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よろず屋ステラ  作者: kero


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15/18

よろず屋

###  最初の依頼


 ヨークシャー将軍が基地へ戻った翌日。


 研究班は、朝から会議室に集められていた。


 机の上には、いくつもの資料が並んでいる。


 ステラに関するもの。


 過去の戦闘記録。


 監視記録。


 接触記録。


 そして、これまで軍が確認してきた彼女の異常な能力についての報告書。


 だが、今日の議題は、それらを分析することではなかった。


「最初の依頼を決める」


 ヨークシャーが言った。


 エレナが資料を一枚取り出す。


「候補はいくつかあります」


「説明してくれ」


「はい」


 彼女は一枚目を机の中央に置いた。


「旧軍事施設に残された設備の回収」


 二枚目。


「危険区域での機器の搬出」


 三枚目。


「旧式兵器の運用試験」


 最後の資料を置く。


「そして、研究施設で保管している旧式研究装置の移送」


 研究員の一人が手を挙げた。


「兵器の運用試験は、最初の依頼としては避けたほうがいいでしょう」


「理由は?」


「試験だと分かりやすすぎます」


 ヨークシャーが頷く。


「彼女に試験だと思わせるな、ということか」


「いえ」


 研究員は少し考えてから答えた。


「おそらく、彼女には最初から分かるでしょう」


「……そうだな」


 誰も否定しなかった。


 問題は、**分かっていることを前提に、どう依頼するか**だ。


「ならば」


 エレナが言った。


「普通の仕事として成立するものがいいと思います」


「普通の仕事?」


「はい」


 彼女は最後の資料を指した。


「装置の移送です」


 ヨークシャーが資料を読む。


 旧軍事研究施設。


 地下保管区画。


 数十年前の研究用エネルギー制御装置。


 現在では使用されていない。


 しかし、処分もされず、長年保管されている。


「これは何の装置だ?」


「正確な用途は分かっていません」


 ヨークシャーが顔を上げた。


「分からない?」


「製造記録の一部が失われています」


 エレナが説明する。


「ただ、旧式のエネルギー蓄積・制御技術を使っていることだけは確認されています」


「危険性は?」


「現時点では低いと判断されています。ただし、内部構造については完全には解析できていません」


「それを移送する?」


「はい」


 研究員が口を挟んだ。


「現在の輸送設備でも移送は可能ですが、かなり手間がかかります。しかも保管区画から搬出するまでに、旧式の設備をいくつか通過する必要があります」


「ステラなら?」


「簡単でしょう」


 即答だった。


 ヨークシャーは資料を閉じた。


「よし」


 エレナを見る。


「これを最初の依頼にする」


「はい」


「ただし」


 ヨークシャーは念を押した。


「装置そのものは渡さない」


「もちろんです」


 それは当然だった。


 軍にとって、その装置は貴重な研究資料である。


 古い。


 用途も不明。


 現代の技術体系では説明できない部分まである。


 そんなものを、よろず屋の少女にそのまま譲る理由などない。


 依頼するのは、あくまで――


 **運搬。**


 それだけだ。


「そして、もう一つ」


 エレナが言った。


「依頼するときに、この装置について彼女が知っているか尋ねます」


「自然に聞けるか?」


「『この装置について何か知っているか』と聞くだけです」


 研究員が笑った。


「彼女なら、普通に答えると思いますよ」


「答えなければ?」


「そのときは――」


 研究員は少し考えた。


「答えたくないのでしょう」


 ヨークシャーは苦笑した。


「……実に分かりやすい」


 会議室に小さな笑いが起きた。


 だが、エレナは笑わなかった。


「それでも、我々にとっては重要な一歩です」


「分かっている」


 ヨークシャーは頷いた。


「これまで我々は、彼女を観察してきた」


 机の上の資料を見る。


「今度は、仕事を依頼する」


 そこには大きな違いがあった。


 軍が命令するのではない。


 試験を強制するのでもない。


 ただ、金を払い。


 仕事を頼む。


 受けるかどうかを決めるのは、ステラだ。


「正式な依頼書を作れ」


「はい」


「連絡は?」


「前回確認した連絡先へ、こちらから直接行います」


「よし」


 会議はそこで一度、区切られた。


     *


 その頃。


 廃材屋。


