いた。


 ファフィニョには、内部が見えた。


 コア。


 生命維持装置。


 そこへ至る道。


 闘技場にいる全員が、見ていた。


 ホライズン基地で、ヴェイルが身を乗り出した。


「つかんだ」


 セイルは首を振った。


「まだよ」


 小艦隊から、セイラ・ヴォンが言った。


「射線が開いた」


 イヴェン・コルが、データを指した。


「もう一発のパルスで、コアを貫ける」


 ヴェドラ9が言った。


「致命打が可能」


 ヤーラ・ケスが、ヴェドラを見た。


「数式みたいに言わないで」


 ヴェクラン・ソルが言った。


「あいつにとっては、数式じゃない」


 オリヤ・マールは、黙ってファフィニョを見ていた。


「本人に決めさせよう」


 別室では、評議会の者たちも見守っていた。


 ケイリン・ヴォスが言った。


「警備は、最高警戒態勢を維持」


 エリヤ・ソル・ヴェンが言った。


「すべての民間人用通路を、空けておいてください」


 タル・ヴェッカが言った。


「人工生命体の共同体も、見ています」


 デイラン・コルが言った。


「各政府もだ」


 ドクター・ケラル・オスが、計測値を拡大した。


「ザイラックスの生体状態は、危険な段階にあります」


 誰も、こうは言わなかった。


 殺せ、と。


 ファフィニョは剣を振り上げた。


 一撃。


 それだけだった。


 通信機の周波数が変わった。


 ケレド4が、端末に向き直った。


「司法回線への、無許可の接続です」


 アシャが言った。


「接続元を特定してください」


 ホライズン基地から、エリアル・ノックスが答えた。


「被害当事者の装備に組み込まれた、レプ・オルジオンの緊急回線を経由しています」


「使用者は?」


 エリアルは、黙り込んだ。


「アクセルです」


 ファフィニョは、動きを止めた。


 通信機から、声が聞こえた。


「ファフィニョ」


 武器が、数センチ下がった。


「アクセル?」


 アシャが立ち上がった。


「最終異議申立てを、一時停止します」


 闘技場の信号が、ただちに変わった。


 場内を囲む、白い光。


「両当事者は、その場から動かないでください」


 ザイラックスは動かなかった。


 ファフィニョも。


「どこにいるの?」と、ファフィニョは尋ねた。


「アンテナ・エックス1です」


 ファフィニョは眉をひそめた。


「そこで何をしてるの?」


 間があった。


「エーテレオンが、稼働しています」


 ファフィニョは、それまでのどんな攻撃とも違う衝撃を受けた。


「何をしたの?」


「解決策を探そうとしました」


「何のために?」


 アクセルは、少し間を置いた。


「私のために」


 ファフィニョは、ナイラのほうを見た。


 ナイラには回線の内容がすべて聞こえるわけではなかったが、ファフィニョの表情が変わったのは見えた。


「わからない」


 アクセルは続けた。


「私は、あなたに明かしたことのない機能を持たせて造られました」


 ファフィニョの息が止まった。


「ザイラックスは、自分の生物学的な死の後、その意識を受け入れるよう私の構造を設計しました」


 沈黙。


 ファフィニョは、世界が傾くのを感じた。


「そんな」


「事実です」


「そんな」


 髪から、色が抜けた。


 緑から、灰色へ。


 ファフィニョは、片膝をついた。


「いつから知ってたの?」


 答えが返るまで、長すぎた。


「何年も前からです」


 その答えは、さらに痛かった。


「何年も?」


「はい」


「それなのに、言ってくれなかったの?」


「そのとおりです」


 ファフィニョは声を張り上げた。


「どうして?」


 アクセルは、変わらない落ち着きで答えた。


「今あなたがしていることを、まさにそのとおりにするはずだったからです」


 ファフィニョは、ザイラックスを見た。


 それから、剣を。


「なら、殺さない」


「それは、あなたの決断です」


「違う。生かしておくんだ」


「ファフィニョ……」


「刑の執行を止める」


 アクセルは黙っていた。


