九十話 商店街巡り
ヘーゼルの『杖屋』、シャノンの『星軌商店』で集めた素材は全部で六つ。最優先の素材が四分の一ほど獲得できた。
次なる素材を求めて目指す場所は、呪文刻印の専門店。石に呪文を彫刻し、魔導具やまじないに使われる呪文石を売る店だ。
普通の石ころから宝石、または魔力を持った魔石や魔宝石など、幅広い彫刻をしているらしい。
「ここのニッくんはエリンとよく遊んでくれるよ。ちょっとイタズラしても怒らないし、ジョーダン言っても許してくれる。めっちゃ良い人!」
「おお、本当に良い人そうだ」
店の中に入ると、まず彫刻された石がごろごろ入ったワゴンが見えた。
色や形、大きさの違う石が集められたものと、種類ごとに分けられたもの。他にも表にまとめられたものもあり、そこから選んだ石に刻印をしてもらえるようだ。
「選ぶの楽しそう……」
「あ! 翡翠みっけ! ミリちゃんの目みたいなのもある!」
魔法関係なしに、石を選びたくなるぐらいの豊富さだ。ここが石屋だと勘違いしそうである。
「ニッくん、ハロー! 元気にしてた?」
エリンが作業台にいる人物に声をかける。
ニックと呼ばれたその人は、エリンに気づくと、ゴーグルを外して気さくに話し始めた。
「おっ、エリンか! もちろん元気だ! 今日は何をするんだ?」
「今日は雑貨と彫刻のユーゴウを……じゃなくて、キョーリョクの取り付けに来たよ!」
一瞬間違えそうになりながら、エリンが速攻で依頼の話に入った。協力してもらえる前提で話している。それだけ親しい相手ということだ。
「協力? エリンが俺に依頼を?」
「そうそう! ばーちゃんと友達も一緒にケンキューしてる!」
「メイガンさんと……おっと、エリンに気を取られて挨拶し損ねるとこだった」
彼はレイたちに向き直ると、明るい笑顔と共に名を名乗った。
「俺は彫刻師のニック。エリンの友人さん、よろしくな!」
明るいオレンジ色をした、眩しい瞳。歯を見せる裏表のない笑みからは、人の好さが滲み出ているようだった。
「こちらこそよろしく、ニックさん」
差し出された手を握り、こちらも軽く自己紹介を済ませる。
それから少しだけ雑談。エリンの無茶で誕生した超巨大な彫刻や、呪文と魔法陣を組み合わせて雑貨について。
その成り行きで、先ほど彫刻した石を見せてもらったところ、独自の発想と技術で生まれた彫刻に驚くことになった。
「表面どころか、中も彫ってるの?! やるのが難しいってのもあるけど、何より集中力がすごい!」
普通の彫刻は表面、側面、裏面にするのだが、この石には中にまで呪文がびっしり綴られている。魔力を中に送って削っているらしいが、小さい上に裏側は感覚の領域。緻密な作業であることは間違いなかった。
魔力は自由に動かせるためレイも習得したい技だが、残念ながら基礎の魔法系が必要なので不可能。この技術はニックにしかできないものであった。
「けっこう自信作だからな! 今は誰も買わないけど、これから普及させていく予定なんだ」
「えっ?! 誰も買わないだって? ……それは、よくない! これはもっと評価されるべきだ! ……ってことで、全種類一つずつ依頼してもいい?」
「……ぜ、全種類?! お前さん、すごいな!」
依頼内容の突飛さに、笑いつつも呆けた様子のニック。おそらく、こんな買い方をする人は他にいなかっただろう。そもそも石の彫刻自体、頼みに行く人は少ない。
とはいえ、また誰かさんに茶々を入れられそうなことである。レイ自身も節制などと口にした覚えがあるものの、この技術のためならばどうでもいい。これはレイが発見者として、世に広める使命があるのだ。
「それと、技術の提供とかもやってみるといいよ! ある程度広まって、みんなが技術を欲しがる頃がベストだね!」