「お兄さん」


「……なんだ」


「これ、いくら?」


「売らん」


「じゃあ、これは?」


「売らん」


「じゃあ、こっち」


「それも売らん」


「ケチだなぁ」


「お前が欲しがる物、だいたい売りたくない物なんだよ!」


 ステラは店の棚を眺めながら、楽しそうに笑っていた。


 今日の目的は、単純だった。


 暇つぶし。


 そして――


 ロボットに使えそうな部品探し。


 軍が何を考えているか。


 研究班が何を議論しているか。


 そんなことは、今のステラにとってどうでもよかった。


 目の前にある部品のほうが、よほど重要だった。


「これ……」


 ステラが古い金属製のケースを持ち上げる。


「何?」


「旧式の電力変換器」


「分かるのか?」


「見れば分かるよ」


「……」


 兄さんは諦めたようにため息をついた。


「それは安いぞ」


「本当?」


「ああ。軍の払い下げだ」


「へぇ」


 ステラはケースを開ける。


 中には、古びた回路基板と変換ユニットが入っていた。


 既に軍では使われなくなったもの。


 現代の装置なら、もっと小型で高性能なものがある。


 だから廃材屋に流れてきている。


「これ、もらおうかな」


「金払えよ」


「つけで」


「駄目だ」


「じゃあ半分」


「何の半分だ」


「今払える分」


「全部払え」


「厳しいなぁ」


 ステラは笑いながら、別の棚へ移動する。


「これは?」


「旧式通信機」


「いらない」


「これは?」


「いらない」


「これは?」


「……それは少し欲しい」


「ほらな」


 兄さんが呆れた顔をする。


「お前、何作ってんだ?」


「秘密♪」


「巨大ロボットだろ」


「秘密だよ♪」


「隠す気ないだろ」


 ステラは楽しそうに笑った。


 そして棚の奥から、古い機械部品を一つ取り出した。


「おお……」


「何だ?」


「これ、いいな」


「そんなガラクタが?」


「ガラクタだからいいんだよ」


 ステラは部品を眺める。


「今の部品より、こういう古いもののほうが面白いんだ」


「また変なもの作る気か」


「もちろん♪」


 兄さんは苦笑した。


 ここにあるものは、軍にとってはもう不要になったものばかりだ。


 古い。


 性能も低い。


 代替品もある。


 だからこそ、こうして市場に流れている。


 その中からステラが好きそうなものを選び出していく。


 それだけだった。


「これも買う」


「はいはい」


「あと、これ」


「まだ買うのか」


「うん」


「金あるのか?」


 ステラが止まった。


「……」


「ないのか?」


「これから入る予定」


「予定かよ」


「たぶん大丈夫♪」


「その『たぶん』が一番怖いんだよ」


 ステラは笑った。


 そのときだった。


 店の外に、車が止まった。


 兄さんが顔を上げる。


 ステラも振り返った。


 軍用車両ではない。


 普通の車だ。


 だが――


 降りてきた男の服装は、明らかに一般人ではなかった。


「……来たか」


 兄さんが呟く。


「ん?」


「いや」


 ステラは首を傾げた。


 男が店へ入ってくる。


「ステラさんは?」


「私だよ♪」


 男は一瞬だけ言葉を失った。


 そして、手にしていた書類を差し出した。


「軍からの正式な依頼です」


「へぇ」


 ステラは書類を受け取った。


 ざっと目を通す。


 依頼内容。


 場所。


 報酬。


 移送対象。


「……ふーん」


 ステラの赤い瞳が、書類の一箇所で止まった。


「旧式研究装置の移送?」


「はい」


「どんなもの?」


「詳しい説明は、現地で」


「なるほど」


 ステラは少し考えた。


「それ、私じゃないと駄目なの?」


「通常の輸送手段では困難です」


「ふーん」


 彼女はまた書類を見る。


 そして。


「報酬は?」


「こちらです」


 提示された金額を見て。


 ステラの顔が、ぱっと明るくなった。


「やる♪」


 あまりにも即答だった。


 男が少し驚く。


「……よろしいのですか?」


「お金になるなら、いいよ♪」


 ステラは書類を返した。


「詳しい話は現地で聞けばいいんでしょ?」


「はい」


「じゃあ、受ける」


 そして。


 何気なく付け加えた。


「あと、その装置について聞きたいことがあるんだけど」


「何でしょう?」


「その装置って、どこの時代のもの?」


 男が答える。


「旧軍時代の研究装置です」


「そう」


 ステラは笑った。


「じゃあ、現地で見せてもらおうかな♪」


「……承知しました」


 男が頭を下げる。


