一幕。
「まぁしばらくゆっくりしてくだせぇ。」
竹戸と三嶋が去った天幕で樺は天井をぼんやりと見ていた。
普段であれば観測の任務を行っていた筈である。
…それが原因か、寝台の上は妙に居心地が悪かった。
「失礼しますよ。」
疲弊しきった男――榊原の声が聞こえた。
「…ひとまず、無事でよかったです。」
榊原の顔には隈が出来ていた。
その様子に樺は不甲斐なさを覚える。
「…申し訳なかった。」
その声に榊原は乾いた笑いを漏らして、
「そりゃ大変ですからね。
私が普段やらない仕事ですし、それに加えて分隊長としての仕事もありますから。
できれば早く復帰してくださいよ。
本来はあなたの仕事ですし。」
と言った。
樺はそれに何も返さなかった。
…天幕には外からの雑音以外は残らない。
「…そろそろ時間です。
余裕があればまた見舞いに行きますので。」
沈黙から15分程度経った後、榊原はそう言って去っていった。
…手持無沙汰になった樺は仮眠を試みる。
その背中をやけに優しく包む寝台が却って樺には馴染まない。
そして夢と現を繰り返して時間感覚が消える頃。
「どうじゃ、腕の様子は。」
豪放な声が樺の意識を現に戻す。
「腕は…刺激を加えたら痛くなりますね。」
樺は声の主―鬼熊―に目をやった。
「まぁ普段が痛まないのなら問題ないぞ。」
そう軽い調子で言った後、続けて問いかけた。
「寝台の様子はどうなんじゃ?」
「なんというか…落ち着かないですね。」
樺の言葉を聞いて鬼熊は軽く笑った。
「まぁそうじゃろうな。似たような言葉は幾度と聞いたわい。
…にしても驚いたじゃろ。腕が炭みたいになっておるんじゃし。」
「えぇ。…見た目の割に、中身は生きているみたいですから。」
「じゃろ。普段はやらんのじゃが玄団長からの指示があったもんでのう。負傷者全員にやってたらキリがねぇし。」
そう言って鬼熊は手のひらを炭にしては戻してを繰り返した。
その様子を見た樺は怪訝そうに鬼熊に尋ねた。
「因みにそれは…」
それを聞いて鬼熊は手の変化を止めて手の方を見た。
「あぁこれか、ワシの体に限るが炭にしたのを元に戻せるんじゃよ。
他の奴の肌はちょっと訳が違うから難しいがの。」
「成る程…」
樺もまた、生返事をしつつ鬼熊の手を見た。
そして炭化について色々と樺が質問を投げかけ、鬼熊が簡潔に返すやり取りを始める。
そこに、
「おぉ、鬼熊も来ていたのか。」
甲高い女性―天津―の声が聞こえてきたのだった。
「天津か、陣地の修復やら隊の人員補充やらで愚痴を言ってたはずじゃが…ここで油売ってていいんか?」
「だからこそ、時には休息くらいさせて欲しいものだよ。
それに…樺には世話になったからな。」
「おぉ、そうか。
もうちょい話を楽しむつもりでおったが…
そろそろ検査だけして立ち去るとするかの。
若ぇのの邪魔をするのも野暮なもんじゃし。」
そう言って鬼熊は脇に寄って樺の腕を診始めた。
そんな鬼熊を見て天津が
「余計なお世話だ。」
と言うのに樺は苦笑する。
そして天津の方を向いて
「天津さんもありがとうございます。
…危うく死ぬところでした。」
と樺が言ったのに対して、天津は少し照れくさそうに、
「どういたしまして。
…だが、私としては当然のことをしたまでだよ。」
と返した。
「…寧ろ、こちらが感謝すべきだろう。
指揮の大部分を君に任せてしまったのだ。」
「それこそ『当然のことをしたまで』です。」
樺の言葉に少し瞳孔を広げた天津は、しばらく言葉に詰まった後、
「ならばお互い様…か。」
と言った。
「…玄団長直属の人は中々に凄い能力をもっているんですね」
「…自画自賛か?」
天津が怪訝な顔で樺をみつめる。
「いや、そのつもりはなかったのですけどね。
鬼熊さんは制圧から炭化による自己硬化、治癒もできますし、水月さんは電気による集団の無力化ができますし、天津さんは天津さんも数日掛けてやるような土木作業を僅か10分でやりましたし。」
「まぁ…そうだな。玄が見定めた人員だ。弱いはずがない。
勿論…貴官もだがな。この霧の中でも情報獲得できるのは並大抵の能力ではないぞ。」
樺は暫く戸惑った後、頷くことを選んだ。
そうやって暫くやり取りをした後、天津は去っていき、その頃になると鬼熊もまた居なかったのであった。
…樺は瞳を閉じる。
寝台の柔らかさは少しだけ、身に馴染む気がした。




