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八十六話 解呪のレシピ

 あのおかしかった魔法時から一夜明け、翌日。


 成り行きで皆に一泊してもらったため、場所は引き続きレイの家。

 髪や目を元に戻したレイが、応接間にて会議を開いていた。

 

 議題は、『魔法を使わず解呪する方法について』。

 

 今回は偶然かかった呪いだったが、かなり散々な目に遭ってしまった。

 しかも、あの呪いは範囲で影響するという、前代未聞のもの。

 触れた途端に魔法が使えなくなるなら、魔法以外の手段が必要となってくる。


「そうとなると、魔法薬か魔法雑貨。このどちらかで解呪するわけですよ。つまり、どういうことかわかりますか? ミリちゃん」

「……あ、私?」

「うん」

「え、えっと……必要な材料を集めて、レシピを見つける……?」

「正解! そうです、魔法薬、魔法雑貨、どちらにしろ解呪のレシピを探さないといけません」


 魔法使いにとって、魔法が使えない、なんて致命的なことはあってはならないことだ。

 今回は間接的にしろ、魔術師側が『miasma(ミアズマ)』という呪いを持つのは事実。

 これを広めようとしているのなら、誰もが作れる程度の解呪レシピがないといけない。

 つまり、予防する方法を確立しないといけないのだ。


「幸い、マウリス研究所の呪いはとってあるんだよね。フラハティ研究所にもあったっちゃあったけど、あれは完全にダメになってたから助かった」

「シスイが研究してた……あ! それじゃ、シスイに聞いちゃえばいいんじゃ!?」

「うん、もう聞いてあるよ。けど、解呪の方法まではわからないらしい。そもそも解呪前提で作ってたわけじゃないって言ってた」

「えぇ……やっぱシスイ、やっちゃいけないことしてるじゃん……」


 反省したとはいえ、従兄のやらかし具合にカナタが改めて絶句した。

 解呪前提ではないということは、解呪できない可能性もあるということ。

 そんなことになったら、世界中が大混乱になるかもしれない。


「いや、解呪はできるはず。というか、手に負えなくてもどうにかしないとね。そのために、ぼくみたいな魔導師がいるわけだし」


 解呪に使えそうな素材をリストアップしていき、魔力がどうやって使えなくなっているかも記す。

 これらを使って実現可能なレシピにするとなると、おそらく数年かかるはずだ。回数もこなしながら、簡単に解ける組み合わせを試行錯誤しなければならない。

 その上、失敗すれば素材が無駄になる。解呪どころか悪化させるかもしれない。

 いくら呪いを分析できたとしても、この複雑さは高い壁となって立ちはだかる。


「まずは手に入らないような素材でもいいから、形にしないとね。そこから、簡略化できればして……あとは工程や呪文でどこまで調整できるか……」


 鍵集めの方もあるというのに、これに数年もかけると時間が足りなくなる。

 どこかしらに協力してもらいたいが、信頼できて密かに助けてくれる人はいるだろうか。


「研究所は無理なの……?」

「それ自体は良くても、無闇に頼みにいくわけにはいかない。『miasma』に接触したって魔術師に悟られるわけにはいかないから、他言無用を確実に守れる人でないと……」


 一言でまとめれば、公にするのはよそう、ということ。

 不特定多数には頼めないので、研究所というよりは個人を訪ねた方がいい。


「アテにできるところと言えば、常連やってる薬屋かなあ? 商店街に紛れてるところだけど……」

「あっ、そういうの本で見たことある! 何気ない街中に紛れ込んで取り引きする、みたいなやつ!」


 親指と人差し指を顎に添えてのキメ顔。

 物語の中みたいなシーンなのでは、とカナタがはしゃいでいた。

 

「カナちゃんの想像と同じかは分からないけど、だいたいそんな感じかな……?」


 少し本の影響を受け過ぎているが、密かに依頼するというのは概ね合っている。

 素材の調達はレイたちが行いつつ、作り方は薬屋の店主にお願いするつもりだ。


「そうと決まれば、さっそく商店街に行こう。……あ、会議は終わり!」

「会議になってたか?」

「ぼくが勝手に喋ってたとか、そんな寂しいこと言わないでね。会議だったから」

「はあ……」


 ほぼほぼ聞いていただけのキーは、やる気はないが頼まれたらやるという様子。

 また厄介なことに関わっているのが原因だろう。

 手伝ってくれるとはいえ、もう少し助ける意欲があってもいいと思う。


「……あ、そうだ。キーはさ、ペドロがいるじゃん? 魔力が使えないと呼べないし、共闘できなくなるよ?」

「……!」


 はっ、と衝撃を受けた様子で固まった。

 今さら気づいたらしい。ペドロに関しては、魔力がいるという認識もなかったのかもしれない。


「で、素材は何が必要なんだ?」

「急にやる気でたね……」

「魔法は使えた方がいいからな」

「後付けの理由ね……」


 一番動ける人が動いてくれそうなので、リストアップの中からいくつか頼んでおいた。

 

