八十七話 奇人変人
──薬作りの依頼を受けてくれないか。
それを切り出し、呪いという言葉を省いて説明すること数分。それを黙々と聞いていた店主メイガンは、のちに悩むように返答をした。
「あいわかった……と言ってやりたいところだけどねえ。……あいにく請け負えるのは依頼の半分になるよ」
「半分?」
「この通り、目が見えないもんだから、一から作るのはもう難しくて。鍋を見守るくらいはできるだろうけど……新しいレシピを作ることは無理だろうねえ」
目線はしっかり追っているように見えるが、それも魔法薬でギリギリ補っているだけとのこと。諸々の作業を考えれば、現実的ではないようだ。
「そっか。それなら仕方ないね」
「すまねいねえ。……ただ、呪いというのはあたしも気になる」
最近では新聞にも載っていたので、噂が出回っていたのかもしれない。
その事態の重みを分かってか、メイガンは断った上で新たな提案をした。
「……もしも、商店街の魔法使いに手伝いを任せられるっていうなら、どうにかしてレシピは作れるだろうね」
「……! 商店街の魔法使いか……」
レイは新たな提案を含めて思案する。
人が増えるのは、よくない。よくないが、店をやっている魔法使いなら信頼できるかもしれない。
商店街で店を開いた人に共通するのが、とても口が硬いこと。
メイガンのように稼ぐことを目的としていない魔法使いは、特にそうだ。それを目的として店を訪ねる魔法使いもいるくらいで、常連の間では常識として知られている。
「つまり、そういう魔法使いを知っているってことだよね?」
「もちろん。近くで魔法雑貨の店をしてる子だよ」
「魔法雑貨の……」
聞けば、メイガンの手助けをよくしてくれるらしい。
そういう人なら、むやみやたらに言いふらしたりしないだろう。
悩んだ末、その魔法使いにも依頼をすることにした。
「じゃあ、よろしくお願いします」
「期限は?」
「調整の方は別で頼むから……理想は今から三ヶ月。できれば急ぎでお願い」
「あいよ。お代は先に頂くよ」
こんな条件で引き受けてくれるとは。
手間も時間もかかるので、それ相応の硬貨を夢の魔法から取り出す。
「材料代などは抜きで三百万ルラム。手伝いの子もいるってことだから、追加で『アウロラソルト』と『木の葉蜜』も付けとくよ」
「合わせて四百万ルラム、と……随分と気前がいいね」
「それぐらい急ぎってことだから」
ちなみに、この硬貨は後でグレータに立て替えを頼むつもりである。
魔法会でできない仕事を引き受けているので、快くお金を払ってくれるはずだ。
「あと、素材については、必要なものがあればこっちで調達するよ。解呪ってだけで目星はつけてあるから」
「分かった。……それじゃあ、あの子を呼んでこようかね」
メイガンは近くの小瓶を手に取ると、中身をひっくり返す。
こぼれた薬は羽となっていき、やがて、白い小鳥の姿へと形を変えた。
「お行き」
指示を聞き届けると、裏の出入り口へと羽ばたく。
そして、羽音とともに戻ってくると、何かを咥えて帰ってきた。
カウンターの上にぽとりと落としたのは、小さな赤い芋虫。
もぞもぞと身じろぎすると、わずかに動きを止め、ぽんっ、と煙を立てた。
「カルテロ・レティスカ〜! 変身中にユーカイされたエリンが来たよ! ばーちゃん、今日はどーしたの?」
ハリのある陽気な声がした。魔法語とかけ合わした宣伝文句と、さらっと現状を伝えるお茶目な報告。それらが聞こえる煙の中からは、手足がにゅっと生えており、若干袖丈の大きな魔女服が見えた。
やがて、煙の晴れた場所に現れたのは、オレンジ髪のそばかす少女。膝上までのボリューミーな癖っ毛が、ふわふわと広がっている。
「今日はいつもの手伝いじゃないよ。依頼の手伝いをしてもらおうと思ってねえ」
「依頼? この人たちの?」
こちらに飛んでくると、エリンは覗き込むようにレイを見てくる。
距離の詰め方がレイ並みなので、こちらがのけぞるぐらいに顔を近づけて来た。
「えっと……何かな?」
「……」
ジーっと見つめられるまま、しばしの停止。
空色の瞳がパチパチと瞬いたかと思うと、なんとも衝撃的な感想を述べた。
「わお! キミ、めっちゃカワイイ!」
「……あれ、ぼくに言ってる??」
エリンは魔法の鞄から雑貨をポイポイ出して、何やら可愛らしい色の髪飾りを取り出す。
すると、なんと遠慮なくレイの頭につけ始めた。
「え、ちょ、待っ」
「これをこうして、こっちもつければ……できた! やっぱりいいね! カワイクなったよ」
