【終わりと始まりの創星神話 1巻 第一章1話】
通学路を歩く僕は、数日前に起きた出来事を思い返していた。
その日も、登校する為に同じ道を歩いており、【帝都オルクスラント】の中央に位置する【王立魔法教導学院ビブリオーネ】に向かっていた。
道中、まばらに増えていく制服を着た生徒らが同じ方角へと向かう。そして、歩き続けること数十分。目的地に辿り着くと、そこには巨大な門があった。
十人以上が同時に横に並んでも通れそうな校門を、生徒手帳をかざして通り抜ける。
通称、【魔導学院】と呼ばれるそれは、一個の施設ではなく、部や学科によって建物ごと分けられている。
クロネは識字はあるものの文字を書くことが出来ないので、一般的な普通教育を施す校舎へ。僕は高等部の校舎へとそれぞれ向かった。
更に高等部は全部で7つの学科に分けられている。
その内訳というのが【魔法学科】【鉱石学科】【魔導学科】【心念学科】【生物学科】【植物学科】ーーそして、今僕が向かっている校舎が【普通学科】である。
【普通学科】は、専門性を持たない代わりに全般的な知識を教わる学科である。
そこで学ぶ生徒は自らの専門を見出し、他の学科に編入していくのだ。言うなれば駆け出しの学舎である。何もかもが目新しい今の僕には打って付けの場所だ。
この帝都において、今までの常識という常識は覆されてしまった。
何を学び、何を得たいのか。その明確な未来は見えていないが、それを探る為の場所である。
「今日の授業はーー確か朝から魔導兵装の模擬訓練なんだよね……」
魔導兵装とは、魔導器の中でも兵器や武器の総称だ。先程ユウキが見せた器銃も魔導兵装である。
普通教育が主となる普通学科でも、魔導器を取り扱う授業は多い。
僕みたいに外部から来る生徒も少なくない。帝都で暮らす上で、最早一般常識となっている魔導器に触れ、実際に扱う授業もあるのだ。
因みにその日に受ける授業は単元毎に分けられており、ある程度選択できる仕組みになっている。例えば、同じ日同じ時間の授業でも、魔導兵装を扱う授業があれば同時刻に一般教養の授業などがある。それぞれ、受けたい授業を予め設定しておくのだ。
そして、今日僕が選択したのは総合魔導器学である。座学の日もあれば、実地で魔導器や魔導兵装を扱いなんなら模擬戦闘も行う。
つらつらとそんな事を考えていると、演習を行う運動場に辿り着いた。
その隣には、訓練用の魔導兵装を置いてある倉庫がある。施錠された扉に生徒手帳で触れると、鍵がかかっていた倉庫が開いた。そこへ入ると、幾つかの部屋に分かれており、それぞれの扉には【言霊文字】で【剣】や【槍】など書かれていた。その中には【銃】もあったのだが、僕の生徒手帳では開く事ができなかった。
仕方がなく【剣】の扉を開ける。そこには、木剣が所狭しに置いてあった。
しかし、その木剣には奇妙な機械が取り付けられていた。有機物と無機物の奇妙な融合体に違和感しか感じないが、その内の一振りを手に取る。
特に何の変哲もない木剣だが、この木剣の本来の主は取り付けられている機械ーー魔導器である。
木剣の柄から峰に沿って伸びるそれは、この木剣にある能力を与えているのだ。
今は眠るように反応を示さないが、僕は生徒手帳で木剣の柄に触れる。
すると、淡い魔力の光を放ち魔導兵装が起動した。
ほんのりと魔力を灯す木剣に物珍しさも相まって見惚れていると、背後で倉庫の扉が開く。
「ーーおっ、何だよ一番乗りかと思ったけど、誰か先にいるじゃねえか」
騒がしくしながら何人かの生徒がぞろぞろと入って来る。
その先頭にいる、同じ年頃の中では背の高い生徒は、僕の姿を見るや、ニヤニヤとした感じの悪い目線を僕に向ける。彼は僕と同じく普通学科の生徒ーーゴドリックだ。
「はっ、『無能』のゼロ君じゃねえかよ。朝早くから偉いですねー?」
誰が聞いても嫌味と悪口にしか聞こえない言葉を吐き、後ろに引き連れているゴドリックの取り巻きが笑い声をあげる。
「ゴドリック君の言う通り、僕は無能だからね。だからこうして、少しでも長く魔導器に触れておかないといけないのさ」
無視してもよかったのだが、つい僕は言い返してしまった。
それがゴドリックの気に障ったのか、あからさまに態度を悪くして舌打ちをする。
「目障りなんだよテメーはよお。魔法も使えない半端者が、一丁前な口を利くんじゃねえよ」
「……それは、悪かったね」
それ以上は僕も話すつもりもなく、無言のまま制服の上から防具を着けていく。