「ついでに、手紙も一通……あまり期待はしないけど」


 魔法薬のあて、その二である。

 こちらはクセが強いので、あまりおすすめはしない。ただ、心強いのは間違いないので、丁重な手紙を出しに郵便屋へ寄ろう。

 

 そろそろ『ハルフの森』を出て、ネイウッドへ。

 皆を玄関へ案内しようとしたら、前方に妨害する人物を発見した。

 

「カイヤ、そこ、どいてくれる?」

「嫌です」

「清々しい返答だね。道を塞ぐ理由は?」

「昨日を思い出してくれれば、それが理由になりますねェ」


 壁に寄りかかるカイヤが、糸で廊下を通行止めしている。

 別に塞がれても、夢の魔法で外に出ることはできる。

 この行動が無駄だとカイヤも理解しているはずだが、一向に退く様子はない。


「ええと……怒ってる?」

「いえ、これはワタクシの反省ですから。レイ様に怒るなんてこと、ワタクシにはできませんよ」

「自分の反省でぼくを止めるのは?」

「……」


 やはり、怒っていそうである。それも仕方ないだろう。

 昨日は突然、レイの魔力が絶たれたのだから。

 

 今までなかったことなので、あちこち探し回っていたらしい。

 レイが帰ってきてから、そう時間の経たないうちに、カイヤは飛んで戻ってきた。

 それから、レイの無事を確認すると、すぐにどこかへ行ってしまったが、シリマが詳しい経緯を教えてくれた。


『たぶん、兄さんは助けに行けなかったことを気にしてる……んだと思います。僕もびっくりしたから、なおさら焦ってたはずです……』


 あれは仕方ない事故だったのだが、存外カイヤは完璧主義なところがある。

 助けるためにいるはずなのに、それを成し得なかった。

 消失による衝撃と、間に合わなかった苛立ちとがない混ぜとなった結果、外に出さなければいいという極論に至ったようだ。

 

 無言で通さぬ意志を表明するカイヤに、どうしたものか、とレイは悩む。

 仕方ない事故とはいえ、カイヤにとったら弁解の余地はないのだろう。

 ここは、素直な態度で接するのが一番かもしれない。


「昨日は、悪かったよ。ぼくも予測がつかなくて」

「……」

「これから、昨日の対策に行くんだよね」

「……」


 応えることなく指を一つ鳴らし、するすると糸を巻いていく。

 張られた糸は徐々に消えていくと、廊下はすっかり通れるようになっていた。

 許してくれたのか。様子を窺うと、カイヤはもう一言だけ付け足した。


「対策は人手が要ることですし、ワタクシも御一緒いたしましょう」

「あ……そう来るか」


 確かに人手は欲しかったので助かる。

 ただ、ミリア達のいる中で、果たして反りは合うのだろうか。


「えぇ……この人ついてくるの? あたし、ヤダ」

「カ、カナタちゃん、さすがに直球すぎじゃ……」


 カイヤに対して、半端ない苦手意識を持つカナタ。

 師匠と同じように逃げ体制を保っており、ミリアが地味にたしなめる。


「別にチビっこがいようがいまいが、ワタクシには関係ありませんけどねェ? ほとんど視界に入らないことですし」

「なっ……! またチビっこって言った! 間接的にもチビって言った!」


 悔しそうにカナタが指を指して抗議する。

 カイヤの背が高く、あながち嘘でもないことに腹を立てていた。


「あたしはチビじゃないし! へ、平均よりちょっと小さいだけだし!」

「それ、認めてますよねェ」

「うぅ、うるさい!」


 拳を入れに行こうとするカナタだったが、カイヤに頭を抑えられて届かない。

 ジタバタと暴れて、しまいにはミリアの背中に隠れてしまった。


「アァ、すみませんねェ? ワタクシの腕が少々長かったようで」

「ひどい……! あいつ、ひどい……!」

「カイヤ、言い過ぎ。続けるなら、同行禁止にするよ」


 さすがに煽られっぱなしで可哀想なので、レイが割って入った。

 最年少のカナタをためらいなく半泣きにする辺り、全く大人気ないカイヤ。それを注意すると、大人でも子供でもないと躱してくる。

 まともに癖を直すはずもないので、諦めて商店街の予定に向かうことにした。


「じゃあ、ここからはしっかりついて来てね。『ハルフの森』は迷うと厄介だから」


 ちなみに、魔法も不安定になりがちなので、ここでは魔法語の呪文も使えない。

 魔法系の魔法なら問題ないが、それ以外の魔法は使用不可。

 森の浅いところまで来ない限り、系外魔法で瞬間移動するわけにもいかないのだ。

 

「厄介なのに、ここに住んでるの……?」


 見るからに不便だろうとミリアが、もっともな疑問を口にする。

 それでも、ここにはレイにとって最大の利点があった。

 

