【終わりと始まりの創星神話 0巻 第七章3話】
「やってくれましたね……」
動かない片腕を押さえるカトリアは歯噛みしながら視線を向ける。
その先には倒れ伏したクルスの胸元で光り輝く大剣が滞空していた。
主人を守るその剣は、負傷し意識を失ってもなお術者の身を守り驚異的な回復力を与えていたのだ。
そして、遠く弾かれていた神器を呼び戻し、その際にあわよくばと『亡霊』の抹殺を図ったのだ。
家中にまで吹き飛ばされ、生死不明だが重傷を負ったのは間違いない。
撒き散らされた少年の血液量からして、出血死しても何ら不思議ではない。だが、死んでさえいなければクルスの神器【聖浄四剣】の回復魔法で蘇生は可能だとカトリアは考える。
クルス本人はそれを望まないだろうが、最悪死んでしまったとしても望ましくはないが降霊術か死霊術で強引に聞き出すしかあるまい。
「クルス、私に回復魔法をかけなさい」
腹を押さえ、血痰を地面に吐き捨てながら立ち上がるクルスは逡巡を見せていた。
そして、明らかに怯えた目を向けている。
それはまるで、悪戯をした子供が見つかって叱れるのが怖くて言い出せないでいるようで、背筋にゾクゾクとした感覚が走る。自然と口の端が持ち上がるが、今が戦場にいるという事を思い出しすぐに正す。
「ーーッ! ゆ、行け……」
クルスは手作で神器を操ると、輝く大剣が私の前にやってくる。
同時に、淡い光が全身に行き渡り、動かなくなった片腕と、折れた足が回復魔法によって治されていく。
ここで私が斃れれば状況が悪くなると、流石にクルスも判断したのだろう。
「ーーさて、仕切り直しですね」
調子が戻った腕を回し、折れていた足を何度か地面を踏んで確かめる。
すっかり快調し、尚且つ【聖浄四剣】の支援を受けている状態であれば、いくら魔導王とはいえ遅れを取ることはない。
五指を広げ構え、一直に飛び出した。
「む、些か不味いな……【黒霧の夢】」
黒霧の魔法がこちらを捉えようと四方から押し寄せるが、打ち払いながら突き進む。
「その首ーー貰いましたよッ……!」
その手が届く距離まで辿り着く。
抱きしめるように両腕を広げ、その首を狙う。
いかに強力な身体強化による物理耐性があろうとも、捻り取ってしまえば耐えられまい。
「ーー【奇跡錬金】!!」
指先が届く、その間際。
両手に絡みつく黄金色の鎖によって動きを封じられた。
その鎖の元に視線を向ければ、先ほど襲撃した際にいた鎧姿のーー何故か穴の空いた鍋を被った骸骨人だった。
しかし、その胸元からは何本もの黄金色の鎖が生えていた。
思わぬ乱入者に気を取られていると、目の前で変化が起きた。
それと同時に、魔導王から強烈な魔力の奔流が巻き起きる。
「よくやった、ギルバート。ーー【黒霧の夢・流星嵐」
それは、宵闇の流星だった。
魔導王を中心に幾条もの流星の如き魔力弾が迸る。
「ーー【聖方四陣】!」
両腕を縛る鎖を強引に引き千切り、前面に魔力を最大出力した四重の魔法陣を展開する。
それでも魔力の圧に押され、身体を吹き飛ばされる。
「わ、儂を巻き込むんじゃあないわ馬鹿者があァッッッ!?」
飛んでいく骸骨人の叫び声が遠くから響いてくる。
それは、周囲を巻き込むのも厭わない魔法だった。
螺旋を描きながら上昇する魔力弾群は家屋を破壊し、そして一斉に空高く舞い上がると町を覆う結界に次々とぶち当たる。
その一撃一撃が大魔法級の魔力弾は、砲弾の如き勢いだった。
しかし、神器によって展開された結界は強固で、次々と魔力弾が砕け散り魔力光の塵となって消えていく。
だが、それでも余りある物量。その飽和攻撃を前に結界が徐々に綻びを見せる。
初めは僅かなひび割れから。それでも、魔力弾は尽きることがない。
