【終わりと始まりの創星神話 0巻 第三章6話】
ゼロとギルバートが別行動を始めたのと時を同じくして、町の中に陣幕を引くクルスは隊員からの報告を聞いていた。
それは、この町に現れたとされる『魔導王』をカトリアが追って交戦した後、『魔導王』の作り出した結界に閉じ込められたとの事だった。
しかし、『魔導王』も同じく、結界内に居るらしく、そしてカトリアの動きが制限されたのは逆に好都合だ。
クルスにはある密命があった。
それは、血の繋がった実の姉を陥れる為、ある極秘の作戦を大主教から仰せつかっていた。
その内容とは、『バルバロッサの悲劇』に関わったとされる『亡霊』の始末と、潜伏先となっている町の襲撃である。
作戦の実行役である騎士団の団長ーーつまり、カトリアにその責を負わせる為、息のかかった部下には町の住人を無作為に襲うよう指示を出している。
この町に『魔導王』がいたのも好都合だった。姉の子飼共も『魔導王』の手下と交戦に入っており、混乱に乗じれたと言える。
だが、期待以上の成果とは裏腹にその胸の内は暗い。
「これはーー私への踏絵なのだろうな……」
よもや、私が裏切っているとは彼女も思うまい。
しかし、これは自らも危険に晒さなければならないと、密命を言い渡された時から考えていた。
クルスは姉ほど『四法』に狂信していない。寧ろ、嫌悪さえしていた。あまつさえ『救教』も、それを謳い続ける『救世教団』に対しても信仰は薄いと自覚している。
何故ならば、この世に真の救いはないと考えているからだ。
姉の異常なまでの強さを、そして、残虐極まる行為を生まれた時から見ていて、しかしそれを裁かない、裁かれる事のない日々を過ごして、一種の悟りを得てしまった。
クルスは、実の姉を異常者ーー狂信者だと認識している。
『四法』の名の下に、様々な惨劇を見てきた。
カトリアの中で『四法』は絶対である。彼女に『悪』であると認められれば、断罪は必須である。
それが、いつ自分の番になるのか、クルスは常に不安だった。
彼女の行き過ぎた『正義』は、身内にも牙を剥くのは既に知っている。縊り殺され、虚な目をした実の父を前に嗤う姉の姿を忘れた事はない。
思い返して、震える腕を押さえる。すると、側に控えていた副官がこちらを心配そうに見ていた。
「副長、如何なさいましたか?」
「いや、何でもない。ーーそれで、首尾はどうなっている?」
「はっ。現在、中隊を二つに分け、東西の入り口を制圧ならびに封鎖しており、町の中央に向けて進軍中です。道中、抵抗する町の衛士が居ましたが、問題なく排除しております」
途中、無抵抗な民間人にも被害が出ているが、それを行なったのは、四法睡蓮正騎士団に潜入した大主教の工作員である。気は引けるが、やらねばなるまい。
そこまで大きくもない町だ。制圧するのも時間の問題である。
すると、連絡員が報告をしにやって来る。
「報告です! 町の衛士を含めた住人が中央の組合所に立て篭もり、未だに抵抗されております」
「所詮、付け焼き刃の雑兵だろう。数で押して潰してしまえ」
「はっ! ……それと、もう一つの報告なのですが……」
「何だ? 『亡霊』の所在でも掴んだのか?」
「い、いえ。それが、『魔導王』の配下らしき者たちが、西側で我が方の騎士と交戦。既に小隊が壊滅し、中央へ向かっているとの事です」
「『魔導王』……か。よもや、かの御方がこのような田舎町に足を運んでいたとはな。それで、その配下の勢力はどれくらいなのだ?」
しかし、連絡員は何やら言い出し辛そうにしており、言葉を搾り出すように口を開く。
「そ、それがーー何と三人だと言うのです」
「何だとッ⁉︎ それは本当なのか……⁉︎」
四法睡蓮正騎士団の小隊は、騎士を四人、歩兵を八人で構成している。それも、この作戦には練兵を厳選して連れて来ており、たった三人程度にやられるとは到底思えなかった。
伏兵が居たのか……いや、そのような大勢の勢力が居たとは潜入していた工作員からは聞いていない。
ならば、本当に三人だけで小隊を打ち破ったのだろう。
「魔導帝国め……【魔導】などと大それた兵器を開発していると聞いていたが、まさかそれ程までとは……!」
歯噛みをしていると、副官が提案を出す。
「如何致しましょうか? 中央へ向ける兵をそちらに割きますか?」
「ーーいや、それでは中央の制圧が遅れ作戦に支障が出る。仕方あるまい、そちらには私が出ると言え」
数度頷くと、連絡員は陣から出て行く。
幕の中にいるのは、クルスとその直轄の部下だけが残った。
クルスは溜息を吐いて、椅子に背をもたれさせる。
「宜しいのですか? これでは、貴方の身に危険が及びます」
「そんな事は承知の上でだ。元より、この密命を大主教から仰せつかった時から、我々は生きて帰れる保証などなかったのだ! ……貴様とて、あの女の恐ろしさは知っているだろう?」
その言葉に、副官は押し黙る。彼を含めたこの場にいる部下は四法睡蓮正騎士団の人間ではなく、大主教の息がかかった者たちだ。それ故に、姉ーーカトリアが行うであろう制裁は、詰まるところ死である事は理解している。
使命を達成出来なければ、待ち受ける末路は誰もが皆同じなのだ。
「いいか? 町の中央ーー『組合』を制圧した後、速やかにあの女、カトリアの手によるものだと仕組むのだ」
そう言うと、ある徽章を副官に渡す。
「それは、あの女のものだ。この町の住民の血でも付けて何処かに置いておけ」
恐る恐る徽章を受け取る副官は、震える手で懐に仕舞う。
「……こうなってしまえば、魔導帝国と我が国は全面戦争になるやもしれんな」
魔導帝国と聖宗救国は昔から大小様々な武力衝突が多い。
それは、魔導帝国の起こり、その建国を端に発した各国を巻き込んだ『魔導大戦』で、聖宗救国はかの国に大敗を喫している事が起因している。
それ以来、聖宗救国の国内は安定せず、そして今は数年前から大規模な飢饉に悩まされている。
国内の不満や不平が救世教団や聖王家に向かないように、外へと向け続けた結果だった。
魔導帝国内への侵攻。図らずとも『魔導王』への襲撃。
この先、どのような外交的手段を上が取るのかは知らないが、彼らが報復に移らないとは限らない。
しかしそれも、私の預かり知らぬ所だ。
大主教を含め、救世教団の中枢がどれだけ腐敗していようと、聖王家がその傀儡になっていようと、それを正すつもりも見限る事もない。
命令されれば、それに従うのが私の騎士としての在り方だ。
ただ、姉への恐怖から解放されるのであれば、どれほど私自身の手を汚そうとしても厭わないだろう。
重い腰を上げ、隣に立て掛けてあった幅広の剣を腰に佩くと、部下たちに指示を出す。
「さあ、貴様らも行くのだ。ーー『救世主』は我らの行いを赦してくれるだろうよ」
心にもない声をかけると、救教での略式祈祷を捧げ、陣幕から出た。