「だって、素材の宝庫だし?」

「あ、そういうこと……」


 『ハルフの森』は迷うほど広く、樹海と言っても良いぐらいのところ。

 それは当然、採集できるものも多いはずだ。

 こんなところに住んでいるのはレイくらいなので、競争も起きないし、まさに素材や資料だらけの宝庫というわけだ。


「一応、ネイウッドの方にも住める場所があるんだけどね。昔使ってた……そういえばミリちゃんには話したっけ。先生をやってた時に使ってたところ」

「この前、言ってたね。さすがに森じゃなかったんだ……」


 ネイウッドにある方は夢で作ったところではない、現実の生活空間だ。

 誰でも出入りできるようにするには、そちらの方が便利。今でも町や魔法会で活動する時は泊まっていたりする。


「そういえば、特に片付けたりはしてないし……ミリちゃんが良ければ、そこで勉強するのもありだね。設備が魔法学校より使いやすいし」

「……いいの?」

「むしろ、もともとの使い方ができて嬉しいよ。じゃんじゃん使っちゃってください」


 名前だけの研究室として残るより、誰かの役に立てた方が何倍も良い。

 ミリアに後で鍵を渡すと約束していると、だんまりだった後ろから提案があった。


「空間へどうぞ。移動時間が勿体ないことですし」

「ありがとう、カイヤ」


 やっと捻くれ具合がマシになって来たらしい。

 さっそく、ここからネイウッドまでの距離を省略させてもらおう。


『ティト・ア・クォ』


 空間を開いて、空間を繋ぐ、《継ぎ接ぎな部屋》。

 普段は魔導人形ゆえに呪文をすっ飛ばすカイヤだが、今日はきっちり省かずに唱えている。

 意外と他人に気を配っているのかと思ったら、全く違った。これ見よがしに、高度な魔法を使っているだけだった。


「鴉の飼い主の移動手段より効率は良いですよォ? 一人のみという制約どころか、陰を見つける必要もないですからねェ」

「は? ペドロがいれば、どうでも良くねえか?」

「……稀に会話ができませんね、鴉の飼い主は。やはり、鴉といえど、知能には限界がありそうです」

「あ? 今なんつった??」


 この二人、顔を合わせれば喧嘩ばかりである。

 そんなことはどうでも良いので、早くネイウッドに送って欲しい。


「申し訳ございません。そこに鴉の飼い主が見えたもので……」

「おい、人のせいにすんな」


 ようやくパッチワークの中に入れてもらい、ネイウッドに空間移動。

 ここまで楽々な移動手段は他にないので、とても重宝している。

 

 現在は使えないが、レイも系外魔法で瞬間移動はできる。

 ただ、あちらは位置や景色まで鮮明に想像する必要があって、それだけの集中力や間がいる。

 距離によっても難易度に天地の差が出るため、カイヤのように気軽な移動とはいかなかった。


「……ぼくも遠い昔の誰かがやってなかったら、これぐらいできたと思うんだけど」


 わざわざ口に出すぐらいに未練はある。

 これを不可能とする夢の魔法の制約が、たまに恨めしくなったりするのだ。

 

 再び空間を切り取ってもらって、商店街の手前で着地。

 片道三十分ほどの道のりを、三十秒まで短縮した。

 ちなみに離れたところで降りるのは、事故を防ぐためだ。

 稀に通行人とぶつかったり、驚かせたりするので、人気のない場所を選んでいる。


「空中が一番安全ですけどねェ」

「それはそうだけど」


 まだミリア達は箒で飛ぶ魔法を習っていない。習得したとしても、使える場所は限られるので、当分は後回しだ。

 素材を頼んだキーが別行動しに行き、レイたちは商売繁盛な表通りを歩く。


「表通りにあるの?」

「そうだよ。ここを真っ直ぐ行けば、じきに見えてくる」


 カナタがピンと来ない表情で先を見つめた。

 

「常連っていうから、てっきり路地裏かと思った」

「なるほど」


 薬屋の常連というイメージが、表通りと結び付かなかったらしい。

 少し残念そうにしているカナタ。期待に添えれず申し訳ないが、そういうイメージなら理想は崩していないはずだ。

 そのままレイは商店街の半ばまで歩き、商店街の一角にある階段付きの建物の前で立ち止まる。

 表通りにしては、存在感のない暗さ。その入りにくい雰囲気をものともせず、レイは先頭で階段を上っていく。


「また思ってたのと違った!」

「よかったねえ」


 良い意味で裏切られたことに、カナタが喜んだ。わくわくしながら、階段の段数を飛ばして上っていく。

 それから、布で隠されたような怪しい店内へ。ここも入るのをためらう点だが、なんてことない、ただの装飾である。

 垂れ布を何枚かくぐり抜ければ、その正面にカウンターが現れた。

 おすすめの魔法薬が数品だけ並べられていて、後はよく分からない置き物と、椅子に座って大釜をかき混ぜる老婆がいる。


「いらっしゃい。今日は何が必要かい」


 レイたちに目を向けると、それだけ言って視線を戻す。

 どうやら目が悪いらしく、ほとんど開いていない。

 それでも手慣れた薬作りをしている。経験の豊富な魔法使いという、何よりの証拠であった。


「じゃあ、今日は『一縷の純水』と『夜目薬』にしようかな」

「毎度あり」


 ついでの買い物を済ませ、商品を受け取る。

 それをしまい込んでから、レイはいよいよ本題に入った。

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