逆巻く暗雲
次に、小児医療センターにかけてみる。
主治医に直接ヒヤリングがなされたのではなくて、メディカルソーシャルワーカーがヒヤリングを受けたと聞いていた。
かけてみたがたまたま不在で、要件だけ伝えて折り返しで連絡を貰う事にする。
しばらく経った後、電話が鳴った。
「はい、もしもし、大竹です」
『あ、もしもし。小児医療センターのメディカルソーシャルワーカー、細井です。お電話を頂いていたようで』
「すみません、折り返しありがとうございます。今お時間よろしいですか?」
『はい、大丈夫です。どうされました?』
青柳さんと同じように要件を伝える。
病院には保育園の件は断片的にしか伝わっていなかったので、少しばかり経緯の説明が必要だった。
「――という訳で、どんなヒヤリングがあったかを確認していまして」
『ヒヤリング……? あぁ、ありましたね、10月の初めに1回』
って事はこれも申請の前か。
「どんな事聞かれたかって、伺ってもいいですか?」
『えぇーとー、確か、ストーマからの便出しは保育士が行っても良いのか、だったと思います』
便出しを保育士がやってもいいのか?
あ、医療的ケア児ではないとした時に通常の保育園でも良いのかって確認がしたかったのか。
『それで、便出し自体は保育士でも構いませんとお答えしました』
「まぁ、実際保護者もやりますし、将来的には自分でやるようになる訳ですしね」
『はい。そこに資格とかは関係ありませんから』
回答としては十分納得ができる。
「他には何か聞かれましたか? パウチ交換の事とか」
『あ、聞かれませんでしたけど私から伝えましたよ』
「……何て伝えたか、思い出せます?」
『はい。瑞穂ちゃんの場合、パウチをつける皮膚側の構造が複雑なので、看護師でないと対応できないだろう、と』
臍帯ヘルニアの事だな。
生まれてすぐに手術で閉鎖しているから、腹部に手術痕がある。
「ありがとうございます。ちなみになんですけど、瑞穂って結構色んな医科にかかってるじゃないですか? それについては、何か?」
『いいえ、特に何も』
……おかしいな。
複数の医科にかかっている事は、美里と河西さんから伝わっているはずだ。
特に二分脊椎については距離の問題と直結するし、自宅訪問の時に伝えていたのを見ていたのだが。
「それ以外の事については、確認されていない?」
『えぇ、特には』
「って事は、ストーマに関する事しか聞かれてないんですね?」
『はい、そうですね……あ』
そこで、細井さんが何が思い当たったらしい。
『そういえば、常に看護師が見ている必要があるのかって聞かれました』
「常に見ている必要があるのか?」
『えぇ。現保育園では常時看護師が張り付いている訳ではないらしいけれど、その対応で問題はないのかと』
……なるほど。ここに繋がってくるのか。
ひすとりあ保育園で聞いた話と、ほとんど同じだった。
『もちろん、常に監視し続けないといけない状態ではありませんから、常に見ている必要はないと答えました』
「……そうですか。ありがとうございます」
『いえ』
今後も瑞穂の事でお世話になりますと言って、電話を置いた。
とりあえず分かったのは、ストーマについての事しかヒヤリングを行っていなかった事。
それから、看護師が常時ついていないといけないのかを気にしていた事だ。
個別の状態ではなく、特定の処置ができるかどうか。
それだけで見られているように思えた。
これも、瑞穂そのものを見ている訳ではない。
そう考えると、ひすとりあ保育園で聞いた話とも繋がってくる。
最後に、下行ひかる保育園にご挨拶がてらかけてみた。
『――はい、下行ひかる保育園でございます』
「お世話になります。4月よりそちらにお世話になる事になりました、大竹瑞穂の父です」
『あ、大竹さんですね。新井です』
見学の時に応対してくれた園長だ。
「瑞穂を受け入れてくださり、ありがとうございます」
『いえいえこちらこそ。当園を選んでくださりありがとうございます』
「実はお伺いしたい事がありまして。今少しお時間よろしいでしょうか?」
『はい、何でしょう?』
俺は、同じように要件を伝える。
「――という訳なんです」
『それはそれは――私共も少し気にはしていたのですが』
「そうなんですか?」
えぇ、と短く肯定した後、新井さんは続ける。
『私共に役所からご連絡があったのは、11月の半ば頃だったかと思います』
他よりも少し遅いんだな。
カンファレンスの後くらい、だろうか。
『看護師の雇用状況について尋ねられまして』
「あぁ……そう聞かれたら雇用していないとしか言えませんよね」
『はい。ただ、その事はご両親にもお伝えしている事と、看護師派遣についても伺っていて、それがあれば当園でも受け入れられるとお答えしました』
ここまでは何の問題もない。
それについては美里からも伝えていた事だ。
むしろ、それが双方の一致した認識であると補強できた事になる。
『……気になったのはその翌日でして』
「翌日?」
『えぇ、再度ご連絡があったようなんですが、ちょうどその時に私が外出していて』
「他の方が対応されたという事ですか?」
はい、と肯定される。
『それで、ほとんど同じご質問だったようなんですが、1つだけ違うものがあったようで』
「違う事? と言いますと?」
『ただ1つ、医療的ケア児として認められなかった場合、受け入れは可能なのかと』
……何だそれ。
タイミング的には医療的ケア児の検討審査会があった半月くらい前の話だ。
検討審査会で通らなかった時の事を気にした?
それとも――
『その時は、そうなった場合は受け入れができないかもしれないとお返ししたそうなんです』
「なる……ほど」
仕方のない話だろう。
看護師を雇用していない園で、看護師が必要な子を、看護師なしで受け入れる事は難しい。
それは、分かっていた話だ。
けれど。
『ですが、それを受け入れない理由にするつもりはございません』
「……見学の時にも言ってくださいましたね」
『はい。ですので、直後に私から電話を入れ、その旨をお伝えしています。例え医療的ケア児とならなくとも、受け入れる方向で考えていると』
あぁ……。
やっぱり、この園に決められて良かった。
『枠的には問題ありませんでしたし』
ふむ。だとすると、やはり医療的ケア児である事だけで決めたようなものなんだな。
『その時の反応が、あぁそうなんですね、みたいな反応でしたので気になって』
「へぇ……」
何だろう。
欲しい情報ではなかったから興味をなくした、みたいに聞こえる。
『それ以後はしばらく何もありませんでした。再度ご連絡があったのは1月の終わりになってからです』
事前決定通知の後、見直しがあった頃か。
『その後、枠や広さ等について確認された、という感じですね』
「そうでしたか……ご丁寧にありがとうございます」
『いえ。瑞穂ちゃんの登園を心待ちにしております』
「楽しんでくれると確信してます。お時間頂きましてありがとうございました」
そう言って、電話を切った。
看護師がいるかいないか、それだけを見ていたように思えた。
事前説明の場での光景が脳裏に浮かぶ。
この聞き方をしていたなら、あの説明も納得がいった。
繋がっていないのは、情報ではなかった。
見ているものが、最初から違っていた。