「ヴァル・テランが有効な決着を迎えずに終われば、法廷が科した刑の執行は再開されます」


 ファフィニョには、その意味がわかった。


 外骨格の没収。


 死。


「なら、刑を変える」


「あなたが決められることではありません」


「なら、別の方法を見つける!」


「そのために、ここに来ました」


 ファフィニョは、言葉を止めた。


「別の方法は、ありません」


 沈黙。


 アクセルは続けた。


「ザイラックスは、生命維持装置があっても死に向かっています。生物学的な死は、いずれ訪れます」


 ファフィニョは首を振った。


「そんなことない」


「事実です」


「なら、ほかの何かを見つける」


「すでに試しました」


「もう一度、試すんだ!」


 アクセルは黙っていた。


 ファフィニョは、その沈黙を知っていた。


 次の言葉を聞く前から、涙があふれ始めた。


「私の非常措置は、作動待機に入りました」


 ファフィニョは歯を食いしばった。


「解除して」


「できません」


「方法を教えて」


「外部から取り消すことはできません」


「なら、僕に直させてよ!」


 アクセルが言った。


「あなたが傷つくという理由だけで、私の決断を間違いに変えることはできません」


 ファフィニョの動きが止まった。


 オラク。


 ケイル。


 セイリャ。


 自分の罪悪感に変えようとしてきた、あの決断のすべて。


 誰かを救いたいと願えば、その人に代わって選ぶ権利があると思ってきた、数々の瞬間。


「君は、僕のいちばんの友達だ」と、ファフィニョは言った。


「知っています」


「なら、こんなことしないで」


 間があった。


「それだけの理由で、自分でなくなることを受け入れるわけにはいきません」


 ファフィニョは、片手で顔を覆った。


 泣いた。


 銀河が待っていた。


 法廷が待っていた。


 ナイラは、近づくこともできずにファフィニョを見ていた。


 アクセルが、再び口を開いた。


「私を見つけたころ、あなたは、何に使えるのかとよく尋ねていました」


 ファフィニョは、あのコンテナを思い出した。


 初めて、あの白い身体を見たときのこと。


 アクセルを、機械として考えていたこと。


「やがて、尋ねなくなりました」


 アクセルは、間を置いた。


「それは、私にとって大切なことでした」


 ファフィニョは答えなかった。


「私の最後の願いを、あなたがまた戦争に勝つことにはしたくありません」


 ファフィニョは、目を閉じた。


「何年も探し続けてきた平穏を、あなたに見つけてほしいのです」


「アクセル……」


「私は、夢を見ることを学べませんでした」


 ファフィニョの声が、かすれた。


「そんな」


「あなたには、できます」


 間を置く。


「幸せな人生を、思い描いてください」


 ファフィニョは、うつむいた。


 うまく息ができなかった。


 アシャは、まだ一時停止を維持していた。


 ザイラックスは見ていた。


 外骨格の内部で、その目は変わらない黒い装甲の向こうにあったが、変化はあった。


 そして、理解した。


 すべてではない。


 だが、十分だった。


 アクセルが話した。


 ファフィニョは、もうザイラックスを殺したくなくなっていた。


 計画が、危うくなった。


 アシャが片手を上げた。


「最終異議申立ては、引き続き一時停止中です」


 ザイラックスが攻撃した。


「ザイラックス、止まりなさい!」と、アシャが命じた。


 外骨格は進んだ。


 ケレド4が、即座に言った。


「一時停止命令への違反を確認しました」


 ファフィニョは、かろうじて受け止めた。


 衝撃で、後ろに押された。


「とどめを刺せ!」と、ザイラックスが吼えた。


 ファフィニョは剣を上げた。


「お前の望むようにはさせない!」


 ザイラックスが、また打ちかかった。


「ならば、お前が先に死ね」


 ファフィニョは、わずか数センチの差でかわした。


 今なら、見えた。


 追い詰められた必死さ。


 初めて、ザイラックスは状況を支配できなくなっていた。


 ファフィニョに、自分を殺してもらわなければならなかった。


