25、 苦味 -1-
中学の時、俺は、卒業するメグさんに「行かないでください」と泣いて言った。
そして高校の時、俺は。
……倒れた。
【花・きく凛】のロイヤルパフェ。
バカだなと、改めて思い出しても絶句する。
他にやらなきゃいけない事があったはずなのに。
難攻不落の恐るべきパフェを前に、何人もの弓道家が倒れていく中。
「後は任せろ」
そんな所でカッコつけんでもいいっちゅーのに。
……全容量推定20人前というパフェの半分を。俺は食べた。
だって、祝いのパフェを残すわけにはいかないじゃんか?
死んでも食べる。食べて、底にあるっていうお宝をゲットしたかった。
でも。
途中から、意識はなかった。
どうにか食べて、どうにか帰宅し、母さんに「夕飯はいいや」とまでは言ったけれども。
その後1週間。トイレとお友達になる結果となった。
当然、そんな状態では何もできない。
俺が出来たのはただ、メグさんに宛てた部活の面々からの色紙のみ。
……でもまさかそこに、「好きです」なんて書けない……。
冴えない卒業になった。
メグさんはそこから短大に入学した。
男の俺には入学できない所だったから。もう、追う事もできなかったし。
「待ってるわ」
なんて当然、言ってもらえなかった。
――でも。短大に入ったメグさんはよく高校に顔を出してくれた。
春休みの最中も、「先輩、卒業したんですよね?」って皆が苦笑するくらいやってきては、弓も打って行った。
「今年は大会、頑張ってよ」
「多分無理。何たって、主力抜けたし」
「何言ってんの。瞬君、弓を引くタイミングの見極めさえ掴めれば、絶対にいい所まで行けるから」
「そうですよねぇー、先輩。こいつ、本当に打つのが遅いっていうか。ためすぎっていうか」
……中学の頃から、相川あやめという奴は……俺がメグさんと話している時、必ずズカズカやってきて割り込んできた。
鬱陶しくて、何度か真面目に蹴飛ばした。
それを見たメグさんが、「仲良しだね」と言う。最後には「付き合ってるの?」とまで言われた日には、もう本当に、最悪としか言いようがなかった。
「喜多川、放つ瞬間を見誤るな」
「るっせぇよ。お前が言うな」
「瞬君とあやめちゃんて、本当に仲良しだね」
「………」
最後には苛々して俺が離れて行く。そればかりだった。
相川の厄災は高校3年になってさらにエスカレートした。
こいつは、兄貴に勉強を教えてもらうとか言い出したんだ。
「塾に行け塾に!!」
「だって、お金ないもん」
「暇な時でいいなら、見てあげるよ」
「さっすがユキ兄ちゃん。優しい~」
悪夢だった。
……部活の日だけでなく、部活がない日も家に帰ると相川がいる……そんな恐ろしい生活が始まった。
「あやめちゃん、今日ご飯で食べて行きなさいな」
「えー? いいんですかぁー? いただきまーす」
うんざりするような思いだった。
相川にまとわりつかれるような日々に反して、メグさんとはやはり、会えない時間の方が多くなった。
当たり前だ。メグさんの短大は、県内なのに片道で2時間近くもかかるような場所。
そして授業も忙しそうだった。
「部活は? 弓道?」
「んー……なかった」
メグさんは苦笑した。
「弓道なくて。とりあえず……適当なサークルには入ったけど」
「そうか……」
弓道じゃないメグさんを、想像が出来なかった。
「瞬君は頑張って」
……とは言われても。
俺たちの最後の大会も、そんなに華々しいものにはならなかった。
そして、夏の大会を終えた俺たち3年生は後輩に後を託し。最後の受験生活にまっしぐらとなった。
高校受験の時は、俺には何としてでも行かなければならない所があったし、そのために死に物狂いだったけれども。
大学受験で同じだけ必死になれたかと聞かれても、明らかに違うとしか言いようがない。
結果、俺はそこそこの適当な大学に入る事になり。
特に気乗りも喜びもないままに、進学をする事になった。
「あーあー、お前と離れ離れか」
中学以来の親友、堺とはここで一端別れる事になる。