やがて、大きなひび割れを作り、遂に魔力弾の一つが突き抜ける。
そこからはあっという間だった。数多無数の魔力弾が結界を貫いて破砕する。
結界の残滓が燐光を纏わせて魔力光を散らしながら舞い落ちていく。
「ーー流石は魔導王と謳われるだけの魔法ですね。あれほどの大魔法を数分で構築するとは……」
我が国であれば、神官位が数十人ーーいや数百人規模で作り上げる儀式魔法に匹敵する。
それをものの数分で発動させた魔導王の名は伊達ではなかった。
だが、そこで違和感を覚える。
魔導王はまだ、魔法を終えていないーー
「まさかーー」
空を見上げれば、突き抜けていた魔力弾が一斉に降り注いでいた。
「やべぇやべぇ! 俺たちもお構えなしだぜ、アレェ!」
「ボサっとしてないで逃げるわよ! ーー先生の近くなら安全だわ……多分!」
脱兎の如く駆け出す魔導王の従者たち。
最早なりふり構わぬ逃走だが、その背を追うことはできない。
私の神器なら耐えれる可能性があるが、それでは確実に騎士たちは全滅だ。
急いで後退し、騎士団ーーそしてクルスの元に辿り着くと、上空に【聖方四陣】を展開する。
「各員! 私の方陣まで集い防御陣形! クルス、貴方は神器で方陣を強化!」
ありったけの魔力を込めて、四重の魔法陣を傘のように展開する。その四隅をクルスの神器が支えるように展開する。
「来るぞーー総員構ぇッ‼︎」
魔力弾の流星群が、上空から降り注ぐ。
周囲の建物は爆砕し、舗装された煉瓦は砕かれて、地面は隕石でも落ちたかのように陥没する。
辺り一面、地獄の様相だ。
なんとか耐えれてはいるが、それでも方陣が三枚割砕かれ、最後の一枚も幾つかの魔力弾を通してしまい、騎士の何人かが重厚な大盾ごと打ち砕かれる。
魔力は殆ど底をついており、それでも耐え抜いた。
気休めにしかならないのは分かっている。【魔力回復薬】を腰嚢から取り出し、一息にあおる。
持って私の魔力は二割ほど。
しかし、魔導王ーーひいてはその従者たちを相手に勝算はあるのだろうか。
絶望的な状況の中。舞い上がる粉塵が視界を塞いでいたが、魔導王が居たであろう位置から、宵闇の魔力が迸る。
「ーーーー」
粉塵を打ち払い、黒霧で形作られた魔力槍が多重展開される。
「クソが! 奴の魔力は無尽蔵か、化け物め……‼︎」
クルスが吐き捨てる。
認めたくはないが、確かにその通りだ。
そして、アレの威力は身をもって知っている。
騎士たちは這這の体である。私の魔力も尽きかけており、今度こそ守りきれはしないだろう。
「ここまでのようですね……。ーーですが、最後に意地汚く抗って見せましょうか……!」
五指を広げ、腰を溜める。
死中に活を。例え指先でも届けばと駆け出した。
「ーーーー!」
腹の底に響く、猛獣のような叫び声が戦場を木霊する。
同時に、瓦礫の山と化した家屋から、巨大な黒い柱のようなものが突き上がる。
黒く、ただただ黒い黒柱は魔力そのものだった。
誰もが、魔導王さえ視線を奪われる。そして、動けなくなった。
あまりにも強大な気配に、魔力に全身を硬直させ息さえできずにいる。
ーーいや、あれは魔力と言えるのだろうか。
禍々しいまでのソレは、いっそ神々しくさえ見える。
「なんなんだ、アレは……⁉︎」
それは、この場にいた人間全員が思っていた。
誰もが固唾を飲んで様子を伺っていると、正体不明の黒い柱は突如音を立てて砕け割れていく。
まるで、孵化のようだと悠長に見ていると、中から小さい影が現れた。
「終末のーー獣……」
魔導王が誰に言うでもなく、いや聞こえてないーー聞いていない中、ぼそりと呟く。
その視線の先には、|一匹(一人)の|獣(少年)がいた。




