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八十九話 魔法のお店

 至るところに杖が並べられている、いかにも職人な店内に入る。

 誰もがイメージする木の片手杖や、ベテランの貫禄を感じる等身大の両手杖。中にはクリアマーレの鉱石や宝石で作られた杖もあり、オーロッカの人たちの努力が垣間見えたりした。


「杖屋って、あたし入ったことない! どうやって作ってるの?」


 デザインや材質の違う杖を取りながら、カナタが素朴な疑問を口にする。同じく店内を物珍しそうに見回すミリアも、それとなく耳を傾けていた。

 

「素材との相性を見極めながら、魔法や刃物で削ってるんだ。素材は普通の木から、精霊の宿る木まで種類は豊富。形や装飾も含めて、完成度が高いほど良いとされるよ」

「へえ……じゃあ、綺麗かどうかが勝負どころってこと?」

「一応、そうだね。ただ、魔力の効率的に形は大事だけど、装飾は素材によるかな。むしろ、飾らない杖の方が良かったりする」

「そうなんだ?!」


 もちろん、それは素材が良質であるのが前提。安物であれば、装飾付きを買う方が賢い選択だ。

 あらかた杖の解説を終えたら、そろそろ店員のいるカウンターへ。店主は今いるか尋ねようとしたら、先にあちらが話しかけてきた。


「ここにある杖を評価するとしたら、貴方はどう評価する?」


 唐突な質問をされる。こちらが尋ねられるとは思っていなかったので、レイは一度言葉に詰まってから解答した。

 

「え……? うーん、そうだなあ……素材にこだわりながらも、機能美を追求した杖ってところかな?」

「そう……なら、職人の方針は?」

「方針……無難にまとめるよりは、個性的に。効率重視ってよりは、幅広く使いやすさを追求してる。つまり、どの魔法使いが店に来ても、自分に合った杖を選べるようにしているんじゃない?」

「へえ? なかなか分かっているのね」

 

 明らかに店員の格好をした人物は、にこりと笑みを作った。

 そして、口の中で何か呟くと、あっという間に服が変わっていった。


「初めまして、お客さん。私はヘーゼル。ここの杖屋の店主よ」


 ベレー帽を被り、亜麻色の髪を後ろでまとめた女性。モスグリーンの目に合わせたベストと、動きやすいズボンとブーツというスタイルだ。店主は冒険家。そのことに納得する装いである。


「はじめまして……きみが店主だったんだね?」

「ふふ、驚いた?」

「そりゃ、てっきり店員かと思ったし」


 面白そうに微笑むヘーゼル。余裕のある大人といった雰囲気の彼女は、職業柄、遊び心もあるようだ。

 その後も少しだけ店について尋ねられたので、全て正直に答えると満足して頷いた。


「久しぶりの良客。最近は効率だけを求める人が多かったから、正確な評価が嬉しいの。効率を高めることは簡単でも、人によって扱える杖は違うから」

「なるほど、そこを理解してる人って意外と少ないんだね」


 高い素材と綺麗な形。それを良しとする人が、一定数いるらしい。いくらおすすめしても、最終的には高いものを買っていく。

 この店のコンセプトからすれば、ヘーゼルのこだわりを全く無視したような買い方であった。


「それも人によって重点が違うだけ。合わないものを買う魔法使いも、案外面白いものよ」


 人間観察が趣味なのか、勧めを無視する客のことも興味深く思っているようだ。普通ならこだわりを無視されて怒るところだというのに、なんとも寛大な人である。


「それで、杖は買ってくれる? ……それとも、他の頼み事?」

「あー魂胆はお見通しっぽいね……」


 そういう雰囲気が、無意識に出ていたのかもしれない。さすが個性を見抜ける杖職人である。


「杖屋というより、冒険家のきみにお願いがあるんだ」

「そっちの方、ね。何か珍しいものでも欲しい?」

「先読み早いね……そうです、希少な素材を探してます」


 頭の回転が速い。これは前置きもいらないな、とレイは素材のリストを差し出した。


「この丸がついてない素材を譲ってくれると嬉しい」

「……どの素材も何十年から何百年単位のものね。一つの価値がとんでもないものばかり。……そうね、この中なら二つは持っているわ。でも、それは杖を作るために集めたもの。だから……」


 おもむろに彼女が取り出したのは、魔法陣の描かれた紙。何枚か組み合わせる内の一枚で、それらの主軸となる魔法陣のようだ。わずかにおかしな部分や噛み合わない部分が見受けられる。