「お、おう……技術提供とか考えたこともなかったな……」
「新発見ならお金もどんどん入るから、絶対やった方がいい! これなら、呪文にさらなる意味を持たせられるし、衝突しないようにすれば違う呪文同士を複合できるかも。あ、衝突といえば、石の内側は裏と考えられるから相反してるべき? それができるなら、四つの呪文を一個にまとめることも不可能じゃない……」
「ええっと、何言ってるんだ……?」
途中から製作者そっちのけで思考を巡らしていた。
便利なものが、さらに便利になるかもしれない。複雑な設計を大幅に簡略化できるかもしれない。
そんな誰もやったことない領域に、レイは真っ先に手をつけてみたいのだ。
「とりあえず、ニックさんには依頼させてもらうから! むしろ今まで来なくてごめんなさい! 依頼料はいくらがいいでしょうか!」
「そ、それより、……一回落ち着いてくれないか?」
怒涛の勢いでまくしたてるレイに、タジタジになるニック。その様子を見ていたエリンが、不思議そうにミリアに聞いた。
「ねえ、カワイイ子はどうしたの?」
「えっと、魔法の研究が好き過ぎるだけ、かな……?」
「へえ? エリンにとっての雑貨屋さんみたい」
ニックに諭されたので、深呼吸でクールダウン。レイは後日改めて全種類の彫刻を、依頼すると約束した。
それから石は何があるかを確かめようとしたところ、本来の目的である希少な素材の話に行き着いた。
「店で一番高い『トワイライト』と『イミテーションスター』……あと『カラーダイヤモンド』なら何種類かあるな。昔は注文もあったが、今は倉庫で埃をかぶってる。それでいいなら、どんどん持ってってくれていいぞ」
「ありがとう! ニックさん!」
レイは硬貨の袋を嬉々として差し出し、驚愕しつつ受け取ったニックは置いてけぼりのまま。
無理やり感が否めない。感謝の表し方がいちいち大袈裟である。
下手したら出禁にされるレベルの詰めより方なので、ニックがおおらかな人で助かった。
奥から出された小箱を二つ。希少な媒介を獲得した。この魔宝石や宝石を蒸留させてできた液体が、魔法薬の調合になくてはならない繋ぎの役割を果たす。
「エリン、依頼がんばれよ」
「はーい! また遊ぼーね!」
「ああ!」
手を振って見送るニックに、手を振り返しながら外へ。これで五つの素材はクリアしたため、半分ほどのノルマ達成だ。
そして、お次は花屋。『flower shop』と書かれた看板のある、ガラス張りの店を見つける。
並べられた植木鉢や、両手で抱えるほどの花束があり、水やりのあとなのか日の光を浴びてきらきらと輝いていた。
「フェリリン、ビオラおばさん、ハロー! 雑貨屋エリンが来店したよ!」
「あ、エリンちゃんだ……!」
「あらあら、いらっしゃい」
店番をしていた癖っ毛ショートヘアの少女と、奥から顔を出した柔和そうな女の人。
どうやら親娘でやっている店のようだ。『フェリリン』と呼ばれた少女は嬉しそうにエリンを出迎え、自作のアレンジメントをプレゼントしていた。
「わお! キレイ! フェリリン、また腕上がった?」
「えへへ、毎日練習してるから、ちょっとは上手にできたかも」
少女はレイたちの方にも気づくと、花束を一つずつ配りながら挨拶をした。
「はじめまして、わたしはフェリシー。お母さんと一緒にお花屋さんをやってます。えっと、エリンちゃんの友達さん……?」
「うん、そうだよ」
「そっか…………と、とってもきれいな人でびっくりしちゃった……」
フェリシーは面と向かってレイを褒めてくれた。あまり言われたことはないので嬉しいことだ。
ありがとう、と返事をしていたら、そこに水を差すオレンジの髪が目に入る。
「お花……お花こそ飾るべき! 今度こそ飾りつけを!」
「な、なんか不穏な声が……?!」