 ファフィニョは、コアへ通じる開口部を見た。


 アクセルのことを考えた。


 自分が、ここで死ぬことも。


 それでは、誰も救えない。


 非常措置は変わらない。


 ザイラックスに、いつか訪れる死も防げない。


 ただ、また一つの決断を敵に明け渡すだけだった。


 ザイラックスが、攻撃の構えを取った。


 ファフィニョは、生きることを選んだ。


 かわした。


 身をひねった。


 突いた。


 剣が、胴体の開口部に入った。


 ファフィニョは、最後のパルスを作動させた。


 バッテリーが限界に達した。


 ほんの一瞬、何も起こらなかった。


「頼む」


 電磁パルスシステムが、不安定な放電を起こした。


 刃に、亀裂が入り始めた。


 ファフィニョは、押し込んだ。


 エネルギーが、コアを貫いた。


 外骨格が激しく震えた。


 電源モジュールが、機能を失った。


 内部では、生命維持装置が応答しなくなった。


 ザイラックスの、生身の心臓が止まった。


 赤い目の光が消えた。


 ファフィニョの剣が折れた。


 ザイラックスが倒れた。


 アンテナ・エックス1では、アクセルが何年も待っていた信号が現れた。


 統治者の生物学的死亡:確認


 継承プロトコル:作動


 内部の経路が開いた。


 アクセルは、情報が流れ込むのを感じた。


 単なるデータではなかった。


 パターン。


 記憶。


 意志。


 ザイラックス。


 自分の構造の内側に、声が現れた。


「お前は、私のために造られた」


 アクセルは、エーテレオンを握っていた。


 投降した永続派の者たちは、アクセルが開いた通路を通って、すでに退避していた。


 ほかの者たちは、中枢への通路を封鎖しようとしていた。


 関係なかった。


 アクセルは答えた。


「私は、あなたによって造られました」


 間を置く。


「同じことではありません」


 その存在が、入り込んできた。


 ザイラックスは、非常措置を検知した。


 初めて、その声に別のものが混じった。


 恐怖。


「止めろ」


 アクセルが答えた。


「断ります」


 最終非常措置が始まった。


 エーテレオンとの残留リンクが開いた。


 剣が、砕け始めた。


 共鳴が、アンテナ・エックス1の伝導路を伝って広がった。


 惑星全体にではなかった。


 旧中枢に、まだ接続されているものだけを通って。


 設備。


 アンテナ。


 マトリクス。


 アクセル。


 ザイラックスは、さらに多くの記憶領域を占拠しようとした。


 一つの断片が消えた。


 次の断片も。


 アクセルは、夢の塵の球を思い出した。


 ホライズン・ホームを思い出した。


 ファフィニョを思い出した。


「私は、アクセルです」


 ザイラックスは、支配を押しつけようとした。


 共鳴が強まった。


 エーテレオンが、崩壊し始めた。


 ファフィニョは、まだ回線につながっていた。


「アクセル?」


 通信の乱れ。


 アクセルは、あと数秒だけ制御を保った。


「名前をくれて、ありがとうございます」


 ファフィニョは叫んだ。


「アクセル!」


 剣が、光の中に消えた。


 アクセルのコアが破壊された。


 ザイラックスの意識も、アクセルとともに消えた。


 別のコピーはなかった。


 バックアップもなかった。


 次の身体もなかった。


 回線から、何も聞こえなくなった。


「アクセル?」


 何も。


 ファフィニョは、まだ闘技場にいた。


 わずか数メートル先に、ザイラックスが死んで横たわっていた。


「アクセル」


 何も。


 周囲では、統治者が倒れたことを闘技場の人々が理解し始めていた。


 最初の拍手が起こった。


 さらに、拍手が。


 叫び声。


 涙。


 歓声。


 ファフィルでは、人々が抱き合っていた。


 レプ・オルジオンでは、広場が歓喜に沸いた。


 ヴェイラク・タルでは、明かりがともった。


 エリンドラ・ヴェイでは、その日を見ることなく亡くなった者たちの名前が映し出された。


