八十八話 エリンの雑貨屋さん
さて、まずはどの店から回ろうか。階段を降りると、商店街の右や左をレイは見渡す。
確かアリスの話だと、杖屋の店主が冒険家で、花屋のオーナーがあらゆる種や苗を売り買いしているらしい。
アリスは買い物をしに町へ出向くので、ネイウッドのことならなんでも教えてくれる。
「無難に一番近いところがいいかな? まずは魔法会にある在庫を確認しないとね」
ついでに薬屋へ届ける材料費の連絡もしよう。さっそくグレータに手紙を送ろうとして、ふと手を止める。
在庫の確認だけなら、もっと適任がいた。ローブのポッケに入ったツルツルの欠片を取る。
白磁色の牙。図書館長からもらった連絡手段だ。素材は記録してあるので、きっと本という区分で合ってるはず。
「『杖』以外のことだと怒られるかな……」
立ち止まって魔力を流す。無視せずに出てくれると良いのだが……。
《……》
「あれ、繋がってるよね……?」
赤く反応したものの、応答がない。魔力は通っているのにおかしいな、と牙を観察する。
やはり、無視されているのだろうか。ヴィヴリオならやりかねないと諦めようとしたら、ワンテンポ遅れて気怠そうな声がした。
《……んが…………人の昼寝を邪魔するんじゃない》
「昼寝って……今、お昼前なんだけど」
徹夜でもしたのだろうか。寝起きのヴィヴリオが覇気なく抗議した。大きな欠伸をして、とてつもなく嫌そうに要件を尋ねる。
《で、なんだ。『杖』じゃなさそうだな。追加料金込みなら助けてやってもいい》
「追加料金……」
話は早いが、追加料金で何を要求されるのか。少し怖いと思いつつ、レイは簡単に頼み事を伝える。
《ああ……そういうこと。あの異変に巻き込まれたのは、オマエ達だったワケだ。フラハティで資料は掴んでるからね。薬を作るのは賢明な判断だ》
テンション低めに褒められたかと思えば、牙が赤い光を放つ。何かの魔法がかかったようだが、特に変化は見当たらない。
不思議に思っていると、再び欠伸をしてから教えてくれた。
《懐に入れたメモを見てみろ。オマエがどうにかできる素材はそれくらいだ》
「メモ? ……わ、本当に書いてある」
優先される素材が書かれたメモに、新たな丸が二十ほど上書きされている。レイたちの探す素材の数は四十四種なので、半分は確保できるということだ。
「ぼくがどうにかできるってことは、素材屋とかで集められるのも入ってる?」
《当然。オマエの知る場所は把握できる》
行動範囲を把握されているようで少々怖いが、知識を読まれているので当然といえば当然。思ったよりは揃っているようなので、残り半分の心配だけで済みそうだ。
「ありがとう、ヴィヴリオさん」
《別にイイよ。この分の貸しは高くつくワケだし》
「待って、何頼む気……って切られた!」
最終的には機嫌よくブチ切りされた。また牙を容赦なく刺したりするのだろうか。今でも仕方なく魔力を読み解かせているのに、他の情報に手を出されるのは嫌でしかない。
その時は約束を忘れよう、なんて考えながら、行き先をどこにするかと口にする。
「ここから近いのは、杖屋かな?」
看板があるはずとそちらを見れば、目と鼻の先にあった。店主が冒険家なので臨時休業が多いらしいが、幸い今日は開いているようだ。
「じゃ、あそこにしよう……って、あれ?」
翡翠とオレンジの髪が揃って見当たらない。いったい何処へ行ってしまったのか。
「ミリちゃん、二人は?」
「ちょっと見てくるって言って、そのまま……」
「いなくなるにしては早過ぎない!?」
待ち切れないにもほどがあるだろう。まだ遠くには行っていないはずと見渡せば、案の定、店の中に入っていくのが見えた。
そこはレイたちの出てきた、薬屋の隣。奇抜な屋根の店には、『雑貨屋』と奇妙な字体で書いてある。
きっとエリンの店だろう。紹介したかったようだ。
「雑貨屋自体は面白そうだね?」
「私もちょっと気になるかも」
変わり者のエリンなら、奇想天外な雑貨を売っていてもおかしくない。興味のそそられたレイとミリアは、エリン達の後を追って店内に入った。
『カルテロ・レティスカ〜! ようこそ、エリンの雑貨屋さんへ!』
初っ端からサプライズ。入った途端に宣伝の声がした。
