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あと四日

 放課後はユリアは用事があるらしくて、一緒に遊べないと言われた。だから、エリックとお話して慣れるようになろうと、エリック探しのひとり旅に出た。

 今日も校舎のほうにエリックは見つからなくて、仕方ないから勇気を出して街のほうに出てみると、ユリアを見つけた。明かりが灯され始めた夕方、夕陽を反射して輝く金髪は異彩を放っていて、遠くからでもわかる。

 ……あれ、ユリアの用事って何だろう。


 私は好奇心から、こそこそとユリアを追いかけることにした。

 秋になって、日が沈むのがほんの少し早くなった。ちょっと薄暗い商店街をひとりで歩くは不安で。でも、ユリアはまっすぐ奥のほうに進んでいく。

 そっち、お酒とか出てくる飲食店があるほうだ。


「ねえ、お嬢さん、どうしたの?」

「ひゃっ」


 建物の影からユリアの行く方向をじっと見つめていると、後ろから声をかけられた。びっくりした、びっくりした。こんな暗いところで声なんてかけてこないでほしい。寿命を縮めた罪は重いぞ。

 振り向いたら、男の人がふたり。私はちょっと面食らった。


「可愛いね。道に迷ってるの?」

「……いえ。私、帰れます、はい。では」

「え〜? ちょっと話さない?」


 手首を掴まれる。振りほどこうとすると、笑いながら力を強められた。帰してもらえない、だと。これ、危ないやつだ。ついて行ったら、変な宗教を紹介されて入信するまで帰してもらえないやつだ。夜の街、恐ろしすぎる。

 この人たちは顔は良いのかもしれないけど、エリックのほうが断然良いし、触られるのもエリックがいい。私、熱心なエリック教徒なので。


「あの、勧誘するなら私以外に」

「クラリス? どうしてこんなところに」


 何もかもエリックが良いと思っていたら、その本人が現れた。えっ、奇跡?


「はぁ? 男いんのかよ」

「行こーぜ」

「クラリス、ひとり? どうしたの」


 一瞬で二人組が退散していく。ほっと胸をなでおろしていると、エリックが私の前に立って掴まれていた手首を撫でた。ぐるりと丁寧に。

 ここにいる理由はユリアをストーキングしてたから。言えないな、そんなこと。


「……な、なんとなく。エリックはどうしてここに」

「僕は用事があってね。クラリスひとりで帰れる? 本当は送りたいんだけど、ごめんね」


 手首に触れる大きな手が腕を通って首に触れる。髪を巻き込んでそのまま上げられた手のひらで、頬が包まれた。エリックの手は冷たい。私の体はこんなに熱いのに。

 夢心地でうっとりしてしまって、大好きなエリックの手にほっぺたをすり寄せたら、大きな手がすっと離れた。ぱちんと我に返された。


 失敗した。婚約破棄しようって言われるくらいだもん。エリックに嫌われてるんだった。優しくしてくれるのも、どうせ最後の温情で。


「ごめんなさい。私、帰る」

「気を付けてね、クラリス。おやすみ」


 俯いて、早足で歩いて帰り道を曲がる。ふと、立ち止まって、曲がり角からエリックを観察。行く方向は偶然にもユリアと同じ道で、胸がざわついた。

 ねえ、ふたりとも。用事って同じじゃないよね?


 



 阻止できる期限まで、あと四日。

 一限が終わった休み時間に、マルセルが神妙な面持ちで話しかけてきた。私の前の席に座って、こちらを向く。いつもはぴょこんとしている触角が今日は萎んでいる。


「クラリス、すげぇ嫌な噂もう聞いた?」

「噂? なにそれ」


 私は知らない。首を傾げると、マルセルが口元に手を添えた。内緒話の合図だ。二人で顔を近付ければ、私の焦げ茶色の髪に赤茶色の髪が当たった。エリックともこんなに顔が近くなったこと、無いかも。

 なんとなくマルセルのほうを見れなくて、廊下のほうにぼんやり目をやる。そのとき通る、愛しい人。階段を挟んだそれぞれの教室で、三組の前を一組のあの人が通るなんて、滅多にないことなんだけど。


「ユリアちゃんとエリックが恋仲って、マジ?」


 エリックがチラッとこちらを見た。




 動揺しすぎて、次の歴史の授業の記憶がない。ふたりが恋仲? ど、どど、どういうこと、どういうことなの。話を聞こうと授業後にマルセルのところへ行くと、今日は友人と昼食を食べるらしく、放課後にしようと言われた。