「これを完成させてくれるのなら、素材を分けてあげる。素材は二つずつあるから」

「そんなんでいいの?」

「ふふ、これを『そんなんで』と言えるくらいなら」


 かなりの楽々条件だ。レイはさっそくどんな杖を作るのか聞き、その通りに線や魔法文字を書き入れていく。


「あの……」

「ん、何? ミリちゃん」

「星図も見ないで書いてるってことは……まさか、星図を全部覚えてたり……?」

「そうだねえ、使える部分はね。前人未到な部分が出てこない限り、全部頭に入ってるよ」

「あ、あの量を……!?」


 魔法系の星図は、無限に広がっているもの。いわば、宇宙のような空間から位置を把握しなければならない。平面にあるわけでもなく、何通りにも絡み合うのに、それを全て覚えるなど不可能ではないのか。

 現在進行形で可能だと証明されているものの、ミリアは同じ人と思えない記憶力に少々引き気味になった。


「まさか、今までの会話とかも一字一句覚えてる、みたいな……」

「どうだろう? あんまりやったことないな」


 円やら多角形やらいろいろ書き込んで、魔法系の外の星図から魔法陣を完成させる。

 最後に外側の円の文字を書き入れて、あっという間に作図完了。できた魔法陣を渡すと、ヘーゼルは感心したように眺めた。


「やっぱり、私の予想はあたってた。だって貴方、どう観ても根っからの研究者気質だもの」

「それもバレてるんだ……」

「ふふ、人を見る目には自信があるの」


 ちなみにヘーゼルの作りたい杖は、持ち手によって自在に変化するものだ。一生残り続ける杖を作ろうとして、この答えに行き着いたらしい。

 本来は時間をかけて魔法陣を作成するつもりだったが、レイの提案のおかげで大幅に時期を早められたようだ。


「私は魔法陣についてはからっきし。下手したら十年……素材の対価としては十分ね」


 ヘーゼルは店の奥から二つの箱を持ってくる。

 かなり大きいものと、小さいもの。

 それぞれの蓋を開けて出てきたのは、材質が移り変わり続ける一本の枝と、宝石でできたピンクの二枚貝。前者は『移り木の枝』、後者は『海落花』と呼ばれている。


「どちらも品質に問題はないはず。このままでもいい?」

「うん。ありがとう、ヘーゼルさん」


 素材をゲットしたついでに、店へと入る前にあったアメジストの杖の値段を尋ねる。ミリアがじっと見つめていた、あの片手杖だ。


「あれは……そうね。十四万ルラムでどう?」

「十四万って……あの出来だと、もうちょっと高くない?」

「ええ。でも、ぴったりな子が目の前いるから、ぜひ買ってあげて欲しいの」


 ヘーゼルの見立てでも、あの杖はミリアに合うものらしい。使う機会自体は少ないものの、上等なので一生物にしてくれたら嬉しい。


「はい、ミリちゃんどうぞ! 名目は、ぼくからの魔法学校入学祝いってことで」

「…………え、私の……?!」


 また増えたプレゼントに戸惑うミリア。渡された箱を落とさないように気をつけて、どうしようと慌てている。


「あー! ミリちゃんいいなあ! あたしも杖、欲しい!」

「カナちゃんは別途で作ってもらおっか」

「いいの?! やったっ!」


 大喜びするカナタ。翡翠をあしらったデザインを頼み、ヘーゼルは一週間後を約束した。


「ふふ、またいつでも遊びに来て」


 微笑むヘーゼルに見送られながら、レイたちは次の目的地へ移ることにした。


 ◇◆◇

 

「なんで、また……もうプレゼントは贈らないでください。全額返せないから」

「なんで返そうとするのさ。プレゼントの料金払う人なんていないよ」

「じゃあ、やめてください。これ以上は絶対、受け取りませんから」

「ええ!? そんな……」


 珍しく語気強めに怒られてしまった。別に無理をしたりはしていないのだが、ミリアはやり過ぎだと突っぱねた。


「そこまで言われたら、諦めるしかないよね……」

「ありがとうございます」


 プレゼントした時より良い笑顔なので、何もしない方が喜ばれるらしい。納得の行かない微妙な気分になるレイだった。

 

