【終わりと始まりの創星神話 0巻 第五章4話】
「二人ともそのまま伏せてなさい……!」
三人の攻防の最中、ユウキは動かなかった。
魔力弾を撃てば、二人に流れ弾が当たる可能性があったからだと、僕はそう考えていた。
しかし、それは違った。
ユウキは照準をクルスに定めると、その銃口からは収束された魔力の輝きを放っていた。先程と同じように魔力の砲撃を放つのだろうかと考えたが、しかしそれは先も防がれていた。
だからなのだろうか、更にユウキはある魔法を発動させる。
それは、銃口を中心に、旋風のように渦巻く魔力が集まっていく。次第にそれは圧縮されていき、螺旋状な筒を形成する。
そして、銃口から集束した魔力が解き放たれた。
魔力の光線が、長銃砲身化された風の魔力の螺旋を潜り抜けると、その光線は膨らむように倍化して嵐のような魔力の砲撃へと強化される。
その威力たるや、先程ヨミが放った【黒霧の夢・螺旋槍】と同程度だろうか。
先に放った魔力の斬撃が紙屑のように掻き消された。
その射線上にいるクルスは驚愕し急遽足を止める。
すぐさま幅広剣を水平に構え、魔法防盾を剣身から展開する。
「何だこの威力は……⁉︎ ーー【二重・魔法防盾】……‼︎」
クルスの幅広剣が魔力の輝きを放つ。
先程のユウキの砲撃もそれで防いでいたが、やはりあの幅広剣は魔法の精度と効果を高める触媒にもなるらしい。
幅広剣から魔法防盾ーーそれを更に二重に展開する。先に一枚目の魔法防盾が砲撃と衝突した。旋回する魔力の砲撃が魔法防盾を蹂躙し、一瞬だけ防ぐとすぐに割れ砕ける。
舞い散る魔法の名残である魔力光が、それすらも掻き消すように吹き飛ばしてクルスの幅広剣ーーその剣身から展開される魔法防盾と衝突する。
「ぐうッ……! ううぅーーおおおおおッ‼︎」
何とか押し留めようとするクルスのその身を、噛むように踏み込む足が地面を抉りながら後方へと吹き飛ばす。
浮き上がる身体は次第に砲撃ごと上昇する。
そして、空中へと舞い上がる砲撃はその先で爆散した。荒れ狂う暴風が大気を叩き付け、周囲の家屋の屋根や瓦が飛んで行く。
粉塵がまた巻き上がる中、その先で何かが落下する。
上等な錬金鋼で作られたであろう鎧はズタズタに裂かれて破損しており、外套は見る影もなくなっていた。
クルスは全身から鮮血を流し、彼を中心に血溜まりを作っている。
動く気配のない彼の姿を見て、戦いが終わったーーそう思った。
ピクリーーと、クルスの指先が微かだけど動いた気がした。
ぞわりとした悪寒が、僕の脳内で奔る。
突如、がばりと起き上がったクルスは、幅広剣を振り上げる。強い蒼い輝きを放つそれは、同じ色の斬撃を放つと高速でユウキにへと飛来する。
誰よりも早くに気付いた僕は、咄嗟にユウキを横へと突き飛ばした。尻餅を付いて倒れるユウキは驚きはしていたが仕方がない。
先程まで彼女が居た場所を的確に、魔力の斬撃が通り抜ける。あと一歩でも間に合わなければ、彼女は両断されていただろう。
「……チッ、狙い……が、甘かったか……」
ゆっくりと、足を震わせながらクルスは立ち上がる。
それを見たカイは、口の中に入った砂利を唾で飛ばしながら、再び槍を構え直す。
「マジかよ。アレでまだ生きてんのかよ……!」
カイが悪態を吐くのも分かる。あれほどの魔法を受けて立ち上がれるとは思わなかった。ましてや、反撃さえしてくるとはとも。
クルスの額から、一雫の血液が額から流れ落ちる。無造作にそれを拭うが、その手はぎこちない。
