27、 最初に奪ったのは、
……その日俺は、初めて気がついた。
最初に奪ったのは、俺だったのかもしれないと。
あれは……兄貴がしでかした、俺への、復讐だったのかもしれないと……。
◇
「うわ……」
キッチンに入るなり、メグさんは絶句した。
「何、これ」
「ああ」
俺は、うんうんと頷いた。
「……だろ?」
「うん」
「家の親は、加減を知らないんだ」
「……すごっ」
クリスマスパーティどころじゃない。もうこれは、クリスマス大会だ。
サラダ、揚げ物、寿司、フルーツ盛り合わせ、肉……などなどなど。
「母さん、誰が食うんだよこんなに」
「え?」
母とメグさんのお母さんはクルリと振り返り。ピタリと揃って指を指した。
一直線に、俺とメグさん目掛けて。
「……」
メグさんはそのご使命を受け、うんうんと頷いた挙句に、
「よろしく」
と、俺に指突きつける。
……人に向かって指を指すなと習わなかったか、君達……。
「あと、主役の登場待っててね」
「ああ、父さんがまだか」
「違う。ケーキ。駅前まで買いに行ってるの。何してるのかしらね」
きっぱりと「主役ではない」と宣言された父さんは、少しかわいそうだった。
「恵、リビングに持って行って」
「はーい」
「悪いわね、メグちゃん」
「何の何の」
ハハハと笑い合う女性陣。
……もし去年あのまま兄貴とメグさんが結婚していたら、母さんにとってメグさんは娘で。俺に取ってメグさんは、姉さんだったんだなと改めて思う。
でもまだ、俺たちは他人で。
「手伝うよ」
「じゃ、その揚げ物のお皿よろしく」
「……揚げ過ぎだろ、これ。本当に」
「余ったらもらってく」
「よろしく頼む」
「ケーキ余るといいなぁ。おじさん、いちごいっぱいの買ってきてくれるかなぁ」
「皆が(ケーキを)待ってるよと電話するか」
「カッコ内はどうやって言うの?」
「心の中で呟くんだよ」
はははと笑う、メグさんの胸元をチラっと見たら。
チェーンにピンクの指輪がぶら下がってた。
ハートの石が付いてる指輪。
そういうの、いつもは気にしないけど。
この時は、なぜか、それがとても気になった。
少しして父さんが戻ってきた。
そこから、喜多川家・園田家合同クリスマス大会は始まった。
「いただきまーす」
「こりゃまた凄いご馳走だな」
昔から母さんはクリスマスやイベントには無茶苦茶腕を振るう。
というか、作る時には限度を知らない。「おかずありすぎだろ!!」と突っ込みたくなるくらいに。
普段はパートだから、スーパーの惣菜や市販の弁当、時にはカップラーメンで済ますような日もあるのに。
1年、均等にして欲しいとも思う。
その上今日は、メグさんのお母さんが助っ人に参上している。
「何か、作ってて楽しかったわ」
「ほんと、これだけ作ったら爽快ね」
「久しぶりに料理したーっって感じ」
2人は大笑いをした。父より先に、母コンビはチューハイに口を付けていた。
んでも……確かに、母さんのこんな壮大な料理は久しぶりだ。
「おいしー!」
メグさんも満足そうに箸を伸ばした。
俺はまず一口ビール飲んで、そこから、最初に出汁巻き卵に手を伸ばした。
「ん」
モグモグと食べてたら。途端にメグさんがプッと吹いた。ついでにメグさんのお母さんも。
「何?」
俺はキョトンと2人を見返す。
「だって」
「瞬君、変わらないわね」
「??」
「なーに? どうしたの?」
「瞬君って、昔から出汁巻き好きよねーって」
「……? そ、そう?」
「そう。家に来た時はいつも食べてたよ」
……あれ。確か前に誰かにも言われたな……お前飲み屋で必ず出汁巻き卵頼むなって。
「変わらないね」
メグさんが言った。
「知らなかったわ」
と母さんが言った。
「あんた、家で、出汁巻き食べたいなんて言った事なかったじゃない」
「あー……そうかな」
「母さん、少しショックだわ」
「えー、そんな事言われても」
父さんは黙々と寿司を食べている。
前半は女性陣の圧倒的パワーで会は進み、料理も減って行ったわけだけれども。
中盤、いよいよ父さんが立ち上がった。
「そろそろ俺の出番だな」
やるのか、父さん。
うちの父さんの趣味は……マジックだった。
昔から、クリスマスなどの行事は母の暴走料理と、父の暴走マジックが我が家のしきたりだった。