 話がまとまったところで、次の店へ。これから向かうのは、魔法に使う道具を売る、研究屋と呼ばれるところ。

 ネイウッドにある店は『星軌商店』という天文系の道具を売るところで、星図や天球儀、ガラスの器具や天秤などを扱っている。


「店を二つ通り過ぎたところ──」

「待って! さっきエリンの出番がなかったよ! ワタシが案内する!」

「あぁ、そうだったね。じゃあ、エリンにお願いしようかな」

「まかせて!」


 杖屋のヘーゼルとは利害が一致したため、エリンに取り次いでもらう必要がなかった。今度はエリンに案内と交渉を任せてみよう。


「カルテロ・レティスカ……じゃなくて、ハロー! シャノンおじさん、エリンが遊びに来たよ!」


 知的な空間に、似つかわしくない溌剌な声が通る。エリンが呼びかけた方向を見れば、読書をしている店主がいた。

 年は見た目通りの初老。眼鏡をかけており、斜めに流したラベンダーの髪が理知的な印象を与えている。

 その人は視線だけこちらに向けると、すぐに手元の本へ目を向ける。そして、ページをめくりながら、なんてことないように返した。


「……エリンか」

「おじさん、本置いて! 今日のエリンは押し売りなんてしないよ?」


 何か不安な単語が聞こえてきた。商店街と皆と仲が良いらしいが、いったいどういう意味で仲が良いのだろうか。


「……」

「ホントーだよ? そのショーコに友達も呼んだ!」


 信用されていなさそうだが、通常運転だと流されている。これこそが何を頼みに行っても大丈夫な理由のようだ。

 本から目を逸らしていないシャノンに、エリンが希少な素材が欲しいと頼み込む。


「この中から好きなの選んで! 丸書いてないのでもいーよ!」

「……協力するとは言っていない。希少な素材を集めて何をするかも分からんからな」

「えぇー、エリンはとっても重要な依頼を任されてるんだから! ばーちゃんにも手伝ってもらってる大事な依頼だよ!」

「薬屋が……?」


 ぴくりと反応を示したのは、最後の一文だ。信憑性の高さが一気に跳ね上がった様子。


「ふむ……薬屋が手伝うほどとなると、何かあるらしいな」

「ギクっ……エ、エリンは知らないよ?」


 ものすごく隠し方の下手なエリン。これは相手に確信を与えてしまっているのではないか。これ以上追求されたら、契約で口止めすることになる。

 目を泳がせているエリンを、しばし沈黙して見るシャノン。次にふと目を逸らした後、幸い追及しないことに決めたようだ。


「……四つ譲渡することができる。一つは今ここで、三つは日を改めて取りに来ると良い」

「……! おじさん、ありがとう!」


 エリンのおかげ……というよりは、メイガンのおかげで素材をゲットした。

 シャノンの提供してくれた素材は、『星屑の粉』をはじめとする仕上げと変異の素材だ。特に『星屑の粉』は、店で一番高価な『星図の完全版』を作るために使われるもので、かなり希少だ。

 

 だが、『星図の完全版』自体が不人気のため、滅多に手をつけないとのこと。

 確かに『星図の完全版』は大きな研究所くらいしか買わないし、魔導師の一部は自分で作りあげてしまう。買う人がいなくなるのも、仕方のないことだ。


「次に採れる時期まで、そうかからない。長くとも数十年だろう」


 両手に乗るサイズの瓶に、きらきらと瞬く星屑。これだけ大量の『星屑の粉』を見る機会は、今後ないはずだ。

 お礼にレイは、入ってから気になっていた望遠鏡を買うことにした。どうせいらないものだったからと、シャノンに素材の代金を断られたので、勝手に払っておこうと思う。


「望遠鏡って何に使うの?」


 大きな筒を覗き込みながら、首を傾げるカナタ。

 通常は地上からの星を観察するものだが、この望遠鏡は一味違う。

 レイは望遠鏡の質が良いことを確かめつつ、魔法のかかった望遠鏡について解説する。

 

「魔力に応じて宇宙を観ることができるんだ。実際に行くわけじゃなくて、自分の視界だけを旅させる感じかな」

「宇宙を、観る? それって、どこでも観に行けるの!?」

「魔力さえあればね」

「へえ……!」


 この望遠鏡は、主に星図の発見や占いなどに使われる。宇宙イコール魔法系の星図というわけではないが、魔法や精霊は星の力から生まれたもの。ヒントになることが多く隠されているのだ。


「これは記録機能が充実してるし、今持ってるやつとは別で使おう」


 代金は、およそ一億ルラム。さすがに簡単に出せる値段ではないものの、希少な素材も使って作られた一品物。この機会に確保しておくのは損なんかではない。


「一億ルラムちょうど!」

 

 硬貨を袋で取り出し、テーブルに置く。

 しばらくは億を超える額は控えよう。あまり散財し過ぎるのも精神的に良くない気がする。


「ちょっとだけ節制……」


 ぼそりと呟いたら、背後から「できますかねェ?」と声がした。

 離れたところから着いてきているカイヤだ。空間から覗き見ているようだが、わざわざ茶々を入れに来ている。


「た、確かにいつも途中で破るけど、今回は本当に節制するし」

「つい先日、同じように『反星鏡』を買っておりますけど」

「うっ……それを反面教師にしたい!」


 会計を済ませたレイは、慎重に望遠鏡を保管する。帰ってからの楽しみだ。ついでに『星軌商店』の研究道具を欲しいものリストに入れておく。

 

「また来るよ」 

「そうか」


 寡黙な店主は、再び本に目を通す。

 行きつけ店が増える予感を背に、レイは知的な魔法空間をあとにした。

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