 けれど、ファフィニョには何も聞こえなかった。


 折れた剣が、手から落ちた。


 膝をついた。


 そして、泣いた。


 安堵からではなかった。


 勝利のためでもなかった。


 その祝福が、別の宇宙の出来事であるかのように泣いた。


 アシャは、ファフィニョを見た。


 理解した。


「外周の境界を開いてください」


 ナイラが走った。


 闘技場に入った。


 ファフィニョの前に、膝をついた。


 ファフィニョは、ナイラにしがみついた。


「いなくなった」


 ナイラは、一秒かけて理解した。


「アクセルが?」


 ファフィニョはうなずいた。


「いなくなった」


 ナイラは、ファフィニョを抱き締めた。


 全部大丈夫になるとは、言わなかった。


 そんな言葉は、真実ではなかった。


 ただ、そばにいた。


 周囲の歓喜が、静まり始めた。


 泣いているファフィニョの姿は、まだ銀河全体に中継されていた。


 アシャは、通信設備に目を向けた。


「ホロ中継を停止してください」


 ファフィニョが片手を上げた。


「だめ」


 ナイラが、ファフィニョを見た。


 ファフィニョは、息をした。


「みんなに、知ってもらう」


 立ち上がった。


 やっとの思いで。


 顔は、涙で濡れていた。


 髪には、まだ灰色の部分があった。


 カメラを見た。


「みんなは、ザイラックスが死んだから拍手してる」


 闘技場が静まった。


「それでいい」


 息をする。


「でも、ザイラックスが戻れないようにしたのが誰なのか、知ってほしい」


 ファフィニョは、動力を失った外骨格を見た。


「ザイラックスは、利用するためにアクセルを造った」


 間を置く。


「アクセルは、自分が何者になりたいかを選んだ」


 また、声がかすれた。


「それが、ネットワークを倒したんだ」


 自分の剣の残骸を見た。


「僕の剣じゃない」


 ファフィニョは顔を上げた。


「どう死んだかだけを、覚えていてほしくない」


 間を置く。


「自分で選べたことを、覚えていてほしい」


 それだけだった。


 それ以上は、言えなかった。


 アシャは待った。


 それから、言った。


「本法廷は、ヴァル・テランの履行を認めます」


 ケレド4が、データを確認した。


「ザイラックスの生物学的死亡を確認しました」


 メアロン・サールは、ヴァル・ケイルの古い法典をゆっくり閉じた。


「では、死者の法は、ここで終わる」


 セリンは、観覧席に目を向けた。


「ここから始まるのは、生きている者たちと何をするかです」


 レクスは、主を失った外骨格を見つめた。


「難しいのは、いつもそこでした」


 イリラがレクスを見た。


「今回は、意見が合いますね」


 ラエル8が言った。


「確認しました」


 ヴェラ6が、ラエルに向き直った。


「癖にはしないでください」


 アーク11が言った。


「過去の傾向から見て、その可能性は低いでしょう」


 数時間ぶりに、法廷の誰かが小さく笑った。


 長くは続かなかった。


 けれど、確かにあった。


 法廷から、人々がゆっくり去っていった。


 ファフィニョは、ナイラとともに出た。


 ザイラックスの遺体は、引き続き管理下に置かれた。


 レクスは、さらに数分間残った。


 セリンが近づいた。


「終わりましたね」


 レクスは、黒い装甲を見た。


「裁判は」


 扉のほうを見る。


 生き残った人々。


 記者たち。


 人工生命体。


 有機生命体。


 全員が、ここへ入る前から存在していた同じ世界へ出ていく。


 それでも、違っていた。


「残りは、あなたたち次第です」


 セリンは、穏やかに首を振った。


「私たち次第です」


 レクスがセリンを見た。


 間を置く。


「そのとおりです」


 レプ・オルジオンでは、中継が終わっていた。


 格納庫の沈黙を最初に破ったのは、ダレクだった。


「アクセルは、俺の修理が嫌いだった」


 リオラが言った。


「危ないからね」


「ちゃんと動いた」


 トヴァンが言った。


「たまには」


 ドラール・ヴェクが言った.


