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18/22

代参後の芝居見物から

二十日ほど経った寒い朝。


月光院付御年寄の江島と宮地達が

御広座敷に呼び出された。


「江島様、

 何ゆえのお呼び出しでございましょう?

 理由をお聞きになりまして?」


心当たりのない宮地が

不安な表情を浮かべ

江島様に話しかけながら

長局の長い廊下を歩いて行く。


「わかりませぬが

 朝廷から従三位を賜った月光院様への

 贈り物のお知らせでは?

 一位様は御祝いの度に

 朝廷から御進物がありますゆえ。

 きっと月光院様にも同じですわよ。

 来月は叙位の儀式でございますもの」


楽観的な江島は

宮地の不安を払うように明るく微笑んだ。



座敷には

月番老中の秋元但馬守(あきもとたじまのかみ)

留守居役を従えて待っていた。


祝儀の知らせどころか

座敷の不穏な空気に

江島や宮地達は息をのむが

平静を装い整列し伏せる。


大らかな但馬守が

いつにない厳しい声音(こわね)で上意を伝える。


「月光院様付御女中達。

 先の代参の折

 御法度の芝居見物と七つ刻限の遅刻

 並びに

 徒目付(かちめつけ)への言動など

 不行き届き目に余るとの訴えにより

 暇を申し付ける。

 各自の部屋方達共々

 直ちに身ひとつで御城から立ち去り

 実家にて沙汰を待つように」


部屋方とは

上級女中が自身の局に

個人的に雇っている女中達。


納得のいかない江島は

但馬守に詰め寄る。


「但馬守様、お待ちくださりませ。

 芝居見物は他の御女中様方も

 なさっておられますし

 七つに遅れることも

 珍しくはございませぬ。

 何ゆえ私共だけこのような

 厳しい御沙汰なのでございましょうか」


但馬守は冷たい顔で返す。


「訴えがあった以上調べねばならぬ。

 直ちにこの場で打掛と足袋を脱ぎ

 実家に戻り沙汰を待つよう

 重ねて申し付ける」


「訴えが?

 お暇だけではなく

 お調べがあるのでございますか?」


江島は愕然として思わず訴えた。


女中達はこのまま追いだされ

局は手つかずの状態で調べられるのだ。


部屋がざわめく。


宮地が部下達の心中を思い

但馬守に(すが)る。


「但馬守様、

 部屋方達には私から伝えとうございます。

 せめて思い出の品だけでも

 持ち帰らせてやってくださりませ。

 お願いでございます、一度部屋へ」


「ならぬ!」


絶望した女中達は狼狽(うろた)

泣き出す者もいる。


「大丈夫、心配するでない。

 きっと月光院様がおとりなしくださる」


江島は部下達を慰めたが

その言葉が終わる間もなく

目付衆に囲まれ打掛を脱がされ

髪からは(こうがい)が外された。

長い髪がばさりと背中に落ちる。


大奥上級女中の髪型の

片外しを解かれた感覚は

江島の心を容赦なく砕いた。


江島達が目付衆に連れられ

広敷門を出ると既に部屋方達も

地味な着物に荷物も持たず

平川門に向かって憔悴して歩く。


千代田の御城の女中という身分は

名誉(ステイタス)だったのに

親や親類に顔向けできないと見る影もない。


六十人以上の女中達が二月の寒空に

小袖と裸足に草履という軽装で

突然、江戸城を追われた。


江島に至っては不浄門から出され

実家の白井家にお預けに。


江島は大名格の豪華な駕籠ではなく

素足の(かち)

土埃舞う凍える道を実家に帰る。


先程まで御年寄の地位にいたのに

今は豪華な打掛を取り上げられ

小袖と素足に草履の足元を見つめながら

悪い夢でも見ているのではないかと

疑わずにいられなかった。

 

 あの事がこれ程問題になるのだろうか?

 酒席で少々目立ったから?

