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終わらないまま、終わった話  作者: 高杉零
伝わらないまま、膨らむ不安
9/28

不通

 迎えたカンファレンス当日。


 今頃きっと、美里と河西さんは区役所での話し合いを始めた頃だろう。


 俺はと言えば――


「いいね、ここまでできるなら面白い。それならこういう事はできるんだろうか? 例えば――」

「もちろんです。こちらにイメージをご用意しておりますが――」

「ほぅ! そうなるとこっちはどう見えるのかな?」


 ――仕事の顧客先で、まったく別の話し合いをしていた。


 間もなく納品を迎える仕事の最終確認。

 こういう日に限って、避けようのない予定が舞い込んでしまう。


 何で来るのが俺1人なんだよ、とは思うのだけれど。


 いや、仕方がないのは分かっている。他のメンバーが皆遠方で、直接来られるのが俺しかいないのだ。

 現場を見ないとできない仕事だってある。


 裏で娘の為に妻が必死に頑張っているのに。

 そんな事を、ここで口にしていいはずもない。


「こちらはこの条件を――」

「おぉ大分見やすいね」


 口では用意していた話を展開しながら、頭の中ではどうしてもカンファレンスの事を考えてしまう。


 一体、どんな会話が繰り広げられているのか。

 ちゃんと話は通じているだろうか。

 また、同じ話をさせられていないだろうか。

 何となくふわっと、話が捻じ曲げられてはいないだろうか。


 この間の話を思い返すと、どうにも不安が拭えない。


 ――いや、今はそれどころではない。


「それ以外にもこのような事もできまして――」

「これはいい」


 仕事は仕事。集中しろ。

 美里と瑞穂と一緒に生活をしていく為に、仕事を疎かにする事はできないのだから。


「うん、問題なさそうだね。これなら再来週の納品も大丈夫かな?」

「はい。本日確認させて頂いた点を仕上げて、問題なくお渡しできます」

「それはありがたい! 直前で色々お願いしてしまったものだから心配していたんだ」


 心配するくらいなら直前になってからあれもこれも追加しないで欲しい。

 とは口が裂けても言えない。


「実は今回のものとは別件で新たに相談したい事があるんだ。午後続けてやりたいんだけど、その前に少し休憩しよう。一緒にランチでもどうかな?」


 ちらりと時計に目をやる。

 少し遅い昼食時。カンファレンスはまだ始まったばかり。


 今すぐに帰って、むしろ区役所に行きたい。

 喉から出てしまいそうになる言葉を飲み込んで、俺はにこやかに応えた。


「喜んで、行きましょう」

「そうかい、それは良かった。今回のもいい形になったし、次も是非お願いしたいと思ってて――」


 相手はすっかり次の相談の話に気持ちが移っているようだった。

 資料を閉じる音や椅子を引く音がして、打ち合わせの空気が昼休憩へと緩んでいく。

 その流れに合わせて立ち上がりながらも、俺の頭だけは別の場所に置き去りのままだった。


 タイミングよくカンファレンスの様子を聞ける時間は、とれなさそうだ。


 ――けれど、頭の中から完全に掻き消す事はできそうもないまま、時間だけが過ぎていった。




 結局、帰宅できたのはそれから3時間後だった。

 電車を降り、無意識に速足になりながら、やっと家に辿り着く。


「ただいま」


 鍵を開け、家に入る。電気はついていなかった。


 まだ帰ってないんだろうか?