「先日の忘年会で披露した新技を今日はご紹介します」
着替えてきた父さんは、いつどこで調達したのか、サンタの格好で。
「ほっ!!」
何も叫ぶ必要はないのに、ステッキを振り回すと。
突然そのステッキが紙吹雪に変わるという曲芸から始めた。
だが出鼻から父のマジックは不評だった。
「ちょっと父さん!! 紙吹雪が料理に入るでしょ」
「む」
母さんに一喝されたが、父はめげず。
……その後も、スカーフを振り回すと紙吹雪が出るマジックや、お札が消えてただの紙吹雪になるマジック、帽子の中から紙吹雪とウサギの人形が飛び出すマジック、最終的に自分が紙吹雪のように消えるマジックを披露した。
辺りは、まるで雪景色のようになった。
「父さんっ!!」
どれほど怒られても徹底して自分の技を繰り返す父のスタンスに、俺は男気を見た気がしたが。
「瞬介!! 掃除機持ってきて!!」
……男気とは、ある意味迷惑なもんだとも思った。
「はーい、火をつけまーす」
「瞬介君、明かり消して」
「俺はもう腹いっぱいだぞ。お前達、食えるのか?」
「大丈夫。甘いものは別腹でしょ」
……父さん、これまた、でかいケーキを買ってきたな。
ろうそくの光はオレンジ色で、少し甘い色に見えた。
「きれい」
メグさんが言った。
「本当」
母さん達も何だかうっとり眺めている。
父さんは無言でお腹と相談をしているのか。
「……」
皆、ひと時ろうそくの光と、映し出されたケーキを見てたけど。
「……ごめんね」
ふと、母が。呟いた。
「ごめんなさい……ちょっと、」
涙が。
「あんまりきれいで」
と無理に笑おうとするけれども。声が、付いていけず。
母さんは「トイレに」と言って部屋を出た。
「……」
母さんが戻ってくるまでの間、俺たちはただ黙って炎を見ていた。
「……お待たせ。ごめんなさいね」
「ううん」
「さ、食べよ食べよ」
「誰かろうそく消して」
「じゃ、メグちゃん吹いて」
「了解。いくよー」
ふー……。
「何だか誕生日みたいだね」
はははと笑うメグさんと、母さん達。
俺の脳裏にも、幾つかの映像が浮かんで行く。
ケーキとろうそく、笑顔、笑い声。
誕生日会、クリスマス、後他の色々なお祝い事。
「何か懐かしい。昔ほら、よく誕生日会やったよね?」
「そうそう。瞬が小学校の時も、一緒に料理作って」
母親2人が思い出話を始める。
「メグちゃん、瞬にお誕生日って言って手作りクッキーくれたのよね」
「えー、そうだっけ?」
「そうそう。私が手伝ってあげるって言ってるのにこの子聞かないもん。全部作るって言ってさ、結局家のキッチン、泥まみれになって」
「ちょっとお母さん!」
「瞬も照れて真っ赤になってたよね。あの頃はかわいかったのに」
「……あの頃はって何だよ……」
父さんは一人、目を細めて酒を飲んでいる。
母さん達が思い出話をする中で、俺はふと、妙な事に気が付いた。
「メグちゃんの誕生日会も楽しかったわよね、瞬が誕生日プレゼントにぬいぐるみを持ってってー」
「学校の運動会の時も、」
「そうそう、夏休みに一緒に海に」
「弓道部の時も一緒にお弁当持って行ったわよねー」
――いない。
そうだ。……子供の頃からずっとだ。ずっと、
兄貴はそこに、いなかった。
……メグさんと俺が出会ったのは母さん達が仲良くなったから。兄貴はもう中学生で、部活で忙しかった。誕生日会もクリスマス会も、兄貴は部活とか友達とかの付き合いで家にいない事が多くて。
中学になってからも、兄貴はもう高校生で。いつも塾や部活で忙しくて帰って来るのは遅くて。
――いなかった。
いろんな思い出のシーン……メグさんと過ごした幼い日々はもちろんの事。
家族で過ごした時さえも。
小さい頃、俺は母さんにベッタリだった。どこに行くのもいつも一緒だった。
中学に入って俺も部活で忙しかったけれども。……中学の時旅行に行った事があった。でも兄貴は部活が外せなくて、結局1人だけ留守番をしていた。
弓道の大会の時も、父さんと母さんは面白半分で見に来てくれた。兄貴はいなかった。
合格発表の時も、母さんは一緒に来てくれて。
夏は家族でスイカ食べて。
クリスマスにはケーキ囲んで。
……でも兄貴は、いなかった。
何で?