先程の火槍を手掴みしたせいか、籠手の表面が焼け焦げており、そのせいで上手く関節が動かないらしい。
彼は無造作に籠手を脱ぎ捨てると、地面へと放り捨てる。
それを見て、僕は違和感を覚えた。
灼熱を放つ槍を掴んで、その手が無事であるはずがない。いくら籠手を着けていたとはいえ炎熱耐性でも付与していなければ火傷は必須だ。
クルスは籠手を外したその手を握ったり開いたりして調子を確かめると、その手に魔法防盾を展開する。しかし、その手に火傷の痕は見えない。
臨戦態勢を取るクルスの足は既に震えておらず、幅広剣と魔法の盾を構えて吶喊する。
再びレイスが先んじて前に出た。その背後にはカイも付いており、泥の沼の中央付近でレイスとクルスは激突する。
「ーーありがとう、助かったわ」
クルスを警戒しながら彼女は立ち上がり、僕にお礼を言いつつ砂埃を払い取ると、手元の銃を見やる。
ユウキの視線に釣られて僕も見ると、それは先程まで放っていた魔力紋の輝きが失われていた。
「無事みたいで良かったよ。ーー因みにだけど、その銃ーー壊れちゃったの?」
ユウキは一瞬だけきょとんとした顔をするも、彼女はふっと笑い首を振る。
「違うわよ。弾倉に充填した魔力が切れただけ」
どういう仕組みかは分からないが、ユウキの銃は自身の魔力を用いず魔力弾を撃てるらしい。
ユウキは銃から弾倉を取り出して、新しいものと交換すると、再び魔力紋が光を放つ。
「あら、貴方は銃を知っているみたいね。それでも、この【魔導器】ーー【魔導器銃】については知らないみたいね」
何やら知らない単語が出てくるが、それを詮索する余裕もない。
前方ではカイとレイス、そしてクルスが先程よりも激しい応酬を繰り広げており、しかし前者の二人が劣勢に見えた。
「僕のことは呼び捨てでいいよ。それで、その魔導ーー器銃? ってのは凄く気になるけど、その話はまた後だね。ーー先ずはあいつを何とかしないと……」
僕が魔導器銃の話に興味を持ったのが珍しいのか、彼女は身を乗り出す勢いで話をしようとするが、僕に嗜められると少しだけ落ち込んだ表情を見せた。
「そ、そうね……そんな場合じゃないわ。ーーねえ、戦力として確認したいのだけれど、ゼロって実は凄く強くて実力を隠している人だったりするのかしら?」
突然の言葉に僕は目を丸くする。
強い人かどうかと言われても、僕は全然弱者の部類に入る。
「そんなとんでもない。実はーーまあ、僕は魔法が扱えなくてね……。戦力に数えられると……うん、まあ困るね」
「ええっ⁉︎ でも、さっき錬金術を使っていたじゃない!」
それは、先程の泥の沼の事を言うのだろう。
確かに、普通に見ればあれは僕が錬金術を用いて泥の沼を錬成したように見えるのだろう。
「あれはまあ、錬金術の再現ーーというか、元素魔力を用いた魔力と物質の反応現象をだねーー」
「勿体ぶらずに早く本当の事を言いなさい。それとも……何か話せない理由でもあるのかしら?」
「あー……うん、それはーーそうだね……」
「なら、話しやすいようにしてあげようかしら」
ユウキの目が怪しく光ったように見えた。謎の威圧感に僕は狼狽える。
「そ、それは、どうやってか聞いても良いかな……?」
「そうね。話しがしやすいように説得ーー撃つわよ」
それは説得ではなく脅しでは? と考えたが、魔導器銃を揺らすユウキの瞳がすっと据えたものになる。僕は息を呑むような小さな悲鳴を上げると、冷や汗が額に滲む。
ーーしかし、話してもいいのだろうか?