「ぶふっ……レイくん、それっ! に、似合ってる……!」
「…………」
これにはさすがのレイもフリーズ。子供の外見が仇となる瞬間であった。
可愛い服や女装はメイリに着せられたため、慣れていないわけではない。
ただ、あまりにも唐突過ぎやしないだろうか。
それも、普通の姿で可愛いと言われたため、やられる気持ちはなんとも微妙なもの。
「どうせならこれもね! まだショーヒンにしてない特別なペンダント。ちょっと見た目にこだわり過ぎて、ちょっと似合う人がいなかったけど……うん、バッチリ!」
「いや、バッチリじゃなくて」
「そうだ! ふさふさのファーもあるし、かけてからキラキラをつけるよ!」
「いや、つけるよじゃなくて!」
完全におもちゃにされている。アクセサリー系の雑貨をてんこ盛りに持ってきて、挙げ句の果てにウィッグまで召喚してきた。
遮ろうとしても耳が機能していないし、他人の店で堂々たる散らかしっぷりを披露している。
これを回避するには、強引に逃げるしかない。
そそくさとレイがこの場から退散しようとしたら、ゴン、と痛そうな音がした。
「イダッ! ちょっとばーちゃん何するの?!」
床に転がったのは、中身が空っぽの瓶。
見かねたメイガンが、投げて止めたようだ。
「あんたこそ、何してるんだい。お客に向かって失礼だよ」
「シツレイ? こんなにカワイクなったのに?」
全く悪気なく、心底不思議そうにしている。
初対面で人を飾りつけるぐらいなので、エリンは相当な変わり者かもしれない。
雑貨屋をやっているので納得できなくもないが、彼女はずば抜けてそういう傾向にありそうだ。
「すまないねえ……良い子ではあるんだけど、少しばかり癖が強くて。あたしも手を焼いているのさ」
「まあ……これぐらいは大丈夫だけど……」
とりあえず、これら全部を外しても良いだろうか。
ピンやらリボンやらを浮かして取ろうとしたら、起き上がったエリンに抵抗された。
「取るなんて、ユルサナイよ!」
「待った! なんで、そこまでして付けたいの?!」
なんか執念を感じる。
これではキリがないので、少しだけ手を借りよう。
「カイヤ、ぼくの常識範囲内であの子を止めて!」
「承知しましたァ」
商店街についてから姿のなかったカイヤが、ふっとそばに現れた。
近くで様子を眺めていたであろう彼は、さっと腕を振って糸を飛ばす。
鋭いながらも、優雅に。糸はエリンの周りでふわりと舞って、一気に手首へと巻きついた。
そのまま後ろへ引っ張られ、なすがままに尻もちをつく。
何が起こったのか分からなかった彼女は、足をバタつかせて助けを呼んだ。
「んぁあれれ? ワタシ、なんで座ってる? ばーちゃん助けて! エリンがおかしくなったよ!」
「……あの子、本当に信用して良いんだよね?」
「あんなでも優秀な子だからねえ……」
ひとまず、止める人はいなくなったので、くっつけられた髪飾りを外した。
今この場にキーがいなくて本当に良かった。絶対、大笑いしてネタにされる。
「ええ! レイくん外しちゃうの?! めっちゃ、似合っ、ってた……のにっ!」
「……」
いや、良くなかった。弟子の方が同類だった。
肩を震わせて思いっきり笑い、似合ってた、などと口にしている。
明らかに嘘だろう。なんとか師匠への告げ口を阻止しなければならない。
「いい? カナちゃん。キーには絶っ対に言わないでね? 分かった?」
「師匠に言っちゃダメなの? こんなに面白かったのに?」
「さっき似たようなやりとりがあったね……」
全く信用ならない弟子の様子。どうしようかと悩んでいたら、横からカイヤが良い提案をしてくれた。
「大丈夫ですよ、レイ様。もしチビっこが口走るようなことをしたら、鴉の飼い主を投げれば良いですから」
「……なるほど。聞く前に遠ざける、もしくは、衝撃で記憶を飛ばすってことか。確かにそれなら大丈夫かも」
「……? それってキーさんが大丈夫じゃないような……」
なぜか悲惨な目に遭うことが決定されたキー。弟子の話に耳を傾けただけで投げられるという。
理不尽な未来が確定したことに、ミリアは同情の念を示すのだった。
エリンによる珍事件は拘束にて落ち着き、ようやく本題。
未だヘルプを求めているエリンに、もう何もしないよう約束して、糸から解放する。
「エリンはやればできる子だからね! 黙って聞いてるくらいラクショーラクショー!」
「へえ、そんなことないと思うけど……それじゃ、依頼の説明をするね」
まず百聞は一見にしかず。