 そして店を出ていった。


 ステラはしばらく、その背中を見送った。


「……」


 兄さんが口を開く。


「軍の仕事か?」


「うん」


「何するんだ?」


「古い研究装置を運ぶんだって」


「へぇ」


 ステラは楽しそうに笑った。


「面白そうじゃない?」


「お前がそう言うと、だいたい面倒なことになるんだよ」


「失礼だなぁ」


 ステラはそう言いながら、さっきまで物色していた部品を指差した。


「じゃあ、これ全部」


「……」


「仕事代が入るから♪」


「今払うのか?」


「依頼料をもらってから」


「やっぱりつけじゃねぇか!」


「ふふん♪」


 ステラは笑った。


 そして、もう一度だけ。


 軍から渡された依頼書を見た。


 旧式の研究装置。


 移送。


 指定地点まで。


 それだけ。


 今のところ、特に変わった仕事ではない。


記録上は‥


 だからステラは深く考えなかった。


 少なくとも――


 **今は。**


 軍が初めて彼女に直接依頼した仕事は。


 こうして、ごく普通の「よろず屋の仕事」として始まった。


###  古い装置


 軍からの依頼を受けた翌朝。


 ステラは、いつもより少しだけ早く家を出た。


「姉さん、今日は仕事?」


「うん。軍からの依頼だって」


「軍……」


 ジーミーが眉を寄せる。


「危ない?」


「どうだろうねぇ」


 ステラは楽しそうに笑った。


「古い研究装置を運ぶだけらしいよ」


「それだけ?」


「それだけ」


「……本当に?」


「たぶん♪」


 ジーミーは嫌そうな顔をした。


 この「たぶん」が信用できないことを、彼はもう十分に学習している。


「どこまで行くの?」


「軍の古い研究施設」


「俺も行く?」


「今回はいいよ」


 ステラは銀髪を軽く整えながら答えた。


「運ぶだけなら、レディ一人で十分さ」


「……そう」


 ジーミーはそれ以上言わなかった。


 ステラは玄関を出る。


 そして振り返った。


「ジーミー」


「何?」


「お土産、いる?」


「いらない」


「じゃあ買ってくるね♪」


「聞いてないだろ」


 ステラは笑いながら歩き出した。


     *


 指定された場所は、町からかなり離れた山間部にあった。


 現代の軍事施設というより、廃墟に近い。


 コンクリートの建物。


 錆びた鉄扉。


 雑草に覆われた道路。


 しかし、その周囲には新しい監視設備が設置されている。


 古い施設を。


 現代の軍が管理している。


 そんな場所だった。


「ここかぁ」


 ステラが立ち止まる。


 入口には軍人が数名待っていた。


「ステラさんですね」


「そうだよ♪」


「案内します」


「よろしくね」


 ステラは何の警戒もしていないように、男の後についていく。


 だが。


 その意識は、周囲を一度見回していた。


 監視カメラ。


 軌道上の様々な動き。


 通信設備。  


 電子の流れ。


 警備員の配置。


 施設周辺の隠された人の動きや配置。


 地下への出入口。


 全て。


 ただし、それを口にすることはない。


 今は仕事なのだ。


 そして。


 仕事には、余計なことをしない。


 それがステラの基本だった。


 地下へ続く階段を下りる。


 古い施設らしく、照明がところどころ点滅していた。


「随分古いね」


「建設されたのはかなり昔です」


「まだ使ってるの?」


「保管庫としてのみ使用しています」


「なるほど」


 さらに地下へ。


 最後の扉の前で、案内役が止まった。


「この先です」


 電子ロック。


 認証。


 扉が開く。


 中には広い格納室があった。


 その中央。


 巨大な金属製の装置が置かれている。


 高さは二メートルほど。


 円筒状の本体。


 複数の配管。


 古い制御盤。


 現代の装置とは明らかに違う。


「……へぇ」


 ステラが近づいた。


 軍人たちは黙っている。


 研究員たちも、別室から映像を見ている。


 カメラの向こう側。


 エレナも画面を見つめていた。


「どうです?」


 研究員が尋ねる。


 エレナは答えない。


 ステラが装置の周囲を歩いている。


 右から。


 左から。


 上から。


 下から。


 まるで中古品を品定めするように。


 そして。


 装置の側面にあるプレートを見た。


 刻印。


 製造番号。


 古い文字。


 ステラの指が止まった。


「……」


 ほんの一瞬だった。


 そして彼女は。


「これ、まだ動くの?」


 軍人が答える。


「基本的には停止状態です」