 カンファレンスはもう終わっているはずなのだが。


 そう思いながらリビングに入る。


「……おかえり……」


 美里がいた。


 上着も脱いでいないまま、ソファにもたれ掛かっていた。

 鞄は机の上に投げ出されていて、片付ける気力も湧かなかったのだろうと感じた。


 俺が入ってきた事に気付いて顔をこちらに向けたけれど、いつもより明らかに遅かった。


「で、電気もつけないでどうしたの?」


 扉の脇にあるスイッチを押して電気をつけながら話しかける。


「何かこう……イライラしちゃって……ボーっとしてた」


 何かあった。間違いない。

 この間の時より、嫌な感じがする。


 そのくらい、美里の様子は尋常じゃなかった。


 荷物だけ置いてくるからちょっと待っててと伝え、一度仕事部屋に入る。

 踵を返してリビングに向かいながら、大きく深呼吸した。


 これは、単なる予感だ。

 けれど、妙に確信めいていた。


 意を決してリビングに戻る。


 電気はついているが、さっきの状態と変わっていない。


 俺は、美里の隣に腰を下ろした。


 ソファが沈む感触が妙に鮮明だった。

 他に何の音もしていないから、意識がそこに向いたのかもしれない。


 何から聞くべきか、一瞬だけ迷った。

 迂闊な聞き方をしたら、今にも崩れてしまいそうな空気があった。


 少し悩んで――良い切り出しが見つからないまま、静寂に耐え兼ねて口を開く。


「どうだったのか、聞いてもいい?」

「うん……でも。何だろう。どうだったって聞かれても何て言ったらいいのか」


 美里の中でも、どう捉えていいのか迷っているように見えた。


 なら、最初に聞かないといけないのは――


「今日の話、何か進んだ気はする?」


 重要なのはそこだ。


 あの時感じた違和感が、頭をよぎる。

 同じ事が繰り返されたとしたら――かなりまずい。


「……進んだ、かって言われると……進んではない、かな」

「やっぱりか……」

「あ、でもね、こないだとはまた少し違うんだ」

「違う? どういう風に?」

「えぇっと……何だろう。今までの話全部なしで最初から、みたいな」

「……は?」


 最初から? 今までの話全部なし? どういう事だ?


「カンファレンス、ケースワーカーと保健師もいたんだけど、初めての人が後2人くらいいてね」

「うん」


 こっちは美里と河西さんしか行っていない。

 2人に対して4人で対応するなんて、圧迫面接か何かか?


「で、改めて状況を確認する為に、もう一度瑞穂の事情とかについて説明して欲しいって言われて」

「え、最初から?」


 もう、伝えてきたはずじゃないか。


「うん。それで、自宅訪問の時と同じ話して」

「河西さんも詳しく説明してくれるって言ってたけど」

「してくれたよ。でも――」


 少し、美里が言葉に詰まりながら、それでも何とか捻りだす。


「――看護体制が一番重要ですねーとか、保育園で排便対応が発生しない場合もあるんですねーとか、自宅訪問の時と同じ反応しかなかったような気がして」

「……それで?」

「それで終わり。時間来ちゃって、解散」


 思わず、頭を抱えてしまった。


 美里が仕事を休んで時間を作って。

 河西さんが調整して準備までして来てくれて。


 それで、終わり?

 人の時間を何だと思ってるんだ?


「ねぇ。あたし、ちゃんと伝えてたよね?」

「間違いなく伝えてたよ」


 身を乗り出してきた美里に、自信を持って応える。


 間違いなく、美里は伝えていた。


 自宅訪問で話している所は見ていたし、申請書や意見書も、希望する理由や展望をまとめたメモも見た。


 伝えるべき内容が足りていないとは、俺にはとても思えなかった。


「そうだよね……何でなんだろう。あたしの伝え方が悪いのかな?」

「……違うと思う」


 たぶん、そうじゃない。


 ふと、自宅訪問の時の光景を思い返す。


 ――担当が変わるとその辺って引き継ぐものなのかと思っていた

 ――あまりメモをしている感じは見受けられない


 あの時感じた違和感は、気のせいではなかったのかもしれない。


 情報が、ちゃんと共有されていないのか。

 記録が、ちゃんと残されていないのか。


 俺は眺めて感じただけだ。本当の所は分からない。


 けれど。


 伝えたはずの事が、どこかで削ぎ落ちてしまっているんじゃないか。そんな風に思えた。


 だとしたら、どうしたらいい?


 申請は、もう済んでいる。

 今更ここで何を話し合っているのかも、正直よく分からない。

 それでも、せっかく開かれた機会を俺は逃した。


 ここから、まだ何かできる事はあるのだろうか。


 そう思った時だった。


「――でね。河西さんが流石にこの回は意味が分からないって言ってくれて」

「へ?」

「何の為に集まったかも分からないし、あっちにどんな情報も集まってるのか説明もないなんておかしいって言ってくれたの」


 そうだ。河西さんがいた。

 河西さんは、ちゃんと見ていてくれたんだ。


「で、もっかいやり直しになった」

「や、やり直し?」

「うん」


 何だそれ。本当に人の時間を何だと――


 ――いや。


 これは、むしろありがたい話なんじゃないか?


 呆れるべきなのか、助かったと思うべきなのか、一瞬分からなかった。

 ただ、このまま訳の分からないまま終わらずに済むかもしれないと感じた。


「それ、いつやるの?」


 今度こそ俺も参加させて貰おう。


 この抱えている違和感を、はっきりさせたい。


 そう思った。


 ――の、だが。


「再来週の木曜日。同じ時間だって」


 再来週の、木曜。


 それを聞いた瞬間、胸の奥がざわついた。

 聞き覚えがある。それも、とても嫌な形で。


 すぐにスマートフォンを取り出し、予定を確認する。


 そこには、1つの予定がしっかりと書き込まれていた。


 見間違いであってくれと思いながら、画面をもう一度見る。


 けれど、表示は変わらなかった。


「…………最悪だ」


 よりにもよって何でその日なんだ。


 その日は、まさに今日打ち合わせをしてきた顧客の――納品当日だった。

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