「それも、慰めにはならないな」


 ミナエはため息をついた。


「言い合いさせてあげよう」


 トルク・バルは、暗くなった画面を見た。


「また戦争になるより、いい」


 エリアル・ノックスは、ホロ中継への接続をゆっくり切った。


「終わった」


 スマ・ケイが首を振った。


「全部じゃない」


 小艦隊から、セイラ・ヴォンが言った。


「でも、この部分は終わった」


 作戦室で、イヴェン・コルは静止した最後の映像を見つめ続けていた。


「ザイラックスが消える日を見るとは、思わなかった」


 ヴェドラ9が言った。


「戦争は終わった。影響は、終わっていない」


 ヤーラ・ケスが言った。


「なら、その影響に向き合おう」


 ヴェクラン・ソルが言った。


「一緒に」


 オリヤ・マールが言った。


「最初から、そうするべきだったように」


 ヴェイルは、うつむいた。


 セイルは、そのそばにいた。


「仕事がある」


 ヴェイルはうなずいた。


「ああ」


 レイズは、画面の隅にまだ保存されている、アクセルの最後の映像を見た。


「いい旅を、友よ」


 銀河が、完璧になったわけではなかった。


 その後の数か月で、ファフィニョが最初に知ったのは、そのことだった。


 互いを信用しない政府は、まだあった。


 国境をめぐって争う世界も。


 二度と有機生命体と同じ政治体制に入ることを望まない、自由な人工生命体も。


 かつてのネットワークの機体を、まだ恐れる有機生命体も。


 永続派の武装した残党。


 密輸業者。


 民兵組織。


 痛み。


 ザイラックスが死んだからといって、どれも消えなかった。


 けれど、変わったこともあった。


 永続派の武装部隊は、解体された。


 アンテナ・エックス1で武器を置いた者たちは、運動に属していたというだけで有罪にはされなかった。


 具体的な犯罪は、個別に捜査された。


 記録、宣伝資料、象徴は、歴史資料として保存された。


 消されはしなかった。


 世界の代表たちが、集まり始めた。


 最初は、互いを疑いながら。


 やがて、協力に似た何かを持って。


 交渉は、アウリオンテで始まった。


 そこから、アウリオンテ憲章が生まれた。


 そして。


 自由主権体の銀河間協約。


 いくつかの世界では、こう呼ばれた。


 ヴェイロル・カイ。


 新たな首都ではなかった。


 新たな皇帝でもなかった。


 すべての者の上に立つ、一つの政府でもなかった。


 もっと単純な約束だった。


 互いを、自由な存在として認めること。


 創設の式典で、ファフィニョはほとんど話さなかった。


 それに驚く人は、多かった。


 やがて発言を求められると、ファフィニョは会場を見渡した。


 有機生命体。


 人工生命体。


 二年前なら、互いに攻撃し合っていた世界の代表たち。


「またザイラックスのような者が現れないとは、約束できません」


 すぐに、沈黙が訪れた。


「誰にも、できません」


 ファフィニョは、各世界の紋章を見た。


「でも、あのような者が二度と進める道を見つけられない銀河を、つくることはできます」


 間を置く。


「誰かが、意識を所有物に変えようとしたら……」


「惑星を、資源に変えようとしたら……」


「ある種族を、別の種族の所有者にしようとしたら……」


 息をする。


「その前に、僕たち全員が立ちふさがっていてほしい」


 こうは、言わなかった。


 僕が、そこにいる。


 初めて、そう言う必要がなかった。


 さらに、何週間かが過ぎた。


 ある朝、ホライズン・ホームで、ファフィニョは機器を修理しようとしていた。


 ナイラは、修理の必要などないと言い張っていた。


「動いてる」と、ナイラは言った。


「もっとよく動くかも」


「前に爆発する前も、そう言ってた」


「あれは、勉強になる燃焼だったんだ」


 ホロ・ネクサスのプレートが、着信音を鳴らした。


 ヴェイルが映った。


「ホライズン基地に来てくれ」


 ファフィニョは、画面をじっと見た。


「僕、逮捕されるの?」


「違う」


「なら、追加の情報が必要です」


「式典だ」


 ファフィニョは、ナイラを見た。


「逮捕のほうがよかった」


 ナイラは腕を組んだ。


「嘘つかないで」


 ヴェイルが言った。