ずっと、兄貴は忙しい人だって。自分の確固たる世界があって、俺の世界には一切踏み込んでこない人だって思ってたけれども。
それにしたって、おかしい。
それくらい、兄貴は。
「――」
その瞬間、俺の頭に1つの衝撃が走った。
まさか、と思った。
まさか俺は。
「……瞬君?」
メグさんの声がした。
ハッとして俺は顔を上げた。
「あ……ケーキもう一個ちょうだい」
笑顔を取り繕う。
この場で妙な顔をするわけにはいかない。
母さんだって……父さんだって、きっと誰もが。
精一杯笑顔でいようとしている、この場所で。
「瞬介、2人を送ってきて」
母さんに言われるまでもなく、俺は車の鍵をもう持ってきていた。
「今日はありがとね。楽しかったわ」
「いえ」
メグさんのお母さんに言われて、俺は少し笑った。
「うちの母さんも、楽しそうだったんで」
母さんがあんなに笑ってるのを久しぶりに見た。父さんがおどけるのもだ。
「俺も楽しかったです」
「お土産いっぱいもらっちゃって、悪いわね」
「いいえ。俺も、久しぶりにおばさんの料理が食べれて嬉しかったです」
「そう? またいらっしゃいな」
「……はい」
すぐに、メグさんの家に着いた。
「私、ちょっと瞬君と話あるから」
「そう? じゃ、またね瞬君」
メグさんのお母さんはニコニコと笑って家に入って行った。
「……」
2人、残った。
「今日はありがとう」
俺は言った。
「こちらこそ」
メグさんも口を開いた。
「楽しかった」
「うん」
「足はもう、大丈夫?」
「うん。何とかね」
「そっか。良かった」
「うん」
「……」
「……」
漠然と。俺は罪悪感に苛まれてる。
ああ、俺は。
「24日」
メグさんが言った。
「ん?」
「約束。忘れたの?」
「……まさか」
「待ち合わせどこにする?」
俺は少し考えて、「メグさん、仕事場、最寄はどこの駅だっけ?」
メグさんは少し固まり、
「矢田南」
「あ、じゃ路線近いね。とりあえず米野木でいい?」
「うん」
「18時に米野木。遅れそうだったら連絡して」
「わかった。瞬君もね」
「うん」
メグさんは笑った。手を振って家の中に入っていくその姿見ながら。
俺は心の中で。ポツリとつぶやいた。
最初に取ったのは、俺だったのかもしれないと。
……俺は昔、母さんとよくいた。
自分ではそのつもりはなかった。でも……家族との時間は多かった。
兄貴がいない時もずっと、父さんと母さんは当たり前のようにいて。
初めて思った。
俺は、兄貴から、家族を取っていたのかもしれないと。
そんなつもりはない……でも兄貴がいなかったから。
いや、いれなかった? 俺がいるから?
「……」
まさか、そんな事。
俺のせいで居場所がないなんて、そんな事は。
……でも、家族の中に兄貴はいなかった。
兄貴は俺の領域を侵してはこなかった。
でも……本当は、俺が兄貴の領域を侵していたとしたら?
「……」
もし、俺が。兄貴の居場所を取っていたとしたならば。
ならば、兄貴がメグさんを……俺から遠くへ持って行こうとしたのは……。
「兄貴……」
二度、兄貴に聞かれた事がある。
「メグちゃんが好きか?」
……1度目はガキで。
迷いなく、うんと答えた。
兄貴は笑っていた。
そして2度目は。
ただ、苦かった。
……その思いだけはずっと。多分もう永遠に、忘れられない。