堺は、俺とドッコイドッコイの別の〝そこそこの大学〟にギリギ合格。
「ああ、残念だ」
堺と一緒じゃないという事は、大学では今度こそ俺が一番バカかもしれないと思った。
……そして俺たちの高校生活最後の日、卒業式。
「見に行くよ」
メグさんがそう言ってくれたから。俺は嬉しくて、ドキドキして。
……今日もし会えたら言おう、なんて事思って式に臨んだけれども。
結局、メグさんには……会えなかった。
「喜多川ー、ちょっと、いいかなー……」
「何だよ」
体育館に入る時、姿を見たから後で一生懸命探したけれども。弓道場にも行ったけれども。
結局、会えなかった。
探してる途中で相川に呼び止められて、そこから……あれよあれよと後輩連中にも取り囲まれて。
送別会してもらって。帰って来た。
メグさんからは夜になってからメールで、『ごめん、バイトの時間があったから先に帰ってきちゃった。直接言えなかったけど、卒業おめでとうね』。
会えなかった事がちょっと悲しかったけれども、メグさんからのメールで、喜んでた俺は。
……やっぱりまだ、ガキだった。
そして、堺以上の、バカだった。
大学に入った。
経営学部。でも別に突き詰めて経営とか経済に関して勉強したいってわけではなく。単純に受かったのがそこだけだったというだけだった。兄貴の学校と比較したら、月とスッポンとしか言いようがなかった。
せめて親の負担を下げるべく、すぐにバイトは決めた。
その頃メグさんは就職活動に入っていて、やっぱり忙しそうだった。
俺の大学にも弓道部はなかった。6年やってきて、初めて俺は弓から離れた。
少しホッとして。でも心にポッカリと穴が開いたようで。
……似たものを選んでダーツサークルなんてのに入ってみたけれども。結局数回で行かなくなった。あまりにも、スタンスが違っていた。
歓迎会は、もう、合コン。
部活と言っても、ほぼ飲み会。
うちの学校のダーツサークルは……〝不動心〟なんて言ったら笑われそうなくらいの、おちゃらけたクラブだった。
その時俺は初めて、俺にとっての弓の重さを知った。
そして……同時に、メグさんに会えない事が、悲しくて仕方がなかった。
「喜多川、たまにはこいってサークル」
「あー……今日夜まで授業入ってるし。バイトあるから」
大学1年。その日初めて雪が観測された。冬になっていた。
「でも、今日杜山女学院の子たち来るから。な? こっちもメンツそろえなきゃならないし」
「……」
「バイト、休んじゃえって」
そんな事していいものかと、俺は迷った。
でもどうしてもと頼まれた。お願いだからと懇願された。
俺は……まったく気乗りしなかったけれども。仕方なくその日バイトに、休みの連絡を入れた。
ズル休みだ。
――4年間、俺は同じバイトに勤めた。近所のスーパーの陳列。
けれども結局、完全にズルをしたのはこの日だけだった。誓ってもいい。
だけど神様はそれを、許してくれなかったのかもしれない。
「今日だけだぞ」
「よしよし、えらいぞ」
何にも偉くない。
俺はただの、愚か者だ。
合コン。
行っても俺は、ただ座ってる。
窓の外では雪が本格的に降り始めた。
女達はきれいーとか、困るーとか、口々に黄色い声で叫んでる。
「じゃ、送ってってあげるよ」
「車だし」
じゃあお前ら、飲んでて大丈夫なのかよ、と心の片隅でツッコミを入れる。
冬か……もうじきクリスマスだった。
メグさんの顔が、頭に浮かんだ。
就活どうなったかな? 忙しいかな? 連絡していいかな? ……クリスマスとか、もし会えたら。
大学生になって、懐事情が少しだけ変わってきた。もちろん社会人のようにはいかない。学校の授業料だって親にも出してもらってるけど自分でも払ってる……でも、初めて自分で稼いだお金が、俺の手元には幾らかあった。
メグさんに会いたい。メグさんの笑顔に会いたい。
どっか、2人でクリスマス……でもどこがいいのかな。俺はまだまだ子供で、そういうのはよく分からなかった。
例えば誘うとして、どうすればいいんだろう?
