九十三話 『星誕祭』
残り二日間は素材を集め、解呪のレシピ作りを手伝う。勉強や魔法の練習など、各々やるべきことを済ませる。
そして、四日後はやってきた。
「わわわ! 前と全然ちがうっ!」
空へ向かうカラフルな風船と、光の雨を降らせる花火。聞こえてくる、わくわく感満載な音楽。道のタイルや店は雑貨やペイントで飾り付けていて、あちこちにかかるフラッグからは時折イベントのチラシが撒かれていた。
ただでさえ栄えている『遊覧街パルティータ』の、いっそう盛り上がった姿。期間限定で道も拡張するほど大盤振る舞いだ。普段は禁止されている空中への出店も許可され、魔法使いも箒で空を飛んでいる。
そんな一夜にして飾り付けられたパルティータ。
その変わりようを絶賛したのはカナタだ。以前来た時もはしゃいでいたが、それ以上の活気に目を丸くしている。
「今回はモノクロがモチーフなのかな? カラフルだけど、白と黒が多いような……」
「確かに。あとリボンがたくさんあるね?」
「あ、本当だ」
うさぎの耳のような白黒リボンと、鮮やかな色彩が印象的。モノトーンばかりでないのが、祭りの雰囲気だろうか。こうして辺りを見回してみると、かなりオブジェクトが増えた気がする。あと、シャボン玉が飛んだりはしなかった。
ミリアの知る『星誕祭』は、前々回のそのまた前回。
つまり、二十一年前の基準ではあるが、確実にデコレーションのレベルが上がっている。
「ネイウッドも似た感じなんですか?」
「まあ、だいたいはね。もちろん、規模的にはパルティータが上だけど」
「そうなんだ……」
魔法使いは皆、派手なものが好きなのだろうか。ミリアは目に痛いな、とも思いつつ、イベント空間自体は楽しんだ。
さて、待ちに待った『星誕祭』だが、パルティータにはいつも以上に人が押し寄せている。押されて転んだりしないよう気をつけながら、スケジュール通りを目指して人混みへ。
「うわ、すでに列あるとこもあんのか」
「ああいうのは開催同時から並ぶ人だよ」
数量限定などを目あてにしているのだ。
特に目玉の商品は、『ミステリーバッグ』。同じ見た目のバッグに商品が入っているのだが、『星誕祭』ならではのアイデアが仕込んである。
「え……うそ! 魔術書! 高くて買えなかったのに!」
「くっそ、十個買ったのに値段以下しかねえ! 確率悪すぎ……」
何が入ってるかも、どれほど入ってるかも分からない。当たりハズレのある、くじ引き形式の鞄だ。あちこちにブースが設けられており、パルティータの全店舗の商品がランダムに引き当てられる。
「たまに非売品みたいなのも出てくるのが良いんだよねえ」
「買ったことあるの?」
「一回買い占めようかと思ったら、グレータに怒られた!」
「……」
お金は払うのにひどいよねえ、と見当違いな言葉を続けるレイ。キーとカイヤには祭りを破壊しないように言っていたが、本人は未遂までしていたようだ。
最近は強引なところが鳴りをひそめていたものの、よく考えればキーの方が常識人。レイのやっていいこととそうでないことの線引きに、不可解な顔をしたミリアであった。
美味しそうな屋台や奇抜なファッションショー、魔法品のお試し、プロの占い師の実演、などなど……。
道ゆくままに祭りを楽しみ、現在は興味本位で覗いたアンサンブルが終わったところ。音楽好きなミリアが目を輝かせていたので、有名な音楽家だったらしい。
「生で聞けるなんて……!」
「そんなにレアなの?」
「今より二世代上のベテランで、もう滅多に姿を現さないんです」
「ええ? 思ったよりレジェンドだった!」
気づいた人がサインを取りに行っているので、ミリアも慌てて書いてもらえるものを探す。
レイは夢の魔法から紙を一枚取り出し、ミリアに渡した。この紙は不思議なもので、濡れても平気だし、くしゃくしゃにしても元に戻る。
「ありがとう……!」
楽器をしまって移動しようとする彼らに、ミリアはサインをもらいに行った。珍しく騒がしい中でも聞こえる声だったので、相当頑張ったのだと思う。見事にサインをゲットしたミリアは、宝物を嬉しそうに眺めながらも、どっと疲れた表情をしていた。
再び流れが互い違いになって、混雑し始める。左右の道幅が広くなったのもあって、気をつけないとぶつかりそう。
「右側は見れたし、今度は左の店を……」
そこに突き抜ける、背後からの声。
「あっ! やっと見つけてやったわ!」
「……なにかなあ、この猛烈に振り向きたくない予感は」
勝気でずる賢い、悪友メイリの笑みが浮かぶ。彼女の声はよく通るので困る。それだけ無視しにくいということだから。
「やっぱり、来てたのね! なんにも連絡よこさないとはどういうことよ!」
