自宅訪問
河西さんとの相談で必要な条件がある程度見えてから1ヶ月。
条件に合致するかは尋ねてみないと分からないが、問い合わせてまずは話を聞いてくれるという保育園が2園ほど見つかったある日。
在宅で仕事をしていると、帰宅した美里が不意に言ってきた。
「ケースワーカーと保健師が自宅訪問したいんだって」
「……ケースワーカーって何だっけ?」
聞き慣れない単語に思わずに聞き返してしまった。
「んー、何て言うかな。困り事の相談窓口、みたいな?」
要するに地域の駆け込み寺か、と聞いてみたらちょっと違うらしい。
うーむ、難しい。
保健師は前にも来た事がある。住民の保健指導をする人、だったか。
「で、その人達が何しに来るの?」
「こないだ区役所に行った時に保育園を探してますって言ったから、瑞穂の最近の状況聞きたいんだってさ」
最近の状況か。前に来た時も思ったけど、聞いてどうするんだろうな。
と思った所でふと考え直す。
保育園を探してるのに対して状況を教えてくれって事は、保育園を探す為にどんな要件があるのかってのを聞きたいんじゃないか。
良くは分からないけど、ならまぁ分からなくもない。
だとすると、だ。
もしかしたら、俺達が探し切れていない保育園を見つけてくれるかもしれない。
何たって区役所から来るんだ、認可保育園の情報は何だってあるに違いない。
そうなると保育園探しはもっとスムーズに進むかもしれないぞ。
「そしたら例の条件についてはちゃんと伝えた方がいいね」
「そうだね、それでなんだけど」
「ん?」
「克己くん、来週の火曜の夜って大丈夫? 何かその日しか2人揃って来られないんだって」
2人揃ってこないといけないような話なのか、と思わず頭を捻りたくなった。
というか、何でそもそも訪問しなきゃいけないんだろう。電話じゃだめなんだろうか。
まぁでも何かしら理由があるんだろう。
往々にして、こういう事柄に理由を求めてもよく分からない事が多いし、仕方ないか。
ん、ちょっと待て?
「来週の火曜?」
「うん、18時から」
「思いっきりエアコンの修理の時間だわ」
リビングのエアコンの調子が悪くて、少し前に修理の依頼をしていた。
ちょうど今日、その工事予定の都合がついて、来週の火曜日18時からに決まったばかりだった。
「えー、丸被りじゃない」
「仕方ないよ、これからもっと暑くなるんだから今の内にエアコン直しておかないと大変な事になるし」
「それはそうだけど……」
「修理の立ち会いは俺がしとくから、テーブル少し離して話しなよ。俺、聞いてはおくから」
「そんな器用な事できるの?」
修理工事の間ずっと話してる訳ではないし、目だけ向いてれば大丈夫だろう。
「頑張るよ。工事もあるから、その日は18時前に仕事あがるつもりだし」
「そっか、じゃあお願いね」
「はいよ」
そんな軽い会話で済ませて、俺は仕事に戻っていった。
訪問当日、先に訪れたのはエアコン修理業者だった。前の現場が早めに終わったからと少し切り上げて来てくれたのだ。同じ時間に来訪が被っていたので、正直助かった。
「予め伺ってはいるのですが、改めてどういう状況か伺えますでしょうか?」
「あ、はい。実は少し前から排水用のダクトから水が漏れてしまっていて」
「あぁなるほど、だとすると配管の勾配か外との温度差ですね。外して中を見てみてよろしいですか?」
「お願いします」
話が速い。予め状況は伝えてはいたからだろうけど。
そうこうしている間にチャイムが鳴った。
「はーい」
『行浜市下行区役所から来ましたー』
「今開けます」
美里が玄関を開け、2人の女性が姿を表す。
2人とも見覚えのない人だ。
あれ、保健師って前にも来たはずだけど知らない人だな。担当変わったのか?
