【終わりと始まりの創星神話 1巻 第一章3話】
目が覚めると、そこは見知らぬ天井だった。
だが、薬草やそれに類ずる薬品の匂いが鼻をついて僕は直ぐに察した。ここは、普通学科の保健室なのだろう。
あれからーー気絶してからどれくらいの時間が経ったのだろうか。
僕は胸元にかけられた毛布を退けて起き上がろうとする。
すると、保険医の先生が僕に気付き、こちらへと声をかけた。
保険医曰く、軽い脳震盪だと。
身体の調子に問題がなければ、次からの授業には出ても良いという事だった。
今の所は目眩も無く、大丈夫そうだと告げると、保険医は預けられていたのだろう僕の鞄を渡す。
「ああ、そうそう。ご友人がお見舞いに来ていますよ」
「うん? 僕に友人なんて居たっけ……?」
口に出してみると悲しいようだが、実際友人と呼べる人は普通学科には居ないはず。そう思ったのだが、保険医が指さす方を見ると、そこにはリオンが居た。
彼はベッドの一つを占領し、横になって寝ている。
「一応、ここは傷病用の場所なので、用がなければ早く連れて行って下さいね」
そう言うと保険医は所用があると言って部屋から出ていく。体調が無事なら勝手に退出して良いとの事だった。
保険医が出て行くと、リオンは欠伸をしながら目を覚まし、起きていた僕に気付くと慌てて起き上がる。
「ーーおぉゼロはん! 良かったあ、目え覚ましたんやな!」
「あーうん。お陰様でねーーって言うか、リオンが逃げたせいで僕がこんな目にあったんだけど?」
「いやあ、ほんま申し訳ないと思っとるで? ーーあ、でも、ゼロの持っとった木剣や防具はワイが片付けといたで、それで堪忍してや」
見れば、木剣や身に付けていた防具一式が外されて無くなっていた。
気絶している人間から防具を取り外すのは面倒だったろう。
「はぁ……分かったよ、どうせゴドリックとは色々と因縁付けられてたんだ、遅かれ早かれこうなっていたかもね」
「それなんやけどな、ゴドリックはやり過ぎっちゅう事で先生からたんまりお叱り受け取ったわ」
「ふーん。まあ、どうせ説教だけで、あいつは反省なんてしてないだろうけどね」
偉そうに踏ん反り返っているゴドリックの姿が脳裏に浮かぶようだ。
「まあ、そうぷりぷりしなさんなや。お陰で授業の大半をお咎めなしでサボれたんや。もうけもんやで?」
「そう思ってるのはリオンだけじゃないかな。ーー所で授業はもう終わったの?」
「それなんやけどな、丁度授業が終わって今は休憩時間や。ゼロはんは次の授業は何を受けるつもりやったんや?」
「ええとーー確か魔導兵装基礎訓練の後は……錬金術基礎学かな?」
「ほな、ワイと一緒やな。折角やし、一緒に行こか」
「えぇー……」
「そない、嫌な顔しんといてや。さっきも言うたやん、仲良うしよや」
「仲良く、ね。ーーそれで、一体何が目的?」
態度を変えた僕の反応に、リオンは目を丸くしていた。まるで、何の話をしているといった表情である。
これはーーどちらだろうか。リオンの行動は明らかに不審であると僕は考えている。
先程の一件もそうだが、何故今僕に接触を図るのか意味も理由も、その目的も定かではない。
「目的も何も今ゼロはんも自分で言いはったやん。ワイら落ちこぼれ同士やんか、仲良うしたいだけやで? ここは弱肉強食の魔導学院や、一人じゃ耐えられへん事も、仲間が居れば安心ーーせやろ?」
「……うん、確かに筋は通ってるね」
「やろ? 仲良うするのに、理由なんて要らへんやんか。せや、さっきのお詫びに今日のお昼はワイが奢ったるさかい、それで勘弁してやーーな?」
昼食ーーかあ。と、心の中で少しだけ考えてしまう自分がいる。
黄昏荘まで帰れば、ご飯は作って貰えるが、一度帰宅するのも面倒と言えば面倒だ。
まあ、今の所は様子見ーーという事にしておくか。
「はぁ……分かったよ。ーーでも、妙な真似はしないでよね」
「おお、分かってくれたんか! おおきになあ! んでも、何でそんなに人間不信なんや?」
リオンの言葉に、僕は薄暗い記憶を思い出す。
異質な体質。排他的な村や町。僕らを利用しようとしてきた数々の人間たち。
世の中善人ばかりではない。少なくとも、僕らの周りはそうだった。それがあった故に、僕は未だに人を信じれずにいる。
「まあ、色々と嫌な事が多かったからね……」
「そーかそーか、ゼロはんも大変やったんやな。分かるでえ、その気持ち。ワイも昔は大変やったんや」
「へえ、そうなの?」
「せやで? ここだけの話なんやけどな? ワイは自分とこの国で超人兵士ちゅうのを作ろうとしてな、ワイはそこの実験体やったんや。せやけど、ワイが余りにも天才過ぎて手に負えんくなってまってな、持て余したんか知らんけど、この国に留学させたんや。ーーどや? 凄いやろ⁉︎」
一気に捲り立てるリオンの話は、荒唐無稽過ぎて脳がその情報の処理を遅らせてしまう。
