終わらないまま迎えた終焉
『何だろうね。結構色々調整して、本当は1次調整で決定した子だから2次調整かけらんないけど、特別にかけてやってる訳で――』
…………。
……は?
今、何て言った?
――2次調整かけらんないけど。
――特別にかけてやってる?
身体の隅々から、血の気が引いていくのをはっきりと感じた。
そして――
その瞬間、分かってしまった。
先程の、委任の話。
どこが責任を持つかとか。
誰かが責任を放棄しているとか。
そうじゃない。
そんな話では、なかった。
頭の中で、これまでのやり取りが一気に繋がる。
最初に受け取った文書。
何度読んでも、説明として成立していなかった。
言葉はあるのに、意味が繋がらない。
結論だけが先にあって、理由が後から貼り付けられているような、あの違和感。
読み返す度に、どこかがおかしいと感じていた。
だが、そのどこかが分からなかった。
それが、今、はっきりと形を持つ。
決定通知や再説明でのやり取りも、同じだった。
問いに対する答えは返ってこない。
ただ、説明しているように見える言葉だけが積み重なっていく。
会話が進んでいるようで、どこにも進んでいない。
噛み合わないまま、形だけが整っていく。
そして――集めてきた情報も。
必要だと思って揃えた前提が、まるで最初から存在しなかったかのように扱われていた。
あの時も、違和感はあった。
何かが足りない訳じゃない。
何かが間違っている訳でもない。
なのに、何も積み上がらない。
その理由が、ようやく分かる。
違うんだ。
積み上げていないんじゃない。
積み上げること自体が、前提にされていない。
どれだけ材料を揃えても。
どれだけ順番を整えても。
そこから先に進む為の道が、最初から用意されていない。
だから、繋がらない。
だから――辿り着かない。
どこかが欠けているんじゃない。
最初から、繋げる為の構造が存在していない。
全部。
最初から。
何もかも。
繋げる為にあるんじゃない。
確かめる為にあるんでもない。
ただ、そう見える形を作る為だけに存在している。
責任を、持たないようにできてるんだ。
だから、繋がる事はない。
どこかに辿り着く事なんてない。
どこまで行っても、同じ所を回り続ける。
あのやり取りも。
あの文書も。
全部、同じだった。
俺が後からあちこち聞き回って。
情報を整理しただけでも流れは見えたのに。
どこかへ辿り着く為の道筋は、確かに追えたのに。
そういうものでは、なかった。
どこかから渡されたものを、決められた事をして、決められた場所へと流していく、だけ。
だから、誰も間違えない。
そして、誰も正しくもならない。
――いや。
誰も正しくなる必要がないようにできているんだ。
そんな風に、社会は回されている。
最初から、辿り着く先の答えなんてどこにもなかった。
良い方向に変えられると思っていたのは、俺だけだった。
それだけの、事だったんだ。
『――あ、もしもし、お待たせしました』
声が、耳に届いた。
耳を澄ましていたから、その音は妙にはっきりと聞こえた。
「……」
『あれ? 大竹さん? 聞こえてますか?』
呼びかけられても、すぐには言葉が出てこなかった。
何を言えばいいのか、分からない。
いや、違う。
もう、何も言う必要がないと分かってしまった。
「……もう、結構です」
自分の声が、少し遠くに聞こえた。
『え、いや、あ――』
最後まで聞かずに、通話終了のボタンを押す。
通話が途切れた瞬間、耳に残っていた気配も一緒に消えた。
自分の心臓の鼓動だけが、残っていた。
目の前の画面に映ったカンバンが目に入った。
未処理のタスクが、何事もなかったかのように並んでいる。
さっきまで、全く別の事を考えていたはずなのに。
画面の中では、何も変わっていない。
少し眺めたままいると、俺が担当のタスクが1つ、また1つと増えていく。
誰かが更新したのだろう。
その動きは、いつもと同じだった。
――あぁ、そうか。
俺が何を知ろうが。
何を感じようが。
ここには、関係がない。
世界は、何事もなかったかのように過ぎていく。
何一つ、変わらない。
……いや、違う。
変わっていないのは、世界の方じゃない。
最初から、俺なんて含まれていなかっただけだ。
画面の中では、タスクが流れていく。
期限が決められて、担当が割り振られて、順番に処理されていく。
そこには理由も意味もあるはずなのに、
それがどこに繋がっているのかは見えないまま、ただ流れていく。
さっき見ていたものと、何も変わらない。
画面の下の方に、結局何にも使われなかったレポートが顔を出していた。
開く気にはならなかった。
あれだけ時間をかけて整理したはずなのに、
それが何かに繋がる事は、もうないと分かってしまったからだ。
結局の所、解決したのかどうかも定かでない。
俺のした事に意味はあったのか。
それとも単なる無駄だったのか。
もう今となっては、よく分からない。
ただ1つ分かるのは――
それが分からないままでも、何も困らないという事だった。
それでも、何も止まりはしない。
「ただいまー」
玄関の方から声がした。
静けさを打ち破るように、その声が部屋の中に入り込んでくる。
さっきまでとは違う、当たり前の音。
俺は、ほとんど反射的に椅子から立ち上がっていた。
ドアを開けて廊下に出ると、玄関の方から靴を脱ぐ音が聞こえる。
「……おかえり、美里」
「どしたの? 元気なさそうだけ――むわっぷ!?」
振り返りかけたところを、そのまま引き寄せる。
言葉にするより先に、身体が動いていた。
「むぁに!? え、克己くん泣いてるの?」
「……泣いてない」
「え、うっそだー、泣いてるじゃん!」
「うるさい」
「いふぇ! いふぇふぇふぇふぇ!」
軽口を叩きながらも、腕の中の温もりは確かだった。
ちゃんとここにある。
触れられる距離にある。
それだけで、少しだけ呼吸が整う。
別に、なくなってしまったものなんてない。
俺が守りたかったものは、こうして今も俺の傍にある。
何も成し遂げられなかった訳でも、ない。
ただ――
さっきまで見ていたものと、今ここにあるものは、
同じ世界の中にあるはずなのに、どこか繋がっていない。
抱きしめたまま、ほんの一瞬だけ目を閉じる。
離したくないと思う自分と、
それでも世界は変わらないと分かっている自分が、
静かに並んでいた。
こうして――
俺達が巻き込まれ、奔走し、解決しようとした――この一連の騒動は。
――終わらないまま、終わりを迎えた。