レイが逃げる準備をしかけたら、先にエリンが糸玉になっていた。カイヤが先手を打ってくれたらしい。身動きの取れないエリンは、しばらくおかしくなったと騒いでいた。
「……それより、依頼の話をしてくれない?」
「ハッ! そうだった!」
フェリシーと見守っているビオラに向き直り、こほん、と咳払いをしてからエリンは本題に入った。
「エリンたちは希少な素材が欲しいから、なんか譲ってくれたりすると嬉しーよ!」
「希少な素材? それって、テルロの種のこと?」
フェリシーが棚に並べられた紙袋の一つを持ってくる。中身を見せてもらうと、パッと見ではなんと変哲もない種ばかり。
これが希少な素材というわけではなさそうだが、どういうものなのだろうか。
「テルロの種は水をあげて育てるだけで、普通の花から希少な花まで幅広く開花する種なの。環境に左右されないから、咲く花はかける魔法によってランダム。わたしもお母さんも何が咲くか分からないから、お試し価格でみんなに売ってるんだ」
種は一粒で十ルラム。要は運試しの種ということだ。これを買えるだけ買えば、希少な花がいくつか出るかもしれない。
問題は、種いくつ当たりにどれだけ希少な花が咲くのか。
フェリシーに尋ねてみると、わりと絶望的な数値が発表された。
「五万に一つあるかもってくらい、かな……?」
「五万……」
ほぼほぼ出ないと考えた方がいい……と言うより、それだけの種を育てるのが大変そうだ。
「結果は確定してるかもだけど、一応『甘い夢』の魔法かけて……フェリシーさん、もし良ければありったけの種を売ってくれない?」
「ありったけ……? ぜ、全部ですか……?!」
もちろん他の客に売るのなら買い占めたりしないが、フェリシーはすぐに在庫を確かめてくれた。
「わ、わかった……! お母さん、お店の全部でいくつあるっけ……?!」
「そうねえ……今は十万ほどあるわ」
どうやら十万の種が手に入るらしい。これなら八つは希少な花になってくれるはず。
それなりの額にはなるが、これも魔法会の負担になるので問題ない。お金を渡してから、皆で協力して種を魔法の鞄に収納する。
ここにいる全員の幸運を上げたので、これで咲かなかったなんてことはない。もしそうなったら、今度はもう十万ほど買いに行くことにする。
「ありがとう、フェリシーさん、ビオラさん」
「うん……! 研究、頑張ってください……!」
ここからは地道に花を咲かせることになる。魔法会で種を育てられる人を探してみよう。
花については保留。次はどの店を回るべきか。そうやって素材の表を見直していたら、接客をフェリシーに任せていたビオラが控えめに口を開いた。
「少しだけ、話をしても良いかしら……研究をしているなら、エルメラディの外へも行くわよね?」
不安そうで、こちらを案じている表情だ。ひとまず頷いたレイは、その不穏な予感に耳を傾ける。
聞いてもらえることに少し気分が和らいだのか、ビオラは息を吐いてから話し始めた。
「花を仕入れているところから聞いた話よ。最近エルメラディの外で、呪いにかかった人たちが見つかっているらしいの。その呪いが恐ろしいみたいで、かかった人たちはみんな亡くなったと聞いて……知らせた方がいいと思ったのよ」
「……呪い? どんな呪い?」
レイの表情がわずかに歪んだ。身に覚えがあり過ぎるから。
「急に魔法が使えなくなる呪い、そう言っていたわ」
「……っ」
指先が凍ったようだった。気取られないようにして、それでも明らかに動揺していた。
未完成であるはずの『miasma』。それが、実際に使われるほどになっている。
呪いにかかったのは数人……それは、実験段階と考えても良いのだろうか。だが、こうして噂になるくらいだ。完成は目前。猶予などないようだ。