「別に連絡したくなかったわけじゃ……って、な、なんできみが?!」
振り向いた先には、予想通りの同期メイリと、もう一人いた。
その人物の髪色は、明るいオレンジ色。レイとしては、あまり会って嬉しい人物ではなかった。
「ヤッホー、カワイイ子! エリンも遊びに来たよ!」
「……」
「ふふふ……あんたの反応で確信したわ。やっぱりエリンとは気が合いそうね!」
この状況はなんと言えばいいのだろうか。
レイの心境としては、軽く絶望的だ。この二人がタッグを組んでしまったら、なにをされるか分かったもんではない。
「い……いつ意気投合したのさ?!」
「つい二日前よ? もともとネイウッドの方で顔見知りだったんだけど、昨日あんたの話してるっぽいから聞いてみたら、当たりだったってわけ」
じりじりと距離をつめるメイリに、逃げ腰のレイ。本気で飛んでいきたいが、そうしたら後でグレータに不真面目さを告げ口される。もしくは、ミリアたちに例の『おもしろ話』をするかもしれない。
「ところで、『星誕祭』を楽しむのに着飾ったりしないのかしら? ほら、周りの人はみんなオシャレをしてるわよ? ミリアとカナタにも新しい服を見繕ってあげたいし、どう? 少し、寄っていかない?」
「い、やあ……ぼくは行かなくても……」
「行くに決まってるわよね?」
「……ハイ」
圧に、負けた。
上機嫌で鼻歌をうたうメイリに渋々ついていく。どうせキーは立ち去るんだろうな、と思っていたら、メイリが同じように脅していた。
「ふふふ……これで着せ替え人形が五人! せっかくだし、あんたはモデルにしてやろうかしら?」
「ちょ、ぼくも祭りの予定が──」
「まだ一ヶ月あるじゃない。それとも、アリスを採用してもいいの?」
「それはダメ!!」
抵抗できずに『Calen May』に連行されたら、用意されたとんでもない量の服を着るよう命じられた。
「予想はしてた。予想はしてたけどさ……当然のようにスカートがあるんだー」
「そりゃね、子どもの姿だし。あんたに着せない方が難しいわよ」
「で、なんで別のところにズボンの礼服があるの?」
「そりゃ、ミリアに着せてみたいからよ。あの子、すらっとしてるから似合う気がするのよねえ」
確かにミリアはそこそこ背があり、手足も長くみえる。男装させたら似合いそうというのは、正解なのだろう。
「さーて、存分に付き合ってもらうから、覚悟していなさい!」
「着替えるだけのノリじゃない!」
とりあえず、交渉を試みる。何十着ではなく、十着以内。そのどれかを『星誕祭』に着ていく条件で、なんとか納得してもらえた。
「じゃ、着ていくのはワンピースね?」
「さすがにそれはないから!」
「やっぱワンピースよ!」
「慈悲のかけらもないね?!」
なんだか今日はいつにも増してノリノリだ。やはり、祭りだからだろうか。
だが、『星誕祭』は皆のものだ。つまり、メイリだけの横暴は通らない。
「な、なら、ぼくだってメイリのこと告げ口できるんだからね! 一応、本気で嘘はつかないから信じてもらえるよ?」
「あ、そう」
「え?」
「私、もう先手を取ってあるのよ。今ここで魔導主様あての手紙を出せるくらい」
さっと指に挟んだのは、封蝋まで押してある手紙。あれに魔力を込めれば、あっという間にグレータの方へ報せが行く。つまり、先に暴露されるのはレイの方だ。
「ま、負けた……! そこまでする必要ある!?」
「やってやったわ! あんたがいくら頭よくてもね、最終的には服への熱意が勝つのよ!」
メイリはドヤ顔しているが、結局は脅しているだけである。
その後、手紙の厚さがとんでもないぐらいにあるのを横目に、渋々メイリの要望に応える。レイは一貫して険しい表情でいたのだが、メイリにとっては服が似合うかの方が大事なようだ。
「あんた、本当に良いマネキンよねえ! なんでも似合うから、多少変なの入れても見栄えするのよ」
「言っとくけど、十着以内だから!」
「ハイハイ。分かってる」
ミリアたちはあらかじめ用意してあったものを着せられただけだが、レイの方はエリンの雑貨も加味される。
おまけに『星誕祭』のための特別なワンピースとやらは、気合が入っているためか何度もやり直していた。
「髪は短めか長めか……」
「ねえ、こっちの長いのは? くるんってしてカワイイよ?」
「良いじゃない! 浮く時に広がると、なお良しね」
「リボンを編み込んで、左右で蝶結び」
「あと、これ! 『キラキラの素』! 髪が星空みたいになるよ!」
「靴はブーツより、ストラップにして……」
「オシャレなポシェットをかけたら……」
