九十二話 四日前の静けさ
「用途不明の魔導具」
探していたワード。音沙汰がなかったはずの、新たな手がかり。
それは、まさにパルティータで探していた鍵なのではないか。
「大会の優勝賞品なのに、用途不明の魔導具なんだ? しかも、中位って二つ星か三つ星ぐらいの子が出るとこだし」
《変人貴族が面白半分で捻じ込んだ結果、賞品が訳分からんことになった。そういう経緯らしい》
「それは魔法の大会でやって良いことかな!?」
魔法の大会は、本気で挑む人が多いのだ。
そこで優勝賞品が渋いとなると、クレームがたくさん来る未来が容易に浮かぶ。
《それに関しては知らんね。まあ、魔法会がどうにかするんだろう》
「グレータなら賞金、上げておいてくれるはず……」
そんなことより問題なのは、どうやって大会を優勝するかだ。
二つ星、または三つ星というと、出れるのはミリアとカナタのみ。だが、決闘の名前に『星団戦』とつくということは、四人まで人数を集めないといけない。コトカ達とやった決闘のように、チームで協力するものだから。
「今から二つ星か三つ星の魔法使いを探して、さらには優勝……っていうのは、現実的に考えて厳しいね。他の魔法使いは大会のために練習してきたんだから、そうそう勝てるわけがない」
ならば、譲ってもらうしかないのか。否、せっかく自分の手で獲った優勝賞品を、そう易々と手放さないだろう。
「う〜ん……やっぱり優勝しかない? でも、そんな無茶で通らないし……」
《ああ、そうそう。言い忘れてたケド、『遊戯大会』でもいい。そっちは、全大会の優勝賞品を好きに選べるからね》
「好きにって……『遊戯大会』の優遇がすごいね?!」
何かの力が働いたのだろうか。魔法決闘でもなく『遊戯大会』で、さらに全大会の好きな優勝賞品を選べるなど珍し過ぎる。
『遊戯大会』というイレギュラーとなったが、こちらも運や技術が必要だ。どちらにしろ優勝まで突破するのは難しそう。鍵の獲得を悩みに悩みつつ、ヴィヴリオとの通信を切った。
「いや、どうしよう……『遊戯大会』に出れるぐらいの器用な人って──」
「よろしければ、ワタクシが出ましょうかァ?」
「器用な人、器用な…………そうじゃん! カイヤ、出て! 出場決まり!」
ハイスペックな人形ことカイヤだが、魔法が『糸』なこともあって、器用さはダントツだ。
さらには人間観察を趣味にしていることから、洞察力や心理分析においては優位をとるのがとてつもなく上手い。なので、たびたび誰かに賭けをふっかけては、ボコボコにして有金をかっさらったりしてくる。
そんな、普段は禁止しているカイヤの悪癖。今回の『遊戯大会』という場では無双間違いなしである。特別に解禁して、優勝を狙ってきてもらおう。
「完全な運要素は仕方ないけど、それ以外なら突破できるもんね。そっちは任せるよ」
「承知致しましたァ」
とても悪人顔で笑っているので、出場者は散々な目に遭うかもしれない。まあ、普段では許せないことなので、祭りを崩壊させない限りは多めにみよう。
「馬鹿ほど面白いものはないですからねェ。少し煽るだけで、際限なく金を積みますし」
「ちょっと、カイヤ? 何するつもり?」
「いえ、特には」
「……」
黙って睨んでおくと、ふいっと目を逸らされる。これは放っておくと、金を巻き上げてくるやつだ。
また監視しないといけなさそうだな、と計画を変更。ミリアたちにも協力してもらい、『星誕祭』を心待ちにしながら、大会を壊さないように予定を練り直す。
あれこれ意見を出し合って、だいたい回る店が決まってくる。これならイベント全制覇できる、と予定表を掲げたところで、
「あたしは、しゃろるちゃんのとこ、いければ……あと、たいかい…………でみせ、たのしみ…………」
「カナちゃん?!」
もう限界とばかりに、カナタが顔から机に突っ伏した。ごん、と音が響いたが、起きる素振りは全くない。
時計を見れば、針は八時を指している。そこまで遅くはないが、昨日からの疲れが溜まっていたようだ。
「ごめん、カナちゃん! もう帰ろっか」
「うん……かえる」
寝ぼけ眼を擦りながら、カナタはよたよたと帰っていった。
「大丈夫かな……念のため、途中まで送ってあげて!」
「便利屋じゃないんだが」
「師匠だから!」
「そこで師匠かよ!」
解散時間を遅らせたのはお前だ、という抗議が右耳から左耳をすり抜けた。無駄だと悟ったキーは、文句を残しながらもカナタのいる方向へ向かっていった。
「それじゃ、ミリちゃんもまた明日ね」
「うん」
夢の魔法からの帰宅。アリスも「おやすみなさい」とミリアに小さく手を振り、虹の空間は閉ざされた。
