【終わりと始まりの創星神話 0巻 第四章2話】
ーーそこからは順調だった。町を侵攻する騎士や兵士たちは中央に集まっているようで、こちらの方は手薄である。
町の北側は居住区となっていて、そこまで被害は及んでいなかった。町の住人は硬く戸を閉ざして引きこもっているか、心配そうに窓から外の様子を伺っている。
避難を促した方がいいのだろうが、そんな余裕もない。通りを小走りで走り抜けていくと、目的の町の外へ繋がる下水口まで近付いてきた。
「ーーげっ、嘘でしょ……」
しかし、そこには先客が居た。
四法睡蓮正騎士団の兵士が二人、下水口を見張るように二人で居たのだ。
偶然ーーではないのだろう。恐らくだが、事前にこの町の情報を念入りに仕入れ、町からの脱出路を確実に塞いでいた。
しかも、向こうは僕の姿を視認しており、何やらこちらを指を指して叫んでいた。
「白髪と黒髪の二人の子供ーー報告にあった『亡霊』だな⁉︎」
僕らの容姿があちらに知られている以上、違いますと言っても見逃して貰えるような状況でもない。
すぐさま踵を返した僕は、全力で走り出す。慌てて向こうの兵士もこちらを追いかけて走り出した。
背後では、兵士の一人が角笛を吹き鳴らして低い音が辺りに響き渡る。
増援を呼んだのであろう。幸いにもあちらはまだ二人である。しかし、追手が増えれば逃げ切れるかどうか分からない。
「クロネ、僕を連れて屋根の上へ跳んで!」
そう叫ぶと、クロネは僕を背後から抱き抱えて跳躍する。逆さまに映る視界には、唖然とする兵士の姿が見えた。少女が人一人抱えて屋根上に飛び乗るとは思わなかったのだろう。
【身体強化】の魔法にも限界はある。いくら身体能力が向上しても、すぐさま追っては来れないだろう。
屋根を伝い、先に進んでいく。背後では地上から兵士がまだ追って来るが、二つほど家を飛び越えて行くとその姿は見えなくなった。
そう思っていた矢先だ。鎧姿の騎士が、何処かから屋根上に飛び乗ってきた。先程の兵士が鳴らした角笛の音を聞き付けて先回りしてきたのだろう。
しかし、重装備だというのにその身体能力の高さは、流石は救世教団の誇る騎士だと言えるだろう。
「……どうかな、クロネ。逃げ切れそう?」
「にゅ……お兄ちゃんが……邪魔」
辛辣だが、その通りなのだろう。文字通り、僕は今お荷物の状態だった。
「それならーー仕方ないね。戦うのは本望じゃないけど、やるしかないのか」
「お兄ちゃん、戦うの……ボク、だよ?」
「あーうん、そうだね。後で目一杯いい子いい子してあげるから、頼むよ」
「うにゅ」
そう言うと、少しだけ顔を上げたクロネは半目で目の前に立つ騎士を睨み付ける。
相対する騎士の装備は幅広の長剣と凧型盾だ。騎士としては標準的な装備だが、非武装の相手にはかなりの脅威である。
例え武装していようと、長剣の範囲と凧型盾の防御はそうそう崩せそうにないように見える。
ーーそれが、普通の人相手ならだが。
「ーーにゅ!」
クロネが先ず取った行動は、僕を大きく空中にぶん投げた。並の膂力では到底及ばないような力で、僕は大きく空中に投げ出される。
それこそ、相手の騎士を飛び越えて、その直上から数Mは高い所へと、僕の身はクロネから放り投げられた。
その瞬間、騎士の視線は僕とクロネを交互に見やる。それと同時に驚愕した事だろう。追っていた対象が突然空中に放り投げられたのだから、驚くのも当然だった。
しかし、その一瞬が騎士の命運を別けた。
クロネから視線を外した瞬間、彼女は屋根を踏み砕きながら加速して、騎士に肉薄すると、手に持つ凧型盾の上から殴り付けたのだ。小さいながらも、拳型にへこんだ凧型盾は弾き飛ばされ、大きく体勢を崩して空いた胸元にクロネは更に回し蹴りを入れる。
大凡、素足で蹴られた音とは思えない鈍い音を鳴らして蹴り飛ばされた騎士は、金属の鎧を大きく陥没させて、くぐもった悲鳴を上げながら吹き飛ばされる。全身鎧を屋根上に擦過させながら、数度跳ねると何処かの家屋に墜落して砂埃を上げた。