マウリス研究所で手に入れて、フラハティ研究所の資料で復元した呪いを、丁重に取り出す。
見た目は、相変わらず禍々しい。ずっと見ていると、ぐらついてきそうな奇妙な感覚に陥る。
「これが例の呪いかい……これはまた、とんでもないものを作ったもんだねえ」
一目で異常な魔力に気づいたメイガン。眉をひそめつつ、瓶を手に取って観察する。
ここに潜む怨念や執念のようなものによって、穏やかだった表情に影が差していった。
「これは……なかなか癖の強い呪いだねえ。材料が見えやしない。ただ……主軸がねえ、『呪い殺された魔法使い』または『魔獣』。こりゃ、急ぎの依頼になるはずだねえ……」
おそらくのことだが、この呪いは魔法使いの魔法系を利用したものだと思われる。
すなわち、魔法使いという魔法陣を使い、恨みや憎しみという感情の魔力を引き出した。
「ばーちゃん、何これ? 怖い? 気持ち悪い? 身体に悪そうなものばっか積んであるよ」
エリンも雑貨屋をやってるだけあって、目利きはできるらしい。なんとなくで呪いの意味を読み取ったようだ。
「これが依頼の品だよ。この呪いを解く魔法薬を作るのが仕事だからね」
「うえ……それって毎日見る?」
「もちろん」
「……ごめん、ばーちゃん。雑貨屋のエリンはお手伝いができないかも」
「あんたが魔法薬にも通じてるのはお見通しだよ。やらないなら、三百万ルラムは全部あたしのものだねえ」
「さ、三百万……?! 待って、ワタシが悪かった! お手伝いできるから、ケンキューさせて!」
やはり、雑貨屋の店主。新しい商品を開発するためならば、なんでも請け負う姿勢だ。きっと魔法薬の研究に尽力してくれるだろう。
それからレイは、判明している呪いの性質を二人に伝えた。魔力の使用不可はもちろん、研究されていた方向性も示す。
「魔力が使えないなんて、魔法雑貨がタダの雑貨になっちゃうよ!」
「呪いを撒き散らす魔物に、触れて感染る可能性まである、とね……」
『miasma』の魔物は範囲の呪いであったが、マウリス研究所では病に似たものだった。
それも踏まえて、効き目の良い魔法薬を作るべきだと説明した。
「これはなかなか骨の折れそうな依頼だねえ」
リストアップした素材の候補をエリンが読み上げ、そこに丸をつけたり、種類を付け加える。優先順位をつけてもらった。
大半は店にある分と、魔法会にあるものでなんとかなる。
問題は、希少で滅多に手に入らないものや、場所や時期的に採りに行きずらいものだ。
「数が確保できればいいけど……」
薬の完成までは期限は、一、二年を目指している。だから、素材の調達で手間取っていたくない。無謀とも言われそうな期限だが、完成間近の呪いにはそれくらいの気持ちで立ち向かうべきである。
それに、もしも希少な素材でしかレシピを完成できなかった場合、その素材を栽培する環境も作らないといけない。それを考えたら、素材収集時点で時間をかけていられないのだ。
そんな焦る気持ちを察したのか、メイガンは新たに提案をした。
それはレイが最初に省いた方法だったが、懸念しなくて良いと助言される。
「見たところ、あんたは研究者だね? それなら、希少な素材は店を回れば集められるんじゃないかい?」
「……大量に聞いたら怪しまれないかな? 希少な素材なら、なおさら訪ねるところを間違えてるような……」
「それが気にかかるなら、エリンを連れて行けばいいさ。ここらじゃ、この子の奇人っぷりは知れ渡ってるからねえ」
確かに、エリンがいれば怪しまれない気がする。
それに、メイガンの言う通り、訪ね回るだけなら慎重でなくても良いかもしれない。
希少な素材を専門に扱う研究者と名乗れば、そういうものだと納得してくれたりする。
「……分かった。店を回ってくることにするよ。念のため、エリンも一緒に行ってもらうけど」
「エリンに頼み事? ドーンと任せればいーね!」
ドヤ顔で胸を張るエリン。その言葉を鵜呑みにはせず、彼女を寄越したメイガンを信じることにした。
かくしてレイたちは、商店街に素材を調達しに行くことになった。
レイ「エリンって、商店街でも奇人で通ってんだね」
エリン「へ、奇人じゃないよ! みんながワタシに追いついてないだけ!」
レイ「つまり、置いていくくらいの奇人っぷり、と……」
エリン「あっ! カワイイ子に似合いそうなキラキラあった!」
レイ「……よし、置いていこう!」
エリン「待って! エリンは怖くないよ!」
ミリア「えっと……普通に目立ちそうだけど、良いのかな……?」




