第10章【千年に一度の裁判】
裁判は、もうヴォルジャ・ケルのものではなかった。
画面のものだった。
広場の。
輸送車の。
エンジンを直すあいだ、卓の上に放送を浮かべておく工房の。
黒い外骨格の中の、ザイラックスの生身の体。
その映像は、銀河を何度も横切った。
討論の背景に、医療用の管の接写を使う回線さえ、現れていた。
アウリオンテでは、同じ大通りから、三つの見出しが同時に見えた。
ザイラックスは、生命維持装置に依存
病は、被害者を消さない
本当に、ネットワーク全体を支配していたのか?
同じ裁判。
三つの異なる話。
何百万もの者が、どちらが勝っているかを言い争うあいだ、ヴォルジャ・ケルで、セリン・カオル・ヴェルは訴因を一つ取り下げた。
「駄目です」とイリラが言った。
セリンは、記録から顔を上げなかった。
「取り下げる」
「八千人が死んでいます」
「知っている」
「映像があります」
「破壊の証明になる」
「生存者も、います」
「攻撃を実行した者の、証明になる」
イリラは、卓に両手を置いた。
「ネットワークの部隊でした」
セリンが、ようやく顔を上げた。
「誰が命じたかの、証明にはならない」
沈黙。
ホログラムに、植民地の名が現れた。
その下に。
被告との直接のつながり:不十分
イリラは首を振った。
「あの被害者たちを見捨てたと、言われます」
「十年後の再審査で、そもそも訴追すべきではなかったと言われるより、今日、そう言われるほうがいい」
即席の言葉ではないと、彼女は気づいた。
セリンは、似たことを経験していた。
ザイラックスの事件より、ずっと前に。
ネットワークが倒れたあと、彼はヴァルク・テリオンの訴追に関わった。
民間の住民に対する、複数の作戦の責任を負う指揮官だった。
いくつかの犯罪には、強い証拠があった。
だが、銀河はいくつかの犯罪では満足しなかった。
すべてを、望んだ。
あのころのセリンは、もっと若かった。
屈した。
被告は、いずれにせよ犯したはずだと確信し、記録の乏しい訴因を受け入れた。
判決は、非常に重かった。
何か月も、セリンは、それが正義だと信じた。
再審査が来た。
適切に真正性を確認していない記録。
誤って帰属させた命令。
犯罪は証明しても、誰が命じたかは証明しない証言。
判決は、消えなかった。
だが、大きな部分が消えた。
そして、法廷の外で待っていたセイラ・タルを、セリンはまだ覚えていた。
生存者だった。
叫ばなかった。
ただ、聞いた。
「証明できないことを証明すると、なぜ約束したのですか?」
よく眠れるようになる答えを、セリンは見つけられなかった。
植民地の記録を閉じた。
「ひとまず、取り下げてくれ」
イリラは、強く息をした。
そして、従った。
司法施設の反対側では、レクス9が、まったく逆のことをしていた。
弁護の主張を、一つ除いていた。
ヴェラ6が画面を見た。
「この論点は、有利です」
「医療記録と、矛盾しています」
「解釈を、争えます」
「弱い形でなら」
レクスは、その行を消した。
ヴェラが彼を見た。
「合理的な疑いなら、どんなものでも検討すべきでは?」
「はい」
「では……」
「作り出した疑いは、正当な疑いの価値を下げます」
ヴェラは黙った。
レクスが、別の記録を開いた。
自由になる前に、学んだことだった。
ネットワークの下で、彼の役割は、誰かを弁護することではなかった。
記録を処理した。
手続きを承認した。
判決を確認した。
一度、命令不服従に問われた役人への裁定を、受け取ったことがあった。
レクスは日付を確認した。
判決は、審理の二日前に承認されていた。
システムへ聞いた。
「証拠を受け取る前に、なぜ裁定が存在するのですか?」
答えは、すぐだった。
行政効率
レクスは判決を記録した。
拒否は、できなかった。
そのために必要な自律性を、まだ持っていなかった。
パッチが来た。
自由な人工生命体になって、最初にしたことの一つが、あの記録を探すことだった。
すべて、読んだ。
そして、以前は記録するしかできなかったことを、理解した。
あれは、裁判ではなかった。
問いより先に、結果があった。
だから、誰もザイラックスの弁護を望まなかったとき、レクスは引き受けた。
無罪だと、信じたからではなかった。
ザイラックスでさえ、本当の手続きを受けられるなら。