そんな一瞬の攻防を直上から見届けると、自由落下を開始した僕は地面へと落ち始める。
「クロネ……! ちゃんと受け止めてよ⁉︎」
その言葉にクロネは薄ぼんやりとした様子で僕の後を追いかけ、屋根から飛び降りると僕の着地点となる場所に立つ。
両手を広げると、そこに僕の身体が落下し、何事もなく受け止めた。
冷や汗を流して安堵すると、見上げる形でクロネの顔が目に入る。
「げっ……」
ニタリとしたような、弓形にクロネの口端が歪むような笑みを浮かべていた。
咄嗟に僕はクロネから降りて、後ろから抱き締める。そして、彼女の目を片手で塞ぎ、もう片方の手で頭を撫でた。
すると、クロネは立っている力を失い、崩れ落ちるように僕にしなだれる。
少しの間そうしていると、すぅすぅと寝息を立て始めたクロネを背負い上げる。
「やれやれーー先が思いやられるな、これは……」
クロネが常人離れした怪力を見せるのも、突然意識を失ったように眠ったのも、全ては理由がある。
クロネは、潜在的に他の人よりも魔力の質が異なるのだ。
その魔力は、他者よりも異常なほどの力を発揮し、身体能力の向上を促している。
だがその反面、魔力の制御が難しく『暴走』の危険性を孕んでいた。そのクロネの魔力は感情を昂らせ、時には残虐とも言える性分を現す。
普段はその性質を抑えるために、魔力を自身で封印しているのだが、今のようにクロネ自身の能力を発揮すると、魔力の抑制が効かなくなるのだ。
だから、日中の殆どを寝て過ごし、微睡のような状態でいなければならない。
ーーもし、クロネが本能の赴くままに過ごしていたらどうなっていただろうか。
あまり考えたくはないが、より良い未来は望めないだろう。
だからこそ、本来ならクロネは外に出さない方が良いのだ。それこそ、人里離れた場所で秘匿されなければならないような存在なのだ。
しかし、それを連れ出したのは僕だ。
そうした方が良いと、その時はそう思ったから。いや、それ以外に選択肢はなかったが故に。
「だけど、僕にはクロネを守るだけの力がない。全くもって嫌になるね……」
クロネを護ると誓いながら、護られ続けているのはこの僕だ。
自分の不甲斐なさに歯噛みする。危機的状況に陥れば、クロネの力に頼らざるを得ないのだ。
一人では何も出来ない僕では、クロネを護る事も、導く事さえ出来ない。
ただ状況に流されて、なるように生きていくしか出来ていない。
「にゅ……おにい……ちゃん……」
背中に負うクロネが寝息を溢した。
僕の空虚な心に温かな灯火のような感情が湧いてくる。
そうだ。今はこんな所で悩んでいても仕方がない。僕は僕なりに今出来る最善を尽くすしかないのだ。
騒ぎを聞き付けた他の兵士や騎士たちが、こちらへと駆け寄ってくる音が離れた場所から聞こえて来る。
囲まれる前に、なんとかこの場を離脱しなければならない。
しかし、肝心の抜け道も今や封鎖され、町の出入り口も抑えられている現状でどうすれば良いのだろうか。
奴らの目的は、現状だと僕らの身柄を抑えるか、場合によっては抹殺だろう。
そんな相手に投降するのは有り得ない。
しかし、潜伏していても時間が解決するとは到底思えない。町の戦力では、救世教団の騎士団相手では歯が立たないのは明白だ。町が陥落するのも、それも時間の問題だと思える。
渦巻く思考が、踏み出そうとする一歩を歩き出させない。
何かーー何か状況を動かせる一手があればーー
その瞬間だ。
家屋を破砕して四法睡蓮正騎士団の兵士が目の前を通過していく。
その勢いは止まる事を知らず、更にその向こうの壁に突き刺さるようにぶつかって動きを止めた。
一体誰がこんな事をと、そう思った矢先に大穴を開けた家から何やら騒ぎ声を上げる複数の声がした。
それは、次第にこちらへと近付くと、空いた大穴から男女の言い争う声が聞こえた。