「基本的には?」


「内部に残留しているエネルギーは確認されています」


「ふーん」


 ステラはしゃがみ込んだ。


 装置の下部を覗く。


「これ、運ぶだけでいいんだよね?」


「はい」


「壊さないように?」


「可能なら」


「なら簡単だね♪」


 その言葉を聞いて、研究室では緊張が走った。


 エレナが画面を見つめる。


「……今の反応」


「何か分かったんでしょうか?」


「分からない」


「では?」


「分からないけれど……」


 エレナは画面から目を離さない。


「少なくとも、完全に初見の物を見る顔ではありません」


 研究員が息を呑んだ。


「やはり……」


「まだ判断できません」


 エレナは制した。


「彼女に聞きましょう」


     *


「ステラさん」


 案内役の軍人が声をかけた。


「はい?」


「一つ、質問があります」


「なに?」


「この装置について、何かご存じですか?」


 ステラは装置を見た。


 そして。


「うん」


 あっさり答えた。


「知ってるよ♪」


 研究室の空気が止まった。


 エレナが目を見開く。


 ヨークシャーも、別室からその映像を見ていた。


 ステラはそんなことなど気にしていない。


「これ、昔の研究用だよ」


「……ご存じなのですか?」


「うん」


「どのような装置か、説明できますか?」


 ステラは少し考える。


 そして笑った。


「できるよ」


 研究員たちが身を乗り出した。


 だが。


「でも」


 ステラが続ける。


「それ、仕事の範囲?」


「……」


 沈黙。


 ステラは振り返った。


「今回の依頼は、この装置を運ぶことだよね?」


「はい」


「じゃあ、レディの仕事は運ぶこと」


 にっこり。


「装置の講義は別料金だよ♪」


 研究室の何人かが頭を抱えた。


 エレナは思わず目を閉じる。


「……やっぱり」


 ヨークシャーが小さく笑った。


「彼女らしいな」


 ステラは装置を眺めながら続けた。


「でも」


 少しだけ振り返る。


「追加料金を払ってくれるなら、知ってる範囲で教えてあげるよ?」


 研究員たちが顔を見合わせる。


 ヨークシャーが笑った。


「なるほど」


 そして。


「我々が依頼したのは、運搬だけだったはずだが、教えてくれるのかね?」


 通信越しに声を聞いたステラが、少しだけ目を細めた。


「……その声」


 軍人たちが固まる。


 スピーカーから聞こえてきた声。


 ステラは知っている。


「ヨークシャー将軍?」


「そうだ」


「直接来たの?」


「いや。今回は基地からだ」


「そっか」


 ステラは笑った。


「じゃあ、追加料金の相談は将軍とすればいい?」


「構わない」


「ふふん♪」


 ステラは楽しそうに装置を叩いた。


「じゃあ、運ぶ前に見積もりを出そうかな」


「見積もり?」


「この装置」


 赤い瞳が細くなる。


「かなり重いし、壊さないように運ぶなら、それなりに手間がかかる」


「依頼時の報酬では不足か?」


「ううん」


 ステラは首を横に振る。


「足りるよ」


「では――」


「でも」


 笑顔。


「知ってることを教える料金は別」


「……」


「あと、この装置をもっと詳しく調べるなら、それも別」


「……なるほど」


「よろず屋だからね♪」


 ステラは胸を張った。


「頼まれたことはちゃんとやるよ」


 そして。


「頼まれてないことは、ちゃんとお金をもらうのさ♪」


 研究室に沈黙が落ちた。


 やがて、エレナが小さく笑った。


「……契約の概念は、非常に明確ですね」


 ヨークシャーも頷いた。


「ああ」


 そして、画面の向こうの少女を見る。


「だからこそ、こちらも明確に頼めばいい」


「そうですね」


 軍はこれまで。


 ステラという存在を理解しようとしていた。


 だが今。


 ほんの少しだけ。


 別の理解が始まっていた。


 彼女は怪物だ。


 未知だ。


 人間とは違う。


 それでも――


 **仕事を頼めば、仕事をする。**


 金を払えば。


 条件を提示すれば。


 そして。


 彼女が納得すれば。


「では、運搬をお願いします」


 ヨークシャーが言った。


 ステラは笑った。


「了解♪」


 巨大な旧式研究装置の前で。


 少女は軽く手を叩いた。


「さて――」


 そして。


「運ぼうか♪」


 軍人たちは、その瞬間。


 この巨大な装置を、彼女が一体どうやって運ぶつもりなのか。


 まだ知らなかった。


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