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あと五日

 破棄が決定的になるまで、あと五日。

 今日も頑張って早起きして、可愛くなってから学校に挑む。教室に行くと、クラスメイトの男の子に声をかけられた。やんちゃっぽい子どもさがまだ抜けきれていない、赤茶色のツンツン髪のマルセルだ。


「よう、クラリス。ほい」

「おはよう、マルセル。これ、どうしたの」


 机に置かれたのは可愛らしい包装の市販クッキー。食べていいの? 目線を送ると、マルセルが小さく頷いた。なので、封を開けて一口。サクッとした食感、ふわっと甘みが口の中に広がった。

 私が食べる様子をマルセルが眺める。あの、見られながら食べるのちょっと恥ずかしいんだけど……。


「ありがとう、マルセル。美味しい」

「よし。じゃあ、次の休み時間に俺の話聞いてほしいんだけど」


 あっ。私は罠にハマってしまったらしい。




 一限目の授業。女子は今日も刺繍の続きだった。あー、やだやだ。よそ見していたら指を怪我した。救護室で簡単な手当をしてもらいに行っていたら、授業が終わった。あー、嬉しい嬉しい。

 るんるんで教室に戻ったら、待ち構えるようにマルセルがやってきた。私の席の前にドカッと座って、こちらを向いて頬杖をつく。


「俺、この前の中間考査のとき、図書館で勉強してたんだけど」


 突然自分語りが始まった。いいよ、美味しいクッキーの分は聞いてあげる。


「一組の平民の子いるだろ? ユリアちゃん」

「うん」

「その子に勉強教えてもらっててさ、ユリアちゃんマジ頭良いし教え方うまいし優しいし……」


 なるほどなるほど、えっ、そうなの? 適当に頷くのを止めたら、マルセルの顔がほんのり赤くなった。こ、これはもしかして。


「そ、それで、俺なんつーか、気になってて?」

「うんうん!」

「で、そのー、ユリアちゃんとクラリスって仲良いじゃん?」

「うん! ユリア大好き」


 マルセルが頬杖の手の位置を少し変えて、口元を覆う。でも、赤くなったほっぺたは隠しきれてない。赤茶色の目が揺れて、私のほうを見た。


「……ユリアちゃんって、好きな子いんの?」


 これは間違いない。恋の話だ! 口元がにやける。


「気になるの、マルセル?」

「な、なにその言いかた。だったらなんだよ」

「へー? そっかー、マルセルもそうなんだー」

「は!? も、ってなんだよ。ま、まさか」


 直前にユリア大好きと宣言した子が目の前にいたであろう。慌てちゃって、まぁ、お可愛いこと。マルセルがこんなにもからかいがいのある人だったなんて。

 そのとき、授業開始の鐘の音が鳴った。楽しい会話も一時中断。マルセルいじるの楽しかったのにー。




 二限の間、マルセルはずっとウズウズ動いていた。私はマルセルの斜め後ろの席だからずっと見えてたよ。授業終わったら、速攻で私の席に来そうだなぁ。

 けれど、私は急いで食堂に行かなきゃいけない。なぜならば、今日は珍しくスコーンランチボックスが出る日だから。数量限定の人気ランチボックスはすぐになくなるのだ。


 予想通り、授業後にマルセルは速攻でこちらを向いた。私はドアのほうを見た。教科書の片付けは、あとでいいや。マルセルは明日もいるけど、スコーンたちは明日もいるとは限らない。全力疾走で迎えに行かねば。


「おい、クラリス!」

「あとにして、マルセル!」


 ダッシュで階段に向かう。階段の向こうは一組と二組の教室。遠くの廊下からこちらにやってくる薄茶色の髪が目に入って、つい足が止まる。


「クラリス、さっきの話だけど誰にも」

「う、うん」

「ん? どうしたんだよ」


 あっという間にマルセルに追い付かれて、肩を叩かれる。待って、ちょっと今話しかけないで。マルセルよりもレアなスコーンよりも、こちらに近付いて来る大好きな人のほうが大事。


「あ、エリックだ。なんだよ、クラリスもエリックファン?」

「そうだよ。……ご、ごきげんよう、エリック」

「クラリス、こんにちは」


 一組側の廊下と、三組側の廊下が合流する階段前で、私たちはエリックと挨拶を交わした。後ろには相変わらず眩しい人たちを連れているエリックを見上げる。困ったように眉を下げている笑顔も素敵だった。