映画でも見て?
ショッピングとかして?
どっか美味しい物食べて?
あ、プレゼントいるかも。何がいいんだろう?
それから、それから……。
「なーに、喜多川君って、無口だねー」
「赤くなってる。恥かしがり屋さん?」
勝手に勝手な想像というか妄想してたら、外野の女どもがピーピー言ってくる。
放っておいて欲しかった。
「いや、別に……」
だったらむしろ、なんでここにいるんだって話になるんだろうけれども。周りが盛り上がれば盛り上がるほど俺は、別の事考えて。
どんな着飾った女が来ても、目に入ってこない。
この場にいない1人の女性の事ばかり、俺は、考えていた。
その時、電話が鳴った。
「あ、ごめ」
兄貴からだった。俺はちょっと断って、席を離れた。
「もしもし」
『瞬介、今どこ?』
「あー、飲み会」
『何だ……家じゃないのか』
兄貴はその年、就職をした。大手のゲーム制作会社だった。兄貴が行った大学を思えば他の選択肢もあったかもしれないけれども、昔からの夢を現実にしたんだと俺も嬉しかった。
「何?」
兄貴の電話の向こうは、ザワザワしてた。外か?
『俺も今日、ちょっと遅くなるからって母さんに言っておいてもらおうと思ったんだわ』
「んだよ……葛西先生とまた飲みかよ?」
『いや、違う』
俺は少し驚いて。
「まさか、彼女とか?」
『んー……』
うそ。兄貴に彼女?
……いや、確かに兄貴には、それまでだって彼女はいた。
でも俺が知る限り、そんなに長く続いた人はいないと思う。
何たって兄貴は……クセがあったから。
あの部屋を見てもわかる。昔から、俺のわからない世界を愛していた兄貴。口から出るのもわからない単語。頭がいいけれども、どこか世間の観点からはズレている人。
だから彼女が出来ても結局、離れて行ってしまう。いつだったかそんな事をぼやいていたのを俺は覚えていた。
「へぇー、良かったじゃん」
俺は正直にそう言った。心からそう思った。
「長く続くといいけど」と。
『まぁ、とにかく、母さんに言っておいて』
「だから、俺も出てるってば」
『遅くなるのか?』
「……適当に切り上げるけども」
『だったら。俺より早く帰ったら、頼むわ』
今日は帰らないつもりとか?
まぁそれはそれで……特にそれ以上考えなかった。
「了解」
笑って、切った。
しかし兄貴に彼女か……大学生活では結局1人もいなかったんじゃないかな? と思った。暇さえあれば家にこもってるか、うちの高校にバイトに来てて。
――バイトに来てて。
一瞬、心臓がドクンと打った。
――高校来た時は、弓道部に顔見せに来てたけど。
そう言えば、……来なくなった。
メグさんが卒業してからは。あんまり前ほどは。
「……」
いや、でも。何考えてんだ俺、とか。
――そう思った、その瞬間。
俺は窓の外に、見た。
雪が降るその道を。
信号を待ってる2人の姿。
肩を寄せるようにして、男と女。
1人は兄貴。
そしてもう1人は。
「え」
メグさん。
笑ってる、メグさん。
手。
兄貴とつないで。
……俺は慌てた。
慌てて店出て。追いかけようとして。
「――」
足が、止まった。
2人は横断歩道を渡って行く。繁華街へ消えて行く。
今、何時よ?
どこ、2人、行くよ?
横断歩道が赤に変わって。
車の流れが、すべてを消して。
見えない。
もう背中。
……ただ心臓がバクついて。
雪が、のしかかってくるようで。
「喜多川君、どうしたの?」
「…………」
戻ると、女が振り返ってきた。
「どした? 瞬介?」
「いや……」
座り込んだ。呆然とした。
「何かあったの?」
答える気力もなくて。
そんな俺の様子に、女達は不思議そうな顔して違う男の所へ向かったけれども。
……1人だけ。
「失恋したような顔してる」
そう言った人がいた。
俺はハッと顔を上げた。
女の人と、目が合った。
やけに赤い唇だった。
ニッコリ微笑む。
「いや、別に……」
俺は慌てて目を背けた。