僕にとって最大の利点であり、同時に最大の弱点でもあるその秘密を。
だが、ゆらゆらと魔導器銃の銃口がゆっくりとこちらへと向く。
ユウキは、僕とヨミとの間に生じた出来事をレイスから聞いているだろう。ならば、彼女にとって僕は保護対象だとは言ったが、実際は不透明な第三陣営だ。
ここまで協力的に振る舞っていたが、彼女からしたら、もしかしたらこの先いつ裏切るかもしれないと思われても仕方がないだろう。
「わ、分かった。話すよ、僕のーー秘密を」
じっとこちらを見つめるユウキ視線ーー銃口を見つめて、僕は遂に観念する。
「僕の秘密。ーーそれは、僕は生まれつき、魔力を持たない。【魔力欠乏症】って言うらしいけど、聞いたことがないかな?」
人体には、魔力を生成する器官ーー魔力炉とも呼ばれるものが生まれつき備わっている
だが、稀にその器官が備わって生まれないか、未発達の者が存在する。
そういった者にとっては魔力は強過ぎて悪影響を及ぼす。だが、魔力とはありとあらゆるものに存在するものだ。大気や水や草木、普段口にする食料だってそうだ。
魔力を持たなければ、そういった自然に含まれる魔力でさえ人体に毒性を持つようになる。
だから、魔力欠乏症の人は長くは生きれないらしい。
ーーと、のべつ幕無しに話すと、ユウキは何やら神妙な顔付きでいた。
僕の顔をじっと見つめると、不承不承といった様子で頷く。
「……分かったわ。たまに魔力の使い過ぎで【急性魔力欠乏症】になる人も見たことがない訳じゃないし。一旦、ゼロの言葉を信用するわ」
急性魔力欠乏症とは、普通の人でも、魔力を大量に消費してしまうと、人体の生命力を激しく消費してしまい、場合によっては死に至る症状のことだ。怖いね。
「ふぅ……これで、分かってくれたかな?」
「ええ。でも、その話とゼロが錬金術を使ったのは矛盾するわ。錬金術も自然や化学法則に則っているとはいえ、流石に魔力がなければ錬成する事は出来ないはずよ」
「あーそれはね、この【液体魔力】のお陰だね。僕は魔力はないけど、魔法が使えないわけじゃないんだ。魔力という資源と魔法を発動するまでの行程さえ理解していれば、後は結果として魔法という現象が再現できるのさ」
「簡単に言うわね。結構難しいでしょうに」
ユウキの言う通りだ。
万物に宿る魔力は不定量であり、非常に安定性がない。同じような条件下での錬成でも、その日の天気一つで結果が左右されるなんてざらである。
本来なら、その結果を確定したものへ絞り込むために、自身の魔力を用いて魔法を構築をするなり術式を組み込んだりするのだ。
自ら魔力を捻出できない僕は、それをするまでの魔力が足りないので、既にある物質と元素魔力、そして魔法を構築、発動するための液体魔力を用いなければならない。
「……まあ、僕はズルをしているようなものだからね」
自嘲気味にぼそりと呟きながら、背中で寝息を立てているクロネを見やる。
「え? それってどういう意ーー」
ユウキのその言葉は途中で遮られた。
「ちょっとユウキさーん⁉︎ さっきから援護射撃が来ねーんでやがりますけど⁉︎」
それは、クルスと死闘を繰り広げていたカイの叫び声だった。
余裕そうにも聞こえるのだが、しかしそれはカイなりの強がりなのか、所々に傷付いており、頬に付いた擦過傷からは血を滴らせている。
「あの様子ならカイはまだ大丈夫そうね。ーーそれよりも、レイの方が消耗が激しいわね……」
見れば、確かにカイよりもレイスの方が被害が大きい。それに、呼吸する度に肩を揺らし、汗と血が舞い散っていた。
その理由は、偏にレイスの負担が大きいからだろう。
クルスに打撃を与えるには再接近する必要があり、しかし相手は幅広剣という拳よりも範囲に優れた攻撃と、魔法防盾という防御力がある。
更に、同時に攻め立てるカイを庇うような動きまで見せており、その負担は倍増しているのだ。
何故そのような負担が増えるような事をしているのかと思ったが、その理由はすぐに分かった。
それは、先程僕を庇った際に付いた傷口が開いており、そこから血を滴らせていた。
それが槍を振る動きを鈍らせているのだが、その隙を狙わないような相手ではない。
状況は互いに攻防を繰り広げているのだが、徐々にこちら側に押されており、劣勢である。
「助けてあげたいのは山々なのだけれど、私の【擬似魔導砲】も効かなかったし……まるで不死身ね」
それは、先程の砲撃だろうか。
確かに、あれ程の一撃を受けていたクルスは確かに負傷を受けていた。
それなのにも関わらず、今クルスの動きに澱みはない。まるで、負傷など最初からなかったかのようだ。
だからこそ、ユウキが躊躇うのも分かる。効き目がない攻撃を続けていては、先に消耗し切ってしまうのはこちらだと合理的に考えているからだ。
だが、本当にそうだろうか?