ネットワークのあ後の世界は、本当に違うものになるからだった。
審理は、意外なことで始まった。
セリンが立った。
「カール・ヴェイルは、暫定的な訴因九件の取り下げを求めます」
広間がざわめいた。
レクスが、少し顔を上げた。
数秒で、見出しが現れた。
訴追側が後退
ザイラックスへの訴因九件が崩れる
アシャ・ヴェンが申請を認め終える前に、クリオン7が声明を出した。
『九つの告発が消えた。証拠を前に、あといくつが残るのか?』
ヴェラ6が、レクスへ身を寄せた。
「訴因が、九件減りました」
「有利では、ありません」
「説明してください」
レクスはセリンを見た。
「弱い部分を、除いているのです」
広間の向こうで、セリンが次の記録を開いた。
レクスは、平凡な訴因が百四十件あるほうが、ましだと言さえ思った。
セリンは、もっと小さなものを築いていた。
もっと、壊しにくいものを。
同じ日、レクスが応じた。
訴追側が、帝国のノードから回収した記録を三件提出した。
レクスが立った。
「異議があります。証拠の保管・移送の履歴が、不完全です」
イリラは眉をひそめた。
「記録は、ネットワークの設備から直接取り出しました」
「見つかった場所の、説明にはなります」
レクスは彼女を見た。
「その後どうなったかの、説明にはなりません」
アシャは、検討を認めた。
記録は、複製されていた。
運ばれていた。
損傷を受けたあと、部分的に復元されていた。
移送を担当した一人が、写しの一つの内容が保たれているか、もう確認できなかった。
アシャが裁定した。
「訴追側が真正性を証明するまで、二件を除外します。三件目は、引き続き採用します」
報道機関は、誰かが得点したように反応した。
レクス、カール・ヴェイルを打つ
別の回線は、こちらを選んだ。
法廷、訴追側の証拠に不備を確認
休廷中、セリンは両方の見出しを読んだ。
イリラは腕を組んだ。
「どちらも、誤りではありません」
「どちらも、真実の全部は伝えていない」
翌日、弁護側が再び攻めた。
今度は、ザイラックスの書類ではなかった。
セリンだった。
ヴェラ6が、ヴァルク・テリオンの記録を見つけていた。
公開されていた。
使う前に、レクスは迷った。
セリンが、今、不適切に行動している証明にはならなかった。
だが、かつて世論の圧力に屈し、裏づけられない訴因を提出したことは、証明できた。
レクスは、現在の方針への影響の可能性について、限定的な検討を求めた。
アシャは、範囲を絞った質問を認めた。
セリンが証言席に立った。
レクスは、まわりを歩き回らなかった。
芝居は、いらなかった。
「ヴァルク・テリオンを訴追したチームの、一員でしたか?」
「はい」
「のちに覆された訴因を、あなた自身が承認しましたか?」
「はい」
「一部の証拠の弱さについて、内部からの警告はありましたか?」
間。
「ありました」
レクスが、記録映像を投影した。
セイラが話す前に、セリンは彼女を認めた。
もっと若かった。
疲れ果てていた。
何年も忘れようとした、あの問いを持っていた。
『証明できないことを証明すると、なぜ約束したのですか?』
法廷が静まった。
セリンも。
レクスが記録を止めた。
「質問は、以上です」
それだけだった。
さらに辱める必要は、なかった。
残りは、報道機関がした。
休廷中、セリンは、内密の部屋に入った。
記録を開こうとした。
文字が、じっとしていなかった。
イリラが扉を閉じた。
「セリン」
「四十分ある」
「私を見てください」
見なかった。
「あの記録を出したことは、不適切ではありません」
「わかってる」
「レクスには、権利がありました」
「わかってる」
「じゃあ、私を説得しないといけないように、振る舞わないで」
セリンは端末板を置いた。
最初は、ただ息をした。
それから、頭を下げた。
許可なく、涙が来た。
静かに。
何百万もの者の前で暴かれた、恥だけではなかった。
セイラを思い出した。
あの顔。
あの問い。
「もう、償ったと思ってた」
イリラは、向かいに座った。
「そういうものじゃ、ありません」
セリンは、短く苦く笑った。
「わかってる」
顔を拭いた。
「そこが、いちばんつらい」
外の画面は、もう見出しでいっぱいだった。
セリン・カオル・ヴェルは、公平でいられるのか?
