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終わらないまま、終わった話  作者: 高杉零
答えのないまま、途切れた言葉
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折られた希望

 それからの日々は、怒涛と言ってもおかしくない程に忙しかった。

 仕事が忙しいのに加えて、三池課長とのやり取りが続いたからだ。


 最初は、電話で確認をしていた。

 足りない部分を埋めれば、繋がるはずだと思っていたからだ。


 だが、聞き方を変えても、返ってくる答えは変わらなかった。

 具体的に問えば、抽象で返る。

 繋がりを問えば、『総合的に判断した』という言葉に戻る。


 やり取りは、いつしか全てメールに移っていた。


 そして――再説明の際にお願いした顛末書が、送られてきた。


 しかしながら。


 あくまでも俺の視点から見ると、それはとても顛末書とは呼べない代物だった。


 予めこちらから伝えていた、載せて欲しい内容は5つ。


 いつ、誰が、どこに、何をヒヤリングして、どう把握したのか。

 いつ、誰が、どの情報を基に、どう判断したのか。

 事前説明の後、何故決定を見直すに至ったのか。

 最初の決定において、何が検討できていなかったのか。

 そして――今回の一件で、どこに問題があったのか。


 よくある顛末書の形式だ。

 これらの情報が出揃えば、少なくとも判断の筋道は見えるはずだった。


 だが、送られてきた文書には、それらが揃っていなかった。


 ――いや、正確には。


 書かれていない訳ではなかった。


 いくつかの情報は、確かにそこに並んでいた。

 ただ、それらがどう繋がって、あの決定に至ったのかが、どこにも書かれていなかった。


 まず何より、把握内容に曲解が多過ぎる。

 こちらからどう伝えたのかを美里や河西さんに改めて確認してみても、特に初期からカンファレンス辺りまでが酷かった。


 明らかに伝えていなかったり、逆に伝えたはずなのに省かれていたり。

 そこは致し方なく、こちらから伝えた内容も併記して貰い、こう伝えたがこう曲解したという事が分かるようにして貰った。


 それから、抽象的にまとめられてしまっている箇所も散見された。

 自宅訪問の際に何を把握できたのかに対して、排便のケアについてと記載されていたりするのだ。


 それでは、何も分からない。


 個別具体的に書いて欲しいと何度も伝え、その度にどう記載したら良いのかと電話で話し合った。


 だが、返ってくる文面は、形を変えながらも似たような言葉が並ぶだけだった。


『保護者に寄り添えていなかった』

『個別事情の検討ができていなかった』


 その一文は、文面を変えながら、何度も繰り返された。


 そして、どこに問題があったのか。


 これについては正直、頭を抱えるしかなかった。


 何故そうなったのかを整理して欲しいと伝えても、返ってくるのは同じ言葉だけだった。


『然るべき決裁手順を踏んだ上で、お出しするようにします』


 再説明の際に、三池課長から出てきた言葉。


 これが本当に、決裁手順を踏んだ文書なのだとしたら。

 問題は書き手ではない。


 そう思えてならなかった。


 とは言え、それを嘆いていてもいられない。


 俺は、文書が送られてくる度に上から下まで全て目を通し、少しでも気になる所があれば必ず確認を入れていった。


 こんなものでは納得などできない。

 そう言い放つのは簡単だ。


 ただそれでは、何の意味もないと思っていた。


 三池課長にも、かなり早い段階から伝えている。


 ――この文書は、今後同じ事を起こさない為に、何が問題だったのかをはっきり理解する為のものだ。


 本当は再発防止策なんかも書いて貰いたい衝動に駆られたが、それはやめておいた。

 それをするのは、役所の責任だ。

 俺が許可を出すようなものではないと感じたからだ。


『もういいんじゃないの。希望も通ったんだし、あんまり荒立てないでよ?』


 美里から一度だけ言われた。

 それでも、手を止める気にはなれなかった。


 そうやって、何度も何度もやり取りを繰り返した。


 だが、どれだけ言葉を重ねても、そこに繋がりが生まれる事はなかった。


 同じ所を、ただ回り続けているだけだった。


 そうして、1ヶ月が経とうとしていた頃。


『私共としては、お答えできる範囲では全てお答えしているつもりなのです』


 そんなメールが届いた。


 愕然とした。


 こんなに筋が通らないものを前にして、できる事は全てやったと言っている。


 怒りよりも先に、呆れが心を蝕んでいく。


 ――それでも。


 ここで止める訳にはいかなかった。


 このままでは、いくらやり取りを重ねても同じ所を回り続けるだけだ。


 だったら。


 こちらで、繋げるしかない。


 俺の方で確認して回った情報と、残していた録音。

 役所から送られてきた文書群。


 それらを基に、改めて整理をする。


 何が拾われて、何が落ちたのか。

 どこで、何が繋がらなかったのか。


 それを一つずつ、並べていく。


 そうして、1枚のレポートができあがる。


 ――保育園決定と見直しの経緯。


 PDFにして、30ページにも及ぶものになった。