「誇張された話かもしれないけど、危険だから十分に気をつけて」
「……うん。教えてくれて、ありがとう」
反応し損ねる前に、お礼を口にする。これは、あくまで噂だ。不安にさせるわけにはいかない。
「また花を見にいらしてくださいね」
和やかに見送る花屋の親娘と、その周りを彩る花々。
その優しい雰囲気に少し癒されながら、レイたちはひだまりの店内をあとにした。
◇◆◇
「呪いが、もう使われてるなんて……」
店を出てから、ミリアがぽつりとこぼす。
彼女と同じ感想を、レイも抱いていた。その存在を知ったのが、つい先日で、今から対策をしようというところだったのだから。
「……とりあえず、かからないための対策はするよ」
最近になって魔術師たちに動きが見られたのは、呪いを研究しているからではなかった。呪いの完成への道筋が立ったからだったのかもしれない。
「もっと早く気づけば、ギリギリにならなかった」
「……けど、完成はしてないから、まだ」
「……それは、そうだね。本格的に動き出す前なら、今からでもいい」
たらればの話をしても、時間は巻き戻せない。
全力で解呪の魔法薬を作る。レイは『miasma』が完成する前に、解呪の方法を突き止めると決めた。
◇◆◇
花屋を出てからも、エリンの協力のもと商店街を回ったが……特に目立った成果は得られなかった。
今までが順調すぎただけでもある。やはり、アリスの情報に狂いはなかったようだ。
「あとは、ぼくがよく使う『素材屋』ぐらいかな。そっちはどうとでもなるから、そろそろメイガンさんのところに戻ろっか」
「リョーカイ! エリンとばーちゃんが頑張る番ね!」
今頃メイガンは呪いから予測をつけて、薬の調合を模索しているところ。半分以上の素材を調達してきたため、さっそく進展が見込めるかもしれない。
ひっそりと建つ薬屋のドアを開けると、もうもうと湯気が立ち込める。大鍋がグツグツと煮立っており、調薬の準備を進めていたようだった。
「ばーちゃん、ただいま!」
「おや、早かったね」
手をかざして鍋の様子を確かめながら、メイガンが声の方へ顔を向ける。
エリンが商店街で集めた素材を教えると、「そんなに集まったのかい」と驚きを口にした。
「みんなエリンたちのために譲ってくれたよ! みんな優しーね!」
「そうだねえ……そんなに助けてもらったら、依頼を失敗するわけにもいかないね」
それから後日になるものもあると説明すると、問題ないと言ってメイガンは調薬に取り掛かった。
「エリン、ここからはふざけてる場合じゃないよ。あんたがしっかりしないと、集めた素材も無駄になるからね」
「わかってるってば、ばーちゃん! エリンはやる時はやる子なんだから!」
今までの奔放な様子が鳴りをひそめ、エリンは真面目な様子でメイガンの指示に従う。
あんな風にもなれたんだ、とレイたちが軽く意表をつかれている中、エリンとメイガンは調薬を始めた。
「少しだけ様子を見て、何か必要だったら調達できるようにしないと。……あ、カイヤ。ぼくはここにいるから、素材屋に行ってきて。ここからここまでをできるだけ探す、もしくは注文するように」
「……ワタクシはここにいるつもりでしたが」
少し不貞腐れたかもしれないカイヤに仕事を頼む。破壊してこない限り、カイヤが一番仕事が早いのだ。
「ハイハイ……できるだけ早く終わらせますよ」
糸で目印をつけてから、カイヤはパッチワークに消えていった。
「ミリちゃんたちは商店街みてくる? アリスも呼ぶから、三人で遊びに行ってくるといいよ」
「アリスちゃんと遊ぶ!」
「楽しそう……」
乗り気になった二人。夢の魔法でアリスを呼んだら、どこに行くかを楽しそうに決めていた。
それを微笑ましく思いながら、レイは魔法薬の調合に目を向けた。