それを見送ってから、ミリアも踵を返す。
『ククーロ』出たらすっかり夜。秋めいてきたので、羽織るものがないと寒いくらいだ。
「羽織るもの……そういえば、魔法服ならあったかくなるんだっけ」
試しに『ショー・ニスネー』と呟いてみると、肌寒かった風はたちまち止んだ。魔法がたくさんかかっているため高機能なのだが、ある程度まで温度調節をしてくれることには驚いた。
(でも、防寒着扱いなのも気が引ける……)
今度はカーディガンでも持ってこよう。そう念頭に入れておくことにする。
住宅街を進んで少し。仮住まいの部屋に着くと、明かりをつけてベッドに座る。
魔法で綺麗にしてから着替えて、一段落したところで、花屋でビオラから聞いた話がふと浮かんだ。
クリアマーレから続いている、呪いの話。今まではミリアたちが特別知っていたことが、誰の耳にも入るようになっている。
(あの時……異変の時は平気そうに振る舞ってたけど、やっぱりそんなわけない、よね……)
思い出すのは、わずかに狼狽えた様子のレイ。いつも明朗闊達で落ち着き過ぎているくらいだが、呪いの話が出た時は声と表情がこわばっていた。なんでも魔法で解決しているイメージだが、これだけは明確に危機感を持っている。
「何か力になれると良いけど……」
まだ三つ星でしかないミリアにできることなど少ないものだ。今日だって杖をもらってしまっている。ああ見えて歳も上なので、ミリアのことは頼りない子どもに見えていそうだ。
「採集だってキーさんがいれば良い気が……実際、付与してもらってる上に、矢も調達してくれて……」
これは、駄目だ。思考が良くない方に向かっている。
強制的に思考を切り上げるため、日課である使い魔との時間へ移ることにした。
『エッディーオ』
すっかり唱え慣れた呪文の後に、白いふわふわな毛並みに手を伸ばす。心が解きほぐされて、下がり気味の気分に優しさをくれる。
この時間は召喚や使い魔の勉強としているが、今では欠かせない癒しの時間だ。
「……あ、そうだ。ソラニも一緒に『星誕祭』に行こうね」
「……?」
可愛く首を傾げるソラニ。『星誕祭』がなんなのかを不思議に思っているのだろう。ただ、なんとなく遊べると感じたのか、ミリアの手をつついていた。
「ふふ、くすぐったい……」
そのまま少し遊びながら、三日後のイベントへと思いを馳せる。
ずっと外へ出ていなかったミリアにとって、家族以外と『星誕祭』に行くのは初めてのこと。すっかり浮かれてしまっていると、恥ずかしさを感じつつ、三日後が楽しみで仕方なかった。
「た、楽しみだけど、それまでは採集がんばらないと……」
なんだか前日でもないのに、落ち着かない。こういう時は、心を落ち着かせないと眠れなくなる。
ミリアは丁寧にしまったハープを取り出し、その弦に触れる。今日は少し遅いから、一曲にしよう。
「……『星明かり』にしよう」
星うさぎのソラニにピッタリな、優しく瞬く星の歌。ミリアも気に入っている、音のハモリが美しい一曲だ。
小さな星が照らす、ささやかな小道。
空を見上げた者だけが知っている。
なんてことないようで、心の安らぎのあるところ。
小夜の星空を奏でると、ソラニの耳がぼんやりと光を帯びる。心地よい音色が好きなのか、ハープの演奏をとても喜んでくれるのだ。
神秘的な雰囲気をイメージしながら、繰り返しにストーリーと感情をのせる。
そして、最後の音は、余韻を残して。静かに溶けていったところで、ミリアはハープを下ろした。
「……ふう。うまく弾けたかな……?」
尋ねてみると、ソラニはピンっと耳を立てた。どうやら評価は良さそうだ。
「聞いてくれて、ありがとう」
「……!」
これは初めて演奏した後に調べたことだが、音楽に触れると魔力が高まることがあるらしい。そうすることで使い魔との仲も深まるし、双方の神秘性の感応にも影響を及ぼす。
これがどのような結果を生むか定かではないが、中には魔法の仕組みが分かるようになったり、星図が計算できるようになる、ほんの少しだけ使い魔の言葉が分かるようになる、なんて事例もあった。
「……もう遅いし、寝ないと。明日もがんばろうね」
採集に行くので、ソラニには魔力を辿ってもらう。ゆっくり眠れるようにと、用意したふかふかなベッドを勧めた。
おやすみ、と明かりを消して、ミリアは目を瞑る。静寂に身を委ね、夜空を想像しながら眠りについた。
◇◆◇
──同時刻。
レイはグレータから送られてきた『調査結果』と書かれた書類に目を通していた。
内容は、呪いと魔術師たちについて。
あれから魔法会による調査が進められていたが、特定するには時間がかかったようだ。