「わ……これも、雑貨なの?」
「たぶん……あっ、これだね。宣伝ポスター」
貼られた紙にはキャラクター化したエリンの絵があって、その口が宣伝の台詞を喋っている。
続けて今日のおすすめ商品などを教えると、その棚までを矢印の看板が指し示してくれた。
「すごい……お店を魔法雑貨が案内してくれてる……」
「こういうのは雑貨屋と魔導具の店に多いよ。ここは特にユニークな感じだけど、丁寧に案内してくれるところもあったりするね」
「そうなんだ」
驚きつつ、雑貨の説明を聞いているミリア。雑貨屋は誰しも行ったことがある場所だが、彼女はほとんど知らない様子だ。
魔法会に通い出してから行ってないのか。気になっていると、少し恥ずかしそうにミリアが答えた。
「昔は外出もほとんどしてなかったから、圧倒されちゃって……商店街は裏通りしか行けなかったんです」
その裏通りでさえ、フードを目深に被らないと勇気が出なかったらしい。カフェなどにも足を運ぶことができず、皆で行った『ククーロ』も入れずにいた店の一つだったようだ。
「今となっては、なんで入れなかったのか不思議……」
「ふふ、成長したってことだよ。これからはカフェ巡りとかもできるんじゃない?」
「……確かに。やってみようかな?」
色々考え始めたミリア。すると、一人でカフェ巡りを検討していたはずが、せっかくならとレイとアリスも誘われた。
理由は、美味しいお菓子は誰かと一緒に食べたい、というものだった。
「そんな誘われ方したら、行かないわけにはいかないよね! 予定全部キャンセルしてでも日程空けるから!」
「嬉しいけど、予定はキャンセルしない方が良いと思う」
いつにしようか。スケジュールを思い返しながら、店内を見て回る。
たまに雑貨の説明書きを読んで、面白そうだったら値段の測れる会計袋に入れたりした。
「ミリちゃんは何か買わないの?」
「……あそこのオルゴールは買ってみようかな? 楽譜の上に置くと、その曲を奏でてくれるみたい」
「へえ、いつでも聴けちゃうんだ?」
「そういうことですね」
ミリアも掘り出し物を見つけたようで、満足そうにしている。
そんな風に楽しいショッピングを続けていたら……。
「えっ」
思わず二度見する。なんと、いきなり前から人が突っ込んできたのだ。
「うわわわわわっ、びっくりいいいい!」
「危なっ……!」
絶叫しているカナタが、頭上スレスレを通っていく。何事だと振り返れば、また往復してくるので反射的に頭を低くした。
「そうじゃないよ! もっとふわふわでしーんってして!」
「なななな、何?! エ、エリンちゃん、もっかい言って!」
「だ、か、ら! もっと、ふわふわで、しーんって、して!」
「ふわふわ、しーん?!」
「そう! ふわふわ、しーん!」
枝を束ねた茶色の雑貨。オーソドックスで魔法使いらしい、空を飛ぶ道具。
急発進しているものの正体は、リボンの付いた空飛ぶ箒であった。
これは魔法雑貨ながら、特に魔法をかけたりしていない。いっさい手を抜かず、丁寧に作られた、魔法使いの箒であった。
「ふわふわ、しーん……ふわふわ、しーん……えっと、えっと……あっ! できた!」
「そうそう! 上手にできた!」
感覚派どうしで気が合ったらしい。なぜ伝わっているのか分からないが、カナタの飛行は無事成功していた。
「すごい! 浮いてる! レイくんのマネできるじゃん!」
慣れてきたら、ぐるんぐるん周り出す。あれではすぐに目が回ってしまいそうだ。
「店内を箒で飛ぶのは危ないんじゃ……」
ミリアも心配そうに眺めている。どこかの壁に激突する可能性もあるので、もちろん普通に危険な行為だ。
降りるように促そう。レイが注意をしかけたら、さらに一体増えた。
「エリンも飛ぶのは得意! 歩くよりも簡単よ!」
「わわっ、そんなこともできるんだ?!」
なんと、店主も棚をスレスレで飛行している。
カナタは素直に感心しているが、あれが危険でないわけがない。想像通りのことが起きるだろう。
「こんなこともできちゃうよ!」
隙間を縫ってからの、宙返り。とても見事なものだったが、その先に目を向けられなかった。
「次は箒に立つのを……っと、と、ととと、ぎゃっ!」