じゃん、と鏡の前に出される。そこには、夜空色の髪をした少女の姿。もちろん己のことではあるが、第三者目線で考えないと飲み込みが遅くなるのだ。
「似合う! 本当に似合うわね!」
「カワイイ子はやっぱりカワイイ子だった!」
褒められて嬉しいかと問われれば、まあ嬉しくないわけではない。褒められているから。
ただ、思いっきりおもちゃにされた感があるので、手放しで喜べないのである。
「あんた、本当は女の子なんじゃないの?」
「ひどい! あげくの果てにひどいよ!」
黒歴史が人質に取られていなければ、即座に着替えたいぐらいなのに。
八方塞がりにレイが落ち込んでいたら、カナタがそばにやってきて言った。
「レイくん、めちゃくちゃかわいいじゃん! シャロルちゃんレベル!」
これは、トドメか。全く純粋な褒め言葉なのだが、今は崖っぷちに追い詰められた気持ちであった。
「年上の威厳もへったくれもないや……」
「もともとないじゃない」
「うぐっ……」
図星という名のダメージ。それを傍目に大笑いするメイリは、勝手に楽しそうにしていた。
「まあまあ、安心しなさい? あんたに朗報があるから」
「朗報? これ以上に何があるのさ」
「これを聞いたらその服、あんたも気に入るわよ?」
メイリの朗報が良いわけがない。身構えながら尋ねてみると、予想に反して本当に朗報であった。
「そのワンピース。実は、アリスとオソロで作ったの──」
「よっし! 今日……いや、一週間ぐらいは着てあげてもいいよ!」
変わり身が早いのは当然。たまにはお揃いというのも悪くはない。
あとでこっそりズボンにしようと画策しつつ、アリスにも着替えてもらうことにしたレイだった。
「そういえば、ミリちゃんたちは何を着せられたの?」
「被害者意識が高いわね……」
ミリアは先ほど話題にした男装風な感じ。ミニハットを被っていて、ハーフアップだった髪は下の方で一つにまとめられている。
師弟コンビも普段着ないようなフォーマルな衣装で、カナタは初めてだからかソワソワしており、キーはただ動きづらそうにしていた。
「男装なんてしたことないんだけど……大丈夫かな……」
「ちょっと窮屈だけど……シャロルちゃんのコンセプトと似てる! ついでに、あたしもイケてる感じになれる!」
「首が詰まる……」
各々の感想を呟いている。ちなみにミリアの男装は、メイリのプロデュースなだけあってバッチリ決まっていた。かっこいいというよりは、綺麗な印象である。
もう満足しただろうと、『星誕祭』へと戻ることにする。メイリとエリンはニコニコと見送り、着替えるな、と最後の最後まで念押しをしてきた。
「アリスがいる限りは着てあげるから」
「約束よ?」
わりと本気でお願いしている。その気持ちに免じて、ズボンに変えるのも一週間後からにしようと思う。
『星誕祭』の正装のまま、次の目的地はスイーツコンテスト。
初日から十日に渡って行われて、参加した客による部門ごとの投票で結果が発表される。これから十日はお菓子が食べ放題というわけだ。
「ホイップのところが一番好みなんだけど、他のところも捨てがたいからね。公平公正な審査をするつもりだよ」
キリッとした表情で、スイーツコンテストの会場へ。お菓子好きのレイとしては、生半可な気持ちで臨めないイベントである。
「どっかの評論家かよ」
「『自称』評論家だね」
ツッコミを入れた人物は、おそらく全く興味のないイベント。だが、スイーツコンテストと言っても、甘いものばかりが揃っているわけではない。
ビターなものや、酸味の効いたもの、辛いものまで、その味は多岐に渡る。参加しても、全く損ではないはずだ。
「だから、今すぐどっか行こうとしないでね!」
「分かった。分かったから、道ふさぐのはやめろ!」
人混みの中での堂々たる通行止め。良い子は真似しないように、というフレーズの似合うことをしていた。
ここで言い合うつもりはないと、キーはあえなく承諾。レイは作戦成功とばかりに、悪戯っぽく笑った。
「ここからは、いかに早く人混みを突破できるかにかかってるよ。スイーツコンテストの会場はちょっと遠いから、はぐれないように気をつけないと」
レイは『扉』を使うことを皆に伝えると、流されそうな人波に逆らってパルティータの中央へなんとか進んでいった。
メイリ「そうだ、エリン。誰と一緒に回るか決まってる?」
エリン「決まってないよ! あっ、でも、ニッくんと約束した!」
メイリ「そう、約束あるわよね……どうしようかしら」
エリン「メイリンも一緒に来る? みんなでまわった方が楽しーよ!」
メイリ「そう……? ふふん、誘われたら乗る一択よね! 全制覇するわよ!」
エリン「ラジャー!」