「……薄気味悪い野郎だぜ」
黙々と肩当てや脛当てを装着する僕に、わざと聞こえるような声でゴドリックは呟く。
ゴドリックの取り巻きもその言葉に同調し、うんうんと頷きながら僕の悪口を言い合っている。
「本当にな。魔力を持ってないって話だけど、いざ目の前に居ると本当に幽霊みたいだよなあ」
「髪の毛も色が抜け落ちたみたいに真っ白だしよ。本当は死んでるんじゃねえの?」
「それが本当なら【動死体】じゃねえか。ーー噂じゃ燃やしたら【骸骨人】になるって言うし、試しにやってみようぜ!」
ゲラゲラと取り巻き達は笑っているが、それ、僕が聞こえないところでやってくれないかな。
しかし、突然ゴドリックは大声で怒鳴り声をあげた。思わぬ大声に、僕はビクリと肩を震わせる。
「馬鹿野郎! そんな事したら【生徒会】の推薦が貰えなくなるだろうが!」
ゴドリックは取り巻きの胸倉を片手で掴み上げて持ち上げる。苦しそうに呻き声をあげる取り巻きは手足をジタバタさせていたが、ゴドリックが手を離すとベシャリと地面に落ちて、肩で息を吐いている。
「じょ……冗談じゃ、ねえか……! 間に受けんなよ……!」
「あぁ⁉︎ 冗談なら冗談って最初から言いやがれ!」
喉元を抑えながら咳込む取り巻きを見て、僕は少しだけざまあみろと思っていると、ゴドリックと目が合った。
「何をニヤけた面してやがる。言っておくが、手前を庇った訳じゃねえぞ。こいつらが余計な事をしたら俺の内申に関わりかねねえからだ」
ゴドリックが言うのは、授業での成績の他にも教師陣からの心証や態度が成績に関わっている。
そして、先程話していた【生徒会】というのは、【生徒委員会】の略称だ。具体的に何をする組織なのか詳しくは知らないが、生徒の範疇を超えた権力があるらしい。生徒会に所属する生徒は、一部の生徒の憧れにもなっている。ゴドリックもその内の一人なのだろう。
「ああ、そんな事僕も分かってるさ」
「ちっ、本当に苛つくぜ……何で手前なんかがーー」
「うん? 何か言った?」
「うるせえよ! ーーおい、準備が出来てんならとっとと行くぞ!」
「ま、待ってくれよ……! まだ防具を着けてねえんだってば!」
喉元を抑えていた取り巻きの一人が、置いてかれそうになって慌てて走り出す。
嵐のような騒がしさが過ぎ去ると、当に準備を終えていた僕も少しだけ遅らせながら倉庫を出る。
運動場に行くと、既に教師がおり、出席する生徒の名簿を確認していた。
ゴドリックらは既に終えていたらしく、運動場の一角を取り巻きたちと陣取り、木剣を素振りしている。
「先生、おはようございます」
教師に挨拶すると、教師は携帯端末をこちらへと差し出す。僕はそれに生徒手帳で触れると、教師の持つ携帯端末から魔力光が浮かび、僕の顔写真と名前が浮かび上がる。
「ゼロ・アーベントーー出席、と」
短い言葉で出席の確認を取ると、僕はゴドリックとは離れた場所で柔軟体操をする。
そうしていると、続々と他の生徒達が運動場に集まってくる。各々が教師に出席の確認をすると、皆思い思いの集まりをして、それぞれが木剣の素振りや準備運動をしている。
ーー僕の周りには誰も居らず、そこだけ不自然に空間が空いていた。
それも仕方がない事だろう。外部から来た学生はそう多くはない。全くいない訳ではないが、それらは別のグループを作っている。
四十人ほど生徒が集まると、教師は笛を吹いて生徒を集める。
「これで全員だな。ーーよし、これより魔導兵装基礎訓練を始める。高等部の君らの中には、魔導兵装に触れるのが初めての者も多いだろう。そこで、だ。復習として魔導兵装基礎学で習った事を思い返す為にもーーそうだな、ゼロ。魔導兵装の魔法術式について覚えている内容を言ってみろ」
質問する教師は僕を指差して指名する。
僕は座学で習った知識を思い出しながら、それに答える。
「え? ええとーー魔法術式は魔導器に組み込まれた魔法を発動させる術式です。魔法の発動には内臓された魔力充填器から魔力を用いて、術者の思念や魔力を受けて自動的に魔法が発動する……だったっけな?」
「ふむ、その通りだ。今回君らが使う木剣には【衝撃波】の術式が組み込まれている。訓練用のものなので、威力は制限されているが、当たれば怪我をする事もある。決して、模擬戦以外で人に向けて放たないように」
そう言うと、教師は指を鳴らす。
その瞬間、運動場の土が盛り上がり、人形を作った。
「最初は的当てからだ。あの的に向けて【衝撃波】を放ってみろ」
