【終わりと始まりの創星神話 0巻 第七章1話】
相対する僕らに対して、先手を打ったのはクルスだった。彼は、自身の神器をヨミに目掛けて射出する。
それと同時にカトリアも続いて、両手を広げてこちらへと迫り来る。
だが、その狙いはどちらかと言うと僕らというよりも、ヨミの魔法を止めようとする動きだ。
それもそうだ。脅威度で言えば、僕なんかよりヨミの方が危険である。
「ーークロネ、起きれるかい?」
僕はそっと背中に背負うクロネを下ろす。
「にゅ……」
これは、僕にしか分からないだろうが、クロネは肯定の返事をしている。
しかし、その返事と実際の行動は真逆だった。
彼女は眠た気な瞼を擦り、まだ寝ていたかったのかぎゅっと僕の服の裾を掴んでしがみ付いた。
「ほらクロネ? お兄ちゃんちょーっと困っちゃって、助けて欲しいんだけど……?」
「……やー!」
しかし、クロネはぐりぐりと頭を僕の腹部に押し付けて拒絶する。
「嫌じゃないでしょ全く。珍しくそんな大声出して……!」
クロネにとって、睡眠とはそれだけ重要ではなのだ。
打算や合理性ではない。彼女の本能が未だ睡眠を欲しているのである。
だからこその拒否反応なのだが、状況を少し考えて欲しい。
「分かったよ……今度クロネの好きなお肉をたくさん買ってきてあげるから……ね?」
すると、クロネの耳目がピクリと動く。
そして、見上げる据えた半目が僕をじっと睨め付ける。
「にゅ……うそだったら……」
「ホントホント! だから、あそこにいる怖いお兄さんとお姉さんを何とかしてくれないかな?」
指差す先には既にクリスの神器が目前に迫っている。
その内の一振りが不自然に逸れて僕らの方へと迫っている。クルスめ……! まだ全然僕を抹殺することを諦めていないじゃないか……!
「ほ、ほらクロネーーそうだ、お兄ちゃんを助けてくれたら、今日は一緒に寝る時にいい子いい子してあげるから……!」
迫る蒼剣は数Mまで達する。それでもクロネは悠長にも半目で僕を見上げる。
「おやすみのちゅーもなきゃ、いや」
この緊急事態に何て要求を……!
いや、僕がここであのぶっとい大剣に真っ二つにされたらそのお願いも聞けないんですけど!?
これは、僕が断れない状況だと知ってわざと要求を釣り上げているに違いない。
半分以上寝ているような状態でなんと打算的なことだろうか。
「わ、分かったから。ええいこうなったら今日はおやすみフルコースだ……!」
おやすみフルコースとは、クロネを胸の上に抱いて、頭を撫でながらあやし寝かせることだ。
しかし、時折クロネが身じろぐ際に爪を立てて胸板が引っかかれることがある危険な寝かせ方である。
寝相を崩して粗相をしようものなら、躊躇なく噛みつかれることもあるのだ……!
だが、今回はそうも言っていられない。背に腹は変えられないのだ。
「にゅ……、もしうそだったらーー」
迫る蒼剣に見向きもしないクロネは半目更に眇めて僕を睨みつける。
最早その切先がクロネの背後まで迫り切ったその瞬間ーー
「ーー許さないから」
見向きもしないままクロネは片足を振り上げ、蒼剣を蹴り上げる。
その小さな身体にどれだけの膂力があるというのか、背面上段蹴りによっておおよそ蹴りつけたとは思えない重低音を響かせて、大剣がーー神器が宙を舞う。
「…………は?」
流石、人類最古の魔法。術者の奥義とも言える神器。現世に顕現する奇跡。極致にして原点。
練り上げられた神器を構成する魔力によってその強度は左右されるというが、それは砕かれることなく蹴り上げられた衝撃で回転しながら空を切り裂いていくクルスの神器はしかして見えなくなるほど空の彼方まで吹っ飛んでいった。
いや、上空にはカトリアが張った方陣があったので、そのまま突き刺さーーらないか流石に。
しかし、接触の際に一際激しい高音を響かせたのでその勢いは推して図るべしだろう。
「…………」
カトリアも、迫る足を止めてその糸目を見開いてクロネを凝視する。
射殺さんばかりの視線を、クロネは何事もなかったかのようにコキリと首を鳴らして伸びをする。
くあ、と。欠伸をして、クロネはぐりんと身を屈めた。
その瞬間、彼女の身体が弾けるように飛び出していく。踏み抜いた地面を網目上に砕き割りながら一足でカトリアに肉薄すると回し蹴りを放つ。
「ッ!?」
延髄を刈り取るその蹴り足は、咄嗟に反射したカトリアの腕で防がれる。
だが、その衝撃は殺し切れるものではなく、横っ面に砲弾でも受けたかのように弾かれてその勢いのまま家屋へと突っ込み粉塵を巻き上げた。
「は? ーーッ! 行けッ【聖浄四剣】!!」
一瞬の出来事に呆けていたクルスは、流石とも言うべきかすぐさま正気に戻ると、射出していた神器の行き先をクロネに向ける。
未だ戻っていない一振りを除いたその全てを、三角形の陣を作りながら突撃する。
「邪魔」
それを、まるで小枝でも払うかのように余る袖を丸めて裏拳で纏めて薙ぎ払うと、その内の一振りが僕の真横を突き抜けていった。
「あ、あのークロネちゃん? 今、お兄ちゃんの横を通り過ぎて行ったんだけど……?」
首だけの動きでこちらを向くと、クロネはニタリと嗤う。
「当たってない。誤差」
しかし、すぐに無表情になると、感情の伺え知れぬ無機質なまでの瞳をクルスに向ける。
びくりと、動揺のまま復帰できないでいるクルスを次の標的と定め、一度屈み込む予備動作をしてクロネという弾丸が放たれた。
余りもの瞬足。防御魔法を発動しようとして間に合わず、クルスに肉薄すると、その体格差からがら空きだった胴体ーー腹へとクロネの拳が突き刺さる。
これもまた、おおよそ素手で殴り付けたとは思えない重低音がクルスの身体の中心点から響き渡り、彼はその勢いのまま騎士団と相対するユウキたちーーその真横を通り越して騎士たちの集団へと激突する。
数人を巻き込んで金属音を響かせながらようやく勢いが止まると、クルスは白目を剥いて伸びていた。