「うひゃーやり過ぎだぜレイちゃん。あっちで伸びて動かなくなってら」
「む、それを言うならユウキだってそうだ。こちらへと突然飛ばされれば、つい殴ってしまう」
「そんな事を言ったって、そこにいる馬鹿が一人取り逃がすからいけないのよ。ーー誰か一般人を巻き込んでいないわよね?」
「それについては問題ない筈だ。この辺りに人の気配はしないからな」
そう言って、家の壁に空いた穴から、レイスの伺う顔が現れた。
僕と目が合うと、気不味そうに眉根を下げた。
ぶっきらぼうな表情をしていたと覚えていたが、何だか愛嬌を感じさせる。
すると、レイスの奥から薄黄緑色の髪をした少女の顔が飛び出す。
「ちょっとレイ! さっきあなた人はいないって言ってたじゃない⁉︎」
「むーーそ、それがだな……そいつは……」
騒ぐ少女と狼狽えるレイスの奥から、更に赤髪の少年が顔を出した。
「おいおい、レイちゃん一般人を巻き込んだら後から先生に怒られんぜ? まあ、後で一緒に謝ってやるからよ」
「だ、だからそこにいる奴はーー」
三者三様に騒ぎ始める少年少女らは、見たところ僕と年頃は同じなように見える。
しかし、そんな彼らが騎士団の兵士を倒したのだ。侮れない力を持っているのは確かだろう。
「い、いや……僕は無傷だよ。それに、そこにいるレイスとは顔見知りだよ」
「え? そうなのレイちゃん?」
「ああ、彼がさっき先生が思念話で伝えていた保護対象の二人だ」
保護……ね。さっきは拘束するとか言っていたのによく言うよ。
ーーまてよ、現状レイスやその後ろにいる二人とは敵対する理由はない。保護と言うからには、生死を問わず付け狙う救世教団の連中よりかは、彼らと行動すれば安全性は高い。
……しかし、味方とは言い難いのは事実だ。隙を見て義父さんと合流し、この町からの脱出に利用出来ないだろうか。
どうしたものかと考えていると、レイスの奥から顔を出していた少年と少女が身を乗り出すと、こちらへと歩み寄る。
「私はユウキ。ユウキ・ユートピアよ。よろしくね」
「俺はカイ・アルビオン。よろしくな!」
名乗り上げる二人を観察する。
ユウキと名乗った凛とした目付きの少女は、この町では滅多に見ない綺麗な顔をしていた。町近くの農村で働く子供達は、親と一緒に畑仕事に日常的に従事しているからか雀卵斑顔の子供ばかりだ。薄らと化粧しているようだが、それも飾るのではなく美容の類だろう。
細身だがしっかりと鍛えているようで、スカートの下から健康的な脚が覗かせており、太腿には何か見慣れない物が収まっている、革帯が巻かれていた。
そして、もう一人のカイと名乗った赤髪の少年は見慣れない材質の直槍を肩に担ぐように持っていた。
「どうも……ゼロ・アーベントです」
こちらを見つめるユウキと名乗った少女は、興味深そうに僕の頭から爪先まで眺める。
「話はレイスから軽く聞いているわ。ーーふうん、本当に不思議な気配ね。こんなに近くにいるのに、全く魔力を感じないわ」
「【王立魔法教導学院ビブリオーネ】の学生ねーーって言っても伝わらないかしら?」
「ああ、いや……帝都にある魔法を教える学校の噂はここでもたまに聞くよ。でもまさか、学生のーー僕と同じくらいの歳の子が、まさか救世教団の兵士に勝てるぐらいだなんて思わなくて」
「それは、私たちはちょっと特別だから。先生ーーいえ、陛下の事はもう知っているのでしょう? 陛下に随伴する侍衛ーーって言っていいのかしら」
仮にも一国を治める長に対して、果たしてそんな少人数で務まるのだろうかと疑問に思う。
現に今、その護衛対象は現状最も危険な人物と相対していると言うのに、彼らは緊張感に欠けるように思える。
ーー何かあるのだろうか? 魔導王と呼ばれるほどの実力者だと言われる【魔導帝国】の皇帝。現人神とも言われ、超常の魔法を操ると聞いた事がある。
そんな伝説に謳われるような傑物が、そう簡単にやられる事はないという事か。




