26、 苦味 -2-
名前……覚えてない。
他校の女性。先輩。
「お前、二次会行かないの?」
「ごめ……気分悪いから、帰るわ」
二度と呼ばれないだろうなと思った。ノリは悪いし、さっさと帰るし。でももういいと思った。このサークルはどうにも馴染めない。
「じゃ、アタシも」
その人も、そう言った。
「えー、センパァイ」
「明日早いから。じゃね」
……。
俺と、その人。
2人きり。
……雪が少し、増していた。
「瞬君だっけ?」
その女性は言った。
「あ、はい」
「……ちょっと、寄らない?」
駅までの道にあったマクドナルド。
何で、とか。そういう事一瞬だけ思ったけれども。
「いいですよ」
俺はそう返事した。
どっちかというと俺は、放心状態だったのかもしれない。
――コーヒー。その人がごちしてくれた。コーヒーを飲むのは初めてだった。
苦かった。
……でも、その女性はまったく苦そうでなくて。飲み方、綺麗だった。
彼女は何も言わなかった。
俺も……何も言わなかった。
2人、窓辺で雪を眺めてコーヒーを飲んだ。
その闇の中に、俺は、メグさんの姿を見た。
少し泣けてきそうだった。
兄貴とメグさん。
何で一緒にいるの?
いつから? どうして?
しばらく俺は、メグさんに会ってなかった。
卒業式の時も……そう言えばメグさんは、俺に会わずにさっさと帰っちゃって。
俺は。俺は。
「あげる」
不意に。彼女が自分の砂糖を寄越してきた。
「あ、もういいです」
でも。その指がそっと、俺の指に触れた。
指の先。触れるか触れないかを繰り返して。
絡むようで、絡まない。
他人の感触。するかしないか、でも囁くようにほんの少しむずがゆい。
……ドキリとした。
この人は一体何だろうかと、そう思って見上げると。彼女がじっと俺を見ている。
呑まれるような、目だった。
口元は、微笑んでる。
「ね、」
ズキン。
頭痛みたいな鼓動が、胸を障った。
囚われたみたいだった。目も。指も。
「……する?」
――。
何かグチャグチャで。
何か真っ白で。
何も見えないのに。
浮かぶのはメグさんの笑顔と、兄貴の背中で。
……マックを出た俺たちは。
駅とは反対方向にある、適当なホテルに……入ってった。
悲しくて。
切なくて。
辛くて。
……苦しくて。
抱きしめられて。
……急にもどかしくなって。
「アタシの事、好きな子だと思っていいよ?」
耳元に囁かれて、もう、わからなくなって。
衝動が。
自分の心なのに。
もう、俺は。
……悲しみが爆発したのか。痛みが爆発したのか。
俺にはわからない。でも。
ただめちゃくちゃに、俺は、その人を抱いた。
知らない女性に、メグさんを重ねて。
唇にも胸にも、……体全部にメグさんを重ねて。
俺は狂ったように。
俺は彼女を……抱いた。
……俺と彼女は翌朝、駅で別れた。
彼女とはそれきりだった。連絡先もお互い聞かなかった。
帰ると、父さんは仕事で母さんはパートでいなかった。
ただ、兄貴がいた。
……見たくもなかった。寄りたくもなかった。
「お前も遅いね」
声なんか、聞きたくない。
「彼女?」
話なんかしたくない。
兄貴の隣にいるメグさんなんか。
「……るせ」
想像も、したくない。
そしてその年のクリスマス、兄貴は家を留守にした。
母さんはご馳走に腕を奮って、親父は早くに帰って来た。
「うまそー」
俺は両親とクリスマスを過ごした。
ケーキは甘すぎた。
いちごは、要らなかったから、母さんにあげた。喜んでた。
その日はさっさと布団に潜り込んだ。
……メグさんと兄貴は一緒にいるのか。何で兄貴なんだと、はっきりと何かを聞いたわけではなかった。
でも、確かな事が1つだけあった。
知らない女性に、メグさんを重ねてしまって以来、俺は余計に、苦しくなった。
俺は変わってしまったのだと思った。
メグさんを思うと、衝動が走る。もう……純粋に恋をした、今までとは違うのだと思った。
コーヒーの味を知ったあの日、俺は同時に、……人を思う、切なさと苦さも知る事になった。
それから俺は、大学4年間、バイトに明け暮れた。
メグさんから時々連絡はあったけれども。
知らず、距離を取ったのは俺。
……好きなのに。
だから、逃げた。
……逃げたのは俺の方だった……。
◇
帰宅後。
すぐに、〝クロスリンク〟にログインする。
この時間、まだメグさんはいない。でも構わなかった。
【グリッド・エンブレム】から【カサム・エンブレム】へ。フィールドに出る。
そして俺は、モンスターに剣を向けた。
砂漠都市の異名通りにこの町の近辺はひたすら砂漠で。そして出てくる敵も、サソリやヘビ、ゴーレムなどという今までとは違う面々だった。
そして恐ろしく強かった。
バジリスクはいなかった。町の反対側のフィールドなのかもしれない。
俺は【回転斬り】を連発して、それらと戦り合った。
……どれくらいかそうして1人黙々と戦っていると。【ハム】が現れた。
『今日は早いね。しかも1人? 珍しい』
何してんの? と聞かれて。
俺は打った。
『レベル上げです』
『更に珍しい』
ゴーレムが、腕をぶんぶん振り回してる。俺はそっちに向かって斬り込んだ。
『いつもはしないじゃん? 怒られるからってw』
返事を打ってる余裕はなかった。振り下ろされる強腕一撃で、俺の体は吹っ飛ばされる。体力も3分の1ほどになってる。
でもここで、もう一撃、【回転斬り】を仕掛ける。
……死んでも、荷物を拾ってくれる人が一応そこにいる。もう一度踏み込む。
ゴーレムが次の攻撃を仕掛けてくるより、少しだけ、俺の一撃が早かった。
レベルが上がった。
でも、まだだ。
俺のそんな様子を黙って【ハム】は見ていたけれども。
『この世界はレベルが物を言うからな』
答えるより、剣を打つ。
『現実世界も、そうだったら単純なのにな』
死んでもいいと思うほど、俺は戦った。
画面の中でアバターのレベルは上がったけれども。
俺は……何が上がっただろう?
何も進まない机上。
でも。
何もしないよりはマシだと自分に言い聞かせてる。




