呑霧。
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霧は林道を遮るように広がっていた。
この時期は快晴であることが多くサウジャナ高地が見通せるとの話だが、茫漠たる白がそれを覆い隠していたのだ。
「諸君!!見ての通りこの先は深い霧となっている!!各自間隔を維持し隊列を崩すな!!」
部隊は規則正しく、なだらかとは言えない道を歩み霧中に入っていく。
視界を奪われ隊員の一部はその恐怖に声をあげる。
青年も霧中に足を踏み出した。
しかし他の隊員と異なり彼にとって霧は不安の対象ではなかった。
青年の眼を霧が覆う。足音が鈍く沈む。
白に沈む人影が輪郭を帯びる。
それに伴い人の位置と動きは熱として次第に映えていく。
霧は彼にとって水滴の集まりでしかなかった。
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霧の中を三十分程歩いた頃だろうか。
霧は十米先の景色すらも隠すようになった。
それに反して踏み入るときに声を上げた隊員も次第に落ち着きを取り戻しつつあった。
―――突如として鈍い砲撃音が霧の奥から何発か響く。
方位は定まらぬまま、音は反響し急速に迫るようであった。
隊長は鋭く声を上げる。
「総員!!伏せろ!!」
隊員らはそれに応えるも立ち尽くす者や走る者により部隊が崩れる。
青年もまたいくつかの熱の塊が逃げ惑う様子を見る。
隊長もそれに気が付いたのか呼子笛を吹き鳴らした。
鋭い音が霧を切り裂く。
混乱していた部隊もそれに応じて徐々に整列していく。
が、一人足りない。
青年はあたりを見渡す。
幸いにも離れつつあるものの一つ熱の塊を見つけた。
青年は咄嗟に声を上げる。
「隊長!!離脱した隊員を確認!!回収に向かいます!!」
「馬鹿野郎!!お前まで消えたらどうする!!」
隊長は怒声をあげる。
しかし、このままだと隊員を見殺すことになる。
それは青年の矜持が許さない。
異常に対する怯えは残っているが青年に迷いはなかった。
未だ気の置き切れない隊長に対して告げる。
「七時の方向、約三十米です。」
「…何を言っている」
隊長は訝しむ。
そこに青年は言葉を重ねる。
「はぐれた隊員の場所です。私であれば必ずここに連れ戻すことができます。」
「…根拠は」
「捉えた熱は逃しません。」
青年は簡潔に答える。
隊長は少しの沈黙の後こう答えた。
「…二人付ける。三分以内に戻ってこい。」
「了解しました。」
青年は道を外れ熱を追いに向かう。
その感覚は、幼いころから身に馴染んだものだった。
しかし、道半ばで急に輪郭が揺れる。
そして、それはぐらりと下に崩れ、熱が消えた。
はっきりと捉えられない。
青年は冷や汗をかき、声を漏らした。
「…消えた」
「…え?」
青年の独白に、付き添いの二人が息を呑む。
そして一人が問いかける。
「…どうするんですか、少尉」
「…一度消えた地点まで向かいます。」
問題ない。最悪本隊には戻れる。
そう自分に言い聞かせ、前進する。
そして―――
足がぬかるみに沈む。
足元を見ると泥濘の中に人影があった。
未だに混乱しているようで泥の中で藻掻いている。
泥まみれの隊員は我に返ったらしく青年らに向けて弱々しく言った。
「…すんません」
ようやく混乱の渦中から戻った隊員がしおらしくなっていた。
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はぐれた隊員―野々村というらしい―が隊長にきつく絞られた後、行軍は再開した。
霧の中を進む規則的な足音は、今度こそ途切れることなく林を越えて前線補給地点へとたどり着いた。
だが、青年は微かな違和を覚える。
再び捉えたあの熱は確かにそこにあった。
しかし、それは僅かに弱く感じた。
それは泥によるもので説明はつく筈だった。
だが、そこのない泥沼の中に何かが潜む感覚が青年の本能にこびりつく。
一話一語句解説
エマス・クンプルタナ:南方にあるドワーフの国。
かつては他種族とドワーフとの海上交易の中継地として栄えていたが、周辺地域に人間の植民地が作られると次第に衰え、やがて王侯派と革新派で対立が発生する。それぞれを別のドワーフの国が支援することで対立は激化し、内乱にまで至ることとなった。
尚、本作の戦争はその支援国同士の戦争である。