だが、順番は特に決まっていなかったのか、生徒の間で誰が一番先にやるのか騒めきが起きる。
しかし、それらの生徒を掻き分けるようにゴドリックが前に進み出る。
「よおし、先ずは俺からだ! ーーふんッ!」
彼は木剣を上段に構えると、勢い良く振り下ろす。
すると、風を切る音と共に、木剣の刀身から魔力が迸り、刃の形を作って放たれた。
それは、空気を薙ぎながら土塊の人型に直撃し爆散する。
おお、という感嘆が生徒の中で起きる。振り向いたゴドリックは木剣を肩に担ぎ、自慢気にしていた。
「上出来ーーと言いたいが、自分の魔力を込めたなゴドリック。それは、本来なら魔導兵装中等訓練でやる内容だからな。勇足で見せ付けるのはいいが、程々にしておけよ」
魔導兵装は、決められた魔法術式の出力以上に自身の魔力を乗せる事で威力や性能を上げる事が出来る。
それを実演して見せたゴドリックは、教師に注意こそされたがそれ以上のお咎めはなかった。
「ああ、分かっていますよ」
今しがた教師が言ったように、魔法術式に自身の魔力を上乗せするのは、魔導兵装を使う上での応用である。
「規定の術式以上の魔力を受けた魔法は制御が相対的に難しくなり、暴発の原因にもなる。慣れていないものは真似をしないように。ーーでは、各々的当ての練習をしてみろ」
再び教師は指を鳴らすと、今度は複数の人形が現れた。
ゴドリックに発破をかけられたのか、次々と他の生徒も的当てを始めていく。
生徒の中には、ゴドリックほど上手く的に当てれない者も数多くいた。
少しすると、僕の順番が回って来る。
木剣を正眼に構えると、ぎこちない動きで持ち上げる。意識を木剣に向けながら、離れた人形を見据え、振り下ろした。
「ーーあ、アレ?」
ぷんという情けない音がした。それは、空振りした木剣が空を切った音である。
周りからはくすくすと笑い声が上がる。的に当てれなかった者もいたが、不発したのは僕だけである。
「ゼロ、どうした、魔導兵装の不調か?」
教師が僕に声をかけるが、僕は魔法の発動に失敗した原因に心当たりがある。
「いやーーこれは、僕のせいですね」
座学で習っていた時から懸念していたのだが、魔導兵装の魔法術式は人の魔力や思念を伝えて発動する。
つまり、魔力を持たない僕では魔力を魔導兵装に送る事は出来ない。思念も、微弱な魔力を魔導兵装に送る【心念術】と呼ばれるものだ。
魔力がない僕では、どれだけ心の内で強く念じようと、魔導兵装が答える事はない。
「そうか。ゼロのーー何だ、特性は上からも聞いている。しかし、これでは授業にならんのだが、どうする?」
どう、と言うのは、授業を抜けるかどうかを聞いているのだろう。しかし、それでは途中退席で単位が貰えない可能性が高い。
それはそれで、嫌である。しかし、どうしたものか……。
「おいおい、これじゃあ半端どころじゃねえなあ。邪魔者はとっとと帰んな」
ずいと、僕の体をゴドリックが押し退ける。
確かに、これでは授業にならないのは事実だが、邪魔者扱いされて帰れと言われる筋合はない。
ムッとしてゴドリックを睨み付けると、彼は挑発的な目を僕に向ける。
「何だあ、生意気な目だなあ。今時、魔導兵装なんて小等部の餓鬼でも扱えるんだ。それが使えねえのは話になんねえだろうがよ」
ゴドリックの言う通りだ。
でも、魔力が全くない僕でも、決して魔法が使えない訳ではない。それはつまり、魔導兵装にも同じ事が言える。
そして、僕の今抱えている問題は魔力が無いという事だがーー魔力が無ければ用意すれば良いのだ。
「先生、もう一度挑戦してもいいですか?」
「ああーー構わないが、どうするんだ?」
「まあ、その……僕なりのやり方をお見せしますよ」
そう言うと僕は木剣に取り付けられた魔導器から魔力を貯蓄する充填器を探して木剣の鍔を見るとーーあった。そこには、透明な硝子のようなものが鍔の中心に嵌め込まれていた。恐らくこれが充填器だ。
魔石にも似た見た目をしている。ーーいや、魔石を人工的に模した鉱石だろうか。
魔石とは、魔力を秘めた鉱石の事である。中には、高い密度で圧縮された魔力が物質化したものもある。
つまり、限りなく魔力そのものに近しい石の事を総じて魔石と呼んでいるのだ。
その働きは、何もしなければただの石ころだがーー魔力そのものの働きをするという事は、魔石は魔法を発動する為の燃料となるのだ。
どうにかして取り外せないものか試してみると、意外と簡単に取れてしまう。