「シスイさんの話と魔術師たちの記憶、魔法会の調査を総合すると……」
主導したのは魔術師。隠れ蓑にされたのが『フラハティ研究所』。
そして、魔術師たちを紛れ込ませたのが『シャトレ魔法学研究所』。
「当然の流れだ。突然増えた魔術師の不自然さも、一時的に隠せたんだろうし」
つまり、『シャトレ魔法学研究所』は魔術師側に加担しているということだ。
『シャトレ魔法学研究所』というのは、エルメラディで一位二位を争う大きな研究所。地位の高い人物が関わっているのは確かである。
「魔術師を追うより、こっちを叩いた方が早そう。ただ、シャトレで手引きする人が、どんな立ち位置かによるんだけど……」
ここを本格的に調査したとしても、繋がりが薄ければ魔術師の足取りは掴めないだろう。それどころか、ぷつりと痕跡が途絶えるかもしれない。
おまけに呪いや魔術師に影響を受けた人たちは、一つの思想を共にしている者ばかりだ。感化されてしまったトリュフォーの記憶では、昔あった戦争について囁かれていた。
(悪魔の契約者が正しいとして、今の世界がまやかしだと説く。ありがちな洗脳のやり方ってとこかな)
それゆえ結束力だけは強固。シスイのように裏切ることは望めない。
次いで謎として残る、『扉』の魔女の存在もある。記憶の中で見た彼女は、目的のために多くの犠牲を払って『扉』にいた。
だが、シスイの記憶を見させてもらったところ、どうも魔術師たちとは思惑が違うようだ。
あの魔女は、魔術師の仲間と捉えていいのか、はたまた一時的に手を貸しているだけなのか。
「まあ、考えても仕方がないか。そもそも『扉』にいる利点について、ぼくは何も知らないし」
余裕があれば、『扉』の狭間を観測したい。誰も知らない世界が入り混じっている、未開の空間。危険どころか近寄ることさえままならないが、あの魔女は生命と引き換えに留まっている。
(『扉』の入口だけなら、踏み入れても問題ない。五分……いや、十分はいけたっけ)
こちらでも調査の算段をつけつつ、今は解呪の魔法薬が最優先とする。あちらが魔力を封じてくる限り、尻尾を出さずに逃げられるのがオチなのだ。
だから、それまでは本格的な動きは見せない。あちらが仕掛けてくるまでは、解呪への時間を稼ぐ。
「『星誕祭』で、必ず鍵を手に入れる。魔術師の調査は……極力爆破しないでってカイヤに言っておこう……」
人形兄弟と魔法会を頼り、レイはしばらく傍観を決め込んだ。
◇◆◇
……夜も深まる頃。
ひっそりと明かりのついた魔法学校近くの試験室。ここでは『星誕祭』のために、たくさんの魔法使いが練習に来ていた。
魔法学校の生徒はもちろん、パルティータに住む魔法使いも練習していたため、昼間はとても騒がしかった。
『ねえ、三日後さ。僕たちで優勝できたらいいよね』
『できるかなあ? 練習したけど、息が合わないとこあるし……』
『けど、僕はいけると思うけどなあ?』
『だよね、だよね! ──が出てるんだもんね!』
そうやって彼女たち三人は楽しそうだった。本当に優勝できたら、それはすごいこと。
──がいるから、難しいことでもないかもしれない。なんてことを考えながら、遠くで会話を聞いている。
たまに、睨みを利かせられたりはしたけど、何か勘にさわることでもあったのだろうか。
『何、こっち見てんの? 行こう、──』
『……そうだね』
そうやって離れていく。ただただ日常が過ぎ去っていく。
前にもこんなことがあった気もするけど、忘れてしまった。
思い出そうとすれば、ひたすら過去が思考を脅かそうとする。
「──は誰だった?」
特に記憶を無理やり引っ張る気はない。
だけど、なんでこの場にいるのか、分からない。
なんで大会に出場することになったのか、分からない。
なんであの子と親友なのかが、分からない。
『クインちゃん、三日後の準備はオーケー? 楽しみだね、『星誕祭』』
いつも名前の呼び方が変わってる。だから、声をかけられたらすぐに分かる。
『あっ、安心して。周りにはだーれもいないから。今頃みんな探してるよ』
皆のところには行かないのだろうか。
不思議に思っていると、──はにこりと笑った。
『みんなは僕がいなくても友達がいるしね』
何を考えてるのか。ただ笑みだけをのせているから、行動の意味も理由も理解できない。
だが、これだけは知っている。
三日後は、きっと地獄が待っている。
「……『エドゥフェ』」
小さく魔法で空を描く。
──のように上手くはいかない、地味な魔法を絵に落とす。
少女は拙い魔法を少しでも良くするために、何度も何度も呪文を唱えた。