 美里や河西さんにも見て貰い、認識の齟齬がない事を確認して、俺はそれを送る事にした。


 送信ボタンを押した後も、しばらく画面を閉じる気になれなかった。


 本文は、できるだけ感情を排したつもりだった。

 何に問題があったのか。どこまでが事実で、どこからがこちらの整理なのか。

 それが分かるように、何度も読み返した。


 もう、怒っているとか、腹が立っているとか、そういう話ではなかった。


 これで違うと言うなら、どこが違うのかを示して欲しかった。

 これで合っている部分が多いのなら、役所としてその形に整理して欲しかった。


 それだけだった。


 返信が来たのは、翌々日だった。


 件名は簡素で、本文も驚くほどそっけなかった。


『資料について確認いたしました。内容に誤りがあるとは言い切れない部分もございますが、内部で検討した結果、大竹様に作成いただいた文書を下行区役所の回答として扱うことは難しいという結論になりました』


 ……そこか。


 思わず、乾いた笑いが漏れた。


 誤りがあるとは言い切れない。

 けれど、区の回答としては扱えない。


 では、何がいけないのか。


 文章か。

 表現か。

 構成か。


 いや、違う。そうじゃないだろう。


 俺はすぐに返信を打った。


 内容に誤りがある箇所があるのであれば、具体的にご指摘頂きたい。

 そうでないのであれば、この資料を基に、区として正式な文書を作成して欲しい。


 送ってから、胸の辺りが妙に静かだった。


 怒りで震えている訳でもない。

 期待している訳でもない。


 ただ、ここで何を返してくるのかだけを見ようと思っていた。


 返事は、その日のうちに来た。


『本レポートを最終回答とすることをご要望いただきましたが、ご要望の方法では区の回答とは致しかねます。これまでも回答しておりますが、保育所等の医療的ケア児の入所調整につきましては、本市のガイドラインに基づいたものですので、ご理解いただきたく存じます』


 短かった。


 だが、まだ逃がす訳にはいかなかった。


 内容に事実誤認があるのであれば、具体的に示して欲しい。

 そうでないのであれば、区が把握している事実と判断経緯を、区の言葉で文書化して欲しい。


 こちらが知りたいのは、責任の所在を曖昧にしたまま整えられた文章ではない。

 何が起こり、どう判断し、何が足りなかったのかだ。


 そこまで書いて、一度手を止める。


 文面が強過ぎるかとも思った。

 けれど、消さなかった。


 もう、柔らかく言い換える段階は過ぎている気がしたからだ。


 数時間後、三池さんから返ってきたメールは、更に短くなっていた。


『当区としての回答は先程お送りしたものとなります。なお、保護者様からいただいたレポートについては、保護者様のご意見として、当課として真摯に受け止めさせていただきます』


 そこで、終わっていた。


 画面の中で、会話だけが先に閉じられていた。


 何度読み返しても、意味は変わらない。

 どこにも誤りの指摘はない。

 どこにも、こちらの整理を否定する言葉はない。

 ただ、公的な文書にはできないと言い、そこで線を引いているだけだった。


 喉の奥が、ひどく乾いた。


「……そこまでして……」


 ここまで来てもなお、違うと言わないのか。

 それでも、区の言葉にはしないのか。


 説明できないのではない。

 理解していないのでもない。


 そこまでは、もう見えていた。


 認めてしまえば、言葉が残る。

 言葉が残れば、責任の輪郭も残る。


 その直前で、止まる。


 画面の白さが、妙に冷たかった。


 この一件について、何が問題だったのか。

 どこで話が歪み、何が抜け落ちたのか。

 それを明らかにしたいだけなのに、そこへ辿り着く前で、必ず言葉が閉じる。


 誰か一人が拒んでいるというより、そこから先へ進まないように、最初からそう出来ているように思えた。


 俺はスマートフォンを伏せて、ゆっくり息を吐く。


 納得は、まるでしていない。

 理解しきれたとも、到底言えない。


 それでも。


 ここまで来て、ようやく一つだけ分かった気がした。


 この問題は、説明を求めれば返ってくる種類のものではない。


 だからこそ――終わらせたくても、綺麗には終われないのだろう。


 重い感情を押しのけながら、もう一度だけ画面に目をやる。


『本市のガイドラインに基づいたものですので、ご理解いただきたく存じます』


 その1文が、妙に目に焼き付いた。


 ……どうやったらこれで理解できるんだよ。


 一見丁寧な言葉だった。

 なのに、そこに書かれているのは何一つ引き受けないという意思だけだ。


 それが、妙に神経を逆撫でてくる。


 穿った見方かもしれない。

 俺がそう思い込みたいだけなのかもしれない。


 けれど。


 この文面を素直に見ると、責任はガイドラインを発行した市にあると言っているようにも思えた。

 だから、自分達はそれに従っただけなのだと。


 ……もう、取れる手立てはここしかないかもしれない。


 ガイドラインに基づいたと言うのなら、そのガイドラインを作った所に意図を聞いてみよう。


 俺は最後に、たった1つ残された場所への問い合わせを決めた。

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