接触
「すみません、バタバタしまして。改めて、父の大竹克己です」
「いえいえー、大丈夫ですよー。こんな時間にすみません」
リビングに戻った俺は、名乗りながら美里の横に腰掛ける。
「どこまで話した感じですかね?」
「えぇと……あ、そうそう、必要な医療的ケアって結局何があるんでしたっけ?」
「ストーマにパウチがついているので排便管理ですね。便がパウチから漏れてしまった時の対応は、現状は看護師の方でもできない事が多いので、その際は保護者が対応に行ってます。後は他の子と同じように動き続けると負担が大きくなってしまうので、様子を見るというのもあります」
「なるほど、主に排便処理で日常的な配慮が必要という事ですね」
ケースワーカーがタブレットを眺めながら繰り返す。
――何か偉くまとまってしまった気がするけど。まぁそう言われればそうかもしれない。
「一応お伝えしておくと、いつやるかなんて事は決まっていませんし、本当にやるかどうかも今の時点では定かでないですが、排尿に関しても今後手術をする可能性がゼロではありません。これをした場合は導尿が必要となる事もあり得ます」
「なるほど、将来的な可能性のレベルですね」
「はい。なので、最低でも小児ストーマのケアが行える看護体制と、あまり距離的に遠くない圏内、というのが必須条件であると考えてます」
「なるほど、分かりました。看護体制が一番重要ですね」
何か、微妙に気になるな、この人の言い回し。間違ってはいないのだけれど。
「保育園での排便頻度はどのぐらいですか?」
今度は保健師から質問が飛び出す。
「朝排便処理をしてから登園させているので、日中の排便頻度はそんなに高くありません。保育園では排便対応しないという日もあります」
「ふむ、保育園で排便対応が発生しない場合もあるのですね」
それはそうだろう。パウチに溜まった便量がどのぐらいかで排出するかどうかを決めるのだ。大して溜まっていなければ排出対応は必要ない。
とは言え、それを見て決める事自体も医療的ケアであるとは思うのだが。
「しかし、こうやって見ていると本当にお元気そうですね」
「はい……ここに至るまで本当に大変でしたが、元気に育ってくれてます。何なら親の体力がついていかないなんて事も多くて」
ケースワーカーが美里の膝の上でおもちゃで遊んでいる瑞穂を眺めながら告げ、美里が感慨深く思いを漏らす。
生まれて以後、何度も入院を繰り返してきた。その度に聞き慣れない言葉を並べられ、判断を求められてきた。
あの時、どうすれば良かったのかなんて、今でも分からない事ばかりだ。
俺達はその全てを受け止めてきた。決して簡単な道程ではなかったし、今もそうではない。
「分かりました。いずれにしろ、主に排便管理でのケアが必要なようですので、私共の方でもどういう形にするのが良いか検討してみます」
それから何度かのやり取りを終え、聞きたい事は聞けたのかケースワーカーが切り出した。
「条件が多くて申し訳ありませんが、何卒よろしくお願いします」
「親の方でも保育園については色々と検討を進めているので、もし良い情報があればご連絡頂けたら嬉しいです」
「そうですね。瑞穂ちゃんにとって一番良い形を考えましょう」
そう言って、2人は帰って行った。
「……あたし、ちゃんと伝えられたかな?」
来客があったので我慢させていたテレビをつけ、いつもの音楽に踊り出す瑞穂を眺めていると、美里が不意に呟く。
「大丈夫、ちゃんと伝えられてたよ」
状態も。条件も。何が必要かも。全部しっかり伝えていた。それは間違いない。
事前にこれは伝えないとねと話し合っていた事を、美里は見事にやり切った。
「そっか。良い所が見つかるといいね」
「そうだね」
間違いなく、伝えていた。
それは、俺が自信を持って保証する。
ただ――
何か、ほんの小さな引っ掛かりのような感覚を覚えた気がした。
それが何なのか、どこにそれを覚えたのか、俺にはよく分からなかった。