 マルセルがすうっと私の肩に乗せていた手をおろした。その肩に、今度はエリックが触れる。


「クラリス、こんなところで棒立ちしてどうしたの。何かあった?」

「と、特に何も」

「そう」


 肩から二の腕、肘を通って手首。手を取られて、持ち上げられる。指先を見てから、私と目を合わせたエリックを見て、頭の片隅で思った。現実味がないってきっとこんな感じ。


「怪我したの? 刺繍の授業でもあったのかな。気を付けてね」


 頭の良いエリックは何でもお見通し。刺繍もできないダメな婚約者だから破棄されちゃうんだ。恥ずかしくなってサッと手を後ろに隠した。

 余裕のない私と対照的に、笑みをたたえる余裕綽々のエリック。笑いかけないでほしい、ますます余裕なくなっちゃうから。


「今から友人たちとカフェテリアのほうに行くんだけど、クラリスもどう?」

「……えっと」

「それとも、クラリスはまたユリアと?」


 エリックとご飯、食べてみたい。でも、女の子たちもいるんだ。嫌だな。二人きりも緊張しちゃうけど、エリックと女の子がいるところはもっと嫌。

 それにしても、食事に誘ってくれるなんて、婚約破棄前のサービスなのかな。こんな優しさ見せるくらいなら、もっと冷たくしてほうが……。いや、そんなのされたらつらくて死んじゃう。

 想像して死にかけていたら、トンと背中を叩かれて息を吹き返した。


「大丈夫かよ」


 マルセルの声でハッとする。うん、私は大丈夫。私には頼れる女神がついてる。あっ、またユリアを待たせてる!


「ご、ごめん、エリック。またね。行こう、マルセル」


 慌ててその場を立ち去る。危なかった、危なかった。あのまま死んでしまうところだった。

 いやでも、死因がエリックなら、それもそれでありかもしれない。





 スコーンのランチボックスは案の定もう無くなってて。落ち込みながらコンソメスープとたまごホットサンドを持って空き教室に行くと、ユリアはスコーンを手に入れていた。

 ドヤ顔のユリアの前に跪く。ハハーッ、ユリア様!


「ユリア様! 交換してくれませんか……!」

「いいけど、サラダも交換よ?」

「うっ……。あ、ありがとう……」


 無事スコーンにありつけたけど、代わりにサラダもついてきた。むむむ。私は嫌いなものは先に食べる派。レタスにフォークを突き刺す。このっ、こいつめっ。


「クラリス、野菜嫌いとかお子ちゃまだな」

「お子ちゃまじゃないですー。味覚が良いだけですー」


 今日の昼食はマルセルも一緒になった。赤茶色のつんつんボーイはカツサンドを頬張りつつ、何か言いたげな目でこちらを見てきた。その目は何です?

 なんとかサラダを退治し、お目当てのスコーンに手をつける。滅多に出ないスコーンは、ふんだんにフルーツが使われていたり、チョコレートが混ぜ込まれていたりして、とっても美味しい。


「嬉しそうね、クラリス」

「美味しいもん。ありがとう、ユリア」

「どういたしまして。ところで、マルセルくんはどうしてここに?」


 金髪美女の黄金の目がマルセルに向く。つんつんボーイのぴょこんと立っている触角が動いた。


「俺は、た、たまたま的な」

「ふうん。あ、中間考査の出来はどうだった?」

「いつもよりめっちゃ良かった。ありがと」

「そう。良かったね」


 ユリアが、当然でしょとでも言うような顔で微笑む。か、格好良い。今回ときめいたのは私だけじゃなかった。マルセルが赤い顔で「ヴ……」と変な声を出した。ぴょこぴょこと跳ねる触角がうっとうしい。


「マルセル、大丈夫? 顔赤いけど、熱でもある?」

「いや、超元気。マジで元気」

「季節の変わり目だから体調に気を付けてね、マルセルくん。クラリスもね」

「お、おう……」


 私が心配しても動かなかったのに、ユリアに心配された途端に反応したマルセルの触角は、感情と直結でもしているんだろうか。思わず口が緩む。

 人の恋路を見るの、面白すぎる。頑張れ、マルセル。私も頑張ろ。

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