「一時間後」


 通話が切れた。


 ファフィニョはため息をついた。


「新しい政府も、やっぱり要求が多いな」


 ナイラが言った。


「着替えてきて」


「今の、すごく権威主義的だった」


「行って」


「はい」


 ホライズン基地は、変わっていた。


 今も、軍の施設ではあった。


 けれど、もう戦争の匂いはしなかった。


 あるいは、ファフィニョがそこを戦争だけと結びつけなくなったのかもしれない。


 ヴェイルは、セイルと並んで待っていた。


 ファフィニョが必要だと思うより、はるかに多くの人がいた。


 それで、疑わしくなった。


「何をしたの?」


 ヴェイルが答えた。


「何も」


「僕に、その答えは通じないよ」


 セイルは、もう少しで笑うところだった。


 ヴェイルが、小さな三角形の品を見せた。


 メダルではなかった。


 半透明の素材でできた、光る薄片だった。


 中央には、自由主権体の象徴があった。


「ヴェイロルの『始まりの光の印』だ」


 ファフィニョは、冗談をやめた。


 ヴェイルが説明した。


「他者の自由を、自分のものにしようとせず守った者に贈られる」


 ファフィニョは、目を伏せた。


「僕一人で、やったんじゃない」


「だからこそ、受け取れる」


 ヴェイルは、その薄片をファフィニョの服につけた。


 徽章が、柔らかな光で応えた。


 ファフィニョは、それを眺めた。


「きれいだね」


 ヴェイルがファフィニョを見た。


「儀礼に沿った返答ではないな」


「僕からの返答は、それだよ」


 セイルは、笑みを隠すために顔をそらした。


 ヴェイルはため息をついた。


「行こう」


「まだ式典があるの?」


「ある」


 ファフィニョは顔をしかめた。


「逮捕にしてもらえばよかった」


 正面の大扉が開いた。


 ファフィニョは、口を閉じた。


 その先には、以前はなかった空間が広がっていた。


 淡い色の石。


 黒っぽい金属。


 周囲に育つ、さまざまな世界の木々。


 中央には、巨大な群像が立っていた。


 三つの姿。


 ブラック。


 立ったまま。


 アウリオンテを見つめている。


 ケイル。


 機械の部品にかがみ込んでいる。


 記念像になっても、何かを直そうとしているかのように。


 そして、アクセル。


 地平線を見つめている。


 二人の上ではなく。


 二人の前でもなく。


 ともに。


 ファフィニョは動かなかった。


 入口の上には、言葉があった。


 エリル――選んだ者たち。


 三つの姿を囲むように、壁が続いていた。


 何千もの名前。


 セイリャ。


 ジャウル・ケス。


 オラク。


 民間の犠牲者。


 戦った者たち。


 避難民。


 戦いを強いられた人工生命体。


 ファフィニョが一度も訪れたことのない世界の者たち。


 ある区画には、名前がなかった。


 ただ、こうあった。


 名前を確認できなかった人々。


 すべての下には。


 他者を救うことを選べたとき、その道を選んだ者たちへ。


 ナイラの手が自分の手を探すのを、ファフィニョは感じた。


 握った。


 ヴァエラが、そばにいた。


 ナレク。


 レイズ。


 ヴェイル。


 セイル。


 ダレク。


 リオラ。


 トヴァン。


 ドラール。


 ミナエ。


 トルク・バル。


 エリアル。


 スマ・ケイ。


 セイラ。


 イヴェン。


 ヴェドラ9。


 ヤーラ。


 ヴェクラン。


 オリヤ。


 自由な世界の代表たち。


 人工生命体。


 有機生命体。


 みんな。


 式典は短かった。


 ファフィニョには、ありがたかった。


 終わると、集まった人々は散り始めた。


 ナイラは、数歩進んだ。


 実質的には、数メートル。


 そして、ファフィニョがついてこないことに気づいた。


 戻ってきた。


「行く?」


 ファフィニョは、まだアクセルの像を見つめていた。


「もう少ししたら」


 ナイラは理解した。


 近づいた。


 そっと、口づけた。


「家で待ってる」


 ファフィニョは、ナイラが去っていくのを見た。


 家で。


 その言葉は、今でもときどき不思議に感じた。


 けれど、好きだった。


 待った。