僕は既にある予想を立てている。しかし、それを確かめるにしても、ある理由がそれを妨げる。
しかし、そうしている間にもカイとレイスはクルスの猛攻を受け、今にも倒れそうだった。
彼らが斃された場合、その次は僕らだ。見たところ、ユウキは近接戦は不向きなように見える。僕なんて論外だ。ゴソゴソと試験管を取り出している間に真っ二つにされる自信がある。
僕らの退路が塞がれている以上、活路はクルスを倒さなければならない。
「ーーゼロ、さっき何か気付いていたみたいだけど、何か考えがあるなら教えて欲しい。貴方は私たちと会ったばかりで信用がないのは理解しているわ。でも、ここであいつを止めないと、この町の住人にもこれ以上の被害が及ぶわ」
ユウキの言葉に、僕は心中が揺れる。
僕にとっての最優先事項は自身とクロネの安全である。この町の人たちには良くして貰ったが、命を賭けて戦うのはそれは違う。
そう考えれば、アイツらの狙いは元々僕らで被害者だと声を大にして言いたいが、偶々居合わせたユウキらやこの町の人たちは巻き込まれただけに過ぎない。
そんな事を口にすれば、ユウキはきっと怒るのだろう。彼女だって、ヨミの護衛とはいえ帝都の学生なのにも関わらず、大国の騎士団ーーその副長と戦う意志を見せている。
それは、正義感から来るものもあるのだろう。
ーーくだらない。
その一言で一蹴してしまうのは簡単だ。
僕はクロネ以外の他人のために、危険を承知して戦うのは正直に言って嫌である。
……いつだってそうだ。この世界は不条理である。
力をーー魔力を持つ者。魔法の才能がある者。富や権力を持つ者。そんな奴らが勝手をするこの世界が心底憎い。
しかし、力のない者がそんな途方もないものに抗ったところで結果は見えているのだ。
ーーだが、ここでクルスを倒さなければどうだろうか。
よく分からない理由で命を狙われ続け、また各地を放浪する生活をしなければならないのだろうか。
帝国に目を付けられ、安住の地を探し続けなければならないのだろうか。
それもまた違うと僕は考える。
ここでクルスをーーあの騎士団を討たねば、僕は二つの国を敵に回す可能性がある。
ならば、戦わなければならないと結論付けると、考え続けていた僕を見つめるユウキと向き合った。
「分かった、やろう。ここでアイツを倒そう」
決意を言葉にして、手が震えるのを感じた。
その手を、ユウキがそっと優しく握る。
華奢な手だ。戦場になったこの場所には不釣り合いな、小さな手である。
「ありがとう、ゼロ。倒すなんて大胆な事を言うじゃない」
「それは、まあーー言葉の綾って奴だよ」
「ここで日和られるよりかは良いと思うわよ? 私はそういうの好きよ」
「なら、口だけにはならないようにしないとね。ーーそれでだけど、アイツを倒すのに考えがあるんだけど……協力してくれるかな?」
「もちろんよ! ーーそれで、何をすればいいのかしら?」
「僕がクルスの不意を突いてある錬金術を使う。でも、避けられたりしたら意味がないから、一瞬でも良いからアイツの足を止めて欲しい」
「分かったわ。ーーでも、助けを求めておいてこんな事を言うのはおかしいのだけれど……無茶しないでね」
「あーうん、それこそ僕が一番気を付けている事だからね」
「ふふ、そこは自信を持って任されたと言って欲しいわね」
「……まあ、次に機会があればそう言うよ」
僕はそう言うと、背負っていたクロネを地面に寝かせる。瓦礫を避け、比較的綺麗な状態の煉瓦を枕にさせると、寝息を立てる彼女の頭をそっと撫でた。
「……じゃあ、少しだけ行ってくるね」
そうして僕は、最早廃屋と成り果て崩れた家屋を登り始めた。
瓦礫に足を救われないように慎重かつ素早く登ると、まだ無事な方の家へと飛び移る。日々野山を駆け回り、魔物から逃げるため木登りした賜物である。
そこから、屋上に登り真下を見ると丁度クルスの頭上辺りである。




