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終わらないまま、終わった話  作者: 高杉零
終わったはずのまま、終わらない決意
23/28

切り開く決意

 その日の夜。

 隣で瑞穂と美里が寝静まる中で、俺はスマートフォンに移したメモを眺めていた。


 ヒヤリングで分かった事は、単純だった。

 足りなかったのは情報ではなく、その扱い方だった。

 

 ひすとりあ保育園では、日常的にどのようなケアを行っているのかが伝えられていた。

 小児医療センターでは、そのケアの中で何ができて何ができないのか、専門的な見地から補足されていた。

 下行ひかる保育園では、それらを踏まえた上で、受け入れが可能かどうかという判断材料が提示されていた。


 それぞれが、それぞれの立場で、必要な情報を持っていた。


 ――にも関わらず。


 それらは、1つとして繋がっていなかった。


 ひすとりあ保育園には、日常生活の中でどんな事に気をつけるべきかの確認がなかった。

 小児医療センターには、ストーマ以外に考慮すべき点の確認がなかった。

 下行ひかる保育園には、医療的ケア児なら、あるいはそうでない場合に受け入れができるのかの確認しかなかった。


 それぞれの情報が、互いに参照される事なく、ばらばらのまま扱われていた。

 だから、判断もまた、ばらばらになる。


 いや――。


 正確には、ばらばらですらなかったのかもしれない。


 見ているものが、そもそも違っていたのだから。


 ひすとりあ保育園でも、小児医療センターでも、共通していたのは1つだった。


 何ができるのか。

 何ができないのか。


 その確認だけが、繰り返されていた。


 その中でも特に強く意識されていたのは、看護師の存在だ。


 看護師がいればできるのか。

 看護師がいなければできないのか。


 その軸で、全てが整理されていたように思える。


 けれど。

 それは、本当に見るべきものだったのだろうか。


 瑞穂に必要なケアは、ストーマの管理だけではない。


 排便の状態、体調の変化、転倒のリスク、日常の中での細かな配慮。

 それらが重なり合って、初めて成り立っている。


 それは、何ができるかという単純な話ではない。


 どういう状況で、どういう判断が必要になるのか。

 どこに注意を払う必要があるのか。


 そういったものの積み重ねでしか、見えてこないものだ。


 けれど、今回のヒヤリングでは、そういった情報にはほとんど触れられていなかった。

 代わりに繰り返されていたのは、処置として対応できるかどうかという問いだった。


 つまり。


 瑞穂個人ではなく、処置の集合として見られていた。


 さらに言えば。


 医療的ケア児という分類に当てはめ、その中で判断しようとしていた。


 医療的ケア児であれば、こう。

 そうでなければ、こう。


 その枠の中に当てはめて、整合するかどうかを見ている。


 だから。


 瑞穂がどういう子なのかという情報は、優先されなかった。


 必要だったのは、分類としてどう扱うかという判断材料だったからだ。


 その結果として。


 ひすとりあ保育園で日常的に行われているケアも。

 小児医療センターで補足されていた専門的な情報も。

 下行ひかる保育園が提示していた受け入れの可能性も。


 どれも、正しく繋がる事はなかった。

 それぞれが、別の文脈で扱われていた。


 ――だから、あの決定になった。


 そう考えると、全てが繋がる。


 看護師が常勤しているかどうか。

 医療的ケア児サポート園であるかどうか。


 そういった条件だけで、判断が行われた理由も。

 個別の事情がほとんど考慮されなかった理由も。


 全て、同じ構造の上にあった。


 問題は、情報がなかった事ではない。


 何を情報として扱うべきかが、分かっていなかった事だ。


 そして。


 それを誰も疑わずに、判断が進んでいっただけだった。


 ここまで考えて、ようやく見えてくる。


 ――何が、問題だったのか。


 医療的ケア児を特定の何かだと見ていた事もそう。

 これができれば良いと勝手に定め、それだけを確認し満たそうとした。


 看護師であれば皆同じだと見ていた事もそう。

 看護師なら医療的ケアは何でもできるという想像に従って枠にはめた。


 保護者への説明もそう。

 保護者を納得させる事もないまま、話だけを先に進めようとした。


 これは全て、1つの問題に根差している。


 ――相手を、1人の人間として見ていなかった。


 そう考えれば、全て腑に落ちる。


 瑞穂の話をしているのに、瑞穂の事を見ていないように感じた事も。

 美里がどう感じるかも考えずに、大した根拠もなく否定した事も。


 相手が日々を生きて、生活を送り、考え、感じる1人の人間である事を忘れ、端的に決められたレールの上をただ走らせようとした証左だろう。


 やり方がどうとか、判断基準がどうとか以前の問題だ。


 もちろん、全てに向き合い続けるのは簡単な事ではない。


 それでも。


 少なくとも、目の前にいる相手を見ないまま進めていい話ではなかったはずだ。


 だからこそ――このまま終わらせてはいけないと思った。


 ――だとしたら、俺がやるべき事はこれじゃないか。


 これから数限りなく生まれる子供達とその保護者達が、俺達と同じ思いをしないように。


 俺達は――礎でいい。

 そうなれるなら、それでいい。


 同じ事を繰り返させないように。


 俺が納得いくまで、あちらの整理に付き合おう。


 相手はこんなにもたくさんの事を考えている人間なんだと分かって貰おう。


 俺が納得できたなら、この一件を終わりにしよう。


 ――俺は静かに、そう決意した。

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