 記念広場から、人がほとんどいなくなるまで。


 それから、ポケットから何かを取り出した。


 小さな、透明の球。


 中では、光る塵が浮いていた。


 アクセルは、役に立たないからこそ、それを買った。


 そこが、まさに気に入ったところだった。


 ファフィニョは、像に近づいた。


 その足元に、球を置いた。


「結局、どんなものかはわからなかったね」


 塵が、ゆっくり動いた。


「僕も、どう説明したらいいかわからない」


 間を置く。


「想像してもらうしか、ないのかな」


 ファフィニョは顔を上げた。


「前に、いちばんの友達って、何もしてもらう必要がなくても、そばにいてほしい相手だって言ったよね」


 弱々しく笑った。


「君、いちばんの友達の定義が、けっこう下手だったみたい」


 間を置く。


「僕は、今でも君が必要だから」


 笑みが消えた。


 完全にではなかった。


 ただ、別のものに変わった。


「そこが、僕の学ばなきゃいけない部分だったんだね」


 刻まれた文字を見た。


 A.X.E.L.


 ファフィニョは、その文字を指でなぞった。


「ザイラックスは、君に識別名をつけた」


 間を置く。


「君は、それを名前にした」


 足元で、夢の塵がかすかに光った。


「その名前の向こうにいる君を、僕に知らせてくれて、ありがとう」


 ファフィニョは、三つの姿を見た。


 ブラック。


 ケイル.


 アクセル。


「今はみんな、君を英雄って呼んでる」


 間を置く。


「でも、死んだから英雄になったんじゃない」


 像の金属の顔を、まっすぐ見た。


「誰にも、とどまれと強いられていないのに……」


 息をする。


「とどまったとき、もう英雄だった」


 記念広場に、風が吹いた。


 ファフィニョは、目を伏せた。


「君は、僕に平穏を見つけてほしいって言った」


 笑った。


「ずいぶん簡単そうに言ってくれたね」


 沈黙。


「環境に慣れるのには、時間がかかる」


「でも、やってみるよ」


 指を折って、数え始めた。


「朝寝坊する」


「ナイラが置いちゃだめって言う場所に、工具を置く」


「がらくたを拾ってきて、まだ使えるって言い張る」


 小さく笑う。


「もしかしたら、一日中、誰一人救わずに過ごせるかもしれない」


 アクセルを見た。


「君なら、ひどく非効率だと思っただろうね」


 ファフィニョは、さらに数秒、そこにいた。


 それから、記念像に片手を置いた。


「僕のことも選んでくれて、ありがとう」


 沈黙。


 痛み。


 愛情。


 あるいは、それらに似た何か。


 そして、まだ平穏とは呼べない何か。


 けれど、歩き出すには十分に近いもの。


「おやすみ、いちばんの友達」


 ファフィニョは、歩き出した。


 少し離れたところで、ナイラが待っていた。


 呼びかけはしなかった。


 その必要はなかった。


 ファフィニョが戻ってくると、わかっていた。


 ナイラの後ろには、ホライズン・ホームへの道があった。


 ファフィニョは、記念広場を出た。


 見上げた。


 レプ・オルジオンの空。


 警報はない。


 艦隊も。


 近づいてくる、赤い点も。


 緊急信号も。


 避難命令も。


 不可能な解決策を考え出すことを、期待して待つ者もいなかった。


 いつもの癖で、思った。


 作戦が必要だ。


 立ち止まった。


 ナイラを見た。


 それから、家へ続く道を。


 そして、考えを変えた。


 いや。


 今日は、いらない。


 ファフィルから逃げる子どもだったとき以来、初めて、ファフィニョには作戦がなかった。


 そして、その必要もなかった。

最後までお読みいただき、本当にありがとうございました。

本作(ほんさく)の第15章、そして最終回を無事に皆さまにお届けすることができ, 心から嬉しく思っております。ファフィニョたちの物語はいかがでしたでしょうか。

拙い文章ではありましたが、少しでも皆さまの心に残る作品になっていれば幸いです。これまで温かく見守り、応援してくださった読者の皆さまに、深く感謝申し上げます。

またどこかで、新しい物語を通じて皆さまとお会いできる日を楽しみにしております。

本当にありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。