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終わらないまま、終わった話  作者: 高杉零
終わったはずのまま、終わらない決意
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21/28

渦巻く疑念

 再説明の日から半月程が経ち、月が替わって世間はすっかり年度末の様相だった。

 仕事も年度末で慌ただしく、落ち着いて考える時間はなかなか取れなかった。


 あの日求めた顛末書は、今もって届いていない。


 何を書くか考えさせて欲しいと言われたが、こちらから項目は既に提示している。

 時間で有耶無耶になるのは避けたかった。


 あの場で、出すと明言させ、それを録音に残しておいたから、何も出てこないとは流石に思っていない。


 ただ、1回でまともなものが出てくるとも、正直思えていなかった。


 あの日感じた、1つの違和感。


 初めて顔を出した課長、三池さん。

 受け答えは、他の職員とは違っていた。


 どうしても、あの一言が気になっていた。


『……そうですね。その話に戻らないといけませんね』


 決定を覆した事で空気が変わり、美里は書類記入に行ってしまっていた。

 そこで俺が話を戻そうとして言われた、あの一言。


 あわよくば、説明をしないまま終わらせようとしていたのではないか。


 本当の所は分からない。けれど、どうしても疑った見方をしてしまう。


 だから、出てきたものをそのまま鵜呑みにする事はできないと思っていた。


 ――不意に、手元の画面が目に入る。


 そこには、いくつもの質問リストがあった。

 誰に、何を、どの順番で聞くか。


 鵜呑みにできないならどうするか。


 俺の所で答え合わせができるようにしておけばいい。


 それが、この半月で自分なりに考え抜いたやり方だった。


 実際の所、瑞穂の関係者は多い。

 それらに対して区役所側がどう働きかけ、どんな情報を集めたのかは今もって知らない。


 だから、そこを整理していけば。


 判断そのものがおかしいのか。判断材料が不足していたのか。


 その答えが出せるのはないかと考えた。


『この人達は、瑞穂を見ていなかったんだ』


 あの時感じた、自分なりの答え。


 確信めいていた。あの場でも、完全に否定された訳ではなかった。

 けれど、それが正しいと言い切れるだけの根拠は、まだ何も持っていなかった。


 それが本当にそうだったのか、それとも俺の思い込みなのか。


 その答えは、自分で確かめるしかなかった。





 始めに電話をかけたのは、ひすとりあ保育園だ。


『――はい、ひすとりあ保育園でございます』

「いつもお世話になっております。大竹瑞穂の父です」

『あぁ、お父さん! 青柳です。聞きましたよ、おめでとうございます!』

「ありがとうございます」


 ここには毎日お世話になっているし、もう1年預かっても良いとさえ言ってくれていたので、いの一番に連絡は入れていた。


 美里から聞いたが、保育園が希望園で決まった事をとても喜んでくれたらしい。

 延長についてはなしとしてくれていた。


『お母さんから聞きましたけど……お父さんもとっても大変でしたね』

「いえ。ほとんど妻と河西さんが行ってくれていましたし。俺は最後の最後で参加しただけなので」


 ……どこまで話してるんだよ、美里のやつ。


 何だか変なぼろが出てしまいそうな気がして、俺は早々に本題に入る。


「それでですね。ちょっと今、区役所から関係機関にそれぞれどんなヒヤリングがあったのかを確認しようと思っていまして」

『ヒヤリング? はぁ』

「区役所からの問い合わせって、何回くらいありました?」

『うーん……2回くらいですかね。ケースワーカーの山井さんから』


 2回はあったのか。


『あ、でも、1回目も2回目も私が対応したんですけど、同じ事しか聞かれませんでしたよ』


 ……同じ事を、2回。


 まぁ、自宅訪問とカンファレンスでもそうだったらしいしな。


「それ、いつ頃の話かって分かりますか?」

『えーとー……ちょっと待ってくださいね……あ、これだこれだ。9月と10月に1回ずつですね』


 申請より前、か。

 その前にも美里が何度も相談しに行っていたから、医療的ケア児の検討が必要かを確認したくてって感じか。


「それで、どんな事聞かれました?」

『えーと。主治医の意見書に沿って対応している事と、排便・排尿のセルフケアを目指して支援計画を立てて対応している事と――』


 その他にも、ストーマの状態確認であったり、便の排出時に便性を確認していたり、ストーマが腹部にあるので転倒や衝突などに気を付けて見ている事を伝えたそうだ。

 まぁ、この辺りは美里から伝えた内容ともずれていないな。


「それって、瑞穂の状態について、どのくらい細かく聞かれました?」

『うーん……基本的には、意見書に書いてある内容の確認が中心でしたね』

「意見書に書いてある内容、ですか」

『はい。あとは、日常的にどう対応しているかを少し、くらいで』


 こうやって聞く限りでは、何かの書面に書いてある事の確認という感じがする。

 瑞穂の話をしているはずなのに、瑞穂の話をしている感じがしない。


「例えばなんですけど、瑞穂の場合はこういう所が難しい、みたいな話って出ました?」

『いえ、なかったですね。どちらかというと、できる事できない事を確認する感じで』


 できるか、できないか。

 それだけで判断できるものだっただろうか。


「他に、こういう時はどうしてますかっていう、具体的な場面の話とかはどうでしょう?」

『そこまではなかったです。あ、でも――』


 ふと思い出したように、青柳さんが声を窄める。


『看護師が1対1でずっとついている訳ではないって話をした時に、妙に食いついていたような気はしました』

「1対1でついている訳ではない?」

『あ、そうです。瑞穂ちゃん以外もいますので、常に真横についている訳でもなくて』

「あぁ、それはそうですよね」


 それは入園時に聞いたな。

 ……美里がだけど。


『ですです。で、言っても転倒とか衝突には人一倍気を付けないといけないので、遠目には見てたりもするんですけど、ずっとついている訳じゃないんですねって念を押されたような』

「へぇ……」

『まぁでも、それに関しては私の気のせいかもしれませんけど』


 手元で聞いた話をメモしていく。


「で、結局見学とか視察に来たり、ってのはなかったんですよね?」

『はい。あれもねー、自分で行くかもって言ってるんだから来ないなら来ないで連絡してくればいいのにって思いましたよ』


 ケースワーカーが見に行くかもと言っていたのか。

 それでも行かずに終わらせた、って事かな。


 行く必要がないと思ったのか、それとも行こうと思ったけど行けなかったのか。

 それは流石に区役所側でしか分からない事だろう。


「ありがとうございます。お忙しい時間にすみません」

『いえいえ。3月の末には卒園式もありますので、お父さんも是非いらしてくださいね』

「分かりました、楽しみにしておきます」


 そう言って、電話を切った。


 メモを見返す。


 思っていたより、情報は揃っている。


 保育所入所前にこれを聞いていたとして、何でケースワーカーは医療的ケア児ではないと判断できたのだろう。

 明らかに排便処理以外の事もしている情報が含まれている。


 それに、瑞穂の話というよりも、症例の話をしているような感覚が残った。

 その違和感は、無視できるものではなかった。


 特に気になったのは、ケースワーカーが食いついたらしいこの情報。


『看護師が1対1でずっとついている訳ではない』


 これは――何かの判断材料になっている気がした。

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