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終わらないまま、終わった話  作者: 高杉零
分からないまま、増えた選択肢
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確信

「ここです」

「本当におうちから近いですね」


 自宅から徒歩3分圏内で、単に通わせやすいというだけでなく、何かがあって呼ばれたら在宅勤務の俺がすぐ駆け付けられる距離。

 通園に信号もないから車の心配もほぼない。

 外観から広さは十分に見えていて、瑞穂の医療的ケアを行うスペースもとれるんじゃないかと思える。


 何なら自宅から建物が見えるくらいで、通園にかかる時間がかなり短くできるから、美里だけに通園を任せずに俺も送り迎えができる。


 在宅で仕事はしているものの、開始時間の制限が厳しい職場である為、今通っている保育園だと仕事に支障をきたさずに送り迎えをできていないのだ。

 ほんの少しだけでも美里の負担を下げられるかもしれない、そう思っていた。


 条件だけ見れば、ここ以上はなかった。良過ぎて、他の所で落とし穴があるんじゃないかと疑うくらいだ。


「そろそろ時間です、行きましょう」


 職員用玄関に回ってインターホンを鳴らすと、程なくして返答があった。


「はい」

「本日、見学の予約をさせて頂いている大竹です」

「大竹様ですね。解錠しますので、お入り頂いてすぐ左手のエレベーターより3階へお上がりください」

「ありがとうございます」


 これまた間髪なく鍵が開かれる音がした。

 綺麗な玄関だ。豪華という訳ではなく、普段から使い込まれている感じは凄くするが、良く手入れされている。


 案内に従い3階へ向かう。


 エレベーターを降りると、両側に部屋があった。


 左手に見えるのは子供達が遊ぶ用のホールだろうか。突き当たりの壁に絵本が並んでいるのが見える。


 そして右手には――


「ようこそいらっしゃいました。下行ひかる保育園の園長を務めております、新井です」


 キッチンのようなものもあって何だかワンルームマンションの一室のような部屋に、エプロン姿の妙齢の女性が立っていた。


「初めまして。見学予約させて頂いた大竹です」

「医療的ケア児コーディネーターの河西です。本日は同席させて頂きます」

「よろしくお願いします。こちらへどうぞ」


 部屋の真ん中にある大きなテーブルに誘われる。

 とりあえず、手前側に美里と並んで座る。横に河西さん、反対側に園長が腰掛けた。


「さて、本日は見学のご予約との事でしたが、始めにお電話でも気にされていた医療的ケアの事について伺いたく存じます」

「それについては私からご説明します」


 園長が始めると、河西さんが俺達に変わって説明を始めてくれた。

 瑞穂の身体のこと。必要と思われる観察とケア。


 園長も聞き馴染みがなかったり専門用語の類については適宜質問し、ちゃんと理解しようとしてくれている事が見て取れた。


 この時点でさっきの保育園とは全然違う。そう感じた。


 河西さんはその上で。


「私もご両親のご意向と同様、瑞穂ちゃんの今後を踏まえますと、保育園でのお友達との共同生活の中で、ご家族以外と接する事を学んでいくのが良いと考えております」


 と結んでくれた。


「事情についてはおおよそ把握できたかと思います。まだまだ理解には遠いかもしれませんが、ご家族の頑張りが目に浮かぶようです」


 園長はにこやかに、それでいて優しく言葉を紡ぐ。


「これは明確に申し上げなければなりませんが、私共園は現在、看護師を雇用はしておりません」


 来た。避けては通れない話。


 俺はすぐさま例の看護師派遣についてを話し出そうとした。


 けれど。


「ですが、どのようなお子様でも――たとえ疾患を抱えていらしたとしても、それで受け入れを拒否する理由にはならないと考えています」


 言葉が、出なかった。

 もちろん悪い意味でなく、良い意味で。


 両手の指で足りないくらいの保育園に問い合わせをして。

 同じ数だけ同じような説明をしてきて。


 そんな事を言われた事がなかったから。


 保育園だって事業だ。負えない責任は負えない。それぐらいの事は、俺みたいな一般人にだって分かる。


 その責任を全て負いますという意味ではないかもしれない。


 それでも、向き合おうとしてくれている。そんな風に感じられた。


「ありがとうございます。素晴らしいお考えだと思います」


 河西さんが言葉を発せずにいる俺達を見やってから続ける。


「看護師に関してはどうしても必要になると考えています。瑞穂ちゃんが現在通っている保育園が看護師の派遣事業を営んでおりまして、こちらで体制を整える事が難しいようであれば、そちらにて調達する事は可能かと存じます」

「それはありがたいですね。私共は如何せんそういった事には疎いですから、お力をお貸し願えるなら必要なものを揃えられると思います」

「とは言え、これに関しては現保育園側や自治体での判断が必要になります。こちらの園としては、看護体制を整える事ができれば受け入れは可能、という事でよろしいでしょうか?」

「はい。もちろん細かい事はこれから詰めなければならないと思いますが」


 細く、それでも壁の向こうに伸びていた光が、繋がった気がした。


 それから保育園の施設を見学し、医療的ケアを行うスペースなどについても話し合った。


 医療的な事だけではない。


「瑞穂ちゃんはどんなものが好きですか?」

「瑞穂ちゃんは普段、どんな事をして遊んでいますか?」

「うちではこういう事をやるんですが、瑞穂ちゃんは好きそうでしょうか?」


 1つ1つ、丁寧に聞いてくれたように思う。


 1時間にも満たない時間だったが、妙に長く感じられた。


 見学を終え、帰宅する道程で――


「どうでしたか?」


 河西さんが尋ねてきた。


「いやぁもう……言う事ないです。あちらにお世話になれたら最高だなって思います」


 美里が応える。

 俺も同じだった。言う事はない。条件は、出来過ぎなくらい整っていた。


 何より、あの言葉が全てだったように思う。


 ――たとえ疾患を抱えていらしたとしても、それで受け入れを拒否する理由にはならない


「俺も、瑞穂をあそこに通わせてやりたいです」


 あそこなら、きっと大丈夫だ。


 俺達は、下行ひかる保育園を希望園とする事に決めた。

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