 芝居見物と七つ口に遅れるのは暗黙の了解


 先々代将軍の綱吉公の頃は

 大奥の女中達の芝居見物も接待も

 珍しくもないし咎められたとも

 聞いた事がない

 

江島の脳裏に幾つもの不安が浮かび上がる。

ふと、長局の箪笥に仕舞ってある

団十郎や新五郎の衣装を思い出して

青くなった。

あれは役者買いの

動かぬ証拠と見なされるだろう。

それに、商人や役人からの

付け届けの高価な品々。

隠す時間さえ無かった。

まさかこんなことになるなんて。


「江島殿、着きましたぞ」


徒目付の声に我に返る。


江島はいつの間にか実家の前にいた。


門を見上げる。


江戸城の重厚で壮大な門を見慣れた江島には

五百石の旗本の家の門は

こじんまりと映った。


実家と言っても

江島と兄の平右衛門は血が繋がっていない。

母は江島を連れて再婚したが

既に父母は他界。

義兄とその妻子の住まう家に

江島の居所などない。


義兄の妻は慎ましく

陽気な江島とは気が合わなかった。


兄嫁は控え目な良妻賢母。


江島は大奥御年寄(キャリアウーマン)だが

兄嫁に心の何処かで

引け目を感じていたのかもしれない。


どの大名家でも

妻や側室に望まれなかった劣等感(コンプレックス)を。


この家が大奥より窮屈に感じて

御法度とは知りつつ

気楽な知り合いの家に

宿下がりしたのを思い出す。


だが、今は江戸城を追放され

目付役の監視下にある。


江島は仕方なく

旗本白井家の門をくぐった。



その頃、月光院は江島達の出勤が遅いので

心配していた。


もうすぐ家継が中奥に出勤する時間。

月光院は江島達と御休息之間の家継の元に

挨拶に行かなければいけないのに。


焦っている月光院の元に

老中から一通の書状が届く。


「江島達が暇を出された…?」


突然の知らせに呆然となり

その手から書状が滑り落ちる。


月光院は狼狽(うろた)えながら

思わず立ち上がった。


何故、何の前触れもなく?


豊原を部屋に呼び詳細を聞きたいが

使いを出そうにも

表使いの梅津も一緒に暇になった。


御休息之間で熙子達に会う前に

事態を把握したかったが為す術がない。


時間ばかり過ぎていく。


どうして良いのか分からずに

仕方なく残った女中達を連れて

家継のいる御休息之間に

朝の挨拶に上がるため急ぐ。


既に、御休息之間には

越前守や熙子達が来ていた。


冷たい視線が月光院達に刺さる。


越前守が月光院に一礼して

口火を切った。


「この度は、大層な事と相也(あいなり)まして

 ございまする」


幼い家継の前なのに

月光院は平静さを欠き狼狽え

越前に詰め寄る。


「江島達はどうなるのですか」


越前の冷静な声が月光院を突き放す。


「上意にございますれば

 厳しい御沙汰は免れぬかと」


「そんな…

 御年寄がこのように暇を出されたなど

 聞いたことがござりませぬ。

 何とか江島達を呼び戻してくださりませ」


越前守は取り付く島もない

冷徹な声で諭した。


「月光院様は上様の御生母様。

 この期に及んでは

 幼い上様の御為(おんため)にも

 お厳しい姿勢を示されるのが

 肝要かと存じまする」


熙子がはんなりと越前守の後押しをする。


「上様の御為にも

 賢明な振る舞いをなされませ」


月光院は大御台所熙子と

老中格の御側用人越前守の揃っての言葉に

今は従うしか無いと観念し

青い顔で微かに震えながら頷いた。


越前が念を押す。


「それでは、月光院様より

 厳しく詮議せよと仰せつかったと

 御老中様方に申し上げまする」


「厳しく…詮議…」


月光院は大きな目を見開き

蒼白な唇を震わせている。


将軍家継は幼いながらも将軍なので

何時もと違う空気を不思議に思いながらも

御休息之間の上段から

大人達をじっと見つめていた。


越前は可愛い主君 家継を安心させるため

その美しい顔に柔らかな笑みを浮かべた。


「さぁ、上様。月光院様より

 快い御返事を賜りましたので

 御安心して中奥に参りましょう」


越前は朗らかにそう言うと上段に上がり

家継を抱き上げ(たてまつ)

その後ろを熙子達もいつものように和やかに

長い廊下を中奥に向かって歩いて行く。


御休息之間には

立ち上がる気力も失せた月光院が

沈痛な面持ちのまま取り残されていた。

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