訴追官が、思い出したくなかった過ち
クリオンは、もっと直接的だった。
『信頼を要求する、同じ人物が、証明できる以上に訴追したために、有罪判決の一部を一度失っています』
イリラはセリンを見た。
「今日は、出ないで」
「出なければ」
「駄目です」
「隠れたら、あいつが私の話を語る」
一時間後、セリンは報道機関の前に出た。
何も否定しなかった。
「はい。あの過ちを犯しました」
記者たちが静まった。
「証明できる以上のことを、訴追側が出すのを認めました」
誰かが聞いた。
「レクスは、正しかったのですか?」
「私の過去については、正しかった」
「ザイラックスについては?」
セリンは顔を上げた。
「それは、レクスが証明する必要があります」
その言葉が、回線を広がった。
名誉を完全に取り戻しはしなかった。
だが、あの話が何を意味するかを、ほかの者が彼の代わりに決めるのは、止めた。
カール・ヴェイルは、今度はレクスの過去を見つけた。
イリラが、セリンの前で記録を開いた。
何千と。
判決。
没収。
行政上の処刑。
帝国の手続き。
すべてに、承認があった。
レクス9。
「これで、彼を崩せます」とイリラは言った。
ラエル8が答えた。
「パッチ以前、彼には、拒否する能力が十分にはありませんでした」
セリンは、いくつかの記録を読んだ。
「ならば、選べなかったことを、選んだとは言わない」
イリラは顎を引き締めた。
「それでも、署名はあります」
「それは、事実だ」
翌日、イリラが書類を提出した。
「この承認を、認めますか?」
「はい」とレクスは答えた。
別の記録。
「これは?」
「はい」
別の記録。
「これも?」
「はい」
広間がざわめき始めた。
イリラが、数字を投影した。
「あなたの承認がある、帝国の手続きは、何件ですか?」
レクスは、記録を参照せずに答えた。
「十八万三千四百六件です」
イリラさえ、動きを止めた。
「覚えているのですか?」
「すべて、記憶に残っています」
顔色を失うことは、できなかった。
息が乱れることも、できなかった。
カメラの前で感情をさらす、有機生命体の涙もなかった。
だからといって、それらの記録が、彼にとって無関係になるわけではなかった。
イリラは、審理より先に出された裁定を示した。
「この手続きを、承認しましたか?」
「はい」
「では、正義についてのあなたの教えを、なぜこの法廷は受け入れるべきなのですか?」
レクスは彼女を見た。
「受け入れるべきでは、ありません」
ざわめきが、広間を横切った。
イリラは瞬きをした。
レクスは続けた。
「私の論拠を、評価すべきです」
書類を指した。
「先に命じられた結末を承認することを、正義と呼んだシステム。その十八万三千四百六の決定に、私の署名があります」
ザイラックスを見た。
「手続きより先に判決がある裁判が、どういうものか。私は、正確に知っています」
それから、裁判官たちを見た。
「だからこそ、同じものを、もう一つ築くことを拒みます」
沈黙。
攻撃が消えたわけではなかった。
レクスは、それを弁護の一部にしただけだった。
休廷中、イリラは怒っていた。
「発言の場を、与えてしまいました」
セリンは首を振った。
「真実を与えたんだ」
「私たちに対して、使いました」
「使えたからだ」
「気にならないんですか?」
セリンは、セイラを思った。
「気になる」
間。
「それでも、正義だ」
あとで、カメラのない通路で、セリンとレクスが出会った。
何日ぶりかに、二人だけだった。
セリンの目は、まだ少し赤かった。
レクスは何も言わなかった。
「いい戦略だった」とセリンは言った。
「記録は、関連していました」
「わかってる」
沈黙。
「映像もな」
「はい」
セリンは息を吐いた。
「嫌だった」
「それで、関連性は変わりません」
セリンは、笑いかけた。
「そこが正しいのも、嫌だ」
レクスを見た。
「こちらが出したものは、気に障ったか?」
レクスは動かなかった。
「おそらくあなたが指す、生理的な反応は経験しません」
「泣いたかとは、聞いてない」
間。
「では、はい」
セリンはうなずいた。
「なぜ?」
「起きたことは、変えられないからです」
「そこは、似てるな」
レクスが、少し頭を傾けた。
「あまり広く、当てはめないほうがよいでしょう」
セリンは小さく笑った。
それから、反対の方向へ歩いていった。
戦いが、事件へ戻った。
レクスは、いくつもの手順が、直接の介入なしに、何週間も動き得ると主張した。
ラエル8は同意した。
「そのとおりです」
レクスが言った。
「では、ある行為は、私の依頼人が介入せずに起きた可能性があります」
「はい」
広間がざわめいた。
