【終わりと始まりの創星神話 0巻 第六章2話】
「……私の生徒に手を出さないで貰おうか」
何処からか声がした。
すると、真暗な闇のような濃霧が、僕の目の前に広がっていく。
それは、オルクスヴェークの魔法ーー【黒霧の夢】だった。
「助かったわ、先生ッ……!」
いつ間にか目の前に現れていたオルクスヴェークが、【黒霧の夢】でクルスの放った魔力の刃を防ぐ。
膨大な魔力と魔力が衝突した。その余波だけで僕の身体は後ろへと倒れそうになる。
しかし、僕のその背をオルクスヴェークが受け止めた。
「先程ぶりであるな」
見上げると、オルクスヴェークの宵闇のような瞳と眼が合った。
最初に会った時と同じく、全てを見透かされているような眼だ。
だが、助けてもらったのは事実である。
「あ、ありがとう……ございますオルクスヴェーク……陛下?」
色々と気に食わない事があったせいか、ついご語尾を落としてしまった。
「うむ。何故疑問形なのかは存ぜぬが、息災で何よりである。それと、今は私用であるから私のことは先程まで通り通称のヨミと呼んでくれ給え」
再びオルクスヴェーク改めヨミの視線が僕から移る。するとそこには、いつの間にか起きていたクロネが、僕にしなだれかかるように寄り添っていた。
「にゅ……うるさくて、ねれない……」
愚図るクロネは自身の頭を僕の脇腹に押し付ける。
一応、これでも死にかけたのだが、そんな事クロネにとってはお構いなしだ。
僕はクロネを浅く抱いて、ヨミから離れた。
「【魔導王】……! よもや本当に本人だったとはな……!」
クルスは滞空させる神器を引き寄せ、目の前で十字の構えを取る。
「うむ。私がオルクスヴェーク・ビブリオライヒ・アルプトラウムである。我が領地での貴公の狼藉は看過できぬ。即刻退去し給え。貴公もまた、操られている駒に過ぎんのだ」
ヨミの勧告に、明らかにクルスは動揺していた。
「驚いているようであるな。貴公は確か、『教皇派』の者であろう? ならば、その答えは簡単である。今回の密告は、二つあったのだよ」
ヨミのその言葉に、クルスは表情を歪めた。
「ーーッ⁉︎ あの脂ぎった豚共が……ッ!」
どうやら、救世教団ーーというより、【聖宗救国】も一枚岩ではないらしい。
カトリアも教団から裏切られていたように、クルスも何者かに陥れられているのだろう。
組織が、それも一国ともなればそれも仕方がないのだろう。それぞれは派閥があり、個々人に信念があるように、彼らの思惑は複雑に絡み合っているらしい。
そんなお国事情に僕が巻き込まれているは、非常に納得がいくものではないのだが。
「ふむ。どうやら貴公も慮る所もあるだろう。どうであろう、我が国から国家再建の援助を受けてみないかね? 幸いにも私たちには優秀な復興使節団がいるのでな。外交官を通じて貴国との親善を結びたいと私は考えるのだがーーどうかね?」
クルスの表情から感情が抜け落ちた。
ヨミにどんな意図があるのかその心中は定かではないが、命を狙われ領地を蹂躙した相手によくそんな事が言えると思う。
「それはつまりーー私たちの国に、魔導帝国の属国なれと、そう言っているのか……?」
「何故そのような解釈になるのか理解できぬな」
「巫山戯るのも大概にされよ! 何が国家再建であるか! 他国からの力を借りねば、我らが祖国が滅ぶと言っているのか⁉︎」
「ふむ、認めたくはないのだろうが、事実であろう?」
「我らが祖国の何を知っているというのだッ!」
「貴国の食糧自給率は年々落ちていると聞いている。その推定年間餓死数もな。それに反比例して税率は上がるばかりであるとも。最近では国債を返済できず、それを押し付けられた貴族は引責の為に処刑され、その領地が接収されたとも聞いたな。……確か、その地には『バルバロッサ』もあったと聞き及んでいる」
ちらと、横目で僕を見やる。
バルバロッサとは、確かに僕が以前住んでいた都市だ。だけど、僕を巻き込んで話すのは止めて欲しい。
ほら、クルスが憎々し気に僕を睨んでるじゃん。
だが、これで話が見えてきた。
恐らくヨミはこの件で【聖宗救国】に貸しまたは何らかの口実を作りたいのだろう。それが一体どのような政治的理由なのかは分からないが、もしかしたら本当に善意から言っているのかもしれない。
ーーだが、これでクルスが果たして引き退がるのだろうか?
どうやら、カトリアを裏切った教団の一派にクルスは所属しているらしいが、その派閥とヨミにもう一つの密告をした派閥はクルスらの派閥と敵対ないし非協力的らしい。ヨミの提案に一番利があるのは、恐らくはクルスとは違う派閥だ。
ならば、クルスにとって取るだろう最善の選択はーー
「貴様の話は到底飲む事ができん! それに、ここで【魔導王】を討てば、救世教団の掲げる悲願も一つ叶う!」
……やはりそうなったか。
しかしどういうわけか、カトリアもそうだったが、やけに教団はヨミを敵視している節がある。
「ふうむ、ならば仕方があるまい。だが、本来ならばここで貴公を捕らえ、国際法に基づいた裁判を行うべきなのだがーー」
またもやヨミは、僕をーーそしてユウキらを見やる。
そして、ヨミの身体から魔力が溢れる。
クルスも神器である四振りの剣をヨミに向け臨戦体勢を取った。
「ならばここは一度、逃げるとしよう」
「え……?」
間の抜けた僕の呟きが、それを覆い隠すように黒い靄が僕の周囲を取り囲む。
同時にそれは、ユウキら三人も引き寄せると、ヨミの足元を中心に魔法陣が浮かび上がる。
その魔法陣は、【瞬間移動】の魔法を発動するためのものだった。
一瞬だけ僕の身体が浮遊感に包まれると、視界が暗転する。
急速に何処かへ引っ張られるような感覚に陥り、異空間を通じて別の座標へと転移する。
ーーその筈だった。
「ーー逃げようなんて、そうはさせませんよ、【魔導王】」
完全に視界が消える直前。
クルスの背後に立つ、カトリアの姿が見えた。
何処からともなく現れたカトリアは、両手の掌を合わせて打ち鳴らすと、彼女の周囲に正方形の魔法陣が現れる。
「【聖方四陣】」
カトリアの神器は魔法陣なのか。彼女が手を拡げる動作に合わせて、魔法陣は拡大し巨大化すると、上空に巨大な魔法陣が浮かんでいた。
いや、更に遠くを見れば、薄らと壁のようにもなっている。ーーつまり、この町ごと魔法陣を結界として僕らを閉じ込めたのか。