まあ、それも使い捨てだったり、交換式だったりするので、整備がしやすいように簡単に取り外し出来るようになっているのだろう。
「ーーさて、魔晶みたいに砕かないといけないーーなんて事はないと思いたいけど……」
取り敢えず、木剣を握る手とは反対の手の上で転がしていると、充填器から魔力が少しだけ漏れ出ていた。それを、ぎゅっと握り込むと、微かな魔力の光が指の間から溢れ出る。
手の内に感じる魔力は、性質は光なのにその動きはまるで流動的で液体のようだ。そして、その手の平の魔力に意識を集中させ、僕の意思を込めて木剣へと流し込む。
改めて木剣を上段に構え、振り下ろした。木剣を伝わる魔力の輝きが、刃を形成して放たれる。それは、真っ直ぐ飛んでいくと人形の胸辺りを薙ぎ、その衝撃で土塊を跳ね飛ばした。
どうにかして成功したと思い、胸を撫で下ろした僕は、教師の元へ行く。
「どうでしたか、先生? これで合格は貰えそうですかね?」
「あ、ああ……だが、取り外した充填器は後で元に戻しておけよ」
「……戻せるのかな、コレ……」
取り外した充填器は、嵌め込み式なので再び嵌め込めば問題ないだろう。
ただ、後から正常に動作するのかが心配だ。
「不安なら後で魔導学科の魔導兵装整備課に持って行くといい。ただ、充填器は魔力を充填する度に取り外すものだから、そこまでの心配はいらないと思うがな」
試しに充填器を嵌めてみると、木剣に魔力の光を灯す。恐らくだが問題はないだろう。
僕の番は終わったので、離れて見学していると、ゴドリックが近付いてくる。
「手前、魔力がなかったんじゃねえのかよ。どんな手品を使った?」
「……充填器にある魔力を使っただけだよ」
生まれ付き魔力を持たない僕でも、魔力さえあれば魔導兵装は扱える。
つまり、外部から魔力を用意すればいいだけの事だ。何も難しい話ではない筈である。
「魔導兵装ってのはな、初めっから中にある充填器からの魔力供給を直接受けて動くもんだ。扱い方に慣れてる奴だったら、自分の魔力を充填器に送り込んで魔力の上乗せが出来るもんなんだよ」
「はあ……それが、どうかしたの?」
ゴドリックが何を言いたいのか分からない僕だが、彼の取り巻きもどういう事なのか理解出来ていないような顔をしていた。
「はっ、それがどうかしただと? 魔導兵装から外した充填器はな、魔力の直通回路から離れちまってる。それを人力で魔力を通すってのはな、針のような穴に魔力を通さなきゃならねえんだ! そんな精密な魔力操作を何で『無能』の手前が出来るんだよ」
「それはーーまあ、出来たのは出来たとしか言いようがないね」
「ちっ、気に食わねえ……」
「そんなに気に障るような事を僕はした覚えはないんだけど?」
いい加減ゴドリックに突っかかられるのも嫌気が差してきた。
最初から、彼の言う事は無視しておけばよかったと今更後悔する。
「『無能』のお前が目立つとな、俺の評価が下がっちまうかも知れねえだろ? どうせ、魔力の無い手前はこの先やっていくことなんて出来ねえに決まってんだ。それなら、『無能』らしく大人しくしておくんだな」
「ああ、はいはい分かったよ。ーーでも、それだけ自分が優秀だって思ってるならさ、何で魔法学科に行かないのさ?」
魔法学科は、実践的な魔法の訓練や実戦重視の魔導兵装の授業がある。
あまり認めたくはないが、ゴドリックの能力はこの普通学科でも頭一つ抜けている。僕のような生徒に難癖付けるぐらいなら、魔法学科に移動すればいいだろうに。
「……うるせえよ、手前には関係ねえだろ。こっちにはこっちの事情があんだよ」
「ああそう。なら、僕にも僕なりの事情があるんだ。これ以上、僕に関わらないで欲しいね」
その瞬間、教師が笛を鳴らして授業の終了を告げた。
僕は逃げるようにゴドリックから離れる。
ーー僕はただ、様々な事を学ぶ為にここにいると言うのに、何故こんな差別的な扱いを受けなければならないのだろう。
しかし、思い返してみれば、何時でも何処ででも同じような扱いを受けてきた。
不気味がられ、異常者扱いされーー挙句には呪われた忌子だと断じられ殺されかけた事もある。
そんな後ろ暗い過去を思い出して、それを振り払うように頭を振る。
どうせゴドリックの嫌味も一過性のものだろう。その内飽きてくれると信じよう。
ここまでお読みしていただきありがとうございます。
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