もしかして担当が変わった挨拶も兼ねてるのかな。
「すみません、エアコンの修理とバッティングしてしまいまして。基本は妻が話します。私もここで聞いてますので」
「あ、分かりましたー」
名乗って、はくれないのか。
まぁ美里は何度か区役所に行っているし、見知ってるって事なのかと深く気にせず、エアコンの方に見直る。
「あぁ、大体分かりました。こちらのおうち、リフォームされました?」
「そうなんです。半年前くらいに」
「じゃあその時ですかね、壁の中を配管通してるんですけど、そこが空洞になっちゃってるんで、外気で温められちゃってるんです」
「って事はそれで結露が?」
「ほぼ間違いなくそれだと思います。ここの空洞埋めて、配管カバーを拭き上げれば大丈夫だと思います」
「じゃあそれでお願いします」
「分かりました」
エアコンそのものが悪いんじゃなかったのか。まぁそこまで古い型でもないしな。
「――という訳で、新しい保育園を探していて――」
修理の方がテキパキと進む傍らで、自宅訪問側も話が始まっていた。
新しい保育園という単語が聴こえたので少し聴き耳を立ててみる。
「なるほど。医療的ケアという話でしたが、具体的にはどういった状態なのでしょうか?」
「えぇと、そもそも娘は総排泄腔外反症という難病指定されているものの亜種なんです。生まれた時には臍帯ヘルニアと閉鎖性の脊髄髄膜瘤があって、鎖肛の状態です。臍帯ヘルニアは生まれた直後に閉鎖手術して、肛門がないのでストーマをつけました。二分脊椎もあって恥骨が離れているので長時間歩くのが難しいです。髄膜瘤は少ししてから手術で除去していて――」
……あれ?
前に保健師が来た時にも説明してた気がするんだけど、もう一度説明必要なんだ。
担当が変わるとその辺って引き継ぐものなのかと思っていた。
「あ、ご主人すみません」
「はい?」
「空洞の外側を埋めたいので、バルコニーに出てもいいですか?」
「あ、はい、大丈夫です」
修理が速い。もう内側終わったのか。さっきまで開いていた壁の穴がもう埋められている。
バルコニーに出て、件の空洞を見せて貰う。穴の奥は埋まっているが、バルコニー側は完全には埋まっていない。ここを埋めたいのが言うのが先程の話だろう。
「じゃあ始めますね」
「よろしくお願いします」
修理業者に作業をお願いし、部屋の中に戻ろうとして窓に目をやった。
部屋の向こう――エアコンの修理をするので窓からわざと離してあった――にあるテーブルに腰掛けた3人が見える。
瑞穂を膝に抱えて身振り手振りを加えながら懸命に話す美里と、それを聞きながらうんうんと頷き続けているタブレットを眺めているケースワーカーに保健師。
最近は役所の人達も仕事でタブレットを使うようになったのか。
国会ではタブレットやスマホでネットワークに繋ぐのは禁止とか、タブレットで資料を配布するのは品位がないとか言われて、デジタル化が遅れているってニュースでやっていたけど、現場レベルでは使うんだな。
しかし、あまりメモをしている感じは見受けられない。
タブレットを眺めつつ、美里の話を聞いて、またタブレットに目を落とす。その繰り返しに見えた。
まぁでも傍目からだと分からないしな、と思い直す。
別に何の操作もしていない訳ではないし、美里はこれまでも何度か区役所を訪れて相談を繰り返してきているから、既に情報は入力されているのかもしれない。それを見ながら確かめているだけなら別におかしい事ではないようにも思えた。
「作業終わりました。既に日が落ちていて、今だけだと試してもはっきりとは分からないので、また1週間後くらいに様子を見に来させてください。その時に結露していなければ大丈夫なはずです」
「ありがとうございます、分かりました」
ぼやっと部屋の中を眺めている間に作業が終わったようだ。
改めて原因や今回行った対策、どうなっていたら再度確認が必要かなどを説明して貰い、部屋の隅を抜けて業者を見送る。
あの業者さん、いい人だったな。説明も凄く分かりやすかったし。今後何かあったらあそこにお願いしよう。
そんな事を思いながら、俺はリビングへと戻っていった。