自慢げに見返した瞬間に、エリンは陳列棚へと突っ込んでしまった。
「ほら、言わんこっちゃない……あ、言ってはなかったっけ?」
「あはは……」
棚は倒れて、雑貨は衝撃で落っこちる。積み上げられて山となり、エリンの姿をすっかり隠してしまった。
「う……うぅ……」
「だ、大丈夫?!」
カナタが心配そうに駆け寄ると、雑貨の瓦礫がガタガタと震え出す。
そして、雑貨を吹っ飛ばして、山の中からエリンが顔を出した。
「ぷはっ! イタタタタ、エリンはちょっとばかしチョーシに乗りすぎた……」
「顔にあざできてる?!」
殴られたみたいに怪我しているので、あわわ、とカナタがこっちを見てきた。
いつから気付いていたのか知らないが、ものすごい有り様なので処置はしてあげようと思う。
「ええっと、ここら辺にこないだ作った治癒薬があったはず……」
しばらく漁っていたら、ライムグリーンの透き通る液体を発見。切り傷や打ち傷は完治できる、お手頃な傷薬である。
「はちみつ入りだから、飲んでも渋くないよ」
「ありがとう! カワイイ子!」
「……」
ごくごくと元気よく飲み干すエリン。傷のある部分がライムグリーンに煌めくと、瞬く間に治っていった。
「よし! エリンは復活した!」
「よかったねー……」
一段落ついたところで、エインは雑貨の紹介をし出した。
一番やりたかったことだからか、奥からいろいろな物を引っ張ってくる。
「まずは新ショーヒンの『ネクロッキー』と『空気鋏』! 『ネクロッキー』は魔物かお化けを何でもスケッチするだけ! 『空気鋏』はいらない魔力と感情をスパってできるよ! ……あっ、使用回数は五回だけね!」
始まった紹介コーナーだが、わりと雑な説明が多い。ただ、魔力が切れるらしい『空気鋏』には若干惹かれた。何かしらに応用が効きそうな雰囲気がある。
使えそうで使えない。または、使えなさそうで使えそう。
そんな雑貨をかき集めたエリンの紹介は、延々と語る彼女を遮って終わりを迎えた。
「そんな! まだまだ話足りないよ?! あと百個はショーカイしたかったのに!」
「百個は多い! これとこれは買うから、勘弁してね!?」
先ほどの『空気鋏』と、星図の別面同士を同時に見れる『ホロウスコープ』という不思議な盤面を買った。どちらも魔法で補うことのできる部分だが、それを雑貨で代用できる、かなり魅力的な商品である。
一見ヤンチャなエリンだが、これだけの雑貨を作る発想力は素晴らしい。彼女の評価を改める必要がありそうだ。
「毎度あり〜! また来てね!」
会計を済ませた彼女は、崩れた棚をそのままにして店を出ようとした。あれだけごちゃごちゃだというのに。
「さすがに、そのままっていうのもアレだし……」
『修復』、『修繕』の魔法をかけて棚を元に戻しておく。これくらい一瞬なので、後回しにすることもない。
「ラッキー! ありがとね!」
「ちなみに、なんで後回しに?」
「え? エリンは片付けるのが嫌いだもん」
「たった呪文一節なのに……」
確かに魔法へと意識を向けていないと暴走するので、魔力を使う意味では疲れるだろう。
だが、身体を動かすわけではないし、口を少し動かすだけだ。部屋の片付けなんて一分もかからないはず。
(……いや、ぼくも人のこと言えないか)
アリスがいなければ、今ごろ自室は悲惨だろう。片付けについてはレイも同等なので、特に指摘はしなかった。
そろそろ当初の予定である希少な素材巡りへ。雑貨屋を出て、行くはずだった『杖屋』へ向かう。
「そういえば、『杖屋』は気にしたことなかったな……エリンは店主と顔見知り?」
「もちろん! エリンはショーテン街のみんなと仲良いよ!」
道を跨いだところにある看板を見上げ、綺麗な筆記体を見つめる。それから、ガラスの向こう側にあるキラキラした杖に目が行った。
「無駄がないのに、まるで美術品……」
視線が吸い寄せられたのは、レイだけではなかった。オススメされている、片手杖にミリアも目を奪われている。
ここの杖は店主の趣向が表されている。量産品にはほど遠いので、根っからの杖職人だろう。
これで冒険家。そう驚きながら、レイたちは杖屋へと足を踏み入れた。