大体、それ程優秀ならば、貴重な人材を国外に送り出すだろうか。
先程の木剣の扱いを見ていると、役に立たず厄介払いされて放逐されたなら分かるのだが……。
「……はあ、そうなんだ」
「なんや、その顔を信じとらへんって顔やな? ほんまなんやで?」
「ああ、分かった分かった。そういう事にしておくよ……」
何だか真面目に考えているのも馬鹿らしい。
それに、次の授業は錬金学科の校舎にまで行かなねばならないのである。
与太話に付き合っている暇は無い事を僕は思い出し、足元にある靴を履いて、近くに置いてあった鞄を掴んで立ち上がる。
その間もリオンは何やら熱心に説明をしているが、僕がそそくさと準備を終える。
「ちょっ、待っちいな。ワイの取っておきの魔法を見したるさかい、それを見たらゼロはんも信じるはずやで?」
リオンは両手を合わせると、むむむと唸りながら念じ、手を離すとそこには球体状の布袋ーー所謂お手玉があった。
それを掛け声と共に空中に放ると、リオンの手からはお手玉が幾つも現れ、次々とそれを投げては反対の手で受け止めーーお手玉の輪を作る。
「おおー凄い凄い。ーーじゃ、僕は行くから」
渇いた拍手を送ると、僕は保健室から出ようとする。
「何でや⁉︎ ほんなら、ワイの大道芸でも奥義中の奥義を見せたるから、な?」
「大道芸って言っちゃってるし……。ほら、早く行かないと遅刻するよ?」
「お、おお……ほんまやな。すっかり忘れとったわ」
「はあ……授業一緒なんでしょ? 行く気がないなら置いていくけどーー」
そう言いつつも、僕は既に保健室から退出していた。
時間を見れば、次の授業までそう時間はない。しかし、走れば間に合うと思い、錬金学科の校舎に向かって走り出す。
すると、慌てて後ろからリオンの追いかけて来る音が聞こえた。
「ーーま、待ってやゼロはん。わ、ワイ、ほんまに運動だけは苦手なんや……!」
ほんの少し走っているだけなのに、既に息が上がっていたリオンは懸命に走っているもののその速度は僕よりも遅い。
「ああもう、そんなのでよく超人兵士とか言えたよ……」
しかし、走る速度を緩めるつもりはない。行き先は錬金学科の校舎だが、魔導学院の敷地は広大で別の校舎まで遠く離れている。
ならば、どうするのかと言うと、校舎内には別の校舎まで移動出来る魔導器ーー【移動装置】があるのだ。
【瞬間移動】の魔法により、広大な敷地を往来出来るのだがーーそもそも【瞬間移動】という魔法は扱いが難しく、術者も少ない高度な魔法である。
それを、たかだか学生の移動手段にまで落とし込むのは如何なものかと最初は思いもしたが、この学院に来て最初の一週間でもう慣れてしまった。
「な、なあ……ほんまに待ってくれや。ゼロはん、錬金学科への【移動装置】に向かっとるんやろ? せやったら近道があるんや……!」
肩で息をするリオンは、僕が進む先とは別の場所を指差して立ち止まる。
一瞬だけ考えて、僕も足を止めた。次の授業まで時間の猶予はない。走って行っても、間に合わないかなと考えていた所だった。
「へえ、そんなのあるんだ」
真面目に勉強したい僕としては、成績云々は興味ないのだが、遅刻してその分授業の内容に遅れるのは本意ではない。
「はぁはぁ……。せ、せやで……あんまし使われとらん物資搬入用の【移動装置】が近くにあるんや。こっからやったら、そっちの方が近いんやで?」
それは勝手に使って良いものなのだろうか?
頭の中で疑問が浮かぶが、今までもリオンはこっそり使っていたと言う。
まあ、何かあったら知らずに使いましたと言い張るか、全部リオンのせいにしてしまおう。
「それじゃあ、案内して貰える?」
そう言うと、リオンは倉庫のような場所へと案内した。
倉庫の中に入ってリオンに続いて僕も入るが、中は薄暗く、薄めた目を凝らして周りを見渡す。
ーーしかし、【移動装置】のようなものは見当たらず、埃を被った教材が所狭しに置いてあるだけである。
「ねえ、本当にここに【移動装置】なんてあるの?」
だが、リオンは無言のまま立ち止まり振り返った。
疑問に思う僕も同じく立ち止まると、その瞬間、足元に魔法陣が展開される。
「なっーー⁉︎」
リオンは両手を合わせると、手で輪のような形を作る。
その瞬間僕は悟った。
ーー騙されたと。
「ほんま済まんなあゼロはん。ーーでも、『博士』からの頼みやねん。向こうで『博士』に会うたらよろしゅう頼むわ」
「『博士』って誰だよーーッ⁉︎」
咄嗟に手を伸ばすも、足元の魔法陣が強く光り輝いたと思うと、リオンを掴もうとした手は空を切る。
目の前が真っ暗になり、身体の感覚が前後不覚になったような浮遊感に包まれる。
奇しくもそれは、【瞬間移動】の魔法だった。
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