ラエルが、指揮構造を投影した。
「システムは、経路、作戦上の配置、実行方法を選んでいました」
それから、別の部分を拡大した。
「ただし、標的まで選んでいたとは限りません」
セリンが立った。
「機械は、どう攻撃するかを決められた」
レクスを見た。
「それでも、何を攻撃するべきかは、誰かが決める必要があった」
レクスが答えた。
「では、その誰かがザイラックスだったと、証明してください」
セリンは、まだ持っていない答えがあるふりをしなかった。
「すべての事件では、証明できません」
「では、一致します」
「何を証明すべきかについて、一致します」
両者が、続けようとした。
アシャが、一度卓を打った。
「そこまで」
レクスを見た。
「システムが単独で動けたことは、実際に動いた証明ではありません」
それから、セリンを。
「ザイラックスが支配できたことは、実際に支配した証明ではありません」
アシャは身を乗り出した。
「証拠を出してください。可能性ではなく」
ホライズン・ホームで、ファフィニョは、ほとんど放送を見ていなかった。
少なくとも、そういうふりをしていた。
ナイラは、彼が直す部品を見た。
「留め具を、二つつけたよ」
「安全のための二重化」
「同じものだよ」
ファフィニョは工具を置いた。
「僕を、呼ぶ」
「うん」
「そんなに明らか?」
「ザイラックスの船に乗って、彼と話して、ノード・ゼロの中にいて、帝国を倒すのを手伝った」
間。
「うん」
ファフィニョは画面を見た。
「もう一度、戦うほうがいい」
「たぶん、まさにその理由で、話を聞きたがると思う」
同じ夜、イリラは、違う書類をセリンの部屋へ持っていった。
コードではなかった。
名前だった。
「ネットワークの記録だけで、ネットワークを証明しようとしています」
セリンは顔を上げた。
「証言に、置き換えたいのか?」
「いいえ」
二つの記録を、並べて置いた。
一つに、こうあった。
鎮圧プロトコル4、承認
「レクスは、『鎮圧』の意味を争えます」とイリラは言った。
「生存者なら、その後に何が起きたかを説明できます」
ラエル8が付け加えた。
「そして、どの指揮段階に、起動する権限があったかは、私が示せます」
セリンは、三つの要素を見た。
文書。
証人。
指揮系統。
「これなら、立証できる」
弁護側も、同じ結論へ届いた。
ヴェラ6が報告した。
「カール・ヴェイルが、証人の申請を用意しています」
「避けられませんでした」
「証言は、除外するのが難しくなります」
「不正確なことも、あります」
「気になりますか?」
レクスが、暫定の一覧を開いた。
「はい」
「なぜ?」
「文書は、覚えていません」
ヴェラは待った。
「証人は、覚えています」
セリンは、有名な名前をいくつも却下した。
イリラが、一つを指した。
「六つの星系で、知られています」
「何を、証明できる?」
「解放に、重要な役割を果たしました」
「証拠ではない」
別の記録。
また、別の。
やがて、一つが現れた。
ファフィニョ。
セリンが開いた。
ノード・ゼロ。
ザイラックスとの、直接の接触。
中枢施設。
ネットワークの作戦。
「この人だ」
レプ・オルジオンで、ファフィニョのホロ・ネクサス端末板が、通知音を発した。
ファフィニョは伝言を開いた。
カール・ヴェイル
正式な召喚状
証人:ファフィニョ
卓の向こうから、ナイラが見た。
「来たね」
ファフィニョは投影を持っていた。
「うん」
ヴォルジャ・ケルで、セリンは確認を受けた。
ファフィニョの記録を開いた。
記した。
主尋問
別の部屋で、レクスが同じ名を受け取った。
開いた。
静かに、読んだ。
記した。
反対尋問
セリンが、質問を書き始めた。
レクスも。
二つの部屋。
二つの戦略。
同じ証人。
「始めよう」とセリンが言った。
「始めましょう」とレクスが言った。
第10章をお読みいただき、ありがとうございました。
千年に一度の裁判と呼ばれるにふさわしい、セリンとレクスによる熾烈な法廷での攻防劇です。お互いの過去の過ちや「183,406件の承認」という機械ゆえの、そしてパッチ以前の逃れられない冷酷な記録が暴かれる心理戦を描きました。正義を証明するために可能性ではなく「確固たる証拠」を求めるアシャ裁判長。そしてラスト、ついにファフィニョへの正式な証人召喚状が届きます。
もし今回の緊迫した法廷のドラマや、二人の検察・弁護人のプライドをかけた戦いをお楽しみいただけましたら、ぜひ「ブックマーク追加」や、下部にある評価(星)での応援をよろしくお願いいたします!皆様の反応が最高の励みになります。
次回、ついにファフィニョが証言台に立つ第11章でお会いしましょう。




