そんなことがあった翌日
そんなことがあった翌日。トウカはいつも通り杜守庁へ。毎週恒例のエンジュの監視報告書を提出しにだ。
もはや大量殺人犯というのは表向きの名目だとわかった以上、報告書を提出するのは意味があるのやらないのやら。そう考えながら『問題なし』の一枚を窓口に提出し、さて帰ろうと思ったら。
「わっ」
「おや」
ばったり。杜守庁の出入り口でアンラと鉢合わせた。
前にもこんなことがあったような。同じことをアンラも思ったのか、ふふっと笑みを浮かべていた。
「また一杯やるか? 今日はもう1人ついているが」
「もうひとり?」
「いや、1人と1匹か」
誰ですかとトウカが聞く前に、アンラが半歩左へ。空いた空間に顔を出したのは愛嬌のある真っ黒な犬。それと飼い主。
「エンとエンジュ? どうして……」
「仕事場に来ちゃいけないんですか?」
「あっはい、そうでした」
そうか。社会的にはエンジュはただの4課職員。大量殺人犯だということについては顔や名前は伏せられているから誰もエンジュとわからない。そもそも大量殺人犯の名目は又木を炙り出すためのでっちあげだ。14人は理性なき犯罪としてではなく秩序ある任務として葬っただけなのだから罪にはならない。エンジュが4課職員として杜守庁に出勤することはまったく何の問題もないのである。
「まぁ、立ち話もなんだから移動しようか」
いつまでも杜守庁の玄関口に立っていると邪魔だ。警備を担当する3課の職員が睨んでいるし、箒で落ち葉を掃いている清掃員も眉を寄せている。
促したアンラは杜守庁の中ではなく外へ足を向けた。今日の4課は部外者を休憩室に招き入れていい環境じゃない。激務続きの職員が数人、今にも死にそうな血色の悪い顔でゼリー飲料を飲みながら書類仕事に明け暮れているし、力尽きた者は段ボールを床に敷いて気絶同然に寝ている。こんな状況を見せるのはよろしくない。4課が凄まじい激務の修羅場だらけの職場だと知られたら志望者が来ない。
外部に知られるわけにもいかない機密書類も飛び交っているので、そういう意味でも。
「トウカ。おすすめの場所は? 私もエンジュほどじゃないが当世には疎くてね」
「え? えーと……」
急に話を振られたので驚きつつも、うーんと考える。リラックスして話せるような雰囲気の喫茶店というと。
「クジウラさんの庭ならどうです? あそこなら何かしらあると思いますし」
「クジウラさんの庭?」
「え、知らないの!?」
嘘でしょ。首を傾げたエンジュに思わず声を上げた。クジウラさんの庭を知らないとは。
この大熊杜で最も栄えている商業エリアだ。大きな緑地公園を土台にした場所で、遊歩道の左右には様々な店が並ぶ。点在する公園や広場にも屋台が並び、雑貨から軽食まで何でも揃っている。格式張った高級なものを求めず、普段使いのものを探すならここに行けばだいたいのものはある。
ちなみに、場所の名前となっている『クジウラさん』については、そんな人物は大熊杜のどこにもおらず、一体誰なのかというちょっとした謎もある。久司浦で探しても藤浦などの類似の名前で探しても。大熊杜の始まりから現在まで、大熊守たちの戸籍などを見ても、それらしいものはない。何かのもじりなのか、それすらもわからない。
話が逸れたが、つまりクジウラさんの庭は大熊杜いちの商業エリアだということだ。行ったことはなくても名前くらい知っていると思ったが、まさかここまで浮き世離れしているとは。エンジュはどこまで疎いんだか。
言われ、エンジュはしばらく目を瞬かせる。見かねたのか、アンラがそっと言い添えた。
「熊羆点だ。南東の」
「あぁ、成程」
「そっちの単語のほうが初耳なんですけど」
突っ込みを入れると、守り人の業界用語だ、とアンラは答えた。
熊羆とは熊神ユウヒのことだ。とてもとても平たく言えば、目覚めた熊神が守り人を喰うだけでは飽き足らず、他に餌を求めて外に出た場合に現れる確率の高い場所のことである。悪く言えば餌場の候補地。人が集まるクジウラさんの庭は餌場として絶好の場所なのである。
軽く説明しつつ、さて、とアンラは足を進める。行く場所も決まったところでいい加減に移動しよう。警備の3課職員と清掃員の目が本当に痛い。このままでは4課に苦情がいきかねない。
「店を探しながら歩くのも悪くないだろう。『一般人らしく』な」
そういった経験は乏しいから楽しみだ、と言い添えたアンラに続き、クジウラさんの庭へと続く通りを歩き始めた。