 じゃあ、ユリアに聞こう。急いで食堂でランチボックスを受け取って、いつもの空き教室に向かう。


「ユリア! 聞きたいことが、……あれ」


 まだ来てないらしい。窓際に腰掛け、外の落ち葉を見ながらユリアを待つ。

 いつもはユリアのほうが早い。なんでも、一組は優秀な人が多いから授業もすいすい進んで、早めに授業が終わるのだとか。それで、食堂も混んでないうちにランチボックスを受け取れる。だから、ユリアは人気のスコーンランチボックスも手に入れられて。

 まだかな、まだかな。ユリアがエリックと付き合ってる話なんて、信じてないけど、一応確認はしとかないと。一応、うん一応。


 昨日の夜の街で、ふたりの行き先が同じだったことが頭をよぎる。思い過ごしでありますように。



 気付けば、もうお昼休みの半分が過ぎた。仕方ないから、そのままひとりで昼食を食べていく。

 もしも、ユリアとエリックが恋人で、お互いのこと大好きなら、私はおとなしく身を引いたほうがいいのかな。エリックのためを思えばきっとそう、なんだけど。

 ユリアとエリックの取り合いなんてしたくない。ちゃんと話し合わないと。


 不意に視界の隅で何かがちらついた。きらめいたのは窓の外の、中庭の方向から来る二人組の影。私がいる三階の空き教室には目もくれずに、何か話しながら歩いているのは、今絶賛私の中で話題沸騰な美男美女のあのふたり。


 まさか本当に、エリックとユリアは、付き合ってる?




 放課になった。午後の授業が終わって、すぐさまマルセルの席に向かう。相手も同じことを考えていたらしくて、赤茶色の目もすぐに振り向いた。


「クラリス。あの噂なんだけど」


 そこで言葉を止めて首を左右に動かした。ここは教室だ。人が多い場所で、上級貴族と平民の身分差禁断の恋について話し、噂が広まって未曾有の大事件に発展したら大事だ。

 マルセルもそう思ったのか、小さくため息をついて親指でドアを指差した。


「場所、変えようぜ」



 マルセルに連れられ、辿り着いた場所は図書館の奥だった。埃を被った本棚、貼られた注意書きの文字さえも薄れて読めない、日の光の差さない暗い場所。

 高い場所の本を取るために掛けられた梯子の埃を払って、平気な顔してそこに座るマルセルと、その前に立つ私。周囲には誰もいない。声もしない。ここなら秘密の話も大丈夫。


「ねえ、私昼休みにふたりが歩いてるの見ちゃったんだけど」

「俺もそれ聞いた。中庭でだろ? やっぱあの噂マジなのかな。エリックがいつものメンツと飯食わないとかそうそう無いしな」


 ユリアが私と食べないこともそうそう無い。中庭という人気スポットでわざわざ一緒に昼食なんて、周りにふたりの仲を見せつけてるようなものだ。


「クラリスはいいのかよ。エリックファンなんだろ?」

「それは……」


 私とエリックの婚約は、エリック側の意向で内密にしている。だからこそ、私とエリックが人前でキスしたら世を大震撼させる大事件になるはずだった。けど、実際はキスどころか、エリックに熱愛疑惑が浮上している。

 私、エリック教から改宗するためにも、変な宗教に入信すればよかったかもしれない。そうしたら、エリックとユリアを応援できて……いや、マルセルはどうするんだ。


「ま、マルセルのほうこそいいの? ユリアのこと好きなんでしょ」

「ばっ、おま、そんなはっきり言うなよ。照れるだろ」


 ほんのり赤くなった顔を隠すように横を向く。やんちゃボーイは照れ屋さんらしい。誤魔化すように咳払いをしてから、またこちらを向いた。


「まあ、そこでクラリスに提案なんだけどさ」

「何?」


 提案。良い響きだ。この状況を打開できる策を、マルセルは持っているということなのかな。触角がぴょこっと起き上がったマルセルがニッと笑う。


「俺らで、ふたりの仲を探ってみない? あの噂がマジでガチかを調べてみようぜ」


 打開策はアホっぽかった。けど、何もしないよりは全然良い。私も未だにエリック教徒だから。


「いいよ、やろう」


 私たちは同盟